「てぇてぇパワー」
―――――視界が戻ると、私達三人は、例のあの部屋に戻ってきていた。
「ふぅ。ただいま、っと」
「わ!?……す、すごい!!瞬間移動だ!…………って、あり?これが異世界?なんか思ってたのと違うんだけど……」
「違うよ、空音。ここは…………」
…………あれ。
そういえば、結局ここって何のための部屋なんだっけ?忘れた。というかそもそも聞いてない気もする。
「??うん。ここは…………なんなの、琴葉」
「……えっとぉ……」
「ここは、我々女神の休憩所みたいなものさ。私達だってずっと働き続けるってわけにはいかないからね。適度な休憩も必要なのさ」
「あ~……。そうだったんですね」
「いや琴葉も分かってなかったんじゃん……」
目を細めながら覗き込んでくる空音に、私はわざとらしく顔を背ける。
―――――と。
「ユーリ様の場合は、適度どころじゃないくらい休んでますけどね」
後ろから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。。
「やあメナちゃん、ただいま」
「お帰りなさい。……まったく。現世に降臨して、しかも人間に憑依するだなんて。いくらなんでも無茶苦茶すぎます」
「ははは、ごめんごめん。でもああするしか方法はなかったのだから仕方ないじゃないか。特に問題も起きなかったわけだしさ」
「……はぁ。それはそうですが……」
メナちゃんが呆れかえったように大きなため息を吐く。
……この人の下で働くのって滅茶苦茶大変だろうなあ……。
「ねえ琴葉。この子ってだれ?」
「ちょ、ちょっと空音。『この子』呼ばわりはダメだよ。こちらはメナ・トートイアちゃん。ユーリさんのお仕え役で、次期女神様なんだから」
「えっそうだったの!?ご、ごめんなさい……!」
「あはは、いいんですよ空音さん。実際、私はまだ子供ですからね」
そう言って、メナちゃんは優しく可愛らしい笑顔を見せる。
その姿は、紛れもない女神……というより天使のようだ。
「それより、うまくいったみたいで良かったです。にしても琴葉さん、魂だけの状態で一体どうやって空音さんと話せたんですか?」
「えっ!?そ、それは……その……わ、私にもよく分かんなくて。ははは……」
……あのことは、流石に誰にも教えられない。墓場まで持っていく。
というか、なんであれでいけたのかは私もよく分かってない。
「ふむ……まあいいだろう。それでは、君達を異世界に送るための準備といこうか」
「えっ?準備って何ですか、ユーリさん?」
「フフ。二人とも、少しじっとしていてくれるかな」
「は、はい……」
「はーい!」
「んんん……!むむ……!」
ユーリさんが私達に向けて手をかざしながら唸る。
「―――よし、と。異世界の言語を君達にインストールした。これで異世界の住人達と問題なく会話できるはずだよ」
「あ……そ、そっか。そりゃ当然言葉も違うか……」
「ありがとう、ユーリさん!」
「フフッ、驚くのはこれからさ。ではいよいよ、君達に異世界で戦い抜くための力……転生特典を与えよう!」
「「!!」」
転生特典……チート能力。異世界転生の醍醐味だ。
……でも、なんだろう。嫌な予感がする。
「受け取りたまえ。その名も…………『てぇてぇパワー』!!!」
…………え?
「『てぇてぇパワー』??」
「……?」
私、そして空音とメナちゃんが揃って首をかしげる。
「ほら琴葉君、空音君。これを」
「っ!?」
ユーリさんが、私と空音に一つずつ小さな何かを投げた。
これは……指輪……?
「これ、何ですか……?」
「指輪……。もしかして、魔法の指輪!?」
空音が目を輝かせながら言う。
「ま、そんなところかな。さぁ、早速この指輪を左手の薬指にはめてみたまえ。そうすれば、君達に『てぇてぇパワー』が備わるというわけさ」
「えっ」
「左手の薬指……ですか?」
……この女神様、完全にやっちまってますわ。
なに?左手の薬指って。流石に狙いすぎでしょ。
「ユーリ様…………」
メナちゃんがドン引きしたような目でユーリさんを見つめる。
「あの、その指じゃないとだめなんですか?」
「うむ。他の指では力を発揮できないんだ。こればかりはどうしようもなかった」
「……本当ですか?」
「うむ。本当さ」
私の問いに、ユーリさんは目をそらしながら答える。
「ふ~ん…………ま、いっか!」
「え。い、いいの?」
「??うん。ほら、琴葉も早く着けなよ!……もしかして、恥ずかしがってるの?」
「は、はあ……!?そ、そんなわけないでしょ!」
「じゃあ別にいいじゃん!……ほら貸して、自分で着けられないんなら私が着けてあげるよ」
「えっ?い、いや自分で……」
「いいからいいから。…………はい、オッケー!」
「…………ん、ありがと……」
…………恥ずかしい。
指輪はめてもらう時、これ結婚式みたいだな、と内心ちょっとだけ興奮してしまっていた、ユーリさんと同じ思考の自分が。
……ちなみに、当のユーリさんは……?
