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解離性フラジール  作者: 雪時雨
第一章 ペンフィールドの小人たち
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解離性

彼女は桜園香織。茶色の長髪に桃色のメッシュを入れた何とも目立つ髪をしており、学内トップの人気を誇る相菊と顔立ちスタイル共に劣らずとも負けていない。しかしその外見とは裏腹で、クールであまり人とは関りを持とうとはしない。そのため他の人はあまり近寄らない。そして俺自身も1年間同じクラスではあるが、あまり彼女のことは知らないし、知ろうともしなかった。


しかしある出来事をきっかけに、彼女に興味を持つようになった。




それが、解離精神協会なる団体に所属して、未確認敵対生物(Unidentified Enemy Organisms)、通称ユーオとの戦闘だ。


ユーオと呼ばれる人類の敵が出現して早50年、その間に政府が社会に混乱を巻き起こさないように密かに解離精神協会と言う秘密組織を立ち上げ、その侵攻を食い止めていた。政府が徹底して情報を遮断すること、ユーオらは夜中の山奥など近くで人気がないところで発生すること、そして彼らが出現する”ゲート”の周囲に張られる防音・防光の結界によって、今の今まで公には存在は知られていない。そのため俺の、家族、友人、社会、ひいては世界にはその存在自体が認識されていない。

さらにこのユーオは日本だけでなく世界各地で目撃されており、それぞれ7つの支部、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、ロシア、オーストラリア、インドに分かれている。また、それぞれの支部にはトレードマークがあり、日本支部はフクロウ、アメリカ支部はカラス、イギリス支部はヘビ、ドイツ支部はウサギ、インド支部はタイガー、ロシア支部はオオカミ、オーストラリア支部はクマのマーク、が入ったバッジ、もしくは服のどこかに入れてあるものを身につけて活動する。また、ユーオらが出現する際に生じるゲートの生成の兆候は1~2週間前から観測されるらしいが、そのゲートの情報や敵の動向について綿密に連絡を取り合っているらしく、なんでも人類共通の敵なので、国の種類に関係なく協力していくらしい。



しかし俺がなぜそのことを知っているかって?実は最近、大きな病院に行ってある症状を診断をされた後、この組織への勧誘がされ、所属することとなった。


それは、


―”解離性障害”―


自分が感じている感覚が自分のものではないように感じたり、脳に障害があるわけではないが記憶が消えたり、多重人格で違う自分になったり…。人によってさまざまな症状が出るらしいが、共通の特徴として起こるのが、目の前に起こっている現実の逃避だそうだ。

もともとは幼少期の虐待などの原因により、自己防衛のために自分から感覚を切り離したり、違う自己を作ったりすることで起こる病気らしい。


これら解離性障害にかかっている人は、ユーオらが発する精神妨害波―普通の人がその波形に当たると精神を著しく消耗して気絶してしまう―の影響下でも正常に活動できるという。そしてその症状を発症している人のうち、一部の人が特殊な能力を持っていることが政府の調べによるとわかっている。


それが”フィルスマ”


フィルスマとは、非物理的精神魔法(non physical ruled spiritual magic)の略称であり、つまるところ、現在の物理的現象では説明できないことができる能力である。この能力が大いにユーオに対する戦力として有効であるので、対抗手段として政府は利用している。


