飛び込む人
俺の職場には、今とても嫌な空気が流れている。
理由は簡単。うちの課の課長と係長が先日の飲み会で喧嘩をしてしまい、今職場全体がピリピリしているのだ。
原因は、係長の失言だった……。
その場で謝ればいいものを係長も意固地になり、余計にややこしい空気になっている。係長が許可した案件を課長が却下したり、課長の指示で動いている人間に対して係長が違う指示をしたり……。
部下からすると、面倒くさい以外の何ものでもない。最悪だ。
そんな時、一人の先輩があるチラシを俺に見せてきた。
『人と人の溝を……埋めて見せます! プロダイバー! (有限会社飛び込み職人) 費用:時価』
うん。如何わしい。それ以外の言葉が思いつけない。
しかし、先輩は真面目な顔で、俺に相談を持ちかけてきている。この人には世話になっているので、無下にもできない。
「い……いいんじゃないですか?」
俺の口からは、それ以外言い様がなかった。ごめんなさい、先輩。
先輩が電話をかけ、事情説明をすると三十分ほどでそのプロのダイバーとやらがやってきた。
そいつは、フルフェイスに全身をライダースーツで……。何故か、スクーターに乗ってやってきた。
うちの事務所に入ってすぐの応接室で、先輩と俺から詳しい事情をきいたプロダイバーは……。
てか、よくその格好でビルの中に入れたな。コンビニでも、通報されるぞ? 俺が警備員なら間違いなく止める。
「それでしたらCコースで大丈夫です。料金は、消費税込みで三千円になりますがよろしいですか?」
「はい……」
此処まで来たら、どうにでもなれ!
うなずいて親指を立てたプロダイバー? は、おもむろにライダースーツとフルフェイスを脱ぎ捨てた。
全身が真っ赤なタイツに……夜店で売ってそうな戦隊物ヒーローのお面。
フルフェイスの中で、どうやってかぶっていたんだろう。いや、マジで。
プロダイバーは呆気にとられる職場の人達を気にすることなく、係長の元へ一直線に進んだ。
どうするつもりだ変態もとい、プロダイバー!?
プロダイバーはぽかんとしている係長の手をつかむと課長の前に無理やり引っ張って行った。そして、係長の後頭部を掴んで半強制的に頭を下げさせる。
ちょっ! 何してんだ、お前!
「はい! ごめんなさい! ほれっ! 声出して!」
「ご!」
「ご……」
「め!」
「め……」
「ん!」
「ん……」
「な!」
「な……」
「さい!」
「さい……」
係長……従うんですね。分かるような気がします。怖いよね。声……野太くて威圧的だし。
係長を謝らせた変た……プロダイバーは、課長に向き直ると。
「本人もこう言ってるし、あんたも許してやんなっ!」
そこで課長からひと言。
「誰だおまえはっ!」
「飛び込み職人です!」
そりゃ、課長も首かしげるって……。
「最後に、わだかまりが残らないように言っておく!」
頭のおかしい変た……プロダイバーが、課長を指さして最後の一言を残す。
「お前のヅラ! 会社のみんな気づいてるから、そんなことでもう怒るな!」
先輩から三千円を受け取ると、ダッシュで帰って行った。真っ赤な変態が……。
その後すぐ、パトカーのサイレンが聞こえた。
よしっ! がんばれ! 警察官!
その後、職場の空気は良くなった。そして、先輩が転勤した。
網走って、寒いんだろうなぁ……。