予測不能回避不可能
「うっ、いったたたた…。」
冬樹は打った頭をさすりながら、苦痛の声を上げた。しかし先ほどまでの出来事を思い出し、すぐに立ち上がって周りを見渡した。みると、桜園を除いてほぼ全員が倒れていた。冬樹は幸運にもケガがほとんどなかったが、指山や霧島など中には足や腕を打撲して痛がっている人もいた。
そして冬樹の右側、鏡音瑠衣がいた方向を見ると、そこには彼の姿はおろか、樹木が全くない広々とした土壌ができていた。そしてよく見ると彼が履いていたと思われる靴、しかし履かれていないものではなくくるぶしより下の足が残っているものがそこにあった。
え、どういうこと?なんで鏡音さんのズボンがここに立ってるの??ん?……ん!?……ああああああ。もしかしてこれ鏡音さんじゃ―――。
そしてその足が鏡音だということに気づいた冬樹は、恐ろしさのあまり、先ほどせっかく立ったばかりだったが、再びそのもとの位置へ尻もちをついた。
しかしそんな怖がる冬樹をよそに、桜園が荒々しい声で全員へ呼びかけた。
「みんな早く立って!ここから退却するわ![探知攪乱]を使うからみんな入って!!!」
その桜園の声を聞いて、冬樹は早く行動しなければと立ち上がったと同時に、タクティカルのフィルスマ、アンチチェイス[探知攪乱]が展開された。すると薄い黄色の光が、桜園を中心として半径5mほどに広がった。同様に桜園の声を聞いて我に返った他のメンバーも、その光を見て範囲内に入ってきた。そして再び桜園が指示を出した。
「退却時に予定していたルートを通ります。速度優先で素早く退却しましょう。」
そう言って桜園が、メンバーをルートへ誘導し始めた。その普段から考えられない桜園の焦った様子を見て歩みを始め、いつしか小走りになっていた。他のメンバーも追随して範囲から決して離れないよう退却した。
みな何が起こったか理解できてないが、とりあえず桜園の指示通りに行動した。その足取りは早いが、緊迫した空気が漂っているため誰も話さない。そして桜園は静かに一人で怒り悶えていた。
「なぜ奴がここに…!」
その小さな桜園の言葉は深い森へ掻き消えていった。
冬樹らは予定していた退避ルートを通って、無事に篠原らのところへたどり着いた。すると焦った様子で到着した冬樹らに心配した篠原は、異常事態があったのではと心配して声をかけた。
「香織、焦った様子でどうしたんだ?爆発音が聞こえてからこちらで何度か通信をかけたが、全くつながらなかったぞ。」
そう心配げに話す篠原にたいして、若干息が荒げているのでそれを整えた後、桜園は答えた。
「すみません篠原さん。[探知攪乱]を使ったせいで篠原さんの通信波も妨害していました。それとコマンダーがいると思われた場所に向かったのですが…。」
桜園は篠原に現場で起こったことを一つ一つ事細かに伝えた。
道中では隠密化した敵が出てきたこと、オブザーバーは予定通りの場所にいたこと、オブザーバーがいた場所にはやはり逆コマ型のコマンダーがいたこと…。
どうやらあのオブザーバーから変化した逆コマ型のユーオは、上位種のコマンダーだったらしい。今まで上位種を見たことのなかった桜園以外のメンバーは、あれが上位種なのか…とそれぞれ考えた。
そして順を追って説明していた桜園は、最後に本題の八本脚の蜘蛛型のユーオについて話した。
「それとあの爆発音の原因ですが…、恐らくフォートレスかと思います…。私も直接確認したことはなかったのですが、範囲バリアや攻撃方法などから一致しているかと。」
その“フォートレス”と言う単語を聞いて、じっくり腰を据えて真剣に話を聞いていた篠原だったが、大きく目を見開いて声を上げた。
