一筋の希望
今まで抽象的な解決のイメージしかなかったが、その桜園の結晶を受け取ってから具体的なイメージがぽつぽつと思い浮かんだ。だがそれらは実際に自分の頭の中で沸いたイメージだったが、そのイメージは自分の頭で考えたものではないような気がして非常に気持ちが悪い。そしてイメージすればするほど激しいめまいと吐き気に冬樹は襲われた。一瞬でも気を抜けば倒れてしまいそうだったが、桜園を死なせないため、自分の障害の良き理解者のために決して止めることはなく、とぎ塗装になる意識を繋ぎ留めながらしばらく考え込んだ。
クッ…!まだだ…もう少しで道が開ける…。良く見知った人が死ぬかもしれないんだぞ…これくらいの気持ち悪さくらい…。
するとしばらくして冬樹がニヤリと笑った。その普段からは考えられないような冬樹の様子を見て、桜園を含めた周りの人はゾッとした。そして冬樹はおもむろに、まるで生気が入ってないかのような足取りで部屋の後方にあるホワイトボードになにやら数字やら文字やらを書き始めた。
「冬樹さん…?いったいどうして……!?!?」
何か自分が原因で冬樹がおかしくなったのではと心配した桜園が、冬樹の方へ近寄って声をかけようとした。そして声をかけようとした瞬間に、ホワイトボードの文字や数字に釘付けになり固まってしまった。
そして冬樹が筆を止めて桜園と同じような棒立ちになった。するとその止まった2人を心配して篠原が駆けつける。そしてそのボードの字を見て不思議に思った。
「2人ともどうした?…冬樹、なんだこの数字と文字は??俺には全く見おぼえないが、香織は何か知っているのか?」
自分は何を意味しているのかは分からないが、それを見て固まっているであろう香織は何か知っているのではと、篠原は香織に問いかけた。しかし彼女からの返信はない。一番ユーオの情報を持っているはずのチーフの篠原よりもなぜかさらにユーオに関する知識が多い桜園が、これほどまでに固まっているということはよっぽどのことが書かれているのだろうか。そう思った篠原はその硬直が溶けて説明をしてくれることを願って少し待っていた。すると次に聞こえた声は、桜園ではなく冬樹の声だった。
「あれ、自分なんでこんなこと書いてるんだろう…??何この数字?それに、銃3つと盾2つのマーク??」
どうやら冬樹は先ほどまで自分が書いていたことを今は理解していないらしい。その様子を見て3人のそばに寄っていた幸助は、心配して冬樹に声をかけた。
「冬樹どうした?なんだか顔色が悪いぞ。いきなりニヤけたと思ったら向きかえってホワイトボードに書き出し、そしたら急に止まりやがった。解離障害でも出たか?」
え、自分そんなことしてた??何か解決策がないかと必死に考えてはいたけど、そこから先がぼんやりして曖昧な記憶だからはっきりとは覚えていない…。でも解離性障害とは違った感覚だったというか…???
自分の身に起きたことが本人自身もよく理解してなかったが、そのぼんやりした思考を懸命に振り絞って幸助の言葉に返した。
「え、自分そんなことしてましたか??全く記憶にありません。それに…解離性障害ではない気がします。こう、香織さんが死ななくて済むような方法を考えていたらいつのまにかこうなってて…。」
すると気を取り戻したのか、桜園が額に汗をかいた状態で冬樹の方へ向き、書いた文字や数字を指して問い詰めた。
「冬樹さん…、いったいこれをどこで知ったんですか??私も自分の知識と照らし合わせて初めて知ったんだけど、本来は私含めて誰も知らないはず。なぜこんなことを知っているんですか?」
えぇ、そういわれても…。自分でも何もわからずにただ書いただけだから、そう剣幕な顔されたってわからないよ…。
冬樹自身もどう答えたらいいかわからず、若干怒り口調な桜園にたじろいでいると、それを見かねた指山が間に入って桜園に質問した。
「香織さん、冬樹さんも自分でわからないことになっていて戸惑っているんです。一度落ち着きましょう。それにそもそもその式?のような見た目の数字と文字の羅列はいったいどういうものなんですか?」
その指山の言葉を聞いて自分の今の表情に気づいたのか、桜園はいつものクールな表情に戻して謝罪した。そしてそれを話すかどうか少し迷った様子で考え、ついにその真実を伝えた。
