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解離性フラジール  作者: 雪時雨
第一章 ペンフィールドの小人たち
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桜散る嵐の夜に

『敵の複数部隊がそちらへ急速接近中。500秒以内に接敵すると思われる。』

やっとコントローラー含めた1部隊を片付けた冬樹らは、無線越しに篠原の情報を聞いた。あの後同様にアグレッサーを倒し、果敢にも1体で挑んできたコントローラーを霧島がザクザクに切り付けて終わったというような感じだ。やっと一息つけるかと腰を下ろそうとした冬樹であったが、篠原の情報を聞いてすぐに気合を入れなおす。

やっぱり敵はすぐに来るか。今のでも前衛の18分の1しか戦力がないから、それが一気に来るとなるとかなり厄介だな…。まともに1部隊ずつ相手するよりも、後退を優先した方がいいかな?でももう少し敵の戦力を集めてから一気に落としたいし…。うーん、どうすれば…。

そのように考えていると、無意識に目線が幸助の方へ移動した。それを知ってか知らずか、幸助は篠原に問いかける。

「数はどれくらいなんですかね?もう頂上の方へ向けて後退した方が?」

「おうおうどうした幸助?全部ぶっ潰さねえのか?」

すると“後退”の言葉を聞いて、解離性同一障害を起こしていており、戦闘好きで口が悪い霧島がそれはないと言わんばかりに、幸助に文句を言った。しかしそれに対して幸助は、冷静で的確な返事をした。

「今は敵の殲滅よりも誘導が優先だ。その過程でだれ一人失うわけにいかん。聡子さんが必要以上に動き回れば、それに比例して冬樹も攻撃される可能性がある。それに、まだ後衛部隊が残っている以上、ここで消耗は好ましくないな。」

「ちっ!いけすかねぇ奴だ。」

とりあえず黙ることにしたのか、フンッ!とした様子で霧島は歩いて少し離れた。

ひと段落ついたと見て、篠原が先ほどの質問の返答をする。

『で、数は5部隊ほどだ。出来ればもう1編成ほどを引き付けたい。』

5部隊!?先ほどの戦闘であれだけ苦戦したのにその5倍の戦力も相手しなければいけないのか。さらに、もう1編成ってつまり6部隊、つまり倍の数を相手しろってことか…。

篠原に通達された言葉に若干の絶望を抱きながらその経過を聞いていると、幸助が分かったと答えた。そのことにも驚きながらも、どうやってこの状況を乗り切るのか自分で考え、そして何か意見があるのではないかと期待していた。すると後者のことが的中し、篠原が説明を始めたが、その内容は全く考えてもないことだった。

『冬樹、お前のフィルスマがカギになる。』



「冬樹そっちに行ったぞ!」

「大丈夫です幸助さん!たぶん、たぶん受け止めれます!」

そういったものの、かなりの速度でアグレッサー8体が向かってくるので非常に恐ろしい。

だがそれでも与えられた役目―敵を引き付けること―を達成するために、冬樹は威嚇射撃を続けた。30m、20m、10m…。アグレッサーがそのまま冬樹に接触せんと思ったその時、冬樹の5mほど手前で8体の動きが止まった。それを見て少し安心した冬樹だったが、再び手を止めずに幸助と霧島らに攻撃を仕掛けているアグレッサーに攻撃を加えた。すると6体ほどが冬樹の方へ向かってきて、その心臓を貫かんとする。しかし先ほどと同じように5mほど手前まで来ると、全員それ以上冬樹に近づけない。そして、その様子を見た奥の方に控えていたアグレッサーが10体ほど冬樹に攻撃を仕掛けようとする。するとそれを予想していたかのように、冬樹は敵が通るであろう道に生えている木の根元を撃って倒した。もちろん敵がこの下敷きになるはずもなく、それを軽々超えてやってくる…ことはなく、木を超えようとした10体が木の上でじたばた藻掻き、身動きが取れない状態になっていた。

「かぁ~。殺った殺った!」

そういいながら霧島が一回背伸びをした後、くるっとこっちの方へ向いて走ってくる。そして幸助も敵が消散するのを見届けた後、こちらへ同様に走ってきた。しかし2人とも冬樹のところへ直行するのではなく、蛇行しながら向かってきていた。冬樹に近づくと、幸助は走りながら手をふって冬樹に声をかけた。

