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人生最後の光景

夕方の穏やかなオレンジ色の日差しが差し込む放課後の教室。


そこにいるのは、私と、私の親友である暁月空音の二人だけ。いつもはクラスメイト達の会話で賑やかな教室が、嘘みたいに静まりかえっている。

夕日に照らされた空音の顔は、明るくおちゃらけたいつもの空音の笑顔とは違う。

照れ臭そうに頬を赤く染め、視線は私を避けるように斜め下に泳いでいる。


そんな空音の姿を見ていると…………いや、私の方も、空音を直視できない。

頬が熱い。きっと今の私の顔は、夕日のせいにも出来ないくらい真っ赤だ。

二人の緊張で静まり返った教室に、自分の心臓の鼓動だけが響いていく。


「――――あのね、琴葉……」

しばらく続いた静寂を、空音の声が破った。


「……う、うん。な、なに、空音……」

声がひっくり返りそうになりながら、なんとか言葉にして返す。


「…………私ね、琴葉のこと……」

「う、うん……」


「す―――――起きて」


…………え?


「起きて…………起き……おーきーて!おーきーて!」


??え、は?ちょっと、何これ。待っ…………―――――




……。

…………。

………………。




「―――――おーきーて!!おーきーて!!」

「んん…………あ……え?」

「あっ、起きた!も~……こんな朝から寝てるなんてさあ。どーせ昨日も夜遅くまでゲームやってたんでしょ?」


―――――うまく開かない目を擦りながら辺りを見回すと、そこは、爽やかな朝日の差し込む教室だった。

周りでは、クラスメイト達が楽しそうに会話をしていて、教室の中は賑やかな空気に包まれている。


……そっか。


「夢か……」

「へ?夢??」

「あ、ううん、こっちの話。空音にはまっったく関係ないことだから気にしないで。ていうか、なんで当たり前のように違うクラス入ってきてんの」

「いいじゃん、まだ朝のホームルームも始まってないんだし。それより、夢ってなに?琴葉、どんな夢見てたの?」

「だから、空音には関係ないってば」

「それでも気になるじゃん!いいから教えてよ!」

「……だめ。秘密」

「え~、なにそれ!」


……言える訳がない。

あんたに告白される夢、なんて。そんなの、むしろ私から告白してるようなものだ。


そう。

私は今、幼馴染の空音に、密かに恋心を抱いているのだ。友達としての好きではなく、恋愛的意味で好きなのだ。女の子同士なのに。


中学生の頃くらいまでは、普通に友達として好きだった。親同士が知り合いで、物心ついた時から知っている、いわゆる幼馴染ってやつ。

人見知りで、友達付き合いが苦手な私にとっての唯一の友達で。いつも隣にいてくれて、楽しい時もつらい時も、ずっといっしょに過ごしてきた。……つもり。


でも、私と違って明るくて人懐っこい空音は、やっぱり友達もそこそこ多くて。

そして、だんだん私以外の人といる時間が多くなってる気がして…………嫉妬やら独占欲やらいろいろと拗らせた結果、気づいたら空音のことを好きになってしまっていたのだ。


……あんな夢を、何度も見てしまうくらいには。


「ねーえ、琴葉ー?だんまり決め込む作戦?別にいいじゃん、夢の内容くらい教えてくれたってさあ。気になるじゃーん」

「や」

「なんで」

「や」

「なんで!」

「やだったらやだ」

「なんでったらなんで!……わかった、どーせ大した内容じゃないんでしょ。そんで無駄にもったいつけて、私の反応見て楽しんでるんだ。そうでしょ!」

「……さあね。てかもうわすれた」

「あっ、図星だね!へへへ、琴葉のあっさーーーい考えなんて、私にはまるっとお見通しなんだから!残念だったね!」


そっぽを向いて窓の外を見つめる私の後頭部に、空音がいつもの煽りを入れてくる。

……ちょっとむかつくけど、ごまかせたからよしとしよう。


―――――と、その時。


「おーい、空音ちゃーん!」


廊下からこっちに向かって、誰かが空音を呼ぶ声が聞こえた。


「あっ!玲奈ちゃんに美月ちゃん!」

