皇女の受難 〜兄貴の異常な愛情 または兄上は如何にして心配するのを止めて妹を愛するようになったか〜
水戸黄門的ストーリーをやってみたかった。
印籠は兄上。
「だからお前達では話にならんと言っている。いいからさっさと国王を連れて来い」
とは我が兄である“侯爵”。
「なっ!?」
と、驚いたのは王太子。
夏の長期休暇に入る前のこと。
ここ、王都ラークに位置するアンシー王立学園の講堂は、異様な熱気に包まれていた。
それもそのはず。
壇上にはアンシー王国の時期国王でもある王太子。加えて現アンシー王国宰相の令息。そしてその二人に庇われるように立つ男爵令嬢。
まぁ男爵令嬢はともかく、王太子と宰相令息というアンシー王立学園を代表すると言っていい二人が壇上にて気炎を上げているのだ。
否が応にも熱が籠ろう。
しかし、
「失礼ながら侯爵。ここにおわすは次期国王の座にある王太子殿下。いかに侯爵閣下と雖もいささか礼を失しているのでは?」
と壇上にいる宰相令息から問いかけられた側。
すなわち段の下側の中心人物とも言える我が兄でもある侯爵は完全に冷え切っていた。
夏の暑さも一瞬にして凍らせるのではないかとばかりに、壇上の三人に対して冷たい視線を投げかけ続けているのだ。
まさに龍虎相打つといった様相を呈している講堂ではあったが、何故夏季休み直前の本来華やぐはずの一時に、全校生徒一堂にかいしてかくのごときことになったのか。
それはまぁ、私もその一因であったりもするのだが……。
というわけで話は少しだけ遡る。
まぁ、簡単に言ってしまえば、夏の暑さにでも頭をやられたか……いや、王太子が男爵令嬢を見初めたのは春らしいから、やられたとすれば春のうららかさにか。まぁまぁそのあたりは隅に置くことにして、兎にも角にも王太子が男爵令嬢に恋をした。まさに人生の春が訪れたわけだ。
とは言え、それはいい。
人間誰しも恋の一つや二つすることもあるだろう。
しかしそこからが問題なのだ。
あろうことか恋に浮かれまくった王太子は、夏季休暇直前の終業式で、全校生徒をギャラリーに侯爵令嬢でもある私との婚約破棄を突然発表したのだ。
「アナスタシア侯爵令嬢! あなたとの婚約は破棄させてもらう!」
そう壇上から堂々宣言した王太子に、私はひたすら頭が痛くなった。
この婚約は国同士の取り決め。言うまでもなく、王太子個人の意志でどうにかできるものでもない。
それがわかっているのかいないのか。
いや、おそらくその程度はわかっている、かな。
だが、表面的には、という注が入るのだろうけど。
でもなければ、こんな公衆の面前とも言える講堂なんかでは婚約破棄を宣言したりはしないであろう。
しかもここはアンシー王立学園。多くの貴族の子弟が通い、教える教師の多くが貴族だ。
こうなっては全てが公になるのは明々白々。
もし王太子が“全て”を承知しているならば、こんなことにはなっていないだろう。
だから私は、“我が家”の全権代理とも言える兄を呼ぶことにした。
「王太子殿下のご意向は承知いたしました。されどことは私一人では決めかねるもの。ここは私の兄も交えて話をしませんと」
と微笑みながら。
「ふんっ。貴様は都合が悪くなるとすぐにそれだ。いかに貴様の兄である侯爵が、我が父である国王陛下の覚えめでたかろうと、事態は変わらぬ。私は貴様との婚約を破棄し、ソフィー男爵令嬢との婚約を行う!」
そんな王太子の発言に対して、一部から賛同の意が示される。
「その通りだ! 殿下は尊き血を引くお方! 侯爵家のような余所者の血を入れるわけにはいかぬ!」
「そうだ! 伝統あるアンシー王国に外国の血など以ての外! 侯爵家は自ら辞退を申し出るべきだったのだ!」
次々と挙がる王太子を擁護するアンシー王国貴族子弟達の声。