そしてその解離性障害の目立った特徴ごとに、使用できるフィルスマも大まかに決まっていることがわかっている。


解離性昏迷障害

この症状が発症すると、言動がハッキリできなくなり、ボーっとする。

主に防御的なフィルスマを使えることが多いため、戦闘ではディフェンダーの役割を担う。


解離性健忘障害

この症状が発症すると、その間の言動の記憶が一部消える。

主に遠距離の攻撃的なフィルスマを使えることが多いため、戦闘ではスナイパーの役割を担う。


解離性遁走障害

この症状が発症すると、自分が誰かわからなくなり、知らないうちにどこか行く。

主に近距離の攻撃的なフィルスマを使えることが多いため、戦闘ではアタッカーの役割を担う。


解離性知覚障害

この症状が発症すると、感覚が鈍くなり、五感がうまく働かなくなる。

主に補助的なフィルスマを使えることが多いため、戦闘ではタクティカルの役割を担う。


解離性離人障害

この症状が発症すると、自分が自分から切り離されているような感覚になる。

俯瞰視点や独自の通信波のフィルスマを扱えるため、戦闘ではコマンダーの役割を担う。


解離性同一障害

この症状が発症すると、自分とは違う人格が作製され、完全な別人となる。

発症する人格によって、上記のどれかに分類されるので、それぞれ人によって役割が変わる。


基本はこの6種類に解離障害が分離され、そしてフィルスマの分類もこれに即した形となっている。そして通常、解離精神協会に勧誘されて所属する人は、そのうちのどれか1つを発症しており、すでに潜在的にフィルスマを使える状況にあるのだという。しかしごくまれに例外としてこれに当てはまらない人物もいる。それは2種類以上のフィルスマを使える人物だ。1つ発症しているだけでも日常生活でかなり不快感に苛まれるが、それが2つ以上発症しているとなると…想像するのは容易くない。さらにはその複数の症状に、別個にフィルスマがつくというのもほとんどないケースだ。そしてその状況にあるのが、俺、鷹塚冬樹と桜園香織である。同じ解離精神協会に所属していること、同じように複数種類のフィルスマが扱えること、同じ大学のさらに同じクラスという身近なところにそう言う人物がいたことなどから、俺は今まで気にしてなかった桜園香織を意識するようになった。


そして小さいころから気にかけていた病気と面と向き合うことができたこと、この解離精神協会に所属したこと、さらに桜園香織との出会いによって、自分の中の何かが変わっていくように感じた。

特に桜園香織との出会いは、こう、何か琴線に触れるような…。




「あ、あの…。」

俺は思わず、食堂で横を通り過ぎる桜園さんに無意識で声をかけた。すると彼女は、ゆっくりとこちらを向いてその薄くきれいな唇を開けた。

「何か用事でも?」

その静かに透き通った声を聞くなり我に返って、無意識に自分が桜園さんに声をかけたことを思い出した。しかし特に用事や目的もなく声をかけたのでかなり気まずい。なにか助け舟はないかと、苦し紛れに飯沢たちの方を見るが、まさか桜園さんに俺が声をかけるなんて思ってなかったらしく、みな戸惑っていた。

「あ、あは、ははは…。呼び止めてごめん。」

なんとかその場でぎこちない笑顔を作り、気まずい雰囲気を変えようと思ったが、そのあと何を言ったらいいかわからない。これは本格的にマズイ。

どうしていいかわからず、頭の中をぐるぐる思考を巡らしていると、突然飯沢らの中から出てくる影があり、桜園さんに話しかけた。

「ごめんなさい、桜園さん。冬樹君が他の人と間違えちゃったみたいで。じゃ、そろそろ実習あるから行くね。桜園さんも一緒のクラスでしょ?そろそろ部屋に行かないと実習に間に合わないよ?」

その声を聞いて横を見ると、そこには相菊さんの姿があった。そして、冬樹の目を見つめて話をつづけた。

「ね?冬樹くん、いこ。」

ね?の意味がよくわからなかったが、ここはその助け舟の厚意に甘える他ないため、その場を外そうとした。すると相菊さんが俺の手を握り、そそくさとその場を後にした。飯沢らはその光景を見て驚いたが、それに続いて他のメンバーもその場を後にした。

そしてその場には桜園1人が残され、再び一時の静寂が訪れた。



「うわー、ごめんね冬樹くん。出しゃばったマネして…でも困ってそうだったからつい…。それに焦って手も繋いでしまったし…。」

今更になって自分が行った行為が大胆で、恥ずかしいことだったのか悟ったのか、部屋に着くなり相菊は自分の顔を手で覆い、顔を真っ赤にしながらそう話した。

しかし俺が助かったのもまぎれもない事実だ。相菊さんには感謝すべきだろう。ただ、公然の前で手を繋ぐのはいかんせん恥ずかしい

先ほどのことを思い出したのか、相菊だけでなく冬樹も顔を赤くしながら感謝の意を述べながら言葉を返した。

「いや、本当に助かったよ。ありがとう。自分でもわからないけど、桜園さんに声をかけてしまって困惑してたんだ。うん、ほんとに助かった。ただ…手を繋いだのは恥ずかしかったかな…。」

その言葉を聞いて、さらに恥ずかしくなったのか、相菊は体育座りに近い状態のふさぎ込む形になり、いよいよ固まった。その光景を見て、飯沢がニヤニヤしながら冬樹を小突き、冬樹に話しかける。

