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影人間  作者: マー・TY
1/2

基山瑛人

 午後6時。

 丁度その時間に、校内放送でドヴォルザークの『家路』が流れ始めた。

 生徒はもう帰る時間。

 顧問が今日の部活動の終わりを告げたのを確認し、俺はサッカーボールを追う足を止めた。

 他の部員達と共に、コートを形作っていた小さいカラーコーンの回収に向かう。

「お疲れさん瑛人。今日もすげぇ活躍だったな!シュート入れまくりじゃん!」

 同じクラスであり、友人の瀬尾和真が絡んできた。

 練習試合中走りまくっていたせいか、汗だくだ。

「入れまくりって言う程入れてないけどな」

「ンなことないだろ〜?2点だぜ2点!本番だったらかなりの活躍じゃんか!さっすが我がサッカー部のエースストライカー!」

「お前のドリブルも一流だろ」

「マジ?ヘヘヘ。まぁ、それ程でもあるけどな!」

 和真はサッカー部の中で一番ドリブルが上手い。

 相手が複数でも簡単に突破できるくらいに。

 俺と和真でボールを運び、点を取る。

 時には”最強コンビ“と言われることもあった。

 片付けを終わらせた後、俺達は集合する。

 それから今日の反省会を終わらせ、制服に着替えた後、昇降口に向かった。

「あっ、瑛くん。お疲れ様」

「眞白」

 下駄箱で靴を履き替えているところで、眞白と合流した。

 神田眞白。

 彼女と俺は付き合っている。

 笑顔が可愛く、守ってあげたくなる雰囲気に惹かれて告白した結果、付き合うことができた。

 眞白は吹奏楽部に所属している。

 今日は丁度同じくらいに部活が終わったようだ。

「よっ!眞白ちゃんお疲れ〜!」

「和真くんもお疲れ様。そういえば2人とも、県大会近いんだっけ?」

「そうそう!まっ、俺と瑛人が居れば余裕だけどな!」

「眞白ももうすぐコンクールなんだろ?調子、どう?」

「おかげさまで。いい感じだよ」

「眞白ちゃんが使ってる楽器、あれ何て言うんだっけ?豆腐みたいな名前のやつ!」

「フルートね」

 そんな話をしながら、俺達は並んで校門に向かう。

 最近では教室でもこの2人と居ることが多かった。

 和真も眞白も笑っている。

 よく表情が乏しいと言われるが、俺はこの2人の笑顔を眺めるだけで満足だった。

「そんじゃあまた明日な!」

「あぁ」

「またね、和真くん」

 校門を出ると、そこから和真とは逆方向。

 大袈裟に手を振る和真を見送り、俺と眞白は再び歩き出した。

「……夕焼け、綺麗だね」

「……だな」 

 俺が意識し過ぎているだけなのか。

 それともお互いシャイなのか。

 付き合っているとはいえ、意外と気まずい瞬間は多い。

 それでも、俺は一緒に歩いているだけでも幸せだが。

 ただ、眞白はどうなのだろうか。

 俺のこと、怖がっていないか。

 飽きていないか。

 呆れていないか。

 幻滅していないか。

 たまに、こんな風に考えることがある。

 考え過ぎるのも良くないと思い、俺は空を見た。

 沈む太陽に照らされて、遠くの空がオレンジ色に染まっているのが見える。

 俺達が歩いている道が薄暗いせいか、それがより際立っていた。

 遠くの空はオレンジなのに、俺達の真上の空は灰色が混ざった紫のような、とにかく暗い色。

 薄暗いが、夏の訪れを実感することはできた。

 ちょっと前までは辺り一面真っ暗だったというのに、今では足元の雑草も目視できる。

 もう少し経てば、この時間でも青空が続いている筈だ。

「ねぇ、ねぇ瑛くん……」

「えっ?あっ、何?眞白」

「あれ……」

 眞白が不安そうな面持ちで後ろを指差した。

 俺もその方向を見る。

 50メートルくらい先に、それは居た。

 一見して人影のようだが、かなりはっきりしている。

 いや、影でできた人間と言うべきか。

 時折体の一部が、まるで調子の悪い映像のように消えたり現れたりしている。

 影でできた人間……影人間は、俺達の方に手を伸ばす。

 それからゆらりとこちらに近づいてきた。

 その姿に、俺は危機感を覚える。

「瑛くん、こっち来る……!」

「走ろう!」

 俺と眞白は一緒に駆け出した。

 走っている途中、後ろを振り向く。

 影人間は俺達に手を伸ばした状態で追ってくる。

 とはいえ、俺達に追いつくくらいの速度じゃない。

