告白の力
視界が開けると、私は、どこか見覚えのある場所にいた。
私が通っている……いや、通っていた学校の、屋上に通じる階段だ。
なんでこんな所に……?
階段のしたの方から賑やかな声が聞こえてくる。
今は休み時間なのかな?
じゃあ、とりあえずあっちに行って空音を―――――
―――――と、その時。
「…………」
「……!?え……」
階段の下から、空音が現れた。
「空音!?なんでこんな所に……いや、まあいっか!ちょうど良かった、空音に話があるんだけど……」
「…………」
「空音?」
空音は、私を素通りして屋上へと続く階段の最上段に腰を下ろすと、膝を抱え込んで顔を隠した。
……あ。
そうか。今の私、誰にも見えないんだった。
く……どうすれば空音と話せるの……!?
「…………。ことは……」
「えっ?空音、気づい…………」
空音は、震える声でポツリと私の名前を呼んだ。
でも、顔は膝にうずめたまま。
……泣いてる。悲しんでるんだ。
きっと、私が死んだせいで。
「空音。……空音!聞こえる!?私だよ!私、ここにいるよ!」
「…………ごめん……」
「!!聞こえる!?見える!?私、ここだよ!」
「ごめんね琴葉……ごめんね、私のせいで……」
「何言ってるの!空音のせいなんかじゃないってば!あのね……」
「…………」
……ダメだ。聞こえていない。
どうする……。どうすれば空音に気付いてもらえる……!?
「……あ。もう行かなきゃ……」
立ち上がりながら袖で涙を拭うと、空音は階段を下り始めた。
「待って!」
私は慌てて、空音の肩を掴んで制止しようとする。
しかし、私の腕は空音の体をすり抜けてしまう。
空音を教室に行かせてしまったら、もう空音と話せるチャンスはないかもしれない。
一人でいる今が最初で最後のチャンスかもしれないんだ。
「やばい……!待って!空音待って!」
「…………」
「~っ!!!……どうすれば……!!」
まずい。他の生徒がいるような所まで行ってしまう。
どうにかして空音に認識してもらわないと!
でももう考えてる暇はない!何か!何か行動を起こせ私!
何か……!何か……!!
…………くっ……!
ああもう、どうにでもなれ!!
私は、空音に向かって勢いよく飛びついて。
「空音!!好き!私、空音のこと大好きだよ!顔も声も雰囲気も全部可愛すぎるし!笑顔とか天使すぎて毎回直視できてないし!その上なんだかんだ私の好きなことに付き合ってくれたり、私が寂しそうにしてたら構ってくれたりで滅茶苦茶優しいし!私、まだまだ空音と一緒にいたい!空音が他の人と一緒にいるところなんて見たくない!できるだけ私だけと仲良くしてほしい!お願い空音、好き!!大好き!!!」
―――――思いっきり、私の心の内を全部ぶけまけてやった。
…………いや。
いやいやいやいやいや。いくらなんでもやっつけすぎる。
我ながら愛情表現が下手すぎるわ。
最後の方なんて、激重のメンヘラ女子みたいになっちゃってたし。
ああ、恥ずかしすぎる。空音の顔が見れない。
抱き着いて下を向いたまま、上を向くことができない。
…………って、ん?
あれ?私、なんで空音の体に抱きつけてるの……?
「…………琴葉……?」
…………え?
その言葉にハッと顔を上げると、空音と目が合った。
空音は、振り向いた姿勢のままキョトンとした目で私の顔を見つめている。
私の姿が見えている。
「う、うまくいった……?ま、まじで……?」
「……ねえ!ほんとに琴葉なの?」
「…………う、うん!そうだよ!あは……やった!空音と話せた……!」
「……でも、琴葉ってあの日、事故で……!生きてたの……!?」
言いながら、空音の目からは涙が溢れ始める。
その姿を見た瞬間、私は、今度は正面から空音の体を抱きしめていた。
「ううん。死んじゃったのは本当。……ごめんね。悲しい思いさせちゃって」
「な、なんで琴葉があやまるの!あの時琴葉が事故に巻き込まれちゃったの、私のせいなんだから……!謝りたいのは私の方だよ……!」
「そんなの気にする必要なんてないよ!空音のせいだなんて、これっぽっちも思っちゃいないんだから」
「気にするよぉ……。……でも、じゃあどうしてここに?……生き返ったの!?」
「ああ、えっとね。そうじゃなくて――――」
――――と、その時。
私の体が突然光り出し、光の泡のようなものが全身から出始めた。
「!!やば……!もう時間……!?」」
「ど、どうしたの琴葉!?」
「えっと、空音!ごめん、もう時間無さそうだから単刀直入に言うね。私、今は死んでる状態なんだけど、これから生き返れるかもしれないの」
「えっ!?ほ、ほんとに!?」
「うん。でもそれには条件があってさ。異世界に行って、魔王を倒さなくちゃいけないんだよね」
「い、異世界?そ、それって、最近よく聞く異世界転生ってやつ……!?」
「そうだと思う。……それで、お願いがあるんだけどさ」
「なに?」
「……あのね。空音も、私と一緒に異世界に来てほしいの」
「…………え?それって、私も異世界転生するってこと??」
「う、うん。その……異世界に送り出してくれる女神様が、二人じゃないとダメって言っててさ。理由は…………よく分かんないんだけど」
……流石に、その女神様が百合好きだからとは言えない。
「そうなんだ……」
「……ま、まあ無理して行く必要はないんだよ?空音には、この世界での生活があるんだしさ。私に付き合う義理なんてないから……」
「何言ってるの!!行くに決まってるじゃん!」
「えっ?…………いいの?」
「いいに決まってるでしょ!琴葉を助けるためならなんでもするよ!」
「…………!!空音、ありがとう!」
「へへへ。私も異世界ってとこ行ってみたいし。ていうかそっちの方がメインの目的かもー?」
「ええ!?ちょっと、何よそれ!?」
「あははは!!冗談だってば!」
…………よかった。
これで異世界に行ける。そこで魔王を倒せば、生き返ることもできる。
そして何より、空音と一緒に。……それが一番嬉しいかも。
「よーし!で、異世界に行くにはどうしたらいいの?」
「え?……あれ?」
「?」
空音を説得した後、どうすればいいかの説明ってあったっけ。
……え、なかったよね?