「いやいや~冬樹君、そこまで言ってるなら祐太様に報告してくれてよかったのに~~。俺は歓迎だぜ。」

すると藤原も本当に驚いたらしく、飯沢に続いて言葉を漏らす。

「まさか、その2人がくっつくなんてね…。事実は小説よりも奇なり、とはまさにこのことだよ。」

いやいやそこまで言われる筋合いないし!いや、俺の見た目はよくないかもしれないけど、別に悪いわけでもなく…というよりも、そう!中身が重要なんだよ、中身が。そりゃ相菊さんは学内の女子の中でもトップの可愛さと性格をしてるから、俺が不釣り合いだってことはわかってるけど、いや、不釣り合いっていう以前に別に今までそういう風に見てなかったから!ていうかまだ付き合ってないし!まだってなんだよ!まだって!

などとテンパって訳の分からない思考を冬樹がしていると、さらに追い打ちをかけるように滝も言葉のボディブローを入れてきた。

「ま、別にそうでもいいんじゃない?お似合いだと思うよ。」

お に あ い?もうこれ以上は恥ずかし過ぎて死にそうだ…。

完全に冬樹はノックアウトし、とうとう冬樹も相菊と同じように、低くしゃがみ込んでしまった。その様子に気づき、いつものメンバー以外のクラスの友達も茶化しに入ってきた。

「ふわ~…。」

冬樹と相菊の周りが賑やかな一方、蒼霧は恋愛に興味ないと言いたげに端で眠そうな顔をしていた。



いやー今日は色々災難だった。いや別に嫌ではなかったけど、こう、とても濃い一日だった。あの後、結局実習に集中できなくて何度かミスしたし。そのたびに祐太に「いつもは実験で失敗しない冬樹君が、今日はたくさんやらかしてるぞ?まだ他に秘密があるのかな?」なんてからかわれたり…。とりあえず今日はもう疲れた…。

そう思いながら冬樹は帰宅と同時にベッドに飛び込んでうつぶせになる。そして少しでも気を紛らわすためにテレビをつけた。

"AIの発達により、リアルタイムでの翻訳が近年可能とのことです。"

テレビをつけると、そこからいつも見るニュースのアナウンサーの声が聞こえる。今日は科学技術の特集について放送しているようだ。

"最近はドローンの普及により、運送の革命的な効率がもたらされるでしょう。さらに米国などの技術先進国ではー"

その内容を聞いて、うつぶせにしていた顔をテレビの方へ向け、ニュースの内容を見る。

やっぱり政治とか何かの騒動なんか見るより、科学特集や動物特集の方が見てて安心できるな。特にニュースと謳ってながら、最近ではバラエティニュースなんか出てて、グラフが曖昧だったり芸能人が適当に面白いことばっか言ってごまかしているものも多いから、純粋な理系としては見ててかゆくなる。

へー、この人ノーベル賞取ったんだ。ドローン鬼ごっこ面白そうだな。ま、俺は運動あまりできるタイプじゃないから遠慮するけど。などと、ボーッとした様子でいつものようにテレビをしばらく眺めていると、無意識のうちにか、こんな言葉がふと漏れる。

「こうやって科学技術が進歩して、特にAIが発達して社会で活躍したり、仮に将来車が空を飛べるようになっても、心の病、解離性障害は完全に治せないのだろうか。どう思う?」

そのように誰かに問いかけるような口調で話すが、もちろん一人暮らしなのであたりを見回しても冬樹以外に誰もいない。さらに、無意識に独り言を話したためか、冬樹自身もその言葉にあまり注力せず、適当に流していた。

そしてだんだんと思考や視覚がおぼろになっていき、テレビの音が遠ざかっていく。冬樹は今、解離性障害の昏迷の症状が出ていた。部屋ではテレビ音が鳴っているが、冬樹自身の世界では音はほとんどない。思考もままならなくなってきたなか静寂が訪れ、世界が止まったように感じる。時間がゆっくり、ゆっくりと流れるように感じる。永遠にも続くかと思われたその時空だったが、しかしそれもつかの間、今度は冬樹の言葉ではなく、スマホの通知音によってその世界は動き出す。


そして解離精神協会から、10日後にユーオが出現することが告げられ、その前日の夜に召集されることが決まった。


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