ああ、そういうことか。
だから王太子はわざと全校生徒の前で私との婚約破棄を宣言したのか。
確かに私は、アナスタシアという名前が示すように、王国出身ではない。私は確かに、スラヴィア帝国の血を引く者。
なればこそ、伝統を重んじる保守的なアンシー王国には受け入れがたい存在というわけか。
学園で過ごす中では私が王太子の婚約者という立場もあってか、表には出てきていなかっただけで、こうして婚約破棄を宣言されその立場が無くなれば、反帝国感情も出しやすくなったか。
なればこの王太子は自国貴族の心がよく見えていると言える。
王国から侯爵という爵位は賜ったものの、所詮私達は余所者であり、選民的思想を有するアンシー王国の貴族からは受け入れ難く、それを背景に一挙に婚約破棄へともっていく。
なるほど、確かに“優秀な”という枕詞を冠して呼ばれることの多い王太子か。
「また私を無視するのですか!?」
「どうして私を無視するんです!?」
「私はアナスタシア様と仲良くしたいだけなのに……」
と、先程から王太子と宰相令息の影からさえずるだけの男爵令嬢とは少しは違うようだ。
ちなみに私がソフィー男爵令嬢を無視する理由は簡単で、私が侯爵令嬢であり、ソフィー男爵令嬢とは身分が異なるからだ。私にはソフィー男爵令嬢に直答を許した覚えがなく、許していない以上、彼女は私に対して話しかけてはならない。
それが貴族社会でのルールであり、何も彼女に対してだけの対応ではない。
「安心せよ、ソフィー。そこのアナスタシアは間もなく修道院にでも送られるだろう。そうすればお前をイジメる奴もいなくなる」
「クラーク様……」
そう言って、王太子……ああ、王太子の名前はクラークだったか、にもたれかかる男爵令嬢。
はっきり言って、見ていて面白いものでもないし、出来の悪い三文芝居を強制的に見させられているようで辟易してくる。
早く兄上には来てもらいたいものだ。
私がそうやって兄を待っていると、講堂の後ろの扉が開いた。
「きゃっ、侯爵様!」
「ああ、アレクサンドル様!」
といういくつかの黄色い歓声とともに、講堂へと入場してくるアレクサンドル兄上。
ああ、うん。ちなみにその黄色い歓声を挙げた口が、ついさっきまで私の悪口を出していた口と同じであることを私はしっかり見ていたぞ。なんとも移り気なことだ。宮廷雀と揶揄される貴族の令嬢らしくもあるが……。
とは言え、アレクサンドル兄上は確かにかっこいい。排外主義的な空気のあるアンシー社交界にあっても人気があるのはうなずける。
陽光を背後から浴び、きらきらと金髪を光らせながら、すらりとした体躯に白い礼装を纏いながら颯爽と中央の赤い絨毯を歩む姿は我が兄ながら実に様になっている。そして兄の後ろを歩く使用人を引き連れる様もなかなかに貴族らしい。
私が妹でなければ私もアレクサンドル兄上のことを好きになって……いや、いないか。見た目はともかく、中身はあまり良くないからな。家の中で飛び交う兄上の皮肉を思って私は考えを改める。
そんなくだらないことを考えていたら、アレクサンドル兄上が私の横に立っていた。
「侯爵、ご苦労なことだな」
そう壇上から見下ろすように声をかける王太子。
しかしアレクサンドル兄上はそれを無視し、自らの椅子と、私の分の椅子をアレクサンドル兄上と共にやってきた使用人に命じて用意させる。
そしてこれに対して真っ先に反応したのが、宰相令息だった。
「なっ!? 恐れ多くも王太子殿下の御前である。いかに侯爵閣下と雖も殿下の許可なく椅子に腰掛けるなど……」
宰相令息はそう言ったが、アレクサンドル兄上は歯牙にもかけず、
「どうせ国王が来るまで話にはならぬのだ。ゆっくり待たせてもらうことにする」