「冬樹、上に上がるぞ!敵がわらわら集まってきている!足止めしている奴はほっといて、距離を稼げ!!」

幸助は冬樹にそういうと、山の頂上を目指して走っていった。冬樹もそれに遅れず走っていく。

走っている途中、幸助が策が上手くいってよかったと喜びの声をかける。それに対して冬樹は若干息切れしながら答えた。

「冬樹!30体ほど足止めしてくれてサンキュな!さすがにあの数は正面じゃキツイわ。冬樹が今回はキーパーソンだな!」

「いえ、篠原さんが提案した作戦が上手く言ったおかげです。自分じゃそんな方法思いつきませんでした。」

その幸助さんの嬉しそうな顔を見てこっちまで嬉しくなる。実際自分は謙虚でもなんでもなく、本当に篠原さんの作戦がすごいと思っている。なにせ、自分の持っているディフェンダーのフィルスマ、デンシフィケイション[高密度化]、フラクタルブラスト[構造伝播]、クイックチェンジ[原子変換]、サーフェスケース[形状変更]をすべて使って打開策を考え付くのだから…。そしてそれを張り巡らせ、敵を捕縛する。戦闘をなるべく避けて目的遂行のためにはこの上ない提案だ。ベテランはやはり考えることが違うなぁ…。自分もそれなりに理解力はあると自負していたが、今回の提案は自分1人では考え付くこともできず、圧倒的な経験の差によって助けられた。

冬樹はひよっことベテランの経験の差を痛感しながらも、もっと意欲的に、自由に自分の能力を生かそうと冬樹は感じた。

篠原の提案と言うのは、冬樹が初めのアグレッサーとの戦闘で防御に用いたカーボンナノチューブ性の布を、デンシフィケイション[高密度化]を用いることで内部の原子量を増やし、クイックチェンジ[原子変換]を用いて炭素から酸素・窒素をつくりだして、カーボンナノチューブ内に吸蔵されている水素とそれらを用いてフラクタルブラスト[構造伝播]によって分子構造をタンパク質の1つであるフィブロインにする。そしてできたフィブロインの塊をサーフェスケース[形状変更]によって細い糸状にしてさらに触れたものが吸着しやすいような表面構造に変更した。

デンシフィケイション[高密度化]とは、一定時間触れている対象の原子密度を上昇させることができ、相対的な原子量や密度を上昇させるというもの。主に防御時などにその防具の強度を上げるために使われることが多い。また、使用しても見かけ上の量に変更はないため、ダミーとしても利用できる。

フラクタルブラスト[構造伝播]、一定時間原子間の構造を変えて、物理衝撃耐性、伝導性、腐食性など変えることができる。そうすることで斬撃、圧力、加熱、凍結、酸塩基など様々な態勢をその対象に付与することができる。主に、炭素原子を正四角錐状にしてダイヤモンド構造を作り、強度を格段に上げることに使われたりする。そのため、このフィルスマを所持しているものは殆どがカーボンナノチューブ性の何かしらを持っている。

クイックチェンジ[原子変換]とは、対象の原子を別の近い原子に変更することができるというものである。ただしその範囲は非常に狭く、周期表で考えると、縦横2マスまでしか変換できない。そのためあまり使いどころがなく、さらにイメージよりも知識の方が重要となるため、ほとんどの人は使うことを念頭に置いていない。また、対称の原子には重ねがけができないため、炭素から金を作るということもできない。ただし、なぜか水素とヘリウムだけは変更することができない。

サーフェスケース[形状変更]とは、物体の原子構造ではなく、全体の構造を変更するときに用いられるものである。例えばただの鉄の延べ棒を刃のように鋭くとがらせたり、金を非常に細い糸状にしたりなど。攻防両方に利用できるので、使用するディフェンダーは多い。ちなみに熟練者だと毛糸から服が作れるとか。

自分の頭の中で、もう一度自分が使えるフィルスマを確認した後、他にどういう使い道があるだろうと思考に耽っていた。すると幸助がそろそろころあいだと、スナイパーらへの攻撃の合図の準備をするよう言われた。

「それじゃそろそろ発光弾の準備をしてくれ。しばらく走ったら合図をしてここを撃ってもらう。」

「わかりました。」

了解の意を示して、手に持つ銃に合図を知らせる弾をこめる。一瞬振り向くと、うっすらと大量の敵の影が見え、敵の大量の援軍が来ているためか、異様な雰囲気を放っていた。

そして予定のラインを超えた後、冬樹は込めた発光弾を空に向けて放った。


すると、数秒後に一度反対の山から閃光が瞬いた後、バチバチバチッ!ドゴオオオンと言う激しい音を立てて山全体が揺れるのを肌身に感じた。下の方を見ると、先ほどまで冬樹たちがいた地点から下の地面が崩落していた。その下方は言うまでもなく、崩壊と上からの土雪崩で地表にあるものは押し流されていく。これは樹木さんのスナイパーフィルスマ、エレクトロンスパーク [電子過与]だ。エレクトロンスパーク [電子過与]は、解離状態時に集中することで得られるイメージキューブの結晶(精神力の結晶で、エネルギーの塊)を弾丸とすることで、着弾した付近でスパーク状の広い範囲に効果を及ぼし、原子に無理やり電子を組み込むことで、その原子のバランスが崩壊させて爆発現象を引き起こすというもの。広範囲のダメージを与える時、連鎖的な反応を起こす時に非常に有効である。今回は広範囲の地形に影響を及ぼすために対象を地面にしたが、通常、敵に直撃すれば敵はその体を爆発四散させる。

