冬に咲こうとする菊
「ふわぁ~~…。」
冬樹は昨日、いや今日の戦闘で寝不足のためか、講義に参加しているものの頭の中では講義より睡眠のことばかり考えていた。いつもはまじめに講義を受けている冬樹が今日はなんだか眠そうにしてあまり講義を聞いてないようなので、飯沢祐太が茶化しながらそのわけを聞いた。
「冬樹、今日はどうしたんだ?なんだかすっごい眠そうだぞ?もしかして昨晩はお楽しみでしたか?」
ニヤニヤしながら祐太が茶化してくるが、いつもの冗談だとわかりきってるので適当に流して話を続ける。
「んなわけねえだろ、俺彼女いないし…。昨日は深夜に臨時のバイトが入ってそれに参加してたんだよ。」
「あぁ、最近始めた派遣バイトだっけ?夜に呼び出されてるって言ってたし大変そうだね。」
隣にいた藤峰が冬樹の話に乗っかって、この前冬樹から聞いたバイトについて話した。
初めの戦闘を行ったときも今回と同様に平日の夜に行われたので、昼間は非常に眠たかった。その時に2人に心配されて、さすがに何も話すわけにいかないのでバイトをしてるということで話をまとめた。実際戦闘後には結構いい金額の報酬がもらえたりするので、バイトをしているというのもあながち間違ってはいない。ちなみに正規の仕事ではないので、月にかなりの金額をもらってもそこから税金が差し引かれたりなどはしない。そのため、お金稼ぎのために戦闘に参加しているという人も何人かいる。
「あーバイトか…。てっきり俺は相菊さんと…。」
未だにニヤニヤな表情を消さないまま、祐太が茶化してくる。相菊さんとそういう関係にないことは明言するが、それ以上を言い返したくても彼は彼女を持っているのであまり言い返せない。非常に悔しい。
「ちげーよ!絶対ないから!彼女がいる上級国民さまはいーですねー。はいはい」
そんなことを話しているうちに眠気が少し消えてさっぱりした。その後もハイハイと祐太の話を聞き流しながら講義をしっかり聞いた。
3人は講義を終えていつもの食堂へ行くと、学食を食べながら他の3人を待った。しばらくすると、女子3人がきて冬樹たちの横へ座った。するとその中の1人、滝が背伸びをしながら口を開いた。
「今日は午前中の授業だけで楽だわー。」
「だよなー。今日は実習もないし、毎日こんなだったら楽なのにな。」
それに対して祐太も同意の意見を出した。確かに今日は午前中しか講義がなく、かなりゆっくりしながら学食が食べれるので非常に嬉しい。いやどっちかと言うと、戦闘で疲れて眠たいからさっさと授業が終わってくれて嬉しい。
少し駄弁った後、「行ってくるね」と言って女子3人が荷物を席に置いて学食を買いに行った。
しばらくして戻ってきた後、みんなで食べながら雑談をしていると、祐太がある提案をしてきた。
「俺さ、今週土曜のバイトを臨時で変わってほしいって頼まれてさ、暇なんだわ。良かったら遊びに行かない?」
するとそれに対して、ほとんどのメンバーは別にいいよとその案に乗っかった。しかし滝は少し残念そうな顔をして祐太に返答する。
「ごっめーん…。その日私バイト入ってるんだわ。どうしても抜けらんなくて…。あ、そっちが行くのは別に構わないからね。」
「オッケー。プールのバイトしてるんだっけ?しょうがないっしょ。」
そういえば滝さんって毎週土曜日にプールのバイト入れてるんだった。あれだけ元気がよかったら子供受けもいいだろうな。そういえば祐太は彼氏として、彼女の水着姿が見られることをどう思ってるんだろ?職場には女性が多いけど、男性もたまにいるし。まぁそこは仕事だと割り切ってるのかな。
その祐太の返答に対して、続けて相菊と蒼霧も優しく返答した。
「別に女子は私たち2人でも構わないよ!」
「私も相菊さんだけでも来るなら大丈夫。」
2人はまったく気にしてないと手を振って、大丈夫と表現しながら滝に声をかけた。すると滝は1回深いため息をついた後、本当に残念そうに言葉を吐き出した。
「はぁ~~~行きたかったなぁ…。まぁ楽しんできてねー。」
さらに藤峰、冬樹も了解の意を示して、滝以外のメンバーで今週土曜日に遊びに行くことが決定した。