と、腕を組み、目を閉じた。
おそらくアレクサンドル兄上のことだ。私がアレクサンドル兄上を呼ぶ使者が着くと同時に国王に対する使者も出していることだろう。
そういう抜かりなさの上での、お前達では話にならぬからさっさと国王を出せとばかりの態度だ。
その後も宰相令息はやれ「臣下の身でありながら陛下を呼びつけるなど不敬である」だの何だの言っていたが、アレクサンドル兄上は時折冷たい視線を投げかけるだけで、「だからお前達では話にならんと言っている。いいからさっさと国王を連れて来い」と言って以降、一言も発することは無かった。
そして待つことしばらく。ようやくアンシー王国の国王が学園の講堂へとやって来る。
アレクサンドル兄上は目だけを動かして国王を見ると、視線で言外に「遅い」と国王に対して叱責を飛ばした。
「クラーク! これはいったい何事か!? いったい皆を集めて……」
国王は呼ばれるとすぐに、慌てて城を出てきたのだろう。状況の把握もいまいち出来ていない様子でこの場へと現れた。そして場の中心に居続ける王太子にそう問いかける。
そして、
「どうもこうもない。そこな王太子が我が妹であるアナスタシアとの婚約を白紙に戻したいらしい。相違ないな?」
と、王太子を顎で指しながらそう言ったのはアレクサンドル兄上。
宰相令息はアレクサンドル兄上の口調を咎めようとしたが、国王が咎めようともしないことから、既で留まったようだった。なにより国王が一臣下からの呼び出しに応じてこの場に現れている。その一事だけでこの異常性を宰相令息はある程度察したらしい。
しかしながら王太子は恋にのぼせ上がったか、未だ気づかず。
そして再びこう言った。
「その通りだ侯爵。私はアナスタシア侯爵令嬢との婚約破棄を宣言する!」
「クラークっ!」
王太子による再度の婚約破棄宣言と、国王の王太子の名を呼ぶ絶叫が響く。
そしてそれを聞いたアレクサンドル兄上の端正な顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
「国王よ。知っての通り、我はピョートル兄上……ああ、失礼。スラヴィア帝国皇帝たるピョートル陛下の名代としてこの場にいる。おい、あれを」
そう言ってアレクサンドル兄上は使用人に一枚の紙を取り出させる。
「この通り国璽の入った全権委任状……ああ、国王には以前見せたか……まぁいい。我の発言はピョートル兄上の……いや、スラヴィア帝国皇帝たるピョートル陛下の言と心得よ」
そう言ってからアレクサンドル兄上は「どうも陛下という呼び方は慣れぬな」と小さく、しかし周囲にはぎりぎり聞こえるくらいの声で付け足した。
ちなみに「慣れぬ」というのは嘘だ。国元にあってはアレクサンドル兄上はピョートル兄上のことを「陛下」と普通に呼んでいる。しかも理由はピョートル兄上が兄弟姉妹から「陛下」と呼ばれると嫌そうな顔をしながら「兄上と呼べ!」と訂正するが面白いから、というなかなかに悪趣味なものだ。
にも関わらずあえてここで普段は絶対呼ばない「兄上」と呼んだのは、皇帝と自らとの親密さを王国の貴族達に知らしめるため。
そして、
「ああ、国王も知っているとは思うが、タチアナ姉上の婚礼の折には帝国軍十万を出した。なれどピョートル兄上は殊の外アナスタシアを可愛がっていてな。婚礼の折には十五万は出すと息巻いておって、臣下が引き止めに苦労しておったわ」
と、さもおかしそうに笑い始めた。
確かにピョートル兄上はタチアナ姉上が他国へと嫁ぐ際に、十万の帝国軍を共につけている。
これはタチアナ姉上が嫁ぐことになった国への「タチアナを粗略に扱えば帝国が黙っていない」という威圧であると同時に、援護射撃でもある。タチアナが嫁いだ国に攻め込む国があれば、帝国も同盟国として参戦する準備がある。帝国はタチアナの為なら十万の兵を出す、という示威行為。