「バカな!ありえない!なぜ奴らがここにいる!?」
フォートレスって?名前からして頑丈そうだけど、ガーディアンの上位種なのかな…?でも篠原さんがあれだけ焦っている様子から、それだけじゃないような気がする…。
続けて桜園は話した。
「さらに最悪なことに、攻撃後に“崩壊”しませんでした。」
すると再び声を荒げて篠原が返した。
「なに!?そんなことは世界中のどの支部からも情報が入ってないぞ!…いや待て香織、お前今フォートレスが攻撃をしたといったな…?それはどういうことだ!?無事だったのか???」
「無事…ではありませんでした。攻撃の余波で瑠衣さんが吹き飛びました。あの状態ではさすがの恭二さんの[時間遡行]でも戻せないかと思い、亡骸は持ってきませんでした。」
え、自分でもあの鏡音さんがなくなったことにショックだったのに、桜園さん何とも思ってないの!?確かにその冷静な判断のおかげで自分たちが助かったかもしれないけど、もう少し言い方があるのでは…。
するとその言葉を聞いた篠原は、仲間が一人死んだということに反応したのか、少し冷静さを取り戻して桜園に再び問いかけた。
「そうか瑠衣が死んだか…。惜しい人材をなくしたな。それでだ、どうやって1人の犠牲だけで済んだんだ?文献にあるはずだと奴の攻撃は防ぐことはおろか、回避すらできないはずだ。」
え、そんなにヤバイ攻撃だったの…!?それに一番長い経験がある篠原さんが“文献”を持ち出すほど滅多に出現しない敵で、さらに防御・回避不可能!? 逃げて帰ってこれたのも、もしかしたら奇跡だったのかもしれない…。
すると桜園が下を向いて考え、しばらくして顔を上げてその問いに答えた。
「まだ恭二さんにも言ってませんでしたが、奴の攻撃を防いだ時、私のユニークフィルスマ“クリスタリン”で作製した水晶の弾丸を使用しました。」
クリスタリン?水晶体のタンパク質でそんなのは聞いたことあるけど、それのフィルスマっていったいどういうものなんだ…?
篠原も含めて周りのメンバーも同様に”クリスタリン”がなんなのか疑問に思った。するとその反応を予想していた桜園は説明を始めた。
「クリスタリン、通称[情報結晶]は触れた対象をエネルギー量を保ったまま小さな結晶に圧縮するもので、そのエネルギーを開放すると莫大なエネルギーが発生します。そのエネルギーの余波で攻撃を防ぎました。」
な、なるほど?でもそれならそれを発射すればあのフォートレスも倒せるのでは???
冬樹は頭の中で、それを用いれば簡単にユーオを殺せるのではと思って意見を口に出した。
「その[情報結晶]で作成した結晶をフォートレス?に当てれば倒すことができるんじゃないですか?」
「確かにそれは思った。」
同様の考えに至っていたのか、樹木は冬樹の意見に対してすぐに賛成して、その意見を指示した。
しかし桜園から発せられた言葉は期待を裏切られるものであり、さらなる絶望を呼ぶものであった。
「いいえ、おそらくは不可能かと。[情報結晶]で作製した1発分で、私が放つ大規模な[要素崩壊]の数倍の威力がありますが、それでも敵の攻撃を少しそらすので精一杯でした。それに本体に傷を付けられるかは愚か、バリアがどれくらいの強度もあるかわからないのでそもそもバリアすら破れないかもしれません。そして瞬時に仕留められなければ、先ほどのように位置がバレて地形ごと吹っ飛ばされるでしょう。」
桜園さんならそこまで考慮していたか…。それこそみんなが特攻でも仕掛けなければ倒せないとでもいうのだろうか…。やはり打つ手段はないのか…?そういえば篠原さんの口ぶり的に知ったようなことを言っていたが、そもそもフォートレスってなんだ?