「もう朝のホームルーム始まっちゃうよー。教室行こー」


……空音と同じクラスの人だ。

たまに一緒にいるところを見かける。


「ごめん琴葉、私もう行くね。また放課後にね!」

「ああ、うん。いつもの校門前で待ってる」

「おっけ!じゃあね、寂しくて泣いちゃだめだよー!」

「はいはい。いってらっしゃい~」


私が言い終わるか言い終わらないかくらいで、空音は友達の方へ走って行ってしまった。……私以外の友達と話し、笑い合っている空音の姿が見える。


そのまま視線を教室の中の時計に移す。

まだホームルームが始まるまで少しだけ時間がある。

私は再び机に突っ伏した。


「……はぁ」


腕の中で小さくため息を吐く。

私のいないところで、空音は別の友達と楽しそうに過ごしてるんだろうなぁ、とか、そんな女々しすぎることを考えてしまう自分が嫌だ。

私が勝手にぼっちになってるだけで、空音の方が普通なのに。


……はぁあ。

また一つため息が出る。

今日もまた、憂鬱な一日が始まってしまった…………。



◆◇◆◇



――――そして長い一日が過ぎ、放課後。


英語、体育、音楽などの様々な苦行を乗り越え、満身創痍となった私は、いつもの場所で空音を待っていた。

私達の家の方角にある、西門の前。それが私達のいつもの待ち合わせ場所だ。


もうすぐ空音に会える。二人きりで。

これがあるから毎日のつらいぼっち生活を乗り越えられるのだ。


―――――と、そんなことを考えていると。


「だーれだ!!」


突然、背後から何者かの手が伸びてきて目隠しをされてしまった。

……何者か、なんて言っても、この学校で……いや、この世で私にこんなダル絡みしてくるような人間はただ一人しかいないけど。


「そーらーね。遅いよもう」

「えへへ、おまたせ琴葉。私がいなくて寂しかった?」

「べーつに。一人でいるのはラクだし」

「うわぁ……。琴葉さあ、そんな捻くれた考え方してるから、これまで彼氏の一人もできなかったんだよ?」

「なっ……そ、空音だってまだ一度も恋人できたことないでしょ」

「だって私が彼氏作っちゃったら、どっかの琴葉さんが一人で行き遅れになっちゃうでしょー?そうならないように待ってあげてるってわけよ」

「あっそ、それはどうも。…………。じゃあ、いっそ空音が拾ってよ。この行き遅れ濃厚の捻くれ女をさ」

「あはは!琴葉が男の子だったらなぁ~……」

「はは。……じゃあそろそろ行こっか」

「あっ、うん!」


私達は、いつもの帰り道を歩く。

向かう先は私の家だ。


「ねえ琴葉、今日は何のゲームやる?」

「う~ん……スマプラとか?」

「え~……。琴葉、容赦なくボコボコにしてくるじゃん」

「当たり前でしょ。それで拗ねてる空音を見るのが楽しいんだから」

「うわ出た、性悪琴葉!いいよ、今日こそ私がギタギタにしてやるんだから!」

「フフッ、やれるもんならやってみなよ」


―――――と、その時。


「おーーーい!!!危ないぞーーー!!!」


突然、後ろの方から必死に叫ぶ男性の声が聞こえた。


「えっ?」


その声に振り替えると、大型のトラックが、車道をはみ出しこっちへ向かってきているのが見えた。

いや、というより、もう目の前まで来ている。


え……いや、ちょっと待って。なんで?ここって歩道…………あっ。

運転手の人、寝てる……?って待ってやばいやばいやばいやばいやばいやばい


「やば…………っ!!」


私は、ハッと我に返り、固まった足をなんとか動かして地面を蹴ってトラックが突っ込んで来るであろう進路から逃れることができた。


……しかし。


「琴葉……っ」


こわばった表情で、震えて動けなくなっている空音が目に入った。

そしてその次の瞬間には、気がついたら、足が勝手に動き、手が伸びて、私は空音の体を力いっぱい突き飛ばしていた。


「っ……!?琴葉…………!?」


私に突き飛ばされ、呆然とした空音の顔。

それが、私が人生最後に見た光景となった。

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