これは国際社会で大きな話題をさらった。皇女一人に帝国の精兵十万。はっきり言って他所の国が一万かそこらの共を付けるのがせいぜいのところに、破格も破格であったからだ。
それからというもの、帝国皇女には各国からの縁談がひっきりなしに舞い込んだ。
大陸一の大国である帝国軍十万を味方につけたい国はそれこそ山のようにある。
私の婚約もその中の一つであった。
講堂は水を打ったように静まりかえる。
なぜなら、私との婚約を破棄した場合、帝国軍十万……いや、ピョートル兄上曰く十五万か、の穂先がアンシー王国に向く可能性が出てきたからだ。
しかしそんな沈黙を破ったのは王太子であった。
「さっきから黙っていれば侯爵はおかしなことばかり言う! 侯爵がスラヴィア帝国の全権などあり得るはずもない! そ、そんな話を私は聞いていない! だいたい侯爵は帝国を出奔し我が国へと来たのでは無かったのか!?」
ああ、確かに王太子の言う通りだ。
“カバーストーリー”としてはそうだった。
アンシー王国の排外主義的雰囲気を気にしたピョートル兄上が「お前の目で、耳でアンシー王国を見て来い。その上で嫁ぎたければよい。嫁ぎたくなければいつでも帰ってこい」と言って用意してくれたカバーストーリー。
ああ、そうそう。「お兄ちゃん、いつでも待ってるからね! アナスタシアが帰ってるの待ってるから! お嫁になんていかなくていいからね! お兄ちゃんがアナスタシアのことを守るから!」とも言っていた気がするが、たぶん私の空耳だったことだろう。
端正な顔立ちをし、厳正なる判断を常に下す不世出の名君。帝国の冷厳なる皇帝と呼ばれるピョートル兄上が言いそうもない言葉だ。
閑話休題。
兎にも角にも、亡命貴族としてスラヴィア帝国商人との深い繋がりと、皇家に繋がる、と言っても遠縁という設定だが、を理由にアンシー王国で侯爵位を賜る。そして帝国商人とアンシー王家との間のパイプを強化するための政略結婚。
それがピョートル兄上が私のために用意したカバーストーリー。
そしてそれは王太子の人柄を知るため。帝国という権力を持たないありのままのアナスタシアという一人の人間を見てもらうという名目でアンシー国王と宰相とピョートル兄上、アレクサンドル兄上、そして私以外には伏せられた話。
とは言え、亡命貴族に侯爵位は破格過ぎる。アンシー王国貴族の嫉妬心を煽り、王太子に私の悪評を流させ、その悪評に流され私を排除するようでは話にならんというピョートル兄上並びにアレクサンドル兄上の厳しすぎる思惑も感じなくもない。
そしてことここに至っては隠す必要もないと判断したアレクサンドル兄上からその話を聞いて顔面を蒼白にする王太子。
自らの婚約破棄がアンシー王国に帝国軍十五万を呼び込むことになりつつあるのだ。
「ふんっ、我らは帝国へと戻らせてもらう。ここまで話が拗れてはもはやどうしようもあるまい」
「ど、どうかお待ちを! 大公殿下、何卒しばしの猶予を!」
と立ち上がったアレクサンドル兄上を慌てて引き止めようとしたのはアンシー国王。
ちなみにスラヴィア帝国大公。それがアレクサンドル兄上の正式な役職であるのだが、
「ま、まさか帝国大公!?」
「大公とはあの大公か!?」
と、貴族の子弟が騒ぎ始めた。
先程までは半信半疑と言ったところであったのだろうが、国王の姿を見てそれが事実であると革新したのであろう。
ちなみに、我がスラヴィア帝国に大公は一人しかいない。
ピョートル兄上がアレクサンドル兄上のために特別に定めた地位だからだ。
しかしアレクサンドル兄上は知名度の割に表に出る機会は少ない。
