未知なるものは、幸か、鞭か
Unidentify Enemy Organisms 通称ユーオ。突如として密かに地球に現れ、平穏な日常の目下でその刃を振るっている。出現当初は対抗手段がなかったため、人類に多くの被害が出ることが予想された。しかし、政府が早急に対策本部を立ち上げたことや、なぜか人が少ない地域でしか出現しなかったことなどで、その存在が公に知られることなく、政府の管理下で迎撃措置が行われている。だが何も心配がいらないわけではなく、出現から72時間以降はゲート周辺以外にも侵攻して被害が及ぶこと、彼らの一部の個体が発生する精神妨害電波によって歩兵や無人機での攻撃ができないこと、今まで確認されたことのない構造からなる外殻で構成されていること、物理現象を無視した攻撃をしてくることなど、確実に殲滅しなければならない対象である。
そして彼らについてこの50年で分かったこともある。それは確実に知能を持ち、進化しているということだ。初めはただ直線的な動きしかせず、単調な行動ばかりであったが、徐々になめらか・高速化した動きへと変わっていった。そしてそれぞれに特化した個体、偵察・攻撃・防御・妨害・指令などに分かれて、まるで生きた集団かのように最近ではふるまっている。それらは出現するたびに、ごく微量ではあるが、しかし確実に進化している。
だが彼らはどこから来ているのか、どんな目的をもって人類を攻撃するのか、知的生命なら意思疎通は可能なのか、などまだまだ解明できないことは山ほどある。
一方彼らが進化するように、人類側もそれなりの進化を遂げている。例えば世界各地に支部がある解離精神協会だ。現在は解離精神協会に属している人間、異常な解離精神障害を患っているものが主戦力であり、その能力を最大限生かせるよう協会側も尽力している。例えば、フィルスマを使用するためには解離状態であることと、自分のイメージ力によってその制度と威力があがるという特徴がある。そのため戦闘前に政府から支給された制解離精神剤を飲むことによって、自分で制御できる状態で解離状態を起こしてフィルスマを制御できるようにすること、イメージしやすいように各個人ごとに専用武器を支給して、威力と精度の向上を図ることなど行っている。そしてその開発はアメリカが一番進んでいるらしいが…。
直前まで鳴り響いていた甲高い音はすでに止んでおり、あたりには先ほど死闘を繰り広げたスカウターの残骸が7、8体ほど転がっていた。一旦戦闘が終わったため少し息を整えた後、スカウターの数を目で数えると、幸助は独り言のようにつぶやいた。
「半分もスカウターをこちらに引きつけたら西側の香織側はたぶん大丈夫だろうな。」
さすが幸助さん。スカウターを4体相手にしていながら、傷一つない。それにもう息を整えている。自分は1体相手するだけでもこんなにきつかったのに…。念のため近接用に短剣を持っておいてよかった…。
冬樹は未だ整えられない息をハァハァ吐きながら、雨と汗でぬれた額を手で拭った。少ししてスカウターの残骸を見ると、だんだんと淡く輝いていきながらその光が小規模で発散し、光の泡となって消えていった。その光景にきれいだなと思いながらまじまじと見ていると、霧島が冬樹に喝を入れた。
「もう休憩はいいだろ?そろそろ奴らが来るぞ。早く武器を構えろ!今度はこんなに簡単にいかねぇぞ!」
急に自分に怒号が飛んできたため肩をビクッと震わせ、その声の主の方を振り向いた。
そっか、今聡子さんは解離状態で別人格が出ているからあの口調だった。一瞬誰かと思ってびっくりしたわ…。でもうかうかしてられないのも確かだから、早く迎撃準備をしなければ。
「す、すみません…。気を付けます。」
苦笑いしながら冬樹が謝罪の言葉を述べると、飯田がフォローを入れてくれた。