集合時間の午前10時より少し早く着いた冬樹は、同じくらいに着いた藤峰としばらく待っていた。すると相菊が次にやってきて、さらに祐太、最後に蒼霧と徐々に集まっていった。
全員集まったことを確認した後、5人がゲームセンターへと向かった。その途中で祐太は女性陣を見て話し始めた。
「お!相菊さん今日は結構気合入ってるねー。いいじゃん。蒼霧さんはまぁ、いつも通りね。」
さすが彼女持ちは意識が違う。しっかりと女性陣の服装に結構視線を向けてコメントをしていた。
すると相菊は若干顔を赤らめながらもガッツポーズをするなど、張り切った様子でそれに答えた。
「せっかく午前から遊ぶから張り切っちゃった!でも周りもおしゃれしてる人結構多くて…私も負けてらんないね!」
「まぁー、どうせ遊ぶだけだし。」
それに対して蒼霧はゆるーい口調で、別に服装なんてどうでもいいじゃんと言いたげな様子で返事をした。
確かに相菊さんは祐太の言った通り気合が入った服装をしている。肩が見えていたり、奇麗なイヤリングをつけていたり、とても可愛らしい女性の雰囲気を纏っている。やっぱり女性はプライベートだとまた違うんだなぁ。蒼霧さんは、まぁ、そうねぇ。いつも通りで特に可もなく不可もなく…。
そうこうしているうちに5人はゲームセンターにたどり着いた。
何回か来たことはあるため何があるかはある程度把握しているが、一応入ってあたりを見回すと、クレーンゲーム、ホラーシューティングゲーム、コインゲームなど、それ以外にも大きいゲームセンターにある設備は一通りそろっていた。しかしよく見ると、配置が少し変わっているものがあったりする。
何をしようかと冬樹が悩んでいると、祐太がニッと笑って指をさした。
「あそこで2vs2のエアホッケーをしようぜ。」
それを聞いて冬樹はすぐに快諾した。というのも、ゲーセンに行くと毎回エアホッケーをするほどのエアホッケー好きなのだ。
「別にいいよ。結構楽しいし。」
そして祐太がさした指の向こうを見るとごく普通のホッケー台があり、それぞれ片側に2個ずつスマッシャーがある。しいて普通と違う点をあげると、試合の結果によって相性度が最後に表示されることだろうか。前はこのような機能はなかったのに…。いつの間に実装されたんだろう。
そこまで観察した後、さっきの祐太のニヤけ顔を思い出し、まさかと思って祐太の方を向いた。すると冬樹が何か言う前に、先に祐太がニヤニヤしながら先手を打った。
「よし言ったな?じゃぁ藤峰と俺、冬樹と相菊さんでペアな。」
「いやー負けた負けた。結構本気で挑んだけどな。流石お二方。」
祐太は片手を頭の後ろに置き、ボリボリかきながらニヤニヤしていた。それに対し、せっかく仕組まれた罠なら存分に頼んでやると、冬樹も本気になって祐太・藤峰ペアに挑んだため、祐太がニヤニヤしてようが勝ってやったという気持ちでいっぱいでもう気にはしない。…気にはしないと思ったが、やっぱり相性度が気になってしょうがない!結果が集計されて相性度が表示されるのを待ってると、藤峰もその冬樹の雄姿を褒めたたえた。
「いや冬樹、お前凄かったぞ。男2人に1人で勝ったようなもんだ。…あ、それじゃいけなかったっけ。」
藤峰までがおちょくってくるので、余計に結果が気になる。冬樹が悶えていると、相菊が苦笑いをしながら声をかけてきた。
「なんだかごめんね。色々巻き込んでしまった…、巻き込まれてしまった?みたいで。」
いやいや相菊さんは悪くないから…ていうか、今可愛い仕草しないでくれよ…。こっちは必死に堪えてるんだからあああ。
相菊のニコッとしながら首をかしげる仕草があまりにも可愛すぎて、冬樹が悶え苦しんでいた。するとしばらくしないうちに、電子ボードに相性度が表示された。
「あ、相性度…3%!?」
祐太がその表示されたあまりにも低い数字を見て、思わず声を出して驚愕した。藤峰はまぁ当然だというような顔、相菊はよくわからない。冬樹は思ったよりも低い数字が出て、内心は少しがっかりしていた。
