奢れるものは。
林道の方は川ルートよりも見通しが悪く、敵からの奇襲を受けやすい地形となっている。しかし先ほど篠原から聞いた戦力によると、ほぼガーディアン主体で林道を侵攻しているらしいので、恐らくは大丈夫だろう。林道のチームリーダーである指山はそう考えていたが、一応念のために厳重に警戒さながら先を進んでいた。
ゆっくりと彼らが歩みを進める中、鏡音がスマートフォンを見ながらだるそうに大きな声で愚痴をこぼした。
「はー、そうだった。電波妨害受けてるからSNS更新されないんだった。そろそろ合コンの情報が言われそうなのに、まじクソだわー。」
その声は黙って前進していたチームに響き渡り、林の奥深くへと掻き消えていった。
今から戦闘だってのに、スマホを開いて暇つぶしするなよ、と言いたげな麻田がわかりやすく嫌な顔をした。そして霧島、弥栄川はそんなのこと気にしても無駄だと言わんばかりに完全に無視している。指山は一応チームリーダーであるためか、優しく注意をかけた。
「念のため大きな声を出さないでくださいね。それとこれから戦闘中なのでスマートフォンを使用するのは、控えていただけると助かります。」
すると注意された鏡音は小さく舌打ちし、ポケットのスマートフォンをしまい込んだ。
麻田はそれを見て、全く呆れた、と言った目線を鏡音気づかれないように送り、話題を変えて指山に話しかけた。
「隆二さん、そういえば先ほど幸助さんらが接敵したらしいですが、こちらはまだなんですかね?」
「そうですね。そろそろ接敵していいと思うのですが…。恭二さん曰くほとんどガーディアンしか確認されてないため、もしかするとアグレッサー主体の川側よりもかなり移動速度が遅いのかもしれません。」
確かに指山の言う通り、ガーディアンはアグレッサーに比べて足が非常に遅いので進行速度が遅くても何も不思議ではない、と麻田は指山の意見に納得した。
その後すぐに霧島が、麻田らに怒り気味で声をだした。
「そろそろ敵が来るわよ。ぼさっとしゃべってないでさっさと迎撃準備しなさい」
声を聞いたメンバーは鏡音以外はすぐに武器を構えて、鏡音はだるそうにゆっくりと武器を構えて、激劇準備をして敵襲に備えた。その後すぐに敵影が視認でき、指山がその様子を確認した。
「ガーディアン20体と言ったところでしょうか。篠原さんは50体以上はいるとおっしゃってたので、恐らくある程度固まった状態でそれぞれ攻撃を仕掛けてくるという感じでしょうか。斎さん、念のためまだフィルスマは使わないでくださいね。」
その要請に弥栄川は何も反応しなかった。しかし恐らく彼は指示を聞いて、まだスナイパーのフィルスマ使わないでくれるだろうと指山は思い、彼に背中を預けて戦闘に入った。
「なんだ、ガーディアンって硬いだけで遅いし狙いやすいしで弱いじゃん。みんなこれに時間かかると思ってんの?」
そう話しながら、余裕の表情で鏡音は次々とガーディアンを屠っていった。確かに彼の言う通り、彼と戦ったガーディアンは彼の持つ二丁拳銃の前にはあっけなく散っていった。そして彼が指山らとどうように前線で戦い、アタッカーよりも確実に処理能力が高かったことにも驚きだ。
鏡音瑠衣のフィルスマはタクティカルで本来は戦闘向きのものではないのだが、それを補っているのが彼の才能だった。その彼の有り余る天性は、敵の動きを瞬時に読む洞察力に長けていたり、複数の物事を一度に考えることができるマルチタスク脳であるなど、日本解離精神協会の仲でもトップクラスのものだった。そのためアタッカーのように正面からぶつかり合うというような戦闘スタイルではないが、常時動き続けて敵を攪乱し、二丁拳銃のDPSの高さを生かして弱いところから一気に崩していくという戦闘スタイルを取っている。さらにその才能に加えて、素の運動能力や顔面偏差値が高いなど、まさにリアル人生でもスーパーユニカムである。だがそれゆえに他人を蔑んだり偉そうに振る舞う姿がよくみられ、せっかくの能力を台無しにしているように感じられる。
あっという間にガーディアンとの戦闘が終わり、メンバーが少し休憩している。するとヘラヘラしながらメンバーを見て、鏡音が煽った。
「あれ、もうバテたんですか?たったの20体だったじゃないですか。それに10体は自分が倒したはずですよ?」
