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解離性フラジール  作者: 雪時雨
第一章 ペンフィールドの小人たち
12/22

最後に訪れた平和の晩餐

次の日、冬樹は大学へ行ってその日一番の講義へ向かう途中、祐太と出くわした。

「おはよう…祐太。」

「おはよう冬樹。どうした…?なんだか元気がないぞ?」

祐太は冬樹に会っていつも通りあいさつした。しかし雲一つなく気持ちのいい空とも相まって、普段よりも少しやつれた表情をして現れた冬樹を心配する。

「もしかして昨日もなんか派遣バイトだったか?」

「いや、そうじゃなかったんだけど…。まぁ気になる科学雑誌を読んで夜更かししただけだよ…ハハハ」

って適当に理由つけて返したけど、本当は相菊さんと顔を合わせるのが怖くて眠れなかったなんて言えないなー…。午前中はまだいいけど、昼からはいつもみたいに会うだろうし、どんな顔して接すればいいのやら…。

祐太は、なぜかさらにため息をついた冬樹を見て不思議がったが、これ以上は深く突っ込まない方がいいと思ったのだろうか。話題を変えて昨日の芸能人のニュースについて話し始めた。そのニュースを見たわけではなかったが、冬樹からしたらありがたい気の使い方だったため、その話に乗っかった。話している途中に藤峰とも合流し、最終的に3人で移動することになった。

そしてこれから先のことを心の中で嘆きながら、その重い足取りで冬樹は講義へと向かっていった。



午前中の講義が終わり、今日は午後の講義がないため早く上がれると祐太は楽しげに話していたが、その陽気さとは裏腹に、冬樹の緊張度はマックスだった。

食堂へ着き、一瞬そのドアを開けるのをためらった冬樹であったが、こんなことでくよくよしていたらこの先男として生きていけないと決心し、ドアを勢いよく開けた。そしていつもの席の方へ視線を向けると既に女子が3人、滝と蒼霧と相菊がそこには座っていた。

「おっ、今日はそっちが早いじゃん。」

祐太がそのように彼女らに声を掛けたら三人がこちらを向いた。そして相菊と一瞬目が合って冬樹に緊張が走った。そのまま冬樹らは彼女らの席へ座りに行った。すると座ったとたんに、祐太と滝を中心として話が始まった。そしていつもの賑やかなムードになる。

やばい、いつ話を切り出そう…。流石にこれは祐太らにあまり聞かれたくないしな…。

机ばかり見ていて相菊と視線を合わすことができない冬樹は、しばらく悩んでいた。覚悟を決めてはいたものの、直接本人が目の前にいるとやはり緊張する。すると一度緊張を和らげるために、飲み物を取りに行くことにした。

「ちょっとお茶入れてくるわ。祐太と藤峰の分も入れてこようか?」

「おう、気が利くねー。」

「サンキュー」

祐太と藤峰はそう言って再び会話を続けた。重い腰を持ち上げて、飲み物があるサーバーまで足を運ぶ。一杯目を入れ終えたとき、冬樹は誰かが寄ってくる気配がしたため後ろを振り向いた。

ん?知り合いだろうか。

しかし後ろを振り向くとよく見知った人物、相菊朱里の姿があった。彼女はこちらの目をちょくちょく見ながら、何か物申したそうにしていた。振り向いたときは驚きのあまり変な声が出そうになったが、みんなのいるテーブルで話すのも気が引けるのでちょうどよかった。そう思って冬樹は相菊さんを窓辺へ誘導し、話を切り出した。

