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同一と相違の紙一重 挑

 カテンダは剣を構えた。

 一瞬で張りつめた空気に変わる。レイも反射的に剣に手をかけた。日常が壊れるあの日まで幾度となく繰り返してきた、二人の手合せ。忠実に再現されたカテンダは、在りし日のままの構えでレイと相対している。

 レイは剣を握る手に力を込める。緊張からか、指先がかすかに震えていた。目の前に立つ男がカテンダではないと思いつつも、レイを圧倒するプレッシャーは紛れもなく父のそれだった。

 ゆっくりと剣を抜いた。呼吸を整え、構えをとる。

 剣先がカタカタと揺れているのに気付いた。まるで初めて剣を持った時のようで、思いがけず懐かしい気持ちになる。

 ――あの時も、こんな風に緊張してたな。

 迷宮の中で幾度となく死闘を繰り広げてきた。それでも父と対峙するときは、自分が何もできない幼子のような気になってしまう。迷宮で実戦をくぐり抜けてきたレイでも、カテンダには到底及ばないらしい。

 不思議と気負いが軽くなるのを感じた。

 目の前に居るのは確かにカテンダだ。どんなに彼の言葉を否定しようと、彼の存在を否定しようと、レイは認めざるをえなかった。彼は間違いなくレイに剣を教え、魔法を教えたその人だ。ずっと見てきた、何度も負けて一度も勝てなかった人なのだ。間違えるはずがない。

 ならば小細工も様子見も不要。そんなことをしている余裕などないのだから。

 ふっとレイの強張った肩から力が抜けた。

 ――だったら最初から全力で行く!!

 迷宮で魔物と戦い続け、スキルの使い方や魔力の運用を研究してきた。そして辿り着いた彼の戦闘スタイル。最大限研ぎ澄まされた、最高の威力を持つ攻撃で敵を仕留める。一撃必殺。

 この一撃を逃せば後がない、そのつもりで術式を編んだ。

 初めてオリジナルスキルを発現したときのように、風と水の属性魔法を一つに融合させる。あの時よりも精緻で威力も高い、完成させた術式を待機状態にしておく。

 今度は活属性魔法を発動させた。体内で圧縮され、高密度となった魔力が血流とともに循環する。

 魔力のコストを考えて部分強化を使うのもアリだが、それは格下相手のときにこそ有効な手で、格上を相手にするときは全体を強化した方がいい。身体の一部だけを強化すると、どうしてもバランスを維持するのが難しくなるし、身体の可動域を見誤る危険性もあるからだ。わずかな隙が命取りとなる戦いにおいては、思考速度ごと強化してくれる全体強化を使うのがベスト。

 ここまでの魔法発動を一息の中に終わらせた。

 カテンダはかすかに顔を強張らせた。ありえない魔法の行使にさすがの猛者も動揺を隠しきれなかったらしい。しかし、即座に表情を引き締め直し、レイから目をそらさずに油断なく彼の手の内を探っている。


「……いきます」


 レイは踏込と同時に火属性魔法の術式を編む。一つ一つは小さい火の槍を無数に展開させ、空中に浮かべる。本来は弾幕として使う【ブレイズ・バラージュ】を、至近距離で放った。遠隔攻撃であれば、高確率でカテンダは躱しきる。わざわざ魔法でもって対抗せずとも、炎の軌道を読むのは容易いことだからだ。しかし、至近距離で、しかも物量と密度を上げた魔法ならばその限りではない。この場合は逆に魔法でもって打ち落とした方が速い。そして魔法弾幕を利用した状況下での剣撃。

 レイの思惑通り、炎の雨のような怒涛の攻撃に、カテンダは剣戟と魔法の二つに対応せねばならなくなる。だが、カテンダにかかればレイの剣をいなしながら炎の槍を叩き落とすのはわけない。事実、彼は危なげなくレイの攻撃を受けきっている。

 レイはそれも承知で二重攻撃をしかけた。

 ――この程度の攻撃じゃ通らない。でも、これで父さんの攻撃も封じられるはず!

 そして、最初に術式を編んだ雷の魔法。

 レイがあえて見せたのとカテンダも理解してはいるだろうが、それでも警戒せざるを得ないシロモノだ。レイが【トール・スキアヴォーナ】と名付けた魔法は、彼が知る限りで最高の貫通力を誇る。カテンダといえども、オリジナル準拠の多重属性魔法を防ぎきれる自信はないだろう。

 その上、今は【ブレイズ・バラージュ】を撃ち落とすために水属性の【アクア・バレット】を行使している。水属性は雷属性を防げない。エレメントの性質上、水は雷を貫通させてしまうのだ。【トール・スキアヴォーナ】を防ごうと思うのなら、一度【アクア・バレット】をキャンセルする必要がある。それでは魔法を解いたとたんに炎の餌食になってしまうだろう。

