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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

道ずれ探し

作者: 守月左近

 終電直前の私鉄のとある駅。

 人影もまばらで、最後の電車に乗り遅れまいとする人が数人居るだけ。

 ホームから見える駅前も照明が減って物寂しい雰囲気に成っていた。

 男は疲れた体を引き摺ってホームで電車を待っていた。

 男の名前は右近。

 ネクタイを緩めて凝った首を回している。

 そんな男の視界に不審な物が飛び込んできた。

 肩から上と腕しか無い中年の女性。

 胴体の半分以上が無い人影。

 髪も手入れもされていないバサバサで、底意地の悪そうな笑みを浮かべている。

 目を血走らせ、憎しみと愉悦が混じり合った濁った眼。

 そんな異常な人影が電車を待つ右近の顔を覗き込んできた。

 右近は慣れていた。

 幽霊と言われる存在を視認し、認識するのは幼少の頃からだったから。

 だから彼は表情を変える事無く、何も見えていないと言った顔で動かずに居た。

 彼の反応を覗き見て断念したのか、隣の列に並んでいるサラリーマンに標的を変えてヌルリと移動していった。

 視界の端でその霊の動向を見ていると同じ様にサラリーマンの顔を覗き込み、興味が失せたのか別な人物の元へと次々移動しているのが分かる。


 何人目のターゲットだろう?

 顔を覗き込まれた一人の女性が一瞬ビクッと震えたと思ったら少し頭を動かした。

 小洒落たベージュのジャケットに同色のスカート。

 アパレル系かな? と言う若い女性が頭を揺らし続ける。

 その動きが微かにだが振れ幅を大きくしていく。

「ああ、不味いな……」

 男は横目で観察していたのだが、霊はその女性の背中に回り、そして両肩に爪を立てる様にしてしがみ付いている。

 いや、しがみ憑いている、と表した方が正しい。

 精神の隙をつかれて、憑依されてしまったらしい。

 右近の表情が曇る。

「間違いなく、殺られるよな……」

 その様子から、憑りつかれた女性が飛び込み自殺をさせられそうだと判断。

 彼は動く事にしたらしい。

 右近にとって、霊は人間と同様にありふれた存在だ。

 無害な通行人も居れば困らされるクレーマーが居るのと同じ事だと認識している。

 チンピラの様に一方的に絡んでくる霊も居るし、精神が摩耗しているのかただ眺めているだけの霊も居る。

 故に、無害な霊には関わる事は無い。

 有害でも、自分に有害でも無い場合は見過ごす事も多い。

 それでも女・子供・年寄り、抵抗する力を持たない者が憑りつかれているなら少しだけ手を貸す事としている。


 溜息を吐いて電車待ちの列を離れて、憑りつかれた女性の元へと足を向かわせる。

 その間にも、女性の頭の振れ幅は大きくなっている。

 時間も時間だ、周囲からは酔っ払いがフラフラしている様に見えているだろう。

 周囲の人間も酔っ払いを避けたいのか、列を離れて別な所に並び直している。

「お姉さん、大丈夫?」

 そう声を掛けながら肩を左手で軽く叩き、爪を食い込ませた手を握り潰す。

 突然声を掛けられた女性はいきなり正気に戻ったのか、驚いた顔をして右近の方を見る。

「疲れてるのかな? 頭揺らしながらフラフラしてたから。大丈夫?」

 そう言って笑顔を見せると、少しだけ不審そうにしながらも女性は「大丈夫です」と言って今度はシャンと立って姿勢を正した。

 警戒心を滲ませたその様子に苦笑を浮かべつつ、右近はそのままホームの端まで移動する。

 その間も、右近に捕まれた霊はジタバタと暴れていたが固く握り込まれた拳からは逃げられない様だった。


 人気ひとけのない先頭車両の付近で足を止める。

 青い照明と電車が到着する前のアナウンス。

 右近は辺りを見回して、人が居ない事を確認してから息を吐いた。

「ふっふっふっふっふっふっ!」

 唇をすぼめて短く、勢いよく連続で息を吐き始める。

 その呼吸法で徐々にへその下、下腹部の丹田たんでんと呼ばれる所に力を溜め始める。

 不可視の力はゆっくりと対流を始め、徐々に廻り、早さを得てうずと成る。

 その力は次第に大きくなり、全身に満ちていく。

 十全に力が満ちた所で右近は右手を上げて、暴れる霊の顔を掴む。

 指先が顔面に食い込んだ所で小さく声を上げた。

「オン シュリ マリ ママリ マリシュシュリ ソワカ」

 穢れ、不浄を焼き清める炎を功徳する明王、烏枢沙摩明王の真言がその口から漏れる。

「オン シュリ マリ ママリ マリシュシュリ ソワカ」

 同じ真言を繰り返す。

 腕と上半身だけの霊は藻掻き苦しみ、その手から逃げようとする。

 そんな事を許さないと言わんばかりに、右近の右手には筋が浮かぶほど力が籠っていた。

 頬に、鼻先に痛みが走る。

 霊の爪が顔を掠めた。

 指の隙間から血走った目が彼を睨み付ける。

 誰の耳にも届かない唸り声が手の中から響く。

 邪魔をするな! 離せ! そんな感じだろうが、放してやる筋合いも無い。

「オン シュリ マリ ママリ マリシュシュリ ソワカ」

 都合、三度。

「ウーン!」

 強く発した真言が終えた一瞬、赤々と燃える炎が幻視される。

 誰からも視認されない、現象を証明出来ない炎。

 燃え上がった炎が消えると件の霊もその右手の中から消えていた。

 不浄を浄化した事を確認して右近は大きく溜息を吐く。

「あ~、煙草吸いたい……」


 あのまま放置していれば、女性は線路に飛び込んでいたかも知れない。

 自宅で首を括っていたかも知れない。

 右近にしてみれば人助け、人一人の命を、運命を変えたと認識している。

 しかし、曲げられた運命は誰の目にも分からない。

 故に誰からも感謝される事も無ければ、評価される事も無い。

 損な性分では有るが、見過ごせば後味の悪い思いをするし、自身が穢れる気がして動いてしまう。

 そんな報われない男は、滑り込んで着た電車に揺られて帰っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。 誰からも認められないヒーローの右近。 カッコいい!
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