「相菊さん、この間はごめんね。本当に大事な用事があったからどうしても付き合うことができなかった。」

その言葉を話した途端、相菊は首を横に振って元気な笑顔をして返答をした。

「うんう、別に冬樹君は悪くないよ!私も少し強引だったのが悪かった。それにお酒飲んでたから酔っぱらってただろうし、あたしもあんまり詳しく思い出せない…。」

「いや、俺も悪かったと思う。でも本当に誘われたときは嬉しかったし、ドキッとしたよ。たぶん用事が無かったら、付き合ってたと思う。」

互いに目をしっかり見て話をした。若干言い訳交じりだったが、本当のことなので嘘はついていない。用事のことも嬉しかったことも。

するとその言葉を聞いた相菊が、少し赤面しながら少し目をそらして話を続けた。

「嬉しかった…?ほんと…よかった。これからも仲良く過ごしてくれる?」

そして相菊は、その赤面したままの顔で上目遣いでこちらを見つめてきた。その様子がなんともいえないほど可愛すぎたので、思わず冬樹も顔を赤くして目をそらして話した。

「お、おう。俺も相菊さんのことは友達以上だと思ってるし。」

「はわわわわ…。冬樹くんがそんなに顔を赤くしたら、こっちまで恥ずかしくなるよ~~。」

いやいや顔を赤くしたのはそっちが先じゃん!あーもーなんでこんなに可愛いかな…。前回誘いに乗らなかったのが本当に悔やまれる―!

互いに顔を真っ赤にして熱々な2人は、暑くて蒸し暑い部屋をさらに暑くし、コップに入ったお茶が沸騰してしまうのではないかと思えるほどだった。

とりあえず前回の件は互いに納得したこととなり、一件落着した。そして前回よりも互いの仲が深まった…と俺は思いたい!


その後2人はコップをそれぞれ持って帰って、みんなのいる席に戻った。どうやら先ほどの話から話題が何転かしているらしく、とても激しい議論が繰り広げられていた。さっきの相菊さんとの話を聞かれなくてよかったと、冬樹は心の底から思った。


今日は午後の実習がないのでそれからしばらく話していた。すると何かを思い出したのか、相菊が「そういえば…」と話を切り出した。

「みんなにちょっと相談なんだけどさ、今度の夏休みに行くキャンプは海に決定したよね?そのことを友達に話したら行きたいっていうんだけど、どうかな…。女の子なんだけど。」

相菊は申し訳なさそうな顔をしながら、今度行くキャンプの新規メンバー加入についての是非を聞いた。滝はその相菊の提案に快く返事し、蒼霧もその滝の意見に同意した。

「私はいいよー!朱里が誘う子だったら、そんなにヤバイ子はいないだろうしー。」

「私も…たぶん大丈夫。朱里が言うならいいんじゃないかな。」

それに対し、冬樹含めた男性陣は女性がだれかに期待が膨らむもの、腕を組んで悩むもの、まぁ別にいいんじゃないかと思うもの、それぞれだった。その内、それがだれかとても気になる祐太は相菊に質問した。

「女の子よね?まぁ相菊さんが男友達を紹介してきたら少しびっくりするわ。で、その子はどこのクラスの誰よ?」

「ちょっと祐太?私がいるから他の子には手を出させないわよ――!」

他の女子に興味を持つ発言をしたためか、祐太は滝に食いつかれてあーだこーだ言われた。相菊さんは苦笑しながら、その誘う人物を答えた。

「それなんだけどね…、あの、その…、雫ちゃんとこころちゃんなんだ…。」

そう話した後、相菊は藤峰の方をチラッチラッと見ながら様子を伺った。どうやら前回の酒の席で藤峰が話していたことを気にしていたらしい。その相菊の視線を感じて思いだしたのか、藤峰は赤面して両手で顔を覆った。

沙藤雫と碧空こころは他クラスではあるが相菊朱里の友人で、講義も同じものを取ったり休日もたまに遊ぶほど仲がいいらしい。そのため、友人の友人は自分の友人である理論と言うべきだろうか。ここにいるメンバーも何度か会って話はしたことはあるので、顔見知り以上ではある。

沙藤さんと碧空さんなら面識もあるしある程度話しやすいな。それにそこまで関わりづらいって人ではなかったし。たぶん祐太と俺は大丈夫だろう。問題は藤峰なんだが…。

そう思って未だふさぎ込んでいる藤峰を見ていると、ちょうど女の子2人の声がそのメンバーにかかってきた。

「あら皆さんこんにちわ。今日もここでお話をなさってるんですね。」

おっとりして落ち着いた女性の大人という言葉が適当だろうか、まずこちらに気づいた沙藤雫が話しかけてきた。するとそれに続いて、健康的で明るいという言葉が似合う碧空こころが話しかけてきた。