「恭二さん、フォートレスについて何か知っているようでしたが、奴はどういったユーオなのでしょうか?」
下を向いて考えこんでいた篠原がその冬樹の質問に応答して顔を上げ、落ち着いた様子で説明した。どうやらチーフの立場として重要な情報にアクセスする権限があったらしく、メンバー全員がほとんど知らないような情報を話した。
「俺も実は実際に見たことないんだがな、過去に一度だけ巨大な八本脚の蜘蛛、上位種のさらに上をいく最上位種のフォートレスと呼ばれる個体がアメリカに出現した。その時はアメリカ支部の部隊全員を上げて攻撃したらしいが、奴の体に攻撃が届くことはなく、すべてバリアの前にはなすすべがなかったらしい。そして奴が反撃をして光線のような攻撃をしてきた瞬間、部隊の8割のメンバーが一瞬で蒸発して地形ごと消え去った。そして幸か不幸か、奴は攻撃を放ったと同時に崩れ去ったと聞く。」
その話を聞いた冬樹も含めたメンバーは、明らかに顔を青ざめさせて絶望の雰囲気を出していた。
「アメリカの部隊が壊滅!?!?」
「一撃で8割…!?!?」
「最上位種?」
「い、生きててよかった…。」
アメリカ支部は解離協会全体でも戦力が一番大きいところと言われているからであろうか。そのアメリカ支部の全勢力をあげても傷一つつけることはできず、さらに一撃で部隊の8割が消滅したと聞いて、みな口々に物言って絶望した。
え、アメリカって確か解離協会の中でも最先端を行く支部だよね?当時は今ほど武器や技術が高度ではなかったにしろそれらの攻撃が一切通らず、さらに一撃でそんなに消滅するなんて…。それに最上位種と言うからには、上位種の何倍も強いはず…。
冬樹もその例に漏れず不安に駆られていたが、そのうちの1人である幸助が何とかして意見を絞り出した。
「それに今回はそのフォートレスが攻撃後も生きてるっていうことか…。これは確かにまずいな。…恭二さん、他の支部に助けを求めることはできないんですかね?」
「確かにその手もあるが、果たしてタイムリミットの3日以内に十分な戦力が集まるかどうか、そして集まっても奴を撃破できるかどうか…、俺にはわからん。」
恐らく篠原も幸助と同じことを考えはしたのだろう。だが急な要請による人手不足や、フォートレスに関する情報の少なさなどを計算して、勝算があるかどうかわからないといった状況だ。
その話を聞いて、そこまでケガが深くなかったおかげで一緒に話を聞いていた麻田が、もう打つ手段はないのかと絶望と恐怖に駆られて訴えた。
「じゃあ僕たちは何もできないんですか!このまま死ぬんですか!?」
その言葉を聞いて篠原は言い返す言葉もなく、メンバー全員が黙った。しかししばらくしてその沈黙を破る声があった。
「私たちだけで何とかすることはできます。」
その声は桜園だった。今まで何度も作戦の練り直しや実力によってユーオを屠ってきた桜園が放った言葉はとても心強く、予想以上にみなの顔が明るくなった。
「え!本当ですか!?なんですかなんですか??」
先ほどとは打って変わって、明るい様子で阿武隈が桜園の前でぴょんぴょん跳ねながら、説明をするよう求めた。
それとは対照的に桜園はしばらく黙った後、決心した様子で口を開いた
「私のユニークフィルスマ[情報結晶]を使って、フォートレスを結晶化すれば解決かと。」
すると、ニカっとして幸助が香の肩をたたいた。
「そんなことができるのか!すごいな香織!!」
周りはそんなことができるのかと常識破りの桜園に対する驚きと、ここで死んで終わりになるわけではない安心感から、活気であふれた。しかし、桜園は打って変わって暗い表情をして話を続けた。
「…ですが、本来対象の結晶化には非常に長い時間と労力がかかります。そのためフォートレスほどのものをすぐに結晶化するとなると…」
そして一瞬の間を置いた後、その一度は固くつぐんだ唇を動かした。
「私は消滅します。」
え、今なんて?消滅する…?桜園さんが???
その言葉を聞いて今までなごんでいた空気が一気に凍り付いた。そして誰も話すことができないなか、冬樹は半場無意識に言葉を漏らした。
「なんで…桜園さんが死ななければならないの??」
すると桜園は決心がもう固まっているのか、冬樹の方をまっすぐ向いてその質問に答えた。
「冬樹さん、これから行うことは本来の[情報結晶]ではできないことを無理やりすることになる。そしてその代償として私の体、私が持っている肉体を含めた全エネルギーが必要となるの。だからこの作戦が成功するとともに私は消滅する。」
その言葉の意味が解らなかった。いや、正確にはわかりはしたのだが理解したくなかった。
桜園さんが消える?あれだけ献身的に協会に尽くしていた人物が??それに自分の精神障害の理解者でもあった彼女が…?