なぜ撃破数が少ないものがヘバって休憩をしているのか、君たちは何もしてないじゃないか、とかなりキツめに鏡音が煽ってきた。それを聞いた途端、メンバー内に非常に嫌な雰囲気が流れた。だが半分近くは鏡音が倒したことも事実なので、指山はきつく言い返さない。一方麻田はその偉そうな態度にかなり頭に来ており、鏡音に言い返しにかかった。
「あのさ、瑠衣さん、そういうのこっちも気分が悪くなるからやめません?と言うかやめろ。」
するとそれを聞いた鏡音は面白かったのか、ヘラヘラして言い返した。
「あなた何とか太郎さんですっけ?すみません、1体しか倒してない人は俺、興味ないんで。」
名前をいじりつつ、数字でマウントを取り始めた鏡音に対してついに頭の閾値を超えたのか、麻田は彼の胸ぐらをつかんで怒鳴った。
「どうせお前は俺らディフェンダーが受けていた敵をハイエナしただけだろ?いい加減にしろ!」
すると鏡音は強く握りしめた麻田の拳を軽くさっと払い、逆に麻田の両腕をつかんで、優勢になった状態で問いただした。
「何を怒ってるんです?自分はただ事実を述べただけですよ?それにここは戦場なんでしょ?我を失ってどうするんですか(笑)」
正論を言われて言い返せない麻田は、ギリッと歯をきしませて鏡音を睨みつけた。するとそれを見ていた指山が仲介に入って口論を止めさせる。
「2人とも落ち着いてください。そろそろ敵の後続が来ますよ。」
麻田は睨みつけたまま、鏡音はフンッとした顔をして向き直り、互いに戦闘態勢に入った。どうやら一応チーフであり、とても善人な指山にはあまり口答えする気はないらしい。
彼らが戦闘隊形に入る前からすでに他のメンバーは準備を済ませており、最後に指山が盾を構えていつ敵が来てもいいようにした。
数十秒後に多くの敵影―ガーディアン30体ほど―が現れ、かなりの数の多さに思わずメンバー全員が手に握る武器に力が入る。
「さっきより増えたなぁ。ま、所詮ガーディアンだから、時間かければ倒せるっしょ。やるぞ!」
霧島はやけにやる気に満ち溢れて吠えた。一応は気にしない振りはしていたが、タクティカルである鏡音の撃破数が多いことが気にかかっていたのかもしれない。
その掛け声に他メンバーも無言でうなずき、ガーディアンとの正面衝突が始まった。
ガーディアンはその白銀に輝く外殻と若干黄金色に輝く盾に包まれながら、指山らへと突進してきた。それはまるで動く大きな大理石が、そこらへんに転がっている石ころを飲み込もうとしているかのようであった。
指山らはディフェンダーの役割としてそのガーディアンの攻撃を前衛で受けた。
ディフェンダーの麻田と指山がガーディアンの攻撃を弾くたびにガキン!ガキン!と鈍い金属音が鳴る。
そして彼らが隙をついてガーディアンに攻撃すると、同様にガキン!ガキン!と音がして弾かれた。
「クソッ!やはりガーディアンは固いな…。」
麻田が改めてそのガーディアンの装甲と硬さを認識した。しかし彼は弾かれるとわかっていても積極的に攻撃を行う。彼は先ほどの鏡音の言葉を鵜呑みにしていて、最低2体、いや4体以上は撃破しなければいけないと焦っていたのだ。
その焦る麻田を横目に、指山は注意を呼び掛けた。
「焦ってはいけませんよ。あくまでもディフェンダーの役割は盾なのですから。」
指山の方が正論であると頭でわかっていても煽り耐性が低い麻田の頭は沸いていたため、攻撃の手を止める気配がない。すると相手のスキをついて攻撃していた状況から、攻撃回数が多くなることで逆にスキができる状況となった。そのスキをガーディアンは見逃さず、槍の攻撃と同時に盾でシールドバッシュを麻田にかました。麻田は何とか態勢は保てたものの、後ろに飛ばされた衝撃で体が硬直する。それを待っていたかのように他のガーディアンが麻田を槍で攻撃し始めた。
「ウ“ッ…!」
それらの攻撃を、盾を[形状変更]で自分を包むような形にすることで何とか耐えた。しかしすべては防ぎきることができず、1、2発の槍が肩をかすめた。軽傷ではあるが、そのピリッとした痛みに思わず呻き声が出た。
さらにガーディアンが3体ほどで追撃を仕掛けてきた。ガーディアンは足が遅いため本来は連携を取りずらいのだが、いかんせん数が多いため絶えず攻撃が飛んでくる。
ヤバイ…殺られる!