 俺達はあっという間に影人間から逃げ切れた。

「何だったんだろう……」

「さぁ?……とりあえず、送ってくよ」

「えっ?悪いよ…。その後瑛くん1人になっちゃうでしょ?」

「俺は足に自信あるから大丈夫。彼氏として眞白を1人にする訳にはいかないよ」

「……そっか。……ありがとう、瑛くん」

 あの影人間が何なのか解らない。

 とはいえ、何も解らないならそれはそれで危険だ。

 その日、俺は眞白を家まで送ってから帰宅した。

 自分の家に帰り着いた頃には、辺りはもう真っ暗だった。




 翌日。

 ホームルームが終わってすぐ、俺は担任の小林先生に呼び出された。

「なぁ基山。瀬尾について何か知らないか?」

「えっ?いや特に何も…。和真、何かあったんですか?」

「昨日から家に帰ってないそうなんだ」

「えっ!?」

 何故か背筋がゾワッとした。

 そういえば、和真は今日登校していない。

 出席確認の時も返事は無かったし、それ以前にいつもの絡みが無かった。

 遅刻か。

 それとも風邪でも引いたか。

 それくらいのものだと考えていた。

「……行方不明ってことですか?」

「そうなんだ。警察も動いてる。瀬尾が行きそうな場所を中心に捜索しているようなんだ。お前いつも瀬尾と居るだろ?心当たりないか?」

「いや……。昨日部活終わって、校門前で別れたっきりですね」

「そうか、ありがとうな。何か手がかりがあったら教えてくれ」

「解りました……」

 小林先生はそそくさと教室を後にした。

「和真くん、行方不明なんだね」

 今の話を聞いていたのか、眞白が話しかけてきた。

「家に帰ってないらしい。眞白、何か知ってるか?」

「ううん。何も……」

「だよな……」

 和真が行方不明。

 昨日まであんなに明るく笑っていたのに、今じゃどこに居るのか解らないなんて。

 いや、和真のことだ。

 きっと何かの気まぐれで家に帰ってないだけだろう。

 コミュ力が高い和真なら、その辺で会った人と意気投合し、朝まで遊ぶなんてこともできそうだ。

 「人騒がせな奴」で済ませたい。

 しかし、どうしても頭の隅でチラつく。

 昨日眞白と見た、あの影人間が。

 根拠も無く、僅かばかりであるが、和真があの影人間に何かされたのではないかと考えてしまう。

「瑛くん、大丈夫?」

「えっ?あっ、うん」

「心配だよね。和真くん、親友だもんね」

「……まぁ」

 眞白には、俺が思っていることが解るらしい。

「LINEとか、繋がらない?」

「そうだな。送ってみる」

 俺はLINEで和真にメッセージを送る。

 反応が無いか待ったが、結局一時限目まで既読にすらならなかった。




 今日の部活の練習試合は、あまり上手くいかなかった。

 ボールを奪ったり蹴り出したりするのは難しくないが、思うように攻められない。

 攻めきれなかった。

 なかなかディフェンスを突破できない。

 他のチームメイトを頼ったりもしたが、どこか安心感に欠けた。

 結局今日は1点も取ることができなかった。

 やはり和真が居ないと、いつもの調子が出ない。

 今まで隣に和真が居るのが当たり前になっていたが、居ないだけで喪失感が凄い。

 チームメイトからも、「今日元気無いな」と言われる始末だ。

 そんな調子で、今日の部活はあっという間に終わった。

 反省会も早々に終わり、着替えた後、俺は昇降口に向かう。

 そのまま靴箱を確認する。

 眞白の靴はまだある。

 まだ眞白は帰っていない。

 昨日のこともあるので、眞白を待つことにした。

 和真だって行方不明になっているのだ。

 このまま眞白を一人で帰らせるわけにはいかなかった。

 待っている間、俺はスマホをいじる。

 和真に送ったメッセージには、未だに既読が付いていない。

 そもそも和真は、ちゃんと生きているのか。

 まさか死んでないよな。

 いつもならLINEでメッセージを送ったら、秒で返信してくるというのに。

 スマホを使えない状況、状態にあるというのは、相当マズイのではないだろうか。

 メッセージを送るだけじゃ同じかもしれない。

 俺は直接電話することにした。

 “♪♪♪♪♪♪♪”

 ”♪♪♪♪♪♪♪♪♪“

 “♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪………”