すると桜園が何を言ってるかを理解した篠原は、さきほどよりも焦った様子で桜園を引き留めた。
「だめだ香織!なぜお前が消えなければいけない!…また、また彼女…チーフのように誠実さと実力を備えたものが消えなければいけないんだ…。なぜ優秀な奴から死んでいかなければならないんだ…!そうなったら俺は、俺はなんて顔をしてチーフに顔を合わせればいいんだ…。」
圧倒的な絶望に対抗するためには、ユニークフィルスマを用いたその使用者が犠牲となって敵を葬り去る必要がある…。恐らくは今の桜園と、そのように過去に篠原が所属していたメンバーのチーフとが重なったのだろう。もう二度と同じ悲劇は繰り返してはならないと、必死に桜園の肩をつかんで篠原が止めようとした。そしていつしかその目には、涙がうっすらと浮かんでいた。
「しかし申し訳ありません。すでに決心しました。それにフォートレスの性能的に仮に私が行わなければ日本全体、ひいては世界全体がユーオらの手によって壊滅するかもしれません。そうなればもはや手遅れです。」
桜園はきっぱりと篠原の要望を断った。どうやら彼女は自分の命と引き換えに世界からユーオを守ることを決意しているらしい。
その2人のやりとりを見てようやく現実に引き戻されたのか、他のメンバーも何か言いたげにしていたが、桜園が言っていることは事実な上、圧倒的に立場も実力も下なものが口を出したところで何も変わらないことは彼らもわかっていたため、何も言うことはできなかった。いや、幸助は歯を食いしばって悔しい様子で、己の才能の無さを恨めし気に嘆いた。
「香織…すまんな。俺はお前より実力がないし知識もないから、奴に対して他の手段が思い当たらねぇ…。全く情けないぜ…。」
「いえ、悪いのは幸助さんではありません。悪いのは現れたフォートレスか、他に解決策が思い浮かばない私です。」
もはやそのあとはまるでお通夜モードかのようだった。泣くもの、悔やんで下を向くもの、冬樹視点ではあまり桜園と他メンバーが関りないように感じていたが、長い間同じように活動していたためか予想以上に嘆くものは多かった。そして何人も桜園を止めようとしたが、その桜園の硬い意志の前には折れるしかなく、桜園が翌日の夜に特攻をするということでほぼ決まりかけていた。
しかし冬樹はここであるひらめきにも似た何かが頭をよぎった。
戦闘で瞬時に結晶を出すことができたということは、結晶をストックしておけると言うことなのでは?そしてその結晶をすべて敵に向けて利用できるとするなら、同時に強力な攻撃も可能…!?
「香織さん、ちょっといいですか。先ほどの[情報結晶]で作った結晶についてなんですけど、まだ他にストックとかそういうものはあるんですか?その、戦闘ですぐに利用していたからもしかしたらって…。」
その言葉を聞いた桜園は、首を少しかしげながら答えた。
「ええ、あります。一応見せると…。残りはこれですかね。ですがこれをどうするつもりですか?一応そのままでもエネルギー量は高いですけど、何か形にしないと非常に利用しづらくて実践向きではありませんが。」
すると桜園は腰のポーチから5つ、ジャケットのポケットから4つ結晶を取り出した。ジャケットから取り出した5つの結晶は桜園の銃に合った弾丸の形をしっかりしているが、残りの3つはそれよりも2回りほど大きく、球にそこそこ近い雑な形をしている。
そして桜園はこれがどうした?と言わんばかりに冬樹へ視線を向けた。先ほど桜園が説明したように、発射した弾がフォートレスの体はおろか、バリアすら突き破れない可能性が高いのである。今更一発撃ったところで、撃破する有効な手段にはなりえないのは明白である。
そして冬樹は桜園からその結晶を受け取った。するとその直後から、なにか頭の中に電気のようなものがバチバチと走る。そしてそのバチバチが流れるたびに、少なくとも自分の記憶にはない光景が一瞬広がった。
なにか、なにかいい案が思い浮かびそうなんだが…。ッッ!!なんだこの感覚は…!?ッッ!!障壁…多段…自壊…???…はっ!これをうまく利用すればもしかしたらフォートレスを倒せるかもしれないぞ!!
頭の中がせわしなく動いている冬樹に対して、その黙っている冬樹を不思議に思うように周りは静かであった。