孤独to安心
レイは後悔していた。ただただ後悔していた。無理をして気丈に振る舞っていたミソラの本心に気づけなかった。彼女もまだ幼さを残した少女だ。見知らぬ土地で記憶喪失であることに不安にならないはずがない。その上彼女をつれ回し混乱を助長させてしまった。この思いがレイの羞恥心を隠蔽し、また、罪悪感を膨張させていた。こんな感情はもうたくさんだった。
長時間歩き続けて蒸れた足が滑るがお構いなしにミソラの部屋へと向かう。
「……ちくしょう。なんなんだよ……」
レイは軽く深呼吸してミソラに割り当てられたばかりの部屋へ入った。
部屋は暗かった。締め切られたカーテンから西日がわずかに差し込む光だけが床に反射して煌めいていた。ゲストルームの頃と変わらない位置の折り畳み式のテーブル。時計。綺麗に整えてあるベッド。生活感のない空間がミソラがおとといここに来たことを際立たせる。
「……ミソラ」
少し声が掠れた。彼女は窓を背にしてうずくまっている。その姿は小さく、レイが一歩でも近づくと消えてしまうような儚さがあった。
「………」
彼女からの応答はない。レイはしっとりと落ち着いた口調で続ける。
「今日はつれ回して悪かった。ヘラ様に言われたとはいえおまえの本心に気づかないでつれ回したのは……」
「レイ」
「?」
「……私って誰だ」
彼女は顔も上げずに独り言のように呟く。
ずいぶん哲学的な質問だがレイは真面目に答える。
「ミソラ・コムラ。記憶喪失で、俺の家に居候する……」
「それはこちらの世界の私だ。元の世界の私は誰だ?何なんだ?」
「まだ異世界から来たとは決まってないだろ!」
伝わらないとわかっていながらもレイは気休めを言う。彼も分かっていた。彼女はこの世界の人間ではないと。でないと不可解な言葉や初めて出会ったときの黒い面を説明する逃げ口がなくなってしまう。
「いや、もう分かってる。私はこの世界の人間じゃない。どこなんだ…私の世界は…」
彼女の声は湿っていた。
レイは言葉に詰まる。時計がうるさい。
なおも彼女は悲痛に叫ぶ。
「怖いんだ。今の私が。みんなが。本当の私を知らないのに何で優しいの?本当の私って何?この世界のみんなが本当の私を知らない。寂しいよ…誰も知らないのは寂しいんだよ…レイ、私はどうすればいい?」
ミソラの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。ひどい顔だがやっと年頃の少女らしさが戻ったように見える。
「…!」
不意に抱き締められミソラの体が硬直する。驚いたが嫌な感じがしない優しい抱擁。
「本当にこだわるのもいいけど今のミソラもミソラだ。今のおまえを疎かにするな。こっちが困っちまう。今のおまえでも本当のおまえでもここにいていいんだよ。俺がそばにいるから」
少し震える声でレイがささやく。鼓動が激しすぎてミソラに伝わっているんじゃないかとヒヤヒヤする。
ミソラの温もりが肌で最大限に感じられた。その体温。息づかい。柔らかさ。すべてがミソラの存在をこの世界に示している。ここにいる以上彼女はオリュンポスの住人でありレイの大切な友人だ。
「……っ!」
ミソラの大粒の涙がレイの肩にかかる。
日はもう落ちていた。
どうも紙村滝です。
書きためていくのって難しい。やる気が続かないのがいけないんですけどね。