「やっほー!朱里じゃん!もしかしてキャンプのこと話してくれた?」

「あ、それなんだけどね、今話しているところ。たぶん大丈夫そうだけど…。」

そういって相菊は男性陣に一応確認を取った。冬樹は頷き、祐太は「もちろん」と」返した。藤峰…は未だふさぎ込んでいてよくわからないが、たぶんオーケーウェルカム大賛成だろう。

そして沙藤と碧空が隣に座って女性陣と会話を始めたが、あまりにも藤峰がふさぎ込んでいるので、祐太がニヤニヤしながら小突いて言った。

「おーい藤峰、せっかくだしこの際いいきっかけだから顔を上げて話しようぜ。」

すると藤峰は体をふるふる震わせながらゆっくり前を向き、先ほど来た2人―目線の先にはほぼ碧空さんしかいなかったが―に勇気を振り絞って話しかけた。

「ど、ドーモコンニチワ。今日はとても天気がイイデスネー。」

あ、あんまりにも片言過ぎる…。いや、さっきまで相菊さんと目も合わせられないほど恥ずかしくて話せなかった俺が思うのもなんだけど、それはちょっと心配するわ。

すると碧空が少しの間「うーん」と考えて、何か思い出したのか口を開いた。

「えと…藤峰くんで合ってるよね?いつも私に話しかけづらそうだけど…なにか気になることがあったら何でも言ってね!」

藤峰は自分の名前を覚えてもらっていたことに感動を覚えたのだろうか。両手を頭の上にあげて拝み始めた。

いやいやそんな大げさになるんかい。と言うかいつも藤峰が2人に話さすぎないだけであって、普通は俺とか祐太みたいに名前は覚えてもらってるもんなんだけどな…。

その光景を見て、碧空は相菊に「私何かしちゃったかな…」と苦笑いして話している。沙藤さんは「あらあら…これが青春かしら」などと、機転の利き過ぎた考察に至っている。もはやこの場では、藤峰は色んな意味で話さない方がいいのではと感じた。

そのあとは互いに今日の講義はもうないということでしばらく雑談をしていた。と言うか女性陣は蒼霧を除いてひっきりなしに話を続けているので、よく体力が持つなぁとしみじみ思う。だが別に嫌な気になることはなく、むしろ友達が楽しそうに話しているのを見て、こちらも楽しくなる。

ここはとても平和でいいな。よく自分がその状況になって初めて、親のありがたみや平和の良さがわかるって言うけど、まったくもってその通りだ。ユーオとの戦闘は好奇心で始めたものの、それでも一歩間違えれば死ぬことになるので、戦闘中は精神的にも感情的にも心をすり減らしている。だけどこのみんなの笑顔を見れば、指山さんが言ってたみんなを救うためにユーオと戦っていると言う理由もなんとなくわかる気がするな。そういえば明日もし上位種が出現すれば、実際はどういった戦闘になるのだろう?もし自分たちが奴らに負けて、このように何も知らない人たちに被害が及べばどうなるのだろう?その時彼らは何を思うのだろう…?

そこまで考えて冬樹は思考を改める。

いや、知らないでいいことだし、知らないで済むなら知らない方がいい。親友の悲壮な顔、絶望した顔なんか見たくもない。そしてその知らないを守れるのは自分たちしかいない。たとえ戦闘でこの身が死ぬことになっても、それはそれでいい人生だったじゃないか。自己犠牲…と言う言葉はあまり過ぎではないが、それでもみんなの日常を少しでも守れているのであれば俺は満足だ。だがせめて欲をかくなら、死んだあとは地獄ではなく天国にしてほしいな。これからももっと頑張るからさ。

そんなことを考えていると、相菊が話に参加するよう促してくる。

「ねぇねぇ冬樹くん、摩耶ちゃんったらさ――」

「えー、朱里は私の味方だと思ってたのに――!」



しかしまだこの時、冬樹は本当のユーオの絶望を知らなった。これから待ち受ける苦難も試練もそこまで深くは考えていなかった。



そして人類滅亡のカウントダウンが動き出す。


まるで解離された世界が動き出すように。


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