そう麻田が命の危機を感じたときに、襲い掛かってきたガーディアン1体の頭、2体の肩腕が吹き飛んだ。そして手を失った衝撃によって攻撃の手が止まった2体は、数刻後に首元を爆ぜた。そして麻田の方へやってきて、そのガーディアンの胴を踏みつける影があった。鏡音だ。
そのニタァとした鏡音の顔をした麻田はクソッ…!と小声で漏らした。そして鏡音が胴を踏みつけながら麻田に言葉をかけた。
「太郎さん、そんなに焦ってダイジョーブですか?早死にしますよ?」
そしてそういった瞬間、鏡音は麻田の方へ銃を向けて弾を放った。麻田は思わず自分にその玉が刺さる恐怖で体を丸めた。しかしその弾丸は麻田に当たることなく後方へ飛んでいき、迫ってきていたディフェンダーの脚を撃ち抜いて転倒させる。するとそれに続いていたディフェンダーに接触して、ドミノ倒しのように3体ほど倒れた。
麻田が体を縮めてビクッとした様子を見て、鏡音はヘラヘラ笑いながら別の獲物を狩りに行った。
しばらく戦闘が続き、ディフェンダーを20体ほど狩った頃だろうか、指山はその異常に気付いた。それは、先ほどから戦場にいるディフェンダーの数があまり変わっていないということだ。30体ほど接敵時に確認したため、そろそろディフェンダーの殲滅が完了しても不思議ではない。しかしまだそれくらいの敵が残っているということは、単純計算でこの場に50体いるということになり、先ほど倒したディフェンダーと数を合わせると、ゲート出現時に篠原から聞いた数よりもはるかに多いこととなる。
今まで篠原から教えられた数と戦場における敵の数が違ったことなどほとんどなかったので、指山は思わず背中に悪寒が走った。
さらに20体ほどディフェンダーを狩ると、そこにはまだ20体のディフェンダーがまだ残っていた。しかしそれ以上はもう数が増える様子がないので、おそらくこれで終わりだろうとメンバーは思い、一気にラストスパートをかけた。
さらに10体狩ると、さすがに連続で50体狩り続けたせいだろうか、霧島や鏡音を始めとした攻撃の手が緩まり、明らかに疲労の様子が見て取れた。だがそれでも攻撃の手は止めない。
あと10体でこの戦いが終わる!