「すみません隆次さん、取り乱してしまいました。それに質問の方ですが………、これは…その……、こほん。正直に申し上げますと、…恐らくフォートレスの障壁の耐久値に関する計算式かと思います。」
するとその言葉を聞いた周りのメンバーは大きくどよめいた。負傷して眠っていた橋立もその声に驚いて起き上がった。そしてそれを書いた本人、冬樹もその驚いたメンバー側だった。
えーなんだって!?俺そんな重要なことを書いてたのかよ…、悔しいほどに心当たりがないけど、おそらく回りもそう言ってるし、そうなんだろうけどさ…。
そしてそのどよめきがだんだん小さくなった後に、桜園が今度は落ち着いて冬樹に問いかけた。
「冬樹さん、なにかこれらを見て思い当たることはないですか?例えばどのような方法でフォートレスを倒すだとか。」
桜園はまっすぐと冬樹の方を向いて聞いてきた。その彼女の瞳は真剣そのもので、まるで何か期待を寄せているような雰囲気でもあった。こんなに近くでまっすぐと見られ、その美しい瞳と容姿を改めて再確認した冬樹は一瞬呆けた。しかしすぐに気を紛らわすかのようにホワイトボードの数字やマークに向き返って、自分が何を意味して書いたかを考え始めた。
文字と数字…これは確か桜園さんが言うにはフォートレスの耐久値だっけ?そんなことを言われたら確かにそんな意図をもって書いた気がするけど…それ以上は何も浮かばないな。他に色々なマークが書かれている方。一番前に八本脚の蜘蛛?があってそれに銃口を向けている2つの銃のマーク、それとその後ろに2つの盾とさらにその後ろに銃のマークがもう1つ…。ん?銃で見方を撃つ?…FFではなく何か意図が?誘因…充電…放出…。あぁ、あああ、ああそういうことかなるほどなるほど!すべてつながったぞ…!
すると冬樹はまるですべてのピースが当てはまったように感じられ、脳の中が鮮明な戦略で満たされていった。
冬樹は頭の中で明確な戦略が思い浮かんで、再びニヤリと、しかし先ほどのような不敵な笑みではなく、いつもの可愛げが若干ある笑み、としてその内容を桜園に伝えた。
「なぜこう書いたのかある程度思い出しました。まず初めに、この2つの銃のマークが香織さんともう1人、2つの盾は隆二さんと慎太郎さん、そして最後の銃のマークが徹さんです。まず初めに桜園さん以外の前で銃を構える人が、敵を視覚化するためにバリアがあると思われるところを撃ってもらいます。その後敵が見えた瞬間、徹さんの[電子過与]を隆二さんの盾に向けて放ってもらいます。そして周りへの拡散を防ぐために[誘導煎盾]を発動して徹さんの攻撃を受け、慎太郎さんの[活性分散]でエネルギー衝撃を2分します。最後に2分したエネルギーを香織さんの持つ銃に再び分割させ、最後に限界を超えてエネルギー充填された結晶の弾丸を[多追氷柱]によって撃ち抜くといったものです。」
いきなり冬樹が詳しい作戦内容を次々と提示したので、周りのメンバーは話を聞くので精一杯で声が出なかった。しかしそれ以上に驚いていたのは桜園だった。なにせ自分が考えてもなかった作戦方法を先ほどの一瞬で考えだし、あまつさえその計算は殆ど正しい。桜園はその現実味のある作戦内容にしばらく手を顎に当てて考えた後、一つの結論を出した。
「可能性はあります。やってみましょう。」
その桜園の声に、各員がさらに驚いたのか、今まで冬樹に集まっていた視線が一気に桜園の方へ向いた。しかし桜園はそんな様子を気にも留めることなく、篠原へ声をかけた
「恭二さん…誠に勝手なことではありますが、一旦は冬樹さんの作戦に乗ってもいいですか?この作戦は実行する価値があるので、明後日の夜…40時間以内に準備を整えて実行しようと思います。」
すると先ほどまで自爆特攻すると言っていた桜園が、意見を変えてチーフである自分へ確認を仰いだので、篠原は驚きながらもその判断を喜び、冬樹の作戦に乗ることを決定した。
「お、おう。香織がそういうならそれだけの価値がある作戦なのだろう。いまいち俺にはピンとこなかったが…、複数の味方のフィルスマを用いて連携を取る…か。難しそうだがかなり面白そうじゃねえか。それに香織が死ななくて済むならそれに越したことはない。またあの時のように、大事な人を失わずに済むのなら…。」