「まぁまぁ、そんなに怒るなって聡子さんよぉ。あいつだってはじめっから最前線で気が滅入ってるんだぜ。」
その言葉に霧島はフンッとして返事をしなかった。その後、「大丈夫だ」と幸助が冬樹に声をかけていたが、何かを感じたのか、急に眼つきを変えて真面目なトーンで話した。
「敵がそろそろ来るな…。冬樹、お前は後方に下がって狙撃してくれ。さっきは急だったが、次は態勢をしっかり整えて敵を迎え撃つぞ。お前のタクティカルのフィルスマだったらきちんと狙えるはずだ。間違っても俺らを撃つなよ?」
最初は神妙な顔つきをしていたが、最後に冗談めいたことを言う時はすっかりいつもの頼れるお兄さんの笑う顔になっていた。
自分、鷹塚冬樹は、解離性昏迷症と解離性知覚障害を患っており、”タクティカル”と”ディフェンダー”のフィルスマを使うことができる。そのタクティカルのフィルスマのうち、エンハンスブレイン[脳力加速]とインフォームドデータ[情報操作]を使うことで、恐らく先ほど幸助さんが言っていた戦術が上手くいくだろう。[脳力加速]とは体感時間を2倍にして知覚速度を上昇させるフィルスマである。また、[情報操作]は直接触れた対象の電気を操ることができ、対称が生き物の場合はホルモンバランスの制御、一時的な気絶、感覚器官の能力向上など、使用者の知識によってその利用幅は広い。ただ、触れたからと言ってすぐに操作できるわけではないので、[脳力加速]とセットで使われることが大半だ。自分の場合は同時に2つ以上フィルスマを展開できるので、その点あまり困らない。
幸助の言葉を聞いた冬樹は「わかりました」と頷くと、山の頂上方面、幸助がギリギリ見える場所まで下がり、茂みの後ろへ行くと先ほどの二つの能力を発動させた。すると、周りは雨で視界が非常に悪かったが、注視している幸助と霧島のまわりの雨はゆっくりと流れていくように見え、はっきりとその顔も確認できるほどだった。そのことを冬樹が確認したと同時に、幸助が素早く下方を見た。すると敵のアタッカー個体が現れ、幸助らに攻撃を仕掛けてきた。速度はスカウターよりも遅い、がそれでも常人からしたらありえないほどの速さと圧倒的に重い一撃、さらには槍によるやや長めの射程が、幸助と霧島の2人を襲う。だがさすがは熟練の2人と言わんばかりに、2体ずつのアタッカーを相手にしても余裕の戦闘である。解離性障害者が保持している武器は通常のものとは異なり、自身の持っている精神力―フィルスマのパッシブ能力に近いもの―を常時注ぎ込みながら戦闘をしている。そのためユーオに対しては鋼鉄の刃や徹甲弾・榴弾などがほとんど効かない一方、彼らの攻撃は非常に効果的なものとなっている。一時期はなんとかしてその謎の外殻(見た目は昆虫の殻と言うよりも、人間がつけるような鎧に近い)を調べようと協会本部も奮闘したらしいが、敵が死亡すると消散してしまったり、現代の技術では生きたまま捕らえることができないため調査が進んでおらず、有効な通常兵器が完成していない。終始攻戦一方なので自分が撃つ必要があるかどうか迷っていると、だんだん敵のアタッカーが傷つき始めてボロボロになってきた。冬樹自身もこのまま押し切れるのではと思って、狙撃を待機していたが、その期待は次の敵の行動で裏切られる。なんと敵のアタッカー4体が攻撃をいったん止め、下がっていったのだ。
あれ、なんで下がっていったんだ?まさか負けるのが分かったから退却したとか?もしくは他の部隊に任せるとか?
まだ経験が浅く、そんなことをのんきに考えていると、知覚上昇させた耳に、離れている幸助の声が聞こえてきた。
「くそっ!奴らコントローラーのところへ行って回復する気か…!」
え、回復?…あ、そういえばコントローラーは補助以外に回復もできるんだった!
