作戦会議でまた会う記憶
冬樹が慌てて協会の建物に入ると、すでに会議は行われていた。今回は休日と言うこともあって、珍しく弥栄川以外の全員が集まっていた。篠原を中心に会議を行っていたメンバーが、勢いよくドアを開けて入ってきた冬樹の方へ視線が集まる。
ヤバい…。こう、すごく恥ずかしさと罪悪感が…。え、と言うか桜園さん普通にいるじゃん…。自分が寝坊したとき、彼女も寝坊したのではと少し期待したけど…
よく見ると桜園は今朝のことなんてまるでなかったかのように、何食わぬ表情で会議に参加していた。言い訳をするつもりはなかったが、こうなっては完全に自分が悪いことを素直に述べるしかなかった。
「すみません遅れました!寝坊です。」
するとメンバーの中からいち早く口を開いたのは樹木だった。すこし溜め息混じりに冬樹に注意した。
「寝坊かい…。一応重要な会議なんだからしっかり参加してくれよ。」
それに対し、ハハハと笑いながら幸助がカバーを入れてくれた。
「まぁいいじゃないか。いつもはそもそも来ない奴らだっているんだし。」
それに続き、橋立もフォローと言うのか言わないのかよくわからない言葉で慰めてくれた。
「冬樹くん、まだ半分も言ってないから大丈夫だよ!…多分。」
橋立さん…、フォローは嬉しいけど半分参加してないのは基本不味いんだよね…。
そして冬樹は他に何か叱責があるかと身構えていたが、それ以上の言葉は飛んでこなかった。一応桜園の方を見ると、特に何も反応してくれなかったので少しショックだ。
「冬樹、今度から気をつけろよ。じゃあ続きを始めるぞ。」
そういって篠原は話の切りが悪かったのか、すぐに会議を再開した。
「と言うわけで先ほど話したように、次回行われるユーオとの戦闘はここ最近で一番戦力が大きいものらしい。そのため協会本部からも極力全員参加して、奴らを迎撃してほしいとのことだ。そしてさっきの続きの作戦の流れだが――」
今回の会議の内容はこうだ。明後日行われる戦闘ではここ最近で一番大規模の戦力が攻め込んでくること。そのためになるべく全員に戦闘に参加してほしいこと。万全を期すために、戦闘当日に早く来れる人は解離協会に来て早く現地入りすること。その他ざっくりしたいつも通りの作戦行動に加えて、篠原もある程度前線に出て戦う可能性もあるということ。
聞けば聞くほど今回の戦闘は重要なものらしいので、会議に遅れたことを心の底から悔やんだ。するとあらかた作戦内容を説明した篠原がそれに対する周りの意見を求める。しばらくその場にいる全員が考えこんで沈黙が流れた後、桜園が質問をした。
「恭二さん、発現よろしいでしょうか。今回は協会から戦力が非常に大きいと聞いているようですが、具体的にはどれくらい大きいのでしょうか?例えば数が全体的に多いことや、サボタージが複数など。」
その質問はやはり来るか、と少し困った表情で篠原は答えた。
「すまんがそこまで協会も把握していないらしくてな。どうしても戦力は全体的に大きいことしか把握できないらしい。」
具体的な戦力はわからないと、本当のことを言っているらしい篠原を攻めることもできなかった。なにせ彼が直接戦力を調べているわけではなく、あくまでもメンバーのチーフとして協会本部から通達された事項をそのまま話しているだけなのだ。しかし桜園は嫌な顔一つせず、しばらくクールな表情のまま考え込んだ。そして何かにたどり着いたのか、眉間に少ししわを寄せた後、また表情を戻して篠原に話しかけた。
「上位種…の可能性はありませんか?」
それを聞いた瞬間、周りのメンバーのほとんどは何かわからずハテナマークが思い浮かんだ。しかしある2人は聞き覚え、いや、見覚えがあるので苦悶の表情を見せた。そしてそのうち一人が枯れるような声を振り絞って出した。
「それがもし本当だとしたら…、非常にまずいですね。」
その声の主は意外にも指山だった。どうやら上位種と言うものに出くわしたことがあるらしい。そしてもう一人はおのずとわかるが、篠原だった。
「あぁ、それはまずいな。現状ではまだ確定ではないが、最悪死人が出る。」
いったい上位種って何なんだ??普段は穏便な指山さんや歴戦の篠原さんまでもがまるで怯えているように見える。確かに2人はこのメンバーでは最古参だが、過去にその上位種のユーオが現れたのか?それに死人が出るかもしれないって…。
しばらく考え込んだが、やはり知識にないものはわからない。いっそのこと直接聞いてみようと、声を出そうとした時、同じ疑問を持っていた橋立の声が先に発せられた。
