『依頼者の覚悟と、魂の契約』
境界都市グレイハーフの夜は、静かで、そして残酷だ。
昼間の喧騒が嘘のように消え、
街灯の明かりだけが石畳を照らしている。
その光の外側──闇の中で、
人々の“願い”と“絶望”が蠢いていた。
レイルは、依頼者エリオットと別れた後、
しばらく夜風に当たりながら歩いていた。
魂契約を結んだ直後の、あの独特の感覚。
依頼者の魂の一部が、自分の中に流れ込む感触。
それは、温かさと冷たさが同時に押し寄せるような、
奇妙な感覚だった。
(……あの人は、本当に覚悟していた)
レイルは思う。
依頼者は、ステータスの半分を差し出す。
そして死後、残りの半分もレイルへ渡る。
その代償として──
輪廻から外れる。
生まれ変わりも、再生もない。
魂はそこで終わり、消える。
それでも依頼する者は、
“この人生で終わってもいい”と覚悟した者だけだ。
エリオットは、その覚悟を持っていた。
翌日、レイルは依頼の詳細を確認するため、
エリオットの宿泊している安宿を訪れた。
部屋は質素で、家具も最低限。
窓から差し込む光が、埃を照らしている。
エリオットは椅子に座り、
小さな木箱を抱えていた。
「……これは?」
「妻の……遺品です」
木箱の中には、
小さな髪飾りと、手紙が一通。
髪飾りは、花を模した可愛らしいものだった。
手紙には、震える文字でこう書かれていた。
『エリオットへ
あなたと出会えて幸せでした。
どうか、どうか生きてください。
私はあなたを愛しています。』
レイルは静かに目を閉じた。
「……奥さんは、優しい人だったんですね」
「はい……。
あの人は、いつも笑っていました。
どんなに貧しくても、どんなに辛くても……」
エリオットの声が震える。
「……あの貴族に目をつけられたのは、偶然でした。
あの日、妻は買い物の帰りに……」
言葉が途切れ、涙が落ちる。
「私は……守れなかった。
だから……せめて……」
レイルは黙って聞いていた。
依頼者の過去を聞くのは、
暗殺者としては無駄な行為だ。
だがレイルは、
依頼者の“覚悟”を知るために、
必ず話を聞くようにしていた。
「……では、契約の続きを」
レイルは手を差し出した。
エリオットは震える手で、
レイルの手に触れる。
その瞬間──
淡い光が二人の間に広がった。
エリオットの胸元から、
透明な糸のようなものが伸び、
レイルの胸へと吸い込まれていく。
「……っ……!」
エリオットの体が震える。
ステータスの半分が削られる痛み。
魂の一部が抜け落ちる感覚。
レイルは冷静に見つめていた。
(……やはり、魂の質が高い)
エリオットは一般人だが、
魂の“強度”は高かった。
だからこそ、
妻を失っても壊れず、
ここまで来られたのだろう。
光が収まり、エリオットが息を吐く。
「……これで……契約は……?」
「はい。
あなたは輪廻から外れました」
エリオットの顔が青ざめる。
「……本当に……戻れないんですね」
「ええ。
あなたの魂は、もう循環しません」
恐怖が、エリオットの瞳に宿る。
だが──
「……それでも、お願いします。
妻のために……私は……」
その瞳には、確かな覚悟もあった。
「……レイルさんは、どうして……
こんな仕事を?」
エリオットが問う。
レイルは少しだけ目を伏せた。
「……俺は、捨てられたんです。
幼い頃、親に。
口減らしのために」
エリオットは息を呑む。
「孤児院に拾われて……
そこで暗殺術を叩き込まれました。
生きるために、殺すしかなかった」
レイルの声は淡々としている。
「でも……依頼者の覚悟を見て、思ったんです。
“この人の願いを叶えるために殺すなら、
俺の生き方にも意味があるのかもしれない”って」
エリオットは静かに頷いた。
「……あなたは、優しい人ですね」
「優しくなんてありませんよ。
俺はただ──」
レイルは紅い瞳を細めた。
「“殺す理由”が欲しいだけです」
その言葉は冷たく、
しかしどこか悲しげだった。
「……レイルさん」
エリオットは深く頭を下げた。
「どうか……妻の仇を……お願いします」
「必ず」
レイルは短く答えた。
その瞬間、
エリオットの魂がわずかに揺れた。
恐怖と覚悟が混ざり合い、
それでも前へ進もうとする魂。
レイルはその魂の“強さ”を感じ取った。
(……この人の願いは、叶えなければならない)
レイルは静かに立ち上がる。
「では、行ってきます」
「……お願いします……!」
エリオットの声が震える。
レイルは部屋を出る前に、
ふと振り返った。
「……あなたの魂は、俺が背負います」
その言葉に、
エリオットは涙を流した。
夜。
レイルは再び黒髪に変装し、
紅い瞳を宿す。
暗殺者としての姿。
「……依頼は必ず遂行する」
その声は冷たく、
しかしどこか優しさが滲んでいた。
レッドアイは闇へと消える。
依頼者の覚悟を背負い、
魂の契約を胸に刻み、
ただ一つの目的のために。
──“殺す理由”を、確かめるために。
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