「……素晴らしい……この世の全てに、ありがとう…………」
なんか昇天してる。
「琴葉さん、空音さん。なにか体に変化はありますか?」
「え?あ……どう、なんでしょう……?」
う~ん……。
もう既に、私の体にその力が備わっているのだろうか。
でも、特に何か変わったような感じは…………
「ねえ琴葉」
「え?」
「―――せいっ」
「痛っっ!??」
隣から呼ばれ、振り向いた瞬間に空音がデコピンをお見舞いしてくる。
「ちょ……!?い、いきなり何すんの!」
「う~ん……。ねえユーリさん、そのなんちゃらパワーっていうの、ほんとに発動してるの?何も起こってないような気がするんだけど……」
「え、今私の体で試したの???むしろ何か起こってたら私死んでるんだけど。自主規制レベルのグロシーンになるところだったんだけど」
「……………………」
「ユーリ様。……ユーリ様!そろそろ帰ってきてください」
「はっ!?……っと、すまない。その指輪に私の力を注がなければいけないんだった。忘れていたよ」
いや、忘れてたって……。
そもそも本当に指輪する意味あるのこれ?
「すまない、左手を出してもらえるかな?」
「は、はい……」
ユーリさんが手をかざすと、私達の指輪がピンク色に光った。
「よし。これで完璧に備わったよ。私の生み出したチート能力……『てぇてぇパワー』がね」
「チート能力、ですか……。そんな名前の能力は聞いたこともないのですが……」
「あっ、私も私も!!そもそも、『てぇてぇ』ってどういう意味なんですか?」
「『てぇてぇ』とは、『尊い』という意味を持つインターネットスラングでね。百合展開……つまり、二人の少女が愛し合っているのを思わせるような描写がとても素晴らしい時に使う言葉さ」
…………へ?
あ、やっちまってますわ。
この女神様、しっかりやらかしました。
ドン引きする私とメナちゃん。そして、キョトンと不思議そうにする空音。
そんな私達を、ユーリ(さん)が一人だけ楽しそうにニコニコしながら続ける。
「そしてだね。『てぇてぇパワー』は、そんな『てぇてぇ』という感情をエネルギーに変える能力。簡単に言えば、琴葉君と空音君が百合百合しているところを私が見て、私が『てぇてぇ』と感じれば、君達の力が飛躍的に向上するというわけさ」
あ、もうその意図を隠そうとすらしなくなったんですね。
やばすぎ。いくら空音でも流石にここまではっきり言われたら…………
「う~ん。よく分かんないけど、琴葉と一緒に仲良く戦えばいいってこと?」
…………大丈夫だった。よかった。
「ま、まあそんな感じ……なんじゃない?知らないけど」
「だったら簡単だよ!私達、もうとっくに仲良しだもん。ね、琴葉!」
言いながら、空音が私の腕に組み付いてくる。
「ちょ……!いきなりなに……!?」
「だって、仲良くしなきゃいけないんでしょ?」
「いや、それは……そうかもだけど……」
「~~~っ……!『てぇてぇ』……!!」
『てぇてぇレベル80!!』
「え?―――――痛たたたたたたた!!!!!」
突然、二つの指輪から謎の声が発せられた。
と思ったら、空音の力がいきなり強くなり、私の腕に激痛が走る。
「え!?ごめん琴葉、そんな強くしてるつもりはなかったんだけど……」
「いったた……。腕引きちぎれるかと思ったよ」
「……ふふ……さっそく発動したようだね。今のが『てぇてぇパワー』の力さ。琴葉君の体の強度も上がっていたから、空音君からしたらあまり変わったようには思えなかったかもしれないがね。普通の人間相手なら、本当に腕が引きちぎれていたくらいの力だろう」
え、こわ…………。発動するのが二人同時でよかった。
「へえ……。ねえ琴葉、もっかい……」
「やんないよ。ぜっっったいやんないからね」
「ハハハハ。物足りないのなら、異世界に行ってから存分に試すといいさ。……では、そろそろ時間かな?」
ユーリさんが手を上にかざし、パチンと指を鳴らす。
すると、私達四人の体から光の玉が溢れ出してきた。
……ん?
「私達四人」……?
「えっ?……あの、ユーリ様。何故か、琴葉さん達だけでなく我々も光っているのですが……?」
「うん、もちろん。私達も一緒に異世界に行くのだからね」
「…………へ?」
メナちゃんが驚きの声を上げるとともに、私達四人は光に飲み込まれた。