最後の方はブツブツと小さな声で言っていて聞き取れなかったが、篠原は作戦実行に賛成したというのはわかった。しかし方針が新しく決定した途端、怒号のようにそれを制止する声があった。
「でも本当にそれで勝てるんですか!?少しでも失敗すると瑠衣さんみたいに一瞬で消し飛ぶんですよ!!なぜそんな作戦を完全に信用するんですか???僕は嫌です。断らせていただきます!!」
そう泣きながらも怒っている人物は麻田だった。どうやら鏡音に起こった出来事とフォートレスを見た時の圧倒的な絶望感を思い出して、恐慌状態に陥っているらしい。しかしそれをすぐに止めようとはだれもせず、暗い顔をして俯いていた。どうやら冬樹、桜園、篠原以外のメンバーの多くも同様に不安に思っているらしい。
すると桜園が落ち着いた口調で話した。
「無理に付き合ってもらう必要はありません。もともとは私1人が死ねば済む話だったので。とりあえず今日はいったん解散しましょう。皆さんもお疲れでしょうし、もし手伝ってくださる方がいましたら明日来ていただけると嬉しいです。」
その言葉と共にまず麻田が真っ先に、それに続くように他のメンバーも現地を後にして帰っていった。
そしてその場に残ったのは冬樹と桜園と篠原になった。3人は一緒に話しながらとりあえず現地を出ることにした。その道中で少し気まずい状況になりながらも、何とか場を取り繕おうと冬樹が声をかけた。
「なんだか無理に付き合わせてしまってる感じがしてすみませんね…。と言うか、自分自身でもよくわからないことを考えたんで、なんだか自覚がないんですけど…。でも香織さんに死んでほしくなかったことは本当なんです。」
するとそれを聞いた桜園が返答した。しかしいつものクールな表情ではなく、少し儚げな表情をしている。
「いやそんなことはありませんよ。正直私もここで死ぬのは本意ではなかったですし…。」
そりゃまぁ誰でも死ぬのは嫌だよな。…でも桜園さんはなんだか死に疎いと言うか、自他ともに命を軽んじているというか…。
冬樹は先ほどまでの桜園の様子を見て、やはり普通の人とは感性が違うところを疑問に思っていた。しかし今はそんなことを考えていてもしょうがないと割り切り、篠原の方へ話題を振った。
「あ、そういえば恭二さん、今から協会の方を使わせていただいてもいいですか?できれば時間いっぱい取り組みたいので、作戦決行時までずっと使わせていただきたいんですけど…迷惑ですかね??」
「いや、構わん。俺もちょうど今から協会の方へ行って今回の件を報告するつもりだった。話を通せば恐らくは利用させてもらえるだろうよ。」
すると篠原は特に拒む様子もなく、存分に使っていいと快く承諾した。そしてすぐに協会本部とコンタクトを取るあたり、やはり篠原は経験も長く頼れるチームリーダーだ。
するとその話を聞いた桜園が2人の会話に入ってきて、自分も一緒に行くと言った。
「では私も今から協会に向かって、作戦の準備をします。もともとは私一人でどうにかするつもりでしたので他に人がいてくれるだけで助かります。ありがとうございます。」
そう言って冬樹に対して軽く会釈した。
するとなんだか照れ臭くなった冬樹は慌てた様子でそれに返答した。
「いやいやいや、自分はやりたくてやってるだけだから、気にしなくていいよ。実際、香織さんみたいな博識で実力のある人間がいなくなるのは戦力的にも大打撃だろうし、それにこんなに綺麗でまじめな人を失うなんて――、ってああもう忘れて!とにかく大丈夫だから!!」
篠原はおそらく冬樹の後半の言葉に感化されたのだろう。それと自分の言った言葉に対してさらに慌てた様子から、おもいっきり笑って指摘した。
「ハッハハハ!冬樹もやはりそんなことを思うんだな!」
「いえいえ、そんなことは!いや、そんなことないことはないですけどってああ~~!!」
さらに冬樹が慌てた様子で話すので、篠原もさらに笑った。篠原は桜園よりも感情は豊富であるが、それでも普段はあまり笑わない人であった。そんな人が大きな声で笑うなんて珍しい。
そんな2人の声が森へ響く中、彼らは協会本部へと帰投した。