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解離性フラジール  作者: 雪時雨
第一章 ペンフィールドの小人たち
4/22

冬に桜が芽吹く頃

「問診やMRI結果から、これはおそらく解離性障害ですね。」

様々な診察の結果、医者はそう告げた。

「解離性障害?とは何なのでしょうか…?その、とても不安なのですが…。」

あやふやなまま10年間もこの症状と付き合ってきたが、いざ病名が確定したとなると怖くなる。

すると医者は、穏やかな口調で続きを話す。

「大丈夫ですよ、障害と言っても別にそこまで社会に不適合なものではないので安心してください。薬である程度抑えることはできます。きつくなったときは飲んでください。」

しかし、抑えるだけではだめなのだ。この症状自体が大変苦しい冬樹にとっては一刻も早く完治したい。また、理系の人間なので薬に関する疑問も投げかける。

「この病気は完治することはできますか?正直、症状がでるのも嫌なんです。それに薬が処方されるっておっしゃいましたけど、だんだん耐性が付きますよね?耐性がついたりした場合はどうなるのでしょうか?」

すると医者はやや眉を下げながら口調を崩して、冬樹の言葉に対し返答した。

「随分と薬に詳しいね。そうだね、耐性はつく。だがその時は少しきつめの薬を飲めばいいさ。その時はまたうちにくればいい。そうすればいつかは症状が出なくかもしれない。それと、まだ完治する方法はないね。」

冬樹はもともと人に対して疑心暗鬼であった。また、昔から他人の感情の機微を読むことが自然と得意であった。この医者は表面上は優しく穏やかに言っているが、表情、口調、目線、仕草などから、冬樹目線ではあまりいい感情は抱かなかった。医者は自身のプライドが高いため、何が何でも診断結果をつけて症状を確定しようとする。間違った薬を処方して、結果的にまたここの病院に通うことになり、お金を使わせる。利益を優先して完治よりも継続治療を進める。などそのような感じが頭をよぎった冬樹であった。もしかしたら被害妄想が強いだけなのかもしれないが。しかし、これまでさんざん多くの病院に行って、やっと見かけ上は確定した病気なので、とりあえずその場では受け入れて、薬をもらって帰ることにした。ただ、精神系の薬は処方を間違えるとかなり危ないので、服用するかはしばらくじっくり考えるが。


帰りに晩御飯をファミレスで食べて、電車に乗って、駅から降りて家まで歩いて帰るとき、人通りの少ない路地で、ある黒服の男が声をかけてきた。

「あなたは解離性障害と判断された、鷹塚冬樹様ですね?」

ヤバいものに絡まれたか、と一瞬一歩後ずさった冬樹であったが、自分の名前を知っていること、自分が解離性障害と知っていること、おそらく帰り道にいたことから住所も知っていること、それに何より表情や口調などから悪人とは思えないような優しそうな雰囲気を醸し出していることから、とりあえず話を聞くことにした。ただし、何があってもいいように右手でスマホを握りしめる。

「何の御用でしょうか?私は何かした覚えはありませんが。」

するとその男の見た目からは、予想だにしなかった言葉が口にされた。

「是非私たちに協力してください。」

そういうと、男は深々と頭を下げ、冬樹に頭を垂れた。

なにごとか、新手の詐欺かと思ったが、とりあえず話を聞いてからでも遅くはないか。と思い冬樹は話を促す。

「何を協力しろと言うのですか。危ないことは私しませんよ。」

すると男は、頭を上げて、ポケットから一枚の紙を取り出して再び口を開いた。

「今ここで説明するのは気が引けますので、もし興味がおありでしたら、3日以内にこの紙に書いてある住所に一人で来てください。」

渡された紙を見ると、そこそこ偏屈な場所が書いてあり、普段絶対行かないような場所だった。

さすがにこれは怪しいだろ…。と思い、丁重にお断りし、警察に連絡しようとした時、次の男の言葉でその行為を改める。

「冬樹様と同じような解離性障害者が集まっている場所です。ですが、病院ではございません。さらに申し上げますと、あなた様の同級生である桜園様も私たちに協力して頂いています。」

自分と同じ症状の人が集まっていること、そしてクールであまり関わりのない桜園さんが、この男の言う団体に所属しているということなど、興味をそそられる話が出てきた。そして男は続けて話す。