そのボードの解説を見ると、”片方が頑張りすぎています。2人合わせて協力しましょう。”と書かれていた。するとフォローを入れるかのように、藤原が冬樹の肩をたたいて声をかけた。
「まぁ所詮ゲームだし。冬樹が一人で頑張ってたから機械にそう判断されるのもしょうがない。」
まぁそうだよな。こんなことでくよくよしててもしょうがない。
そう自分に言い聞かせて、気を取り直して他のゲームをしようと元気を出す。祐太は「すまんな」と一言入れて冬樹が提案したゲームを一緒にやりに行った。
一方そのころ、蒼霧は一人で大好きなクレーンゲームに勤しんでいた。
ゲーセンを後にした一行はレストランで昼食をとった。そしてそのあとはカラオケに行ってそれぞれの好きな歌を存分に歌い、最後は熱い恋愛ソングで締めくくった。そんなこんなをしているうちに辺りはすっかり日が暮れ、5人は最後に居酒屋に行って飲むことにした。
その居酒屋は平日の夜にもかかわらずかなりのお客さんで満たされており、盛り上がった雰囲気に包まれていた。そして5人はちょうど開いていたボックス席に座り、各自が頼みたいものを注文する。
「俺は…生とハツ焼きかな。他のみんなは決めた?」
祐太は早々と注文を決め、他の人の具合を聞いた。藤峰はカシスオレンジと軟骨の酢合わせと釜飯、冬樹はジンジャーエールとから揚げなど男性陣はもう決めてしまっていたが、女性陣はなかなか決まらないらしい。ちなみにこの5人の中で成人していないのは冬樹だけで、そのため今回はお酒を注文することができない。
しばらくして女性陣も決めたのかオッケーのサインを出すと、祐太が定員を読んで各自注文をした。どうやら注文内容を聞くと、女性陣もお酒とおつまみをそれぞれ頼んだらしい。注文が来るまでの間少し談笑して、注文が来た後はそれぞれ思い思いに頼んだものを食べた。あるものはおいしいよと自分のものを他人に分け、あるものはおいしそうだから一口くれと言って半分食べたり。まぁ前者が相菊さんで後者が祐太なのだが。そんな中、話はある議題へと変わった。
「ところでさ、お前らって好きな人とかいんの?俺はまぁさ、摩耶がいるからそれで満足なんだけどさ。やっぱり気になるじゃん?
酔った勢いで祐太が恋愛話に持ち出してき、そのついでに自分ののろけ話もしてきた。少しの沈黙が訪れた後、一番に開いたのは意外にも蒼霧だった。
「私は別にこの大学にいい人はいないかなー。と言うかもう男とかこりごり。」
その言葉から始まり、酔っているせいか、蒼霧は普段よりも多くを語った。
蒼霧さんから聞いた話をまとめると、この大学にはタイプの男はいない、昔は彼氏がいた、もう恋愛はこりごりだ、と言う感じだ。恋愛にあまり関心がないのは雰囲気からわかっていたが、まさか彼氏がいたことがあるなんて聞いたことはなかった。酒の席でとんでもないことを聞いてしまった!
すると話し終えた蒼霧が何か昔のことでも思い出したのか、突然泣き始めた。
「うっ…うっ…。」
すると相菊が蒼霧の背中をさすりながらやさしく声をかける。
「美咲ちゃん大丈夫?何かツラいことがあったなら言ってくれていいんだよ?今なら何でも聞いてあげるから。」
その言葉を聞いて蒼霧が何か話そうとした。しかしそれを話そうとした瞬間、口をつぐんでしばらく黙った。そして話すのをやめたのか、涙を拭いて申し訳なさそうにみんなに謝った。
「ごめんね、なんかしんみりして。せっかくお酒の席なんだからもっと楽しく話そう。」
そうだな。蒼霧さんも話したくないらしいし、これ以上言及するのはやめておこう。それはそうと恋愛のネタ…。好きなタイプの女性とか言えばいいのかな。特に気になること人とかはいないし…。
すると無意識に一番思い浮かんだのが桜園の顔だった。自分でも驚くほどの予想外さに首をぶんぶん振り回して、酔ってもないのに頭がぐるぐるになる。
いやいやいや、なんで桜園さんの顔が思い浮かぶの…。いや、確かに可愛くて綺麗でクールで強いし…、って後半は戦闘面じゃん!そりゃ同じ解離障害者として興味はあるけど、異性としては興味ないから!ないはず!