内にあっては宰相。外にあっては将軍。
それが諸外国におけるアレクサンドル兄上に対する評価であり、事実ピョートル兄上が外征に出ているときには皇帝代理を。ピョートル兄上が外征に出れないときには皇帝代理として諸将をまとめ上げるのがアレクサンドル兄上の役割だった。
だからとでも言うべきだろうが、帝位争いの火種となることを嫌ったアレクサンドル兄上は叙勲式や社交界と言った晴れの場には顔を出さない。変な貴族に担ぎ上げられないようにするための自衛だ。
だから名前割に顔はあまり知られていないのではあるが。
「た、大公殿下! クラークは王太子の地位を剥奪といたします! だから何卒、何卒お怒りを……」
アンシー国王は土下座せんばかりに謝罪を重ねる。
それほどまでに帝国大公の地位は重く、皇帝に及ぼす影響力は強大なのだ。
まぁ、兄弟仲が悪ければそもそも大公位など新設しないか。
そしてそんな国王を無視するかのように立ち上がるアレクサンドル兄上。続く私。
しかし次の瞬間、場が殺気立つ。
ふむ、宰相令息もなかなかに優秀らしい。
惜しい。
私は純粋にそう思った。
こんな出会いでさえなければ、というか王太子が恋をしなければーーいや、恋に囚われさえしなければ私達にはまた違った道があったのかもしれない。
宰相令息の目的はわかる、私達を人質にして帝国政府と交渉しようと言うのだろう。
まぁ、まるで誘拐犯のようなやり口で帝国政府から譲歩を勝ち取ったところで先は見えてはいるが、それでも何もしないでいるよりかは幾分マシな結果を引き出せるかもしれない。
それを咄嗟に考え出せ、実行するだけの力量はあるのだから。
しかし、
「ああ、止めておいた方がいい」
とはアレクサンドル兄上。
すでに王国には三千の帝国兵がいる。
これは国王も了承済みであり、おそらくアレクサンドル兄上のことだ。学園にその全てを集めていることだろう。
そして現に、講堂の入り口から何人かの帝国兵が入ってくるのが見えた。
「というわけで我々はこれで失礼させていただく。今後についてはピョートル兄上……いや、ピョートル陛下より別途申し送りさせていただくことになるだろう。帝国皇女の価値はそれほど安くはない、とな」
項垂れ、膝をつく国王。呆然と立ち尽くす王太子。そして蒼白ながらもどこか悔しさを滲ませる宰相令息。
三者三様の姿を横目に、私達はアンシー王国を後にした。
「して、首尾は?」
ここはスラヴィア帝国。皇帝の執務室。
堂々たる姿に丹精な顔立ちをしたスラヴィア帝国皇帝・ピョートルは目を細めながら目の前の少女に問いかけた。
「はっ、アナスタシア皇女殿下はあと数日のうちには帝都にお戻りになられるかと」
うむ、と皇帝は重々しく頷くも、そう報告した少女は微妙そうな表情をする。
「恐れながら……」
少女がそう問うと、ピョートル帝は言葉にはせず、視線だけで続きを促した。
「恐れながら、その……よろしかったのでしょうか……これで……」
少女がそう言うとピョートル帝はつまらなそうに鼻を鳴らし、
「ふんっ、貴様程度の色じかけにかかるようではたかが知れるというもの。到底アナスタシアを任せることなどできぬ」
と、手をひらひらとして少女に退出を促した。
「ああ、貴様が世話になった男爵家には相応の礼と手配はしてある。当面は取り潰されることも生活に困ることもあるまい。まっ、貴様がそんなことを気に病むとは思えぬがな」
少女はそれに無言会釈をして執務室を下がった。
「アナスタシア皇女殿下の受難はまだまだ続く、か」
皇帝執務室を下がった少女は、廊下に出たところでそうつぶやいた。
アンシー王国にあっては、男爵家の養女としてソフィーと言う名を持った少女のつぶやきを耳にしたものは誰もいない。