姉弟妹の絆 -新たな未来を求めて 赤のクリスマス後-
周と由姫と音姫の過去話はこれでおしまいです。
土砂降りという表現が正しいくらいの大雨。季節は冬だからどうしてこんなに大量の雨が降っていたかは当時のオレはわからなかった。ただ、割り当てられた部屋の中で土砂降りの雨を見ていた。
この中を出歩いたならどうなるだろうか。死ねるだろうか。
その時の心はまさにそうだった。どうすれば死ねるか、それを考えている状態。もちろん、精神的に疲弊していたと言うのもあるし、『赤のクリスマス』の光景を鮮明に思い出すことが出来たからだ。
オレや茜、楓に中村も『赤のクリスマス』から二年くらいはずっと悪夢にうなされていたかな。もちろん、目を瞑れば鮮明に思い出すこともできた。子供だから割り切ることが出来なかったと思うけど、それにしても、どうして記憶を失わなかったがかなり不思議だ。
本当なら防衛反応で記憶を失ってもなんら違和感はないはずなのに。
おっと、話がそれたな。ともかく、オレはその時は猛烈に死にたいと思っていた。食事を食べることは自発的にしなかったし、誰とも関わろうとはしなかった。そんなオレにしつこく構ってきたのが幼いころの由姫だ。あの頃の由姫は、いや、あの頃から由姫はオレにべったりだった。そして、食事も無理矢理オレに食べさせたぐらいに構ってきた。
まあ、怖い夢を見たっていいながた部屋に入ってきた時は思わず笑ってしまったけど。
オレがまだ生きているのは由姫がいるから。由姫がいなければオレは死ねる。だけど、由姫はいなくならない方がいいと思っていた。だから、少し前に音姉に腕を切られた時も由姫を守った。
あいつは本当に無邪気で守ってやりたいと思ったからさ。だから、オレは決めたんだ。由姫の前からいなくなろうと。見つからないくらい遠くに行こうと。
もちろん、大人に見つかれば確実に話を聞かれるし、もしかしたら補導されるかもしれない。それは遠くに逃げれば逃げるほど確率が上がる。だから、オレはこう考えた。
近くはないが少しだけ遠い位置に存在する隠れることが出来る場所。その時のオレは驚くことに魔術を発動してその場所を探していたんだ。そして、見つかった。
窓から見える範囲にある山の中に洞窟がある。その中が一番適していると。
だから、オレはすぐさま行動に移した。窓から身を乗り出してすぐさま家から飛び出した。
まあ、結論を言うなら無事に誰にも見つからずに洞窟に辿りつくことが出来た。出来たんだけど、オレは猛烈に後悔していた。だって、寒い。雨に濡れた体はすごく寒くてあっという間に体温が奪われていく。ここの大半は経験しているからわかると思うけど、年少時代は雨に濡れたらすぐに服を乾かすこと。
さもないと体が冷えて体力が奪われるだけでなく、下手したら夏なら体調を崩し、冬なら死に至る。もちろん、その時のオレは後者だった。
このまま寒さで死ぬ。ある意味なりたくないけど死ねるならいいかとそう思って目を瞑った。
多分、この時に意識を失っていたんだと思う。そして、次に意識が覚醒した時は温かさを感じて目を開けた時だった。隣を見ると、そこには同じように体中びしょ濡れになった由姫がいた。もちろん、驚いた。
由姫に見つからないように逃げたところで目を覚ましたら隣に由姫がいつんだぜ。一瞬、何のホラーだと思ったよ。だけど、オレが動いたからか由姫は目を覚まして寝ぼけ眼でこう言ってきたんだ。
「お兄ちゃん、おはよう」
この時、オレは負けたと思った。
逃げ切れないじゃない。逃げても由姫はどこまでも追いかけてくる。そして、無邪気に語りかけてくれる。それがすごく嬉しくて嬉しくて。
『赤のクリスマス』を受けてオレは全ての絶望を見た気分だった。でも、あんなに小さかった由姫の笑顔を見た瞬間、新たに生きたいって思えたんだ。そして、守りたいって。
ある意味これが、オレが『GF』に入るきっかけだったんだろうな。
「どうしてここにいるんだ」
「? お兄ちゃんがいるから」
回答になっていない。だけど、由姫は満面の笑みで返してくれた。
「濡れてまでどうしてオレに構うんだか」
「お兄ちゃんは守ってくれたよ」
由姫がオレにしっかりと抱きついてくる。そして、嬉しそうに笑みを浮かべた。
守ってくれたというのはあの時だろう。オレを殺そうとしたあの白百合音姫からオレを守るために前に飛び出した。もちろん、無謀だ。
無謀だけど、その時のオレは純粋に嬉しかった。だけど、死んで欲しくはなかったから守った。ただ、それだけのこと。
「バカ」
オレは小さく呟いて由姫をしっかりと抱き締めた。由姫の体は濡れている。オレも由姫も炎系の魔術は出来なかったから体温を奪われるのを最低限阻止したかったというのもある。
「お兄ちゃん、寒いね」
「ああ、寒い。だけど、暖かいな」
「私も」
由姫が笑みを浮かべる。その笑みにオレは笑みを返した。
「雨が止んだら遊ぼうよ。お姉ちゃんも一緒に」