そう誰もが信じていた時、事件は起こった。なんと、麻田が悲鳴を上げていたのだ。
その悲鳴を聞きつけてメンバーが振り返ると、ガーディアンの攻撃を受けていた麻田のところにアグレッサー2体が攻撃を仕掛けており、その腹部からは血が流れていた。さらに少し離れたところにコントローラーが1体いる。
なぜ、アグレッサーとコントローラーが…!?そう指山が思ったのもつかの間、今度は自身の左側―本来は味方も敵もいないはずの場所―に気配を感じ、咄嗟に後ろへ飛びのけぞった。すると麻田を襲ったのと同様に、アグレッサー2体がその槍を目の前で突き出していた。さらに周りを見渡すと、コントローラーが辛うじて確認できるほどの後ろの茂みで待機しており、かなり距離を取っていた。
「隆二、しゃがめ!」
後ろで男のそう叫ぶ声が聞こえたので、ほぼ無意識にその通りにしゃがんだ。すると、発砲音と言うよりはキーンと大きな高い音が聞こえたと共にアグレッサーの胴に大きな穴が生じ、さらに貫通してもう1体のアグレッサーの胴にも穴が開いた。さらに弾はそのまま直進し、同一線上に待機していたコントローラーも貫通して活動を停止させた。
「フィルスマを使ったから俺は撃てない!もう片方を殺れ!」
そう声を荒げて指示を出したのは、後ろでずっとスナイプをしていた弥栄川斎だった。どうやら先ほどの高い音が鳴る弾丸は彼のフィルスマだったらしい。
彼が使ったのはクリアバレット[純粋弾丸]と言うスナイパーフィルスマだ。特徴としては高貫通・超高速・純物理と言うものだ。使用者が超頑丈で鋭利なイメージキューブの弾丸を作り出した後、それを高エネルギーで射出して純粋な物理エネルギーで対象を破壊するというものである。
その声を聞いて瞬時に霧島は切り返し、麻田にかかっていたアグレッサー2体を相手にした。麻田の様子を見て硬直していた鏡音は、その霧島の行動を見て我に返り、応戦に入った。
その後は負傷した麻田を後ろに引かせ、残りのメンバーでディフェンダーとコントローラーを片付けた。ガーディアンらと長期戦を強いられた挙句、アグレッサーとコントローラーの奇襲によって攻撃を受けた彼らは、全ての敵を倒すと同時に膝をついて様々なことを吐露した。
「なんでディフェンダー以外が現れるんだよ!チーフはいねえって言ったじゃんか!それにディフェンダーの数もおかしいじゃねえか!」
そう怒ってるのは鏡音だった。どうやら予想外のことに遭遇して、さらに長期間戦闘したためイライラがピークにたまっているらしい。メンバーは疲労がたまっているのか返答がめんどくさいのか、そのことについては言及せず、指山が麻田のことを心配して治療させる旨を伝えた。
「応急処置をしてとりあえず立てるらしいですが、腹部を被弾されているということで一応恭二さんに報告して、治療してもらおうと思います。」
そういった後、チームリーダーである指山は篠原に通信を入れた。
「恭二さんですか?実は慎太郎さんが被弾してしまいまして、治療をお願いできますか?」
すると通信先の篠原は怪訝そうな声で返答をした。
『なんだそっちもか?今日はやけに被弾者が多いな。ま、話はあとだ。今は川ルートの方へ向かっていてすぐにはそっちに行けない。状況はどうだ?』
指山はその篠原の言葉が気になったが、とりあえずは一通り麻田の状況を説明した。
『わかった。しばらくは大丈夫そうだな。それなら誰かひとりつけて中間地点へ来てくれ。』
「わかりました。」
そう話すと篠原は通信を切り、指山も意識を通信から麻田に向ける。
誰に運んでいただきましょうか…。私は一応チームリーダーですし、監督責任があるのでなるべく敵がいる場所から離れたくありませんね。
指山は少し悩んだ後、その考えの結論を出した。
「霧島さん、麻田さんを樹木さんらのところへ運んでいただけないでしょうか?」
すると声を掛けられると思ってなかったのか、若干怒り口調で拒否をした。
「んあ?なんであたしなんだい?他の連中に連れて行ってもらったらいいだろ。」
「いや、こちらにもいろいろ考えがあるもんで…。」
すると周りを見て何か察したのか、「しかたねぇ。」と言って麻田を肩に担ぎ、中間地点へと連れて行った。
「ありがとうございます。」
そう指山入った後、しばし麻田から先ほどの戦闘へ意識を向けた。
なぜアグレッサーとコントローラーが出てきたのでしょうか…。それに明らかにディフェンダーの数もおかしかったですし。恐らくはこの林道ルートはもう安全でしょうが、合流先の道中は何か嫌な予感がしますね…。
この奇妙な敵の出現の仕方はいったいどういものなのか。彼らはしばらくあとで知ることとなる。