すると、霧島の声も聞こえてくる。
「今回は非常に厄介ね。各部隊に1体ずつコントローラーがいるなんてめんどくさいわ。ならば逃げる前に一気に切り殺してあげるわ!」
そうやって気迫するほどの声を出しながら、霧島は自身の持っている斧を地面に突き刺し、グラビティアクセス[黒重力場]を発動させた。
グラビティアクセス[黒重力場]とは、自身の精神力の媒体となる武器に黒いオーラを纏わせることで、一時的に強力な重力を生み出し、対称を引き付けることができるフィルスマだ。近接攻撃用のフィルスマを持つアタッカーとは非常に相性がいいもので、戦闘中にもしばしば使われる。ただし対象を限定するにはそれなりの熟練度が必要で、戦闘に慣れていないものや集中力が切れている状態だと、そこら辺の木々やら味方まで吸い込んでしまうため注意が必要だ。
霧島が斧を突き刺すと同時に、そこに吸い込まれるかのように黒いオーラがあたりから出現し、引こうとしていた40m先の敵のアグレッサー―4体を捕らえた。
よし、この状況であの距離離れているなら俺が狙撃する方がいいな。
そう思った冬樹は自身の銃を構えた。そして引き金を引こうとした瞬間、必死に重力から逃れようとしていた4体の後ろから、別の4体のアグレッサーが出現した。そしてその新しい4体は一直線に霧島の方へ突撃し、攻撃を仕掛けた。
「ちっ…!クソッたれめ。」
霧島はそう悪態をつきながら、敵の攻撃を受けるため[黒重力場]をキャンセルして受ける態勢に入る。そうすると、重力に束縛されていた4体は自由になり、後方のコントローラーがいた方へ引いていった。
そういえば、恭二さんは一部隊にアグレッサーが8体いるって言ってたな…。4体しか攻撃してこなかったのは、2チームに分かれて交互に受けさせるためだったのか…。そうして時間を稼いで他の部隊を待つ…、これは相当マズイぞ。
相手の大まかな狙いに冬樹が気付いたと同時に、同じような考えに至ったのか、幸助も舌打ちをしながら愚痴をこぼした。
「チッ…、奴ら随分と賢くなってるじゃねえか。こっちのヒーラーっつったらコマンダーの恭二さんしかいねえのに…。随分と分が悪いな。」
そして、さすがに4体をまとめて相手にするのはキツい霧島に加勢して、一気に1体を葬ろうと攻撃を仕掛けた。すると初動の攻撃は入ったが、それを感知した敵はすかさず2体と2体に分かれてそれぞれの相手をする。するとその様子を見て、さらに幸助が愚痴をこぼした。
「前回の作戦よりも圧倒的に知能が高くなってるじゃねぇか…。冬樹、そろそろ頼むぞ。」
今まで敵のチーム力に圧倒されていた冬樹であったが、その幸助の言葉が耳に入ってきて我に返る。
敵がチーム力で仕掛けてくるなら、こちらもチーム力でやり返せばいい。
冬樹はしっかり銃を目の前に構え、意識を目標に注ぎ込む。
大体この時に敵があそこに行くから…、それにこの距離と雨で体の中心を一発で抜けるかどうかわからないから、まずは肩あたりを狙うか…。
障害物・味方の位置、敵の動き方、などをじっくり観察したのち、深呼吸を一回入れて引き金を引く。
パンッ!とは音が鳴らなかったものの、確実に発射の振動は伝わったため撃ったという感触はあった。弾は発射後に予定の地点へ到達するはずだったが、少しずれて腕の真ん中あたりに当たった。それが幸か不幸だったか、敵の腕をそれが持っていた武器ごと吹き飛ばし、その衝撃に敵は一時停止する。あたりをキョロキョロ見渡して銃の発射源を探そうとするが、そこへすかさず青く光る一筋の刃が大きな体を一刀両断した。幸助がアブソリュートキル[絶対消去]を発動させたのだ。