「あの…、上位種って何ですか?」
すると篠原は深い溜息を吐いた後、まるで過去の記憶にじっくり浸るかのように説明を始めた。
「あれはまだ俺がチーフではなく若手だった頃、隆次がまだ入って数回目の戦闘だった時だ。」
20年ほど前、いつもと同じ頻度で出現するユーオらを撃破するため、まだ入って1~2年の篠原と入って1ヵ月ほどの指山もその討伐隊に組み込まれて派遣された。戦闘前は、数がいつもより多いかもしれないとだけ通達されていたため、メンバーはいつもよりも身構える程度だった。
当時は今よりも高性能な武器が少なくほとんど自分の実力だよりだったため、普段戦う通常種でさえ苦戦していたが、それでも押し切ってなんとか折り返し地点まで到達しかけていた。しかし大群が予測されていた地点に到達すると、予想に反して殆ど敵はおらず、代わりにサボタージくらいの大きさでしかし形が異なる個体と、それを取り囲むよう配置された普段よりも一回り大きいように感じられた個体が12体だけだった。
どういうことだ?と全員が思う中、とりあえずコマンダーの指示で、中心の大きな個体を狙い打った。だがその判断が間違っていたことを後で全員知った。
これからの展開も考えてサブのスナイパーを起用し、そのスナイパーが放ったフィルスマは確かに大きな個体に直撃した。しかし接触する直前に半透明の膜のようなものが出現し、その攻撃は完全にふさがれた。その場にいた全員が唖然とする中、こちらに気づいた12体の個体が攻撃を仕掛けてくる。最初はアグレッサーかとも思っていたが、近くで見ると明らかに大きさが違う。そして速度・攻撃力なども段違いなうえ、装甲はガーディアン以上のものであるなど全く歯が立たなかった。そしてその圧倒的な火力の目の前にはなすすべもなく、3分の1の犠牲者が出て撤退を余儀なくされた。
ユーオは出現してから3日ほどゲートの一定範囲内から出ようとはしないため、再び撃破する機会はあった。そのため、先に死んだ味方の仇を撃ちに行く!と興奮しているメンバーもいたが、その一方であんなのには勝てない…と絶望していた人もいた。周りが言い争ってる中、女性であったチーフは協会本部に行って過去の戦闘記録を洗いざらい調べたらしく、周りにいた種は上位種であるグラディエーター、大きい個体は上位種であるチャージャーと言うことが分かった。しかしチーフの話を聞くと、チャージャーの発射する超高火力の攻撃の前には、4人ディフェンダーがフィルスマを展開しても防ぎきれないこと、さらにグラディエーターはアタッカーが2人で対処して、やっと1体と互角であるかどうかのレベルであることが説明され、周りには絶望が漂った。だがチーフはそこで話をやめなかった。なんと秘策があるのだと言う。
次の日の夜にチーフだけ出撃し、他のメンバーは簡易管理所から見守った。しばらくすると、昨日上位種が発見された地点で、今までに見たことも聞いたこともないような大爆発が発生し、ゲートが消滅していくのが遠巻きながら見えた。そしてその一部始終を見たメンバー全員は、流石チーフだ!と盛り上がっていた。
しかし肝心の主役は帰ってくることはなかった。
その後、協会から初めてチーフのユニークフィルスマ、マイエクスプロージョン[自己決壊]が知らされ、自爆特攻して上位種を殲滅したことが確定された。それぞれ泣くもの、こんな相手には俺たちじゃ勝てないと嘆くもの、ショックで協会を去って行くもの…。みな様々な反応を見せた。篠原自身も、それほどの敵が存在するのか…という絶望はあったが、それ以上に憧れていて、かつ好意を寄せていたチーフがこの世からいなくなったことに絶望した。しかしその思い・怒りをエネルギーにし、ユーオとの戦闘は続けた。そして数年後は自身がチーフに昇格し、同じ過ちを繰り返さないよう気を付けているという。指山もそれからはユーオ撃破に注力し、この世界の平和のためにずっと活動を続けているという。
篠原の話を聞き終わった後、一番に質問を切り出した橋立はすっかり泣いていた。
「そ、そんなことがあったんですね…。ひっく…ごめんなさい思い出させてしまって…。」
すると感傷モードはもうやめたのか、篠原は気持ちを切り替えて本題に戻った。しかし過去の記憶に触発されてか、その言葉にはかなりの気合が入っていた。