そしてしばらくして土雪崩が止むと、今度はその終着点、盆地の方ですさまじい爆発音が聞こえた。いや、正確に言うと爆発音と言うよりは空気が割れたというべきだろうか。それをなんと表現したらいいがわからないが、まるで体への振動と脳の揺さぶりと耳への暴風音が一度に来たような感覚で一瞬気が止まってしまった。さらに、着弾したと思われるところとはかなり離れているが、それでも空気の振動だけで吹き飛ばされそうであったため、気を取り戻した後は、もはや驚き以外の何物でもなかった。そして、光ることなど何の前触れもなく起こるのでさらに驚きは増す。これが桜園の高火力攻撃、エレメントコラプス[要素崩壊]だ。エレメントコラプス[要素崩壊]は、解離状態時に集中することで得られるイメージキューブの結晶(精神力の結晶で、エネルギーの塊)を弾丸とすることで、着弾した付近の原子が高速で振動し、原子核が崩壊することでその物体自体が消滅したり周りの原子そのものがなくなったりする。桜園の[要素崩壊]は非常に強力で、本来はあり得ないほどの範囲を巻き込みながらの攻撃になるため、その範囲内にいた空気自体も消滅し、空気の原子の埋め合わせによって非常に速い速度で空気が動き、暴風のように吹き荒れたと思われる。

なお、スナイパーのフィルスマはすべてエネルギー結晶であるイメージキューブを作成してからの攻撃になるため、高火力であるのに対し連射性が乏しくなっている。そのため、ここぞというところで戦術に組み込まれる。また、通常はかなり長い時間が空かなければイメージキューブが作れないが、桜園はその通常の半分の時間で作ることもできることから、その戦力は数えきれないほど跳ね上がる。

冬樹は初めて桜園の本気のフィルスマを見たため、その迫力に一歩後ずさった。そして何回か見たことのある幸助や霧島であったが、ここ最近あまり見ないほどの桜園の火力に冬樹同様、驚きの表情をあらわにしてしばらく棒立ちしていた。

しばらく空気の流れがとても速くて音が鳴るほどであったが、徐々にその勢いは衰えていき、次第に戦闘前と同じような空気になった。

そして敵が漏れないよう見張る警備隊、冬樹含む誘導隊など、桜園の攻撃を見てしばらく呆気に取られていた人たちは耳からの篠原による通信によって我に返る。

『敵の前衛部隊が一部隊を除いてすべて消滅を確認。加えてガーディアン半分巻き込みとサボタージ一体に損害が見られた。スナイパー部隊は各自の判断で敵と適度な距離を取りつつ、他の部隊は所定の位置へ移動せよ。未だに敵の後衛はピンピンしてっから気を抜かないように。』

そして我に返った冬樹ら3人の中で一番早く口を開いたのは幸助だった。

「香織さんの攻撃はマジでやばいな…。あれが味方でよかったと思うぜ…。」

その幸助の意見に激しく同意だと言わんばかりに、冬樹は首を縦にぶんぶん振って返答をした。

「いやいやまったくですよ。個人の戦闘技術も高くて、作戦も主導して、部隊のメイン火力で…。学校の時の彼女とは大きく違いますね。」

自分は今まで彼女のプライベートはおろか、受けている講義すら把握していなかったほどの仲だ。今までクールで関わりずらいなと言う印象しか抱かなかったが、まさか仕事ではこれほどのギャップがあるとは…。むしろ学校で顔を合わせずらいような…、と言うか今までそこまで顔合わせたことないし。

その冬樹の言葉を聞いて、幸助は以前冬樹が大学で桜園と同じクラスであるという話をしたことを思い出したのか、あごに手を当てながら笑って話した。

「そういえばそうだったな。冬樹は大学で彼女と同じクラスか。でもあの様子だと普段からクールにふるまってるんだろうな。まったく、そんな奴からあんな化け物クラスの火力が出るなんて普通思わないぜ。」

するとガハハハと笑う幸助のもとに霧島が近寄ってきて肩をポンポンと叩くと、さっきの余波のせいなのか、解離性同一障害を発症しているにもかかわらず比較的落ち着いた声で話しかけてきた。

「あんたたち、さっさと敵の親玉ぶっ潰しにいわよ。」

あっっとそうだった。敵の親玉であるオブザーバーを倒してゲートを閉じるという目的はまだ残っている。早いとこ仕事を終わらせて明日の講義に支障が出ないようにしなければ。

「っといけない、いけない。立ち話はここまでにして、また今度聞かせてくれよな!」

幸助は冬樹にそう言い、所定の目的地へと向かっていった。冬樹も二人の後を追って、第二の戦場へ足を運んだ。


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