「もちろん、このままお伺いなさらなくても結構です。どうぞじっくり考えてください。いきなりこんなことを話されて、怪しいと思うのは当然なのですから。ではここらへんで。」

考えられる期間があるなら一応考えてみるか。と渡された紙を見ながら考えていると、ふと目の前に先ほどいた男がもうすでにいないことに気づいた。あたりはすっかり暗いため、街灯が先ほどまで2人を照らしていたが、今はその影は一つしかない。急にうす気味悪くなった冬樹はダッシュで家まで帰り、すぐシャワーを浴びてベッドに入った。


じっくり2日間悩んだ後、冬樹は勇気を振り絞って一人で帰る桜園に声をかけた。

「あ、あの桜園さん。」

1年間クラスで一緒であったが、ほとんど関わりがなかったので、これがファーストコンタクトだ。少し震える冬樹の呼び止める声を聞くと、彼女はとてもきれいな髪をたなびかせながら、冬樹の方を振り向く。

「何か御用でしょうか?」

顔を見ながら話しかけられた途端、透き通った声、白く輝く肌、吸い込まれるような瞳、に圧倒されてしばらく声が出なかった。しばらく硬直している間静寂があたりを包む。このままではマズイと思った冬樹が、咄嗟に言葉を出す。

「そ、そのカバンに付いてるキーホルダー可愛いですね。桜ですか?自分は花の中でも梅とか桜とか5枚の花弁を持つ花が好きなんですよ。その…桜のキーホルダーと桜園さんを掛けてるのかなぁって…。あはは」

苦笑いしながら何とか話を続ける冬樹をよそに、その言葉を聞いて桜園は一瞬ぴくっと反応したが、すぐに態度を戻して話し返す。

「ありがとうございます。で、話はそれだけですか?」

予想以上にばっさり切られたためか、予想以上に桜園がクールだったためか、冬樹は少しがっくりして肩を落とす。さらに、もうこれ以上の話の引き延ばしは無駄だなと思い、一回深呼吸をした後、腹をくくって本題に入る。

「ふぅ…。話はそれだけではありません。解離性障害をご存知ですか?」

すると何かを察したのか、桜園はしばらく考えた後、返答した。

「えぇ。あなたも声がかかりましたか?まだ入られてないようですけど。」

するとやはり、桜園は解離性障害について知っていた。さらに口ぶりからして、昨日の男が言っていたことも間違いないようだ。続けて冬樹は話す。

「まだです。期限が今日までらしいので、じっくり考えてました。黒服の男に桜園さんも入っているということで、気になって話しかけました。実際どういうところなんですか?例えばヤバイ組織立ったり、宗教団体だったり…。」

その言葉を聞いて、桜園も少し話す気がわいたのか、あたりをキョロキョロ見回した後、誰もいないことを確認して問に答えた。

「入るか入らないかはあなた次第です。危ないと思ったら入らなくても結構です。実際はどうかという質問ですが……、正直おかしなところですよ。正直あなたのこれからの人生を大きく変えます。それを頭に入れて現地へ向かってください。」

正直クールビューティーな桜園が、自分で自分が所属している団体はおかしいなんてことを言うとは思ってなかったため、冬樹はかなり動揺する。しかし、人生を大きく変えるなんて言葉も冗談でないらしく、その深い眼をずっとこちらに向けながら話していた。しばらくたじろぐ冬樹を脇に桜園は、用が済んだなら行くと言わんばかりに「それでは」と軽く手を振って去っていった。


あたりはだんだん日が落ちていき、空が紫がかったとこまで悩んだ挙句、最終的に冬樹は紙に書いてある住所へと向かった。




「ーい…、おーい聞こえてるか冬樹!!」

重低音で響く声が、冬樹の聴覚を刺激した。そこで冬樹はハッと目が覚めた。あたりを見回すと、どうやらブリーフィングが行われているらしい。

「またボーっとしてたのか。ま、解離性障害を患っている以上しょうがないけどさ。」

その男は自身の解離性障害について知っている様子で話していた。そして考え事から頭を切り離して、徐々に視覚に映る情報のみに注力して情報をまとめていく。そうだ、自分は明日ユーオの討伐を行うために解離精神協会に召集されて、これからブリーフィングするんだった。まったく、いくら解離性障害のせいだって言っても、こうやって突然症状が出たらきついなぁ…。

