天才パズラー答えの無いパズルに挑む
パズル。
それは神が人間に与えし最高の知恵の鍵。
パズル。
それは唯一無二の答えを探し出す人に託された使命。
パズル。
皆さんは、答えの無いパズルの存在を知っているだろうか。
俺は、答えの無いパズルに全てを賭けた存在。
俺は自称天才パズラー。
人声が騒がしいこの場所に、答えの無いパズルは存在する。俺はこの場でパズルを解き続ける。天才パズラーである俺は、騒がしいこの場でパズルを前に精神統一を図る。
ここは大型スーパーのレジ。最近は価格低下の代わりに袋詰めをセルフサービスとする店が多い。もちろん、この大型スーパーもその類だ。答えの無いパズルは、レジの会計を終えた後に現れる。俺が住む市では、環境保全のためレジ袋有料化の条例が施行され、俺が愛用する大型スーパーもレジ袋無料配布サービスを終えてレジ袋有料となっていた。この不景気の中一枚五円のレジ袋代を支払うのも煩わしく、男だてら恥を忍んで毎度エコバックを持参していた。
天才パズラーである俺のように勘の良い人ならば、パズルの枠とピースは容易く想像できるだろう。パズルの枠は俺が持つエコバック。そしてパズルのピースは、俺が今しがた会計を終えた買い物カゴ一杯の商品。俺の持つエコバックは数年前に母がくれた優れもので、何でも買い物カゴにぴったり納まる買い物カゴ型。会計の時に買い物カゴにセットすれば、レジの店員がカゴの中身を移すと同時にエコバックの中に商品が入るという仕組みだ。しかし、買い物カゴにエコバックをセットするのに時間がかかり、他の買い物客から白い目で見られるため、そのような使い方をすることはない。第一、そのような使い方をすれば、天才パズラーの腕の見せ所が失われてしまう。
四角のナイロン製の袋の中に、俺は商品を入れていく。店員のように詰めれば美しく入るはずだが、プラスチック製のカゴとナイロン製の袋では同じようにいかない。今日のピースは俺の一週間分の生活道具。食料、日用雑貨、その他もろもろ山のように入っている。美しく詰めれば、何の問題もなく全て入るはずだ。難関は、卵と二リットルの水、三つのカップラーメン、そんなところだ。これは神聖なるパズル。答えのないパズル。精神統一を図り、俺は一つ息を吐いた。
天才パズラーの俺が、神聖なるパズルを前にしているとき、一緒の台で商品を詰めているおばちゃんに目が向いた。彼女は使い込まれた持参のエコバックに、無茶苦茶に商品を詰めていた。同時に、トイレットペーパーのように丸められたセルフサービスのビニール袋を勢い良く巻き取り始めた。遠慮なく、ガタガタと音を立てて何周にも巻き取るのだ。エコバック持参による環境保全の何の意味もなさない行動。レジ袋有料化を決めた政治家が顔色を悪くするような光景だ。もちろん、俺自身も一枚五円のレジ袋代が惜しくてエコバックを持参している組。彼女と同類だが、同じように見られたくなかった。
気を取り直して、俺はパズルに挑んだ。俺が編み出したセオリーは、形のある大物から入れていくこと。まずは五つの冷凍食品を底に詰めていく。立てて入れるべきか、横に入れるべきか、ここで全てが変わる。俺は横に入れる道を選んだ。五つの冷凍食品を重ねて、その横に三つのカップラーメンを積んだ。慎重に牛乳を立てて置く。パンは潰れやすいから、冷凍食品の上に置く。立てて置いた牛乳の横に、缶ビールを三本入れる。いや、正しく言えば第三のビールを三本入れる、という表現が正しい。次は買った惣菜を三パック、第三のビールの上に重ねた。
ここで食料品は一度休み、次に雑貨へと移る。歯ブラシと歯磨き粉、安売りのシャンプー。洗濯用洗剤。食料品と入れると匂いが移ると嫌う人もいるが、俺は気にしない。このパズルのピースを全部入れてみせる。空いた隙間に洗濯用洗剤を入れて、上に安売りのシャンプーを乗せる。歯ブラシと歯磨き粉は適当に放り込む。
残るピースはあと少し。ここで二リットルの水の出番だ。二リットルの水を第三の缶ビールの横に立てて入れた。ここまでは順調だ。俺は解決の糸口を探しながら、最後の卵を慎重に手に取った。十個入り、百九十八円。一つ二十円。一つたりとも割ることは許されない。俺は、第三のビールの上の惣菜の上に卵を乗せた。
――勝った!
俺は心の中でガッツポーズをした。
しかし……
ナイロン製のエコバックはプラスチック製の買い物カゴとは異なる。いつものように、この事実に天才パズラーの俺は負けるのだ。
卵を乗せた瞬間、卵の下にある三つの惣菜パックはは第三のビールの上を滑り落ちた。微妙なバランスで積まれたパズルのピースは、些細な衝撃で絶妙なバランスを崩し、積み上げたカップラーメンが崩れナイロン製のエコバックの中で横倒しになった。崩れを修正しようと手を入れたとき、洗濯用洗剤の上に乗せたシャンプーが落下した。衝撃で二リットルペットボトルが横倒しになり、卵の上に倒れこんだ。一個当たり、約二十円の卵が一つ割れて、パックから流れ出した白身がナイロン製のエコバックの中に零れ落ちる。
俺は天才パズラー。答えのないパズルに今日も挑む。
今日のパズル、果たして何が正解だったのだろうか。
果たして、敗因は何だったのだろうか。