アブソリュートキル[絶対消去]とは、直接触れている特殊な金属を媒体として発動することができ、その媒体の刃に触れた原子は完全に消去されるフィルスマである。ユーオに備わっている強固な外殻を簡単に切断することができ、防御無視の威力が高いものである。しかし欠点として、とても強固で繊細な特殊な金属が必要であることと、そのため超近距離で対峙しなければならないことが挙げられる。また、アタッカーは通常の近距離攻撃も高いが、この[絶対消去]を当てることが戦闘の勝利のカギとなるため、それをカバーするような立ち回りをすることが多い。
両断された、人よりも二回りほど大きい体はそれぞれ抵抗を見せることもなく地面に落ち、しばらくして淡く輝いて消散した。すると先ほどまで2体1チームで行動していた個体が、連携を取れなくなって少しの間一時停止していた時間を、冬樹は見逃さなかった。棒立ちしている首元を一気に狙い、頭を吹き飛ばした。飛ばされた頭が宙を舞い、外殻の奥にある赤い瞳が楕円の軌跡を描く。その軌跡が地面が到達するまで、続けて霧島にかかっている2体に攻撃した。しかし敵が動いていたせいか、一体は肩を吹き飛ばしたものの、もう1体は胴の一番固い部分に直撃し、へこませるまでにとどまった。すると胴に食らった無事である1体が射撃の方向が分かったのか、すぐに冬樹の方を向いてとても速い勢いで迫ってきた。それを確認した冬樹は落ち着いて[情報変換]をキャンセルして、素早くポケットから長いハンカチを取り出した。そしてデンシフィケイション[高密度化]とフラクタルブラスト[構造伝播]をそのハンカチに発動させる。すると茂みを切り裂いてそのまま冬樹まで貫通するはずだったアグレッサーの槍は、茂みを割いた後そのハンカチで弾かれて大きくのけぞった。そして冬樹はその瞬間を逃さず、その首元にゼロ距離で銃をぶっ放した。
~西の山 桜園と樹木~
「敵の数はともかく、知能が予想よりも高い…。」
そう桜園はひとりでに呟いた。自分の予想よりも少し異なった情報が盤面に存在するせいか、少しため息気味に言葉を漏らした。普段はあまり口を開かない桜園がせっかく口を開いたので、樹木も一応それに対して反応する。
「香織さん何か懸念でも?確かに予想より知能は高いが、今作戦にそれほど影響はしない。それともほかに何か懸念が?」
すると、ほふくして銃を構えている香織が、その状態で首を横にふるふる動かし、「特に何も。やるべきことをやるだけ。」と話した。その桜園の様子を見ると、いつもは長髪にしている髪を後ろで束ねて短くまとめている。その様子と仕草を見て樹木は、やはり愛想はないが見た目と声は他に違わずきれいだな。愛想がないのがもったいないほどだ。と思いながら、せっかく待機だけしていても暇なので会話を続ける。
「それと最近思うんだが、香織さんは随分と冬樹を買いかぶってるようだが、何か理由でも?確かに彼は2症状持っていてフィルスマも同時に3つ展開できるが、威力・速力・技術力とも平均…いや、まだ新人なのだからしょうがないが平均以下だと思うがね。私からしたら、入ってきた時点ですでに全7支部の協会のだれよりも強かったきみに比べれば、それほどとは思わないが。」
樹木がそう思うのも仕方ない。と言うのも、冬樹は今回のユーオとの戦闘はまだ3回目なのだ。他の全員が30回以上戦闘を経験、ベテランに至っては200回以上経験している日本解離精神協会のメンバーからしてみれば、まだまだ生まれたばかりのひよこ同然だ。そしてこれだけ経験が多いものが集うのも日本解離精神協会の特徴だ。他の支部は圧倒的に加入初期のメンバーが死ぬ方が多いのだが、日本ではその傾向はあまりない。
何か良からぬことでもあるのか?としばらく思惑していると、沈黙を保っていた桜園が少し微笑みながらその小さな口を開いた。
「桜が好き…だからかな。」
樹木は、いつも冷静沈着で合理主義の桜園からは予想だにしない言葉を聞き、まったく意味が分からず呆けた。そんな樹木の姿をよそに、再び桜園はスコープを注視して作戦に集中した