 出ない。

 コールの音が途切れない。

 10コール以上過ぎても、和真は電話に出ることはなかった。

 一度切り、もう一度掛ける。

 しかし出ない。

 もう一度掛ける。

 やっぱり出ない。

 俺は諦めて、スマホをポケットに締まった。

 丁度その時、廊下の奥から吹奏楽部の女子達が歩いてくるのが見えた。

 やっと来たか。

 そう思ったが、その中に眞白の姿は無かった。

 いつもは楽しそうに喋りながら歩いているというのに。

 俺は彼女達に話しかけた。

「ごめん。眞白居ないみたいだけど、どうかしたの?」

「眞白?あぁ〜、なんか教室に楽譜忘れたとかで、一回抜けたんだよね。でも、それから戻ってきてないよ」

「戻ってきてない……?」

「うん。一旦放っといて練習したけど、結局戻ってこなかった」

「サボりたい気分だったとか?」

「いや眞白に限ってそれは無いっしょ。急用できて先に帰っちゃったとかじゃない?」

「そうか……。ありがとう!」

 彼女達に礼を言うと、俺は駆け出していた。

 異常な胸騒ぎがした。

 急いで階段を駆け上がり、教室に向かう。

 教室には誰も居なかった。

 ただ眞白の机に、ポツンと鞄が置かれている。

 部活動生は部活に自分の荷物を持っていくから、さっきの女子達が置いていったのだろう。

 やはり眞白はまだ帰っていないのだろうか。

 まだ校内に居ることを願い、俺は眞白に電話を掛ける。

 出てほしい。

 頼むから出てくれ。

 そんな俺の願いは打ち砕かれる。

 眞白もまた、電話に出ることはなかった。

 正直焦りが出てきた。

 もう一度掛けようかと、スマホを操作する。

 すると、視線の端に黒い影のようなものが映った気がした。

「ッ!!」

 俺は反社的に廊下の方を見た。

 しかし、薄暗くなった廊下には何も無い。

 おかしい。

 確かに何か通った筈なのに。

 俺は不安に押し潰されそうになっていた。




 10分後。

 俺は帰り道をふらふらと歩いていた。

 和真に続いて、眞白も消えた。

 いや、消えたというのは早とちりかもしれない。

 本当に何か外せない用事ができたか。

 それとも、二人とも一緒になって俺を驚かそうとしているのか。

 そう信じたかった。

 だって、何かがおかしい。

 眞白については俺が過剰になっているだけなのかもしれない。

 和真に関してもそうかもしれない。

 けれど、何と言えばいいのだろう。

 口では言い表せない違和感がある。

 昨日眞白と見た、あの影人間。

 本当に根拠は無いのだが、二人の失踪に影人間が関わっているような気がしてならなかった。

 急に背筋がゾワッとする。

 嫌な予感がした。

 何か、良くないものが迫ってくるような。

 俺は後ろをバッと振り返った。

 昨日見た影人間が迫ってきていた。

「うわぁあああ!!!」

 俺は駆け出した。

 捕まったらいけないような気がした。

 昨日は遅くてすぐ振り切れたというのに、今は走ってきている。

 もたもたしていると追いつかれてしまうだろう。

 俺は必死に走った。

 しかし焦って足がもつれてしまったようで、転んでしまう。

 痛がっている暇はない。

 こうしている間にも、影人間は迫ってきている。

 俺は素早く立ち上がる。

 鞄をその場に置き、走り出した。

 もはや、なりふり構っていられなかった。




「はぁ……はぁ………」

 息が絶え絶えになる。

 帰り道から外れた公園の遊具の陰に、俺は隠れていた。

 転んだ時に足を捻ったようで、その部分が腫れていた。

 これじゃ上手く走れない。

 正直この足で家まで走れる気がしない。

 隠れながら帰るしかないようだ。

 道端に置いてきた荷物については、後で考えよう。

 今はどう帰るかだ。

 けっこう時間が経ったせいで、辺りはもう真っ暗だ。

 公園内の街灯が唯一の明かりだった。

「はぁ……何なんだよ……くそっ…!」

 つい悪態をついてしまう。

 そのくらい俺が置かれている状況は、不条理だと思う。

 連絡が一切着かない友達。

 突然失踪する彼女。

 そして昨日から見る、追いかけてくる影人間。

 訳が解らない。

 いったい俺の周りで何が起こっているのか。

「………」

 俺は遊具から顔を出し、外の様子を確認した。

 公園内には、俺以外居ない。

 外も真っ暗だが、何かが居るような気配は無かった。

 今のうちだろうか。

 何にしても、ずっとここに居るわけにはいかない。

 俺は遊具の陰から出て、ゆっくりと立ち上がった。

 大丈夫だ。

 焦らずいけば早く帰れる。

 そう意気込み、地面を踏み締めた。

「ッ………!!」

 ただならぬ気配を感じ、俺は足を止めた。

 思えば、このタイミングで出たのが間違いだったのかもしれない。

 見渡す限り、何も居なかったというのに……。

 街灯の明かり照らされた公園の真ん中に、突如として影人間が現れた。

 黒い靄のようなものが出ており、ゲームのバグのように体の一部が消えたり現れたりしている。

 そんなこの世のものとは思えない存在が、すぐ目の前に居た。

「あっ……あぁ……」

 早く逃げなければならないのに。

 それなのに、俺は尻餅を着いてしまった。

 腰が抜けてしまったらしい。

 上手く立つことができない。

 気づけば影人間が、目の前で俺を見下ろしていた。

 震えが止まらなくなる。

 歯が噛み合わず、ガチガチと音が鳴り響く。

 影人間が、ゆらりと両手を広げた。

「いっ……嫌だ…。やめろ……!!」

 そう情けなく懇願する。

 それが俺の最後の抵抗となった。

 もちろんそんなものが通じることはなかった。

 影人間はゆっくりと俺に覆い被さる。

 それっきり、何も解らなくなった。

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