そういえば、一番大事なところの説明ってなかったよね??
「え……と……」
「え?ちょっと琴葉?」
「……聞いてない、っすねえ……」
「ちょっと!?一番大事なところじゃないの!?」
「そうだよ、一番大事だよ!なんでそこを教えてくれなかったのあの人!」
「……ん?ていうか琴葉、なんか足消えていってない?」
「ん??」
足元を見ると、確かに下から上に、スーッと足が消えていくのが分かる。
なんならもう膝より下は無くなっている。
「やばいじゃん、どうすんの!?」
「そ、そんなこと言われても!ど、どどどどうしよう!?」
「えええ!??」
―――――と。
「おいコラ!!お前達!そこで何を騒いでる!?」
突然、後ろから聞き覚えのある声で怒鳴られた。
びっくりして振り返ると、生徒指導の鬼教師、剛田先生が立っている。
「ひっ!ご、ごめんなさい!!」
「す、すみませんでした。…………ん?」
お前「達」……?
私が見えてる??
「なっはっはっは。冗談だよ冗談。やあ琴葉君。それに、君が空音君だね?」
さっきまでの恐ろしい雰囲気からガラリと変わって、剛田先生は笑いながら、聞きなじみのある口調で私たちに話しかけてきた。
「も、もしかしてユーリさん……!?」
「イグザクトリー。どうやらうまくみたいだね。いやあ良かった良かった。恋のキューピッド、ユーリ様が迎えに来たよ」
「ちょ……!?」
こ、恋のキューピッドって……!
そんな風なことは空音の前では言わないって言ってたのにさあ……!
「??ねえ琴葉、どういうこと?ユーリさんって?」
「あ、ああ、えっとね。さっき言ってた女神様だよ」
「え……!?女神様って剛田先生のことだったの……!?」
「いや違うわ。どう考えてもそんな訳ないでしょ」
「ハハハ、この姿は仮のモノさ。こっちの世界に来るために、ちょっとばかし体を拝借させてもらっていてね」
……ユーリさん、そんなことまでできるんだ。
それなら私もそういう感じでやらせてもらえばよかったのでは……。
「では、空音君。異世界に行くための準備をしよう」
「準備??」
「うむ。少し後ろを向いて貰えるかな?」
「う、うん……」
ユーリさんが空音の背中に手を置く。
「―――――はっ!!!」
「わっ!??」
そして、その瞬間。
まるで幽体離脱のように、空音の体から半透明な空音が出てきた。
「んん……?あれ!?私が目の前にいる!!」
「……!ユ、ユーリさん。これって、空音の魂を抜き取ったってことですか……?」
「イグザクトリー。……さて、次は……っと」
ユーリさんが手を上に向けると、その上に青い炎のような球体が現れる。
そしてそれは、空音の体へスーッと入っていった。
「…………」
すると、空音の体が動き出し、階段を下りて行ってしまった。
空音の魂はここにあるのに。
「よし。これで空音君の体は大丈夫だね」
「わぁ……ありがとうユーリさん!」
……一体あれはどうなっているんだろう。
なんか……大丈夫なの?いろいろと……。
「さて。琴葉君の魂も消えかかっていることだし、一旦あの部屋に戻るとしようか」
「え?……うわっ!?」
私、気づかないうちに首元まで消えてる!?
「あはは、琴葉の生首だ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!あの、は、早くお願いします!」
「ははは。分かっているとも……それっ!!」
ユーリさんが手を振り上げると、あの時と同じようにその手が光り輝き、私もまた思わず目を閉じた。