「いや、別に構わない。どうせ本当に戦うことになるなら嫌でも思い出すからな。香織がなぜそんなことを知ってるのかは気になるが…まぁ今はそれよりも解決策だな。最悪の場合を想定して作戦を組みなおすぞ。」
再び作戦内容の話し合いが始まった。だが相手に上位種が出るとなると、その内容は大幅に変更しないといけないらしい。篠原自身は一度しか上位種と対峙していないが、それでもチーフになってからは過去の戦闘記録を洗いざらい調べて、再びまみえたときのために知識を蓄えていた。
篠原の話によると上位種も通常種同様に役割があるらしい。
まずは攻防両方できるグラディエーター。通常種であるアグレッサーとガーディアンを足して、さらに速度を上げたような存在だ。両手に剣を持っており、他個体の防衛や、侵攻する最前線を担う役割があるらしい。
次に補助に特化したエンハンサー。通常種のコントローラーは後方で回復しか行わなかったが、エンハンサーは遠距離攻撃も備えており、片手に持っている杖のようなもので攻撃を行う。グラディエーターと一緒に現れたときは非常に厄介となる。
そして攻撃火力に特化したチャージャー。こちら側におけるスナイパーのような立ち位置であり、連射性はないがその分スナイパーのフィルスマと同じかそれ以上の火力を吐き出すという。全体的に大きさはサボタージと似ているが、その攻撃する部分の形状や六本脚であること、精神妨害電波を発しないことなど、はっきりと異なる点は多い。また、高火力であるため最優先撃破目標である。
最後にコマンダー。確認されたことがほとんどないため、その戦闘様式はあまり判明していないが、恐らく上位種の司令塔であることが考えられる。しかし指令を出すだけなら通常種のオブザーバーでもいいはずなので、他にも何か厄介な行動パターンがあるかもしれない。それとももしかすると、案外ユーオらは社会様式が整っており、通常種と上位種で上下格差が存在する集団なのかもしれない。
冬樹以外のメンバーのほとんどは戦闘を数多くこなしてきたため、経験と知識が深いものは多い。しかし今回の敵は今までの想定をはるかに超えることが予想されたため、遅々として作戦会議が進まなかった。
「ここに誘導はできないのかな…。」
「明海さん、今まではそれでよかったけど、今回は果たして俺たち持ちこたえられるでしょうか?」
「慎太郎さん、それに幸助さんらが持ちこたえたとしても、自分のフィルスマは有効なのでしょうかね。香織さんなら貫けるかもしれませんが、その状態だとあなた方も巻き込みますよ。」
「え、徹さん…そんなのやめて…。」
「いやいや聡子ちゃん、まだ決まったわけじゃないから安心して!」
橋立明海が、不安そうに自分ごと吹っ飛ばすのか、と静かに訴える霧島をなだめた。
俺あんまり会話に参加できないなー…。そこまで経験と知識がないからあまり有意義なこと話せないし…。と言うか桜園さんと篠原さんが何か二人で話し合ってるな…。何話し合ってるんだろう。
どうしようと考えながら、部屋の隅で篠原と桜園が話している様子を見た後、さらに周りのメンバーに注意を向けた。すると今まで見たことない人物が一人いることに気づいた。誰か全く分からなかったため、もし話すときに名前を知らなかったら失礼かなと思い、話し合いを一時休憩している幸助に話しかけた。
「あの、幸助さん。あの金髪の方って誰ですか?」
すると、あぁと言って幸助は返答した。
「あいつは鏡音瑠衣だ。冬樹より一年前に入ってきて、大学生らしい。たしかお前と同い年だったような…。」
その話を聞くと、金髪でチャラそうな彼は鏡音瑠衣と言うらしい。冬樹と同じ大学二回生で、昨年からこの解離精神協会で活動しているらしい。しかし幸助自身もあまり面識はなく、2ヵ月に1回出るか出ないかくらいの頻度らしい。彼は解離性知覚障害で、タクティカルのロールを持っている。見た目だけでは判断してはいけないと幸助自身も最初は普通に接していたが、偉そうな態度をとること、自分勝手であること、会議や戦闘は適当な理由でよく休むことなどから、あまりいい印象は抱いてないらしい。
「これは俺個人の感想だからな、あまり周りには言わないでくれよ。あと一応そういうことだから注意しておけ。」
幸助はそういうと休憩は終わりと言わんばかりに、みんなが話し合っている大きなテーブルの方へ向かって歩いて行った。
その後も様々な議論が繰り広げられて、一応まとまった形となった。
今回はいつも以上にメンバーが力を合わせて、盛り上がりながら話が進んだが、その一方で桜園は一人浮かない顔をしていた。