エイチ、ワイ、ディー、アール、エー
「ミソラの情報だろ」
「―ああ」
真剣な面持ちでレイは頷く。プテラも頷き返し、
「分かった。―『スペルブック』」
彼が虚空に手をかざすと、そこに一冊の分厚い本が現れた。重厚な装丁で金色の文字が描かれていた。百科事典そのまんまである。
「個人情報。ミソラ・コムラ」
プテラの呼び掛けに応え百科事典はひとりでに指定のページを開ける。これが彼が神官として借りている権能だ。スペルブック。この世のあらゆる事象、情報が記されている魔本である。一歩間違えれば戦争の火種になりかねない代物だ。
「………」
レイたちは固唾を飲んでその神秘を見守った。
「……出た。ミソラ・コムラ。17歳女性。体重とかはこの通りとして……神官なのは判るがそこから先が読めないな」
レイたちを手ねまきしてスペルブックに書かれている内容を見せる。
そこにはページの大半に判別不可能の文字の羅列が記されていた。
「マジだな。プテラ、読めないなんてことあるのか?」
「ないな。僕の権能だ。僕が読めなきゃ意味がないだろう」
彼の顔がどんどん不機嫌になっていく。想定外の事態にいらだちと動揺が隠せないようだった。
「この線と線の間に一本横線が入っているのは…パイかこれ?」
レイが文字化けの最初の文字を指差す。
「パイはΠだよん。これは線と線の中間に横線があるから違う思うけど?」
ここまでずっと黙っていたミソラが急にページを食い入るように見つめる。
「…これ、読めるぞ。私」
「本当か?!」
「ああ」
ミソラは尚も続ける。
「エイチ、ワイ、ディー、アール、エー。ヒュドラだ。ヒュドラ、ヒュドラ、ヒュドラ…ずっとヒュドラと書いてある」
そう言う彼女の手は震えていた。前回ほどではないもののやはり自分の知らない自分が怖いみたいだ。
「ヒュドラ…こいつが手がかり?」
「ヒュドラと言えば、最近β区でヒュドラの目撃情報があったな」
レイはミソラにβ区を案内しているときにUUPがその警報を伝えていたことを思い出す。
ミソラと目が合い、どちらかともなく頷く。覚悟はもう決まっていた。
「ありがとう。プテラ。今度なんか奢る」
「……無理するなよ」
柄にもなく男らしいプテラの言葉を背にレイたちはβ区へと向かったのだった。
どうも紙村滝です。
自分の意思が弱いことを再確認しました。
よよよ。。