 レイは自分の策が上手くいっていることに、ひとまず安堵していた。自分の実力がカテンダに及ばないことは重々承知している。彼が攻勢にまわれば手も足も出ないことも理解している。

 だからこそ、レイはカテンダに攻撃の機会を与えてはならない。

 オリジナルスキルをフルに使いこなし、いとまなき攻撃によってカテンダの手を封じる。レイが勝つチャンスはその先にしかないと思っていた。


「やあああああ!!」


 身体を循環する魔力の密度をさらに高めた。限界を超えて強化しすぎると、身体がその負荷に耐えきれずに自滅する。レイはギリギリのラインまで魔力を注ぎ込んだ。

 剣を振る。

 カテンダは危なげなくレイの剣をいなしているように見えるが、顔には余裕が感じられない。やはり攻めあぐねているようだ。

 一閃、レイの剣先がカテンダの鼻先を掠める。

 剣の軌跡を追うように発散された魔力がきらめく。

 炎が降る中で剣を躱す二人を見ている者はいない。しかし、息を呑むような攻防は舞踊のごとくに美しい。

 レイはカテンダを攻めたてながら【トール・スキアヴォーナ】を撃つチャンスをうかがっていた。

 この魔法は囮でもあるが本命でもある。

 正真正銘、レイのもち札の中で最強格の魔法だ。無駄打ちなどもってのほか。

 隙をつくるために、【ブレイズ・バラージュ】でカテンダの足元を揺さぶってみた。カテンダは体勢を崩さずに、無駄のない動きで避けきってしまう。

 斬撃の合間に蹴りを混ぜ、火球の軌道を隠してみても水弾に相殺された。

 ――本当に隙がない!

 カテンダはレイがしびれを切らすのを待っているのか、冷静に守りに徹している。その油断なくレイを射抜く眼光が、焦燥感をかきたてた。

 達人たるカテンダと、突かず離れずの距離で斬り合うのは、想像以上にレイの神経をすり減らした。

 そろそろ決着を付けなければ。

 レイは勝負に出た。

 自分に当たる(・・・・・・)ことも承知の上(・・・・・・・)で、「ブレイズ・バラージュ」の密度を限界まで厚くした。

 つまり、逃げ道を塞いだ。

 ほとんど捨て身の攻撃だった。自分を巻き込まないように微調整していた弾幕を、範囲を絞って一点に威力を集中させる。当然ながら、カテンダを斬り合っているレイにも炎の散弾は降りそそぐ。

 カテンダは驚愕に目を見開いた。

 まさか、レイが命を捨てる覚悟で勝ちにくるとは、微塵も予想していなかったからだ。レイは、勝てないと見ればすぐさま撤退を選ぶタイプだと思っていた。無謀な戦いは望まないだろうと。

 しかし、カテンダの幻影は一つ誤解していた。

 忠実に彼を再現しようとするあまりに起きてしまったことだが、カテンダには迷宮で過ごしていた期間のレイの情報は与えられていない。そのために、レイの技量はともかく、その精神性については見誤った。

 レイは無謀な策に打って出たわけでもないし、命を捨てるつもりもない。

 生に執着するからこそ、最善だと考えた策を選択したまでである。

 逃走は不可能だと判断した。

 レイが背中を向けたとたん、カテンダの刃が襲いかかるだろう。とても逃がしてくれる相手ではないと思った。

 無傷で勝利するのも不可能だと判断した。

 いくらカテンダの攻撃を封じられても、攻めきれずに持久戦にもつれ込む。魔力的にも体力的にも、持久力はあちらの方が上だ。

 ならば、より確実に生き残れる方法で最大の魔法をぶち当てるしかない。

 カテンダの剣を体に受ければひとたまりもないし、魔法攻撃が直撃すれば行動不能になるだろう。だが、レイの、自分自身の魔法なら耐えられる(・・・・・)。【ブレイズ・バラージュ】がいくつか当たったところで、戦闘不能になるほどのダメージには至らない。

 ――多少(・・)は痛いし熱いけど、死ぬよりはずっとマシ。

 レイはカテンダの懐深くに飛び込んだ。

 ぐっと体を沈め、跳び上がる勢いを利用して突きを放つ。躱されるのは想定済み。突き出された剣を今度は横に滑らせた。

 【ブレイズ・バラージュ】によって行動範囲を制限されているカテンダは、剣を避けるよりも剣で受けとめる方を選んだ。

 キンッと甲高い音が炎のたてる爆音に混じる。

 一瞬の硬直。

 レイはこれを絶好のチャンスだと思った。

 限定されたフィールド、限定された動き、限定された魔法行使。

 右手を剣から離し、そっとカテンダの心臓の上に触れる。炎が掠め、肌を炙る熱も意識の外に置いて。

まだあどけない少年の顔が、嬉しそうな表情を浮かべた。


「僕の勝ちだよ。父さん(・・・)……」


 稲妻が走り、轟音とともに雷の刃がカテンダを刺し貫いた。


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