そう考えれば考えるほど普段の彼女の様子が鮮明に脳裏に浮かびあがり、このままではまずいと思ってグラスに入っていた氷を一気にほおばり、ガリゴリガリゴリかみ砕いて飲み干すと、深呼吸して自分を落ち着かせた。すると意識が脳裏から視線の先へと動く。その先には冬樹の対面に座っていた相菊の姿があった。
本能的に『あっ』と思って目をそらそうとした瞬間、視線に気づいたらしい相菊と目が合った。もはや逃げることなどできない。するとしばらく見つめあってると何かを察したのか、相菊が顔を赤らめて視線を逸らした。その様子を見た祐太が、ニヤニヤして横にいる冬樹を小突いた。そして相菊が何か話そうと口を開いた。しかしその言葉は、冬樹の横にいる人物の言葉によってかき消された。
「やっぱツインテールのこころちゃんじゃね?なんか最近アイドルのスカウトも来たらしいし、絶対彼女いいよ!落ち着いた沙藤さんとの対比も相まって、いい味出してる!」
その声は完全に酔っぱらった藤峰のものだった。どうやらお酒にかなり弱いらしく、カシスオレンジとカシスグレープの計2杯を飲んだだけで完全にキマったらしい。1杯目を終えてから静かに黙ってたので、てっきり吐きそうなのかと思っていた。完全に全員がノーマークだった人物が急に自分のタイプについて語りだしたので、正直驚いた。先月までは藤峰は19歳だったのでみんなの前で飲むことはなく、まさか酔うとこんなことになるなんて誰もが思ってなかった。
ちなみ沙藤雫と碧空こころ(あおぞら こころ)は他クラスの2人組である。相菊さんと仲がいいらしい。
あとで思い出して、絶対恥ずかしさに悶えるだろうな…。
そう全員が思いながらも、その後も続いた藤峰の恋愛や趣味のマシンガントークを聞いた。
その後も飲み食いしながら様々な話をした後、気づけば2時間以上たっており、店を後にすることにした。そしてそろそろお開きにしようかと話が出てきて、駅で解散するという具合だった。
結構電車で時間かかるから、今から帰ったら日付が変わらないくらいには帰れるかな。明日はせっかくの日曜日だけど、昼前に解離精神協会から召集があるし、1分でも早く寝て会議に備えたい。まぁ、予定も特になかったし別にいいけどね。
そんなことを考えているとあっという間に駅に着き、それぞれが解散した。冬樹は電車の時間の都合上一番最後まで残るはずだったが、そこにはもう一人の別の人物がいた。
「ねぇ冬樹くん、急に頼むのも申し訳ないんだけどさ、今からもう一軒いかない?まだ帰りたくなくてさ。」
そこには酔っているのか、顔をだいぶ赤くして話しかけてくる相菊の姿があった。どうやらみんなが帰るのを待って、二人きりになる瞬間を待っていたらしい。よく相菊を観察すると顔が赤くなってるだけでなく、まっすぐな熱い視線、とろけるような艶めかしい吐息、ふるふる震わせているぷっくりとした唇。男を引きつけないわけがない女の魅力を前面に醸し出していた。
え、これはもしかしてもしかすると、そのもしかしてなのか…?いやいやでも明日は先に入れていた予定があるし、行くと言った以上はいかないといけない。でもこれはまたとないチャンスなのでは…。いやいやでも今はそこまで相菊さんに気があるわけじゃないし、そんな状態で朝まで過ごしても向こうに申し訳ないし…。いや確かに可愛いよ?今すぐ襲いたいくらいの魅力出してるよ?てか飲みなおすだけだから、別に朝まで過ごすとか決まったわけじゃないから!
顔には出さないがしばらく冬樹が心の中で葛藤していると、相菊がもう一度問いかけた。
「ねぇ、ダメ…かな…?」
あああなんで上目遣いでそんなに可愛らしくて甘い声出すのかな!いくら酔っているからってそれはズルいでしょ!いや、もしかしたら酔った勢いでこうなってしまってるだけなのかも?でも酔ってるからってどうでもいい相手にこんなこと言うか?わざわざみんなが帰るのを待って…。いやいやでも絶対次飲みにいったら明日に支障きたして、他の解離メンバーに迷惑かけるし…。
しばらく苦悶していたが、冬樹はようやく決心して人生最大の決断をした。
そしてまっすぐ相菊の目を見て、その返事をした
「ごめん、明日どうしても外せない予定が入ってるから帰らないといけない。本当にごめんね。」