「あの白百合音姫が遊んでくれるかな? 訓練だと言って遊ばないような」
「お姉ちゃんの訓練を邪魔する遊び」
「それ、遊びじゃないよな?」
オレは呆れたように溜め息をついた。でも、それも楽しそうかも。由姫と白百合音姫と一緒に日常を楽しむ。
でも、それでいいのだろうか。日常を楽しんでいいのだろうか。
いや、今はそんなことを考えている状況じゃないか。
オレがまた溜め息をついた瞬間、嫌な感じが頭の中で閃いた。思わず抱き締めていた由姫をオレの後ろにやる。
「お兄ちゃん?」
「大丈夫だ。大丈夫だから、由姫はオレの後ろに隠れていろ」
「ふーん。余裕なんだ」
オレの言葉に応えたのは由姫ではなく前にいる人物だった。
白百合音姫。
茜と同じで世界的に有名な天才。茜も白百合音姫もまだ子供という共通点はありながら成長すれば世界最強だと言われている。
その手には抜き身の真剣。殺す気満々だ。よく見つからなかったな。
「錆びるぞ」
「大丈夫だよ。錆びる以前に人を斬るんだから。どっちにしても刃こぼれして使えなくなるから」
「そっちの意味かよ」
洞窟の中だから奥に入るという手段もあるけど、今の由姫だと難しいか。
でも、白百合音姫も由姫も仲は悪くは無かったはずなのに。
「悪魔憑きか。厄介なものにかかっているな」
「悪魔憑き? 何を言っているかわからないよ!」
真剣が動く。オレはとっさに後ろに体を反らした。ギリギリで真剣を避けるが白百合音姫はすでに次の動作に向かっている。
すかさず前に踏み出して真剣を持つ右手手首を掴んだ。
「どうしてそこまでオレを殺そうとする!?」
悪魔憑きの対処法は確か、ストレス又はそれに近い何かの原因を探し出すことが先決だったはず。だから、聞かないと。
「君にはわからないよ!」
しっかりと右手手首を掴んでいるはずなのにどんどん押し込まれていく。やっぱり力が違う。このままじゃ押しきられる。
「白百合家の歴史で最強の才能を持つと言われ、昔からずっと遊ぶ暇なく勉強や訓練していた気持ちはわからない! どうして私は遊べないの? 気楽に暮らせないの? 由姫は昔から遊んでいるのに、邪魔しているのに、私だけどうして?」
一番最悪のパターンだな。
オレは小さく笑った。そういう天才の部分で起きる悪魔憑きは一番質の悪いものではある。
簡単に言うなら人殺しに走りやすい。今の白百合音姫みたいに。
「そうかもな」
由姫の気持ちがよくわかる。本当によくわかる。オレも同じだったから。だから、白百合音姫の気持ちはわからない。その立場とは真逆だから。
「殺す。私の邪魔をするあんた達を殺す! 殺すんだから!」
「邪魔をするからか。なあ、あなたはオレ達みたいな凡人以下の気持ちを考えたことがあるか?」
その言葉に白百合音姫の動きが止まった。
「確かに、才能のある子供は周囲からの期待も強い。だけどな、その兄や妹の気持ちを考えたことがあるか? 才能がない魔術が使えない。一族の中にいる欠陥品。そんなことを言われたことがあるか?」
「そんなの、私と比べたら」
「魔術が使えないから一族の全てから見捨てられたオレの気持ちがわかるか? 魔術が使えないということだけで親族の誰もが引き取りを断った。オレが何をしたって言うんだよ。ただ、生まれが少し違うだけでどうしてここまで言われなくちゃだめなんだ!? オレは生きている価値があるのか?」
「それは」
白百合音姫が腕を下ろす。対するオレも手を離した。
「オレ達はあなたの苦労はわからない。それと同じように、オレ達の苦労もあなたはわからない。オレからしたら羨ましいよ。大切にされているんだろ? 本当に羨ましい」
今のオレからしたら考えられない言葉なんだけどな、当時のオレは本当にそう思っていた。
羨ましい。そう、本当に羨ましいのだ。孤独だったオレ達と比べて、音姉は大切にされた。一族から大切に。
「なんでそんなことを言うのよ。私はどうすればいいのよ? 二人を殺すつもりで来たのに。殺さなければならないって思ったのに。なんで二人も苦悩してるのよ。これじゃ、私だけが悪役じゃない」
「そうかもな」
オレは苦笑した。そして、白百合音姫の手を掴む。
「だからさ、これからは三人で苦悩していけばいいんじゃないか? 言いたいことは隠さず言ってさ。傷つけるかもしれない。だけど、信頼していこう」
「私も、お姉ちゃんともっと遊びたい。お兄ちゃんとも遊びたい。たくさん、遊びたい」
いつの間にかオレの隣には由姫がいた。そして、左腕を抱きかかえてくる。
そんな由姫を見た白百合音姫はフッと笑みを浮かべた。
「今まで、私は何をしていたのかな? 一人ですっと、勘違いしていたのかな?」
「気にすることはないんじゃないか?」
オレは気軽にそう言った。
「これから、なんだから。そうだろ、音姉」
「音姉?」
「音姫お姉ちゃん。略して音姉。駄目だったか?」
オレの言葉に音姉はクスッと笑った。そして、そのままオレに向かって手を伸ばしてくる。
「いいよ。よろしくね、弟くん」