「すみません、恭二さん。今治まりました。ブリーフィングを始めてください。」

冬樹は慌てて思考をまとめ、もう大丈夫だとその恭二に告げる。彼、篠原恭二(しのはら きょうじ)はこの日本解離精神協会の戦闘チームのまとめ役を担っている人物である。冬樹を含めて今いるメンバーの中で最も年長者で、かつ解離性離人症”コマンダー”のロール(役割)を持っているため、チーフとして上層部から抜擢された。見た目はデキる刑事ような雰囲気だが、実際にその手腕はしっかりとあり、まとめ役や作戦の指示係としては適任である。

すると横で、ワイルドで元気な様子で冬樹のフォローを入れる声があった。

「まぁ、恭二さん。いいじゃないですか。今はまだ平時ですし。」

この人当たりがよさそうでワイルドな彼は飯沢幸助(いいざわ こうすけ)と言う。彼は解離性遁走障害を患っており、”アタッカー”のロールを担っている。気づいた人がいるかもしれないが、俺の友人、飯沢祐介のお兄さんだ。弟の祐介とも仲がいいことから、よく幸助さんは面倒を見てくれる。頼れるお兄さんのような感じだ。

「まぁ、始めてくださいというよりは、もう始まってたんだけどね…。」

そうやって苦笑いしながら話すのは、橋立明海(はしだて あけみ)だ。彼女は解離性知覚障害を患っており、”タクティカル”のロールを担っている。滝ほどではないが、元気はよく、人当たりもいいためみんなから好かれている。年齢は20代半ば(自称)とあまり冬樹自身と年も離れてないことから、世間話にも花が咲く。たまに話がずれたりするが。それとネコアレルギーらしく、本人は犬派なので別に問題ないと言いながら少し落ち込んでいる。

「まぁ、冬樹さん、あまり落ち込むことはありませんよ。」

そういって落ち着いた声で紳士的な態度をとるこの人は、栗北隆次(くりきた りゅうじ)と言う。彼は、解離性昏迷障害を患っており、”ディフェンダー”のロールを担っている。冬樹をさん付けで呼んでいるが、実際は冬樹が年上なわけではなく、この栗北が丁寧に話しているだけだ。その証拠に、栗北はこの中でも上から2番目の歳で、冬樹との差は20歳以上ある。

「それよりも早く話始めません?早く本大作戦の詳しい内容を聞きたいです。」

割って入って、急かすよう話す男は、樹木徹(きき とおる)。彼は解離性健忘症を患っており、ロールは”スナイパー”だ。よく偏屈な意見を言ったり、言い訳が多いためあまりいい印象は抱かないが、それでもやるべき時はしっかり仕事をこなし、意外にも博識である。冬樹も始めことは、話すのも嫌だったが、影で実は努力していること、小さいころから解離性障害に悩まされていたこと、他人の言うことはすべて信用できないなど、冬樹と共通する点も多く、最近では普通に話している。

「…。」

そんな脇で話に参加せず、みんなを見守っている女性がいる。彼女は霧島聡子(きりしま さとこ)。解離性同一障害を患っており、ロールは”アタッカー”。普段は引っ込み思案でおとなしいためあまり目立つことはないが、別人格に切り替わると非常に高圧的で攻撃的な人になるので、他のみんなも接する機会は時と場合を選んでいる。初め冬樹がその人格を見たときは、あまりのギャップに度肝を抜かれた。

「じゃぁ会議の続きを始めるぞ。香織、この敵の量と地形を見てどのように行動するのが望ましいか何か考えはあるか?」

あらかたメンバーが言い終わった後、篠原が話を再開し作戦に何か意見はないかと、桜園に考えを促す。

「そうですね…。明日は雨が降るとの予報ですし、ユーオたちは雨に濡れると移動速度が落ちます。さらにゲート周辺に盆地があるため、各個撃破よりもそこにまとまったところを一気に叩くのがよいかと。」

