大好きな幼馴染がフラれて落ち込んでいる心の隙をつく
「またフラれた!慰めて」
教室に残るクラスメートもまばらな放課後、幼馴染の池袋裕也が私の前の席に後ろ向きに座ると私の机に身体を突っ伏した。
私、赤坂瑠璃香と裕也は幼稚園時代からの腐れ縁。惚れっぽい裕也が失恋するたびに慰める役をしてきた。
今回もいつもと同様に告白してフラれた模様。私はいつもの様に裕也の頭を優しく撫ぜる。
「裕也はバカで単細胞で惚れっぽくて、すぐ他人に騙されてるお調子者だけど」
「慰めじゃなくてディスられてる気がする」
「一途で優しくて頼り甲斐ある男だって分かる子が現れるわよ。いつかきっと」
「そう言ってくれるのは瑠璃香だけだよ。もっと慰めて」
「調子に乗って甘えないの。それで今回のお相手は誰?」
「二組の広末さん」
「ふーん、ショートカットに切れ長の目、通った鼻筋に笑うとえくぼの出来る美少女じゃない。ちょっと高嶺の花すぎない?」
彼女は学年で五指に入る美人だ。クラスの女子相手に全滅したから対象が隣のクラスに移った模様。
「そんな、顔で好きになった訳じゃないよ」
勿論、そんな事は百も承知だ。そもそも顔で選んでるなら、クラスメイトの女子全員制覇するなんて出来る訳がない。
そしてまた、失恋前提で告白するなら相手にも失礼だ。
裕也は幼くして母を亡くしているせいか愛情に飢えていた。常に他人から愛される事を渇望している。
『恋人欲しい。早く結婚して幸せな家庭を持ちたい』それが裕也の口癖。
そんな裕也にとって私は最後のセイフティネットという訳だ。
私は裕也を撫ぜる手を止めると裕也の肩を掴み起こした。
「もうちょっと、もうちょっと頼むよ」
両手を合わせ拝む裕也に対して、目の前の机をどけると私は両手を広げてみせた。
「今日は特別に胸貸してあげる。思う存分に泣けばいいわ」
「ありがとう。持つべき物は幼馴染だ」
素直に私の胸に飛び込んできた裕也の頭を優しく撫ぜる。なでなで。
すやすやと寝息に近い裕也の息が胸に当たって少しくすぐったい。
「ねえ、裕也?」
「うん、どうかした?」
私は絶対に叶わない事を口にする。
「この際だから私じゃ駄目かな?」
「何の事?」
「この際だから私を彼女にしたらどうかな?」
「!?」
裕也の呼吸が乱れるのが胸への感触でわかる。
「もしかしたらって思ってたんだ」
「何が?」
「もしかしたら、クラスの女子全員にアタックした後に最後は私に来るんじゃないかな、って。ちょっとだけ期待してたんだ」
予想通りそんな事が起こるはずもなく、裕也の次のターゲットは二組の女子に向けられた。
「それは!」
「それは?」
最後の砦だから残しておきたかった?
そんな我儘がずっと続くと思わない方がいい。
私も女の子だ。いつかは結婚して子供を産んで死んでいく。ずっと裕也の側にいて、ずっと裕也のセイフティネットをしているわけにはいかない。
もし旦那が転勤するなら当然付いていく。
「幼馴染だから、今の関係を壊したくない」
付かず離れずの距離感が心地良いという。
恋愛関係に発展した後に破局する様な事があればもう二度と今の様な関係に戻らないかもしれない。
その事が裕也を躊躇させているのだろう。
「いつまでも今の関係が続くのかな?」
「俺たちはずっと将来も幼馴染だろ?ずっと側に居てくれよ」
それを幼馴染に求めるというのは酷というもの。本人が自覚していないからこそ一層残酷だ。
「分かっていると思うけど、ずっと一緒なんてあり得ないのよ。いずれ大人になったら別れ道が来て別々の道をお互いに歩むの。例え付き合わずに幼馴染の関係を続けたとしてもそうなの」
「そんなの嫌だ!ずっと瑠璃香に側にいて欲しい」
裕也の抱き付く力が強くなる。
「それなら、私にしておきなさい。大人になって結婚できる年齢になったら結婚して裕也の子供産んであげるから」
喧嘩もするだろう。別れるかもしれない。そんな先の事までは分からない。でもきっと私は裕也との子供を喜んで産むだろう。
「そんな事は」
「嫌なの?二人で暖かい家庭を作ろう」
「うん、分かった」
裕也がゆっくりと私の胸の中で頷く。
そして、しばらく裕也が落ち着くまで頭を撫ぜ続けた。
「そろそろ落ち着いた?それじゃあ、帰ろうか?」
私の胸から頭を離した裕也がゆっくりと頷いた。
「じゃあ、はい!」
私が差し出した手を裕也が握る。
そして二人してランドセルを背負って仲良く帰るのだった。