彼女は桜園香織(さくらその かおり)。俺と同じ大学に所属していて、同じクラスの女の子だ。彼女は解離性健忘症と解離性知覚障害を患っており、ロールは”スナイパー”と”タクティカル”である。彼女は通常よりも多くのフィルスマを使うことができ、その分様々な役割に回される。しかし、ほとんどは彼女の超火力のフィルスマを生かして、スナイパーのロールが振られることが多い。その他にも彼女自身も戦術・知識・フィルスマ技術に非常に長けており、今のように作戦への積極的な意見が多々求められる。また、彼女がこの日本解離精神協会に入ったときは、素晴らしい人材が入ったと盛大なパーティーが開かれたという。そして彼女は既存のロールには依存しないフィルスマを所持していることも確認され、この日本解離精神協会の切り札ともなっている。彼女自身は淡々と与えられた仕事を確実にこなすので、コミュニケーション不足になる時も多々あるが、上位層からの信頼は厚い。

先ほど提示した桜園の意見が出されてしばらくしたあと、それに対して異を唱える者が出た。

「でも香織さんよ、一体どうやってその盆地に誘うんかい?敵のユーオもそこまで馬鹿じゃない。むしろ人間以上の知能があるとも考えられている奴が、果たしてそう簡単に盆地にずるずる入り込むかね?」

そうやって少し嫌味に、いや本人にはそんな気が全くないのかもしれないが、樹木が桜園に尋ねた。

「例えばこの盆地の東側、比較的急な斜面になっていて標高が高いですよね?この斜面は木々が少なく、さらに土質の多くが凝灰岩。それに加えてかなりの降水量があるため、衝撃を加えれば崩れるはずです。その高いところへ敵を引き付けて、徹さんの攻撃で地滑りを起こし、まとまって下の盆地に落ちたところで、私の攻撃で一気に殲滅するのはどうでしょうか。そして最後に誘導以外に別の場所で配置していた部隊で各個撃破していくといいと思います。」

なるほど、そういう戦略もあるのかと冬樹は感心しつつ、説明する桜園に向けていた視線を樹木の方へ変えた。すると、ある程度納得したらしく、後ろに下がっていた。その様子を見て苦笑いしながら篠原が話始める。

「では、地滑りの再補正は俺が行うことになるな。まったく、この範囲だったらぶっ倒れるまで精神使わなきゃいかんな。」

コマンダーのフィルスマの中には、状況を過去に戻すものもある。通常はそこまで広い範囲を戻すことはできないが、長年鍛え上げた精神力と、チーフと言う年長者の意地からも、どうやら篠原はやり遂げるらしい。

続けて篠原が作戦配置を決める。

「では、西側の小高い山には徹と香織、誘導部隊には幸助と聡子、それと…冬樹、お前も行ってみろ。」

まさかまだ新米の自分が誘導係に示されるとは思ってなかったので、冬樹は思わず肩をはねて驚いた。前の戦闘で派手にやらかしちゃったせいかな…。目立つというのも考え物だな。

「自分みたいな新米が誘導でいいんですか?かなり重要な役目だと思うんですけど…。」

やれと言われればやるが、不安がないわけでもないので、一応篠原に確認を仰いだ。すると、篠原の代わりに言わんとして飯沢幸助が冬樹に話す。

「でも前回の冬樹のフィルスマすごかったぞ!作戦も技量も度胸もありゃぁ新人じゃねぇ。さらに同時に3つもフィルスマが使えるなんて俺は正直驚いたぞ。同じ数のロールを持つ香織でさえ2つまでしか同時展開できないのに。今度もバックアップ頼むな!」

「ということだ。よろしく頼む。」

篠原から再びよろしくと言われたからにはやるしかない。ただ不安はすべてぬぐい切れない。前回は解離状態だったし、なんとなく思い浮かんだことをただ夢中でやっただけだ。それに何か行き所の無い力があふれて、急に3つののフィルスマの同時展開ができた。正直不思議だが、あの感覚は今でも残っている。今不安だけど、また解離中になればこんな事吹っ切れるのかな。

などと思考しながら、もう決まったことだと腹をくくって自分の役割を受け入れた。

その後も味方の配置、敵の予想される種、スナイパーが攻撃するタイミングなど作戦の事細かな内容をもう一度確認した後、篠原が締めた。

「それじゃ、今日はここで解散だ。しっかり休憩して明日出撃できるようしとけよ。」


その言葉を最後に夜のとばりが下りている中、みなそれぞれの住む場所へ散っていった。


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