少女、不安になる
ナイト&プリンスは魔法の存在する世界が舞台である。
しかしながら、ゲームの主体が恋愛であるためか、ストーリー中に魔法による争いやバトルなくおまけ程度の存在だ。
そんな世界においての魔法というものは万能な力などではない。
無から有を生み出すことはできず、そこにあるものを如何に変化させるか……。
どちらかといえば錬金術では?とも思うが……物が空中を舞ったり風を操ったりもするので魔法ではある。
科学や物理に、少しばかりオカルトを足したようなもの、それがこの世界における魔法である。
つまり、基礎となる科学の原理を理解できてないと、魔力の制御が出来ずボヤが起きたり、内容によっては五指くらいは軽く吹っ飛ぶこともある。
そのため入学してから1年は魔法学が必修となる。
エリカのあるクラスも例外ではなく、初期の魔法についての座学も終わり今週から実技に入った。
大抵の生徒は今までよりも高度な魔法に目を輝かせながら、教わった魔法を繰り返し使っている。
一方、ほんの数人はすでにその程度は習得しているとばかりに退屈そうにこなしていく。
「あーあ、もっとすげー魔法使いてぇ。」
そのうちの一人がそうぼやく。何人かもそれに同意するように首を縦に振ると、担当の男性教員がにこりと笑った。
「なら、目指せ学年30位以内、ですね。」
そう言われ彼らは押し黙る。
この学園に学科は複数存在するが、まず一年は全員が普通科となる。
2年に上がる際にそのまま一般教養を学んでいく普通科、機械や建物などものづくりが主体の創造科、絵や文学など芸術を主に学ぶ芸術科などなど多種多様。
そして、魔法に優れ、より高度な魔法を学ぶ特進科。
とはいえ、特進科でも魔法のみを学ぶわけではない。
特進科への進学条件は魔法に秀でているだけでなく、他教科の座学、実技も評価される。故に「魔法科」ではなく「特進科」とされている。
わかりやすい目安としては、定期テストの総合得点が学年30位以内でないと話にならない。
「魔法は、ちゃんと知識を持っていても危険を伴うものです。
しかし、知識すらなければより大きな事故を生みかねません。
しっかりと学び、そして魔法を使いましょう。」
そう笑う担当教員。
強めの長いくせ毛に丸メガネ、優しい雰囲気を纏いながらも、時々袖から見える腕は傷跡がいくつかあった。
学園の教員になるには担当教科に関係なく、高度な知識と魔法の技量が必要である。
この教師も研究者としていくらか名の通る人物だ。
そんな彼でも、魔法で怪我をすることもあるのだと、初回のガイダンスで語っていた。
「一年生の授業で扱うのは、私達が安全と判断したものだけです。
この安全、は【失敗しても軽い怪我で済む】、もしくは【死にはしない】という意味です。
それでも、魔法には私達の知らない、解明されていない力があります。
その危険性を承知した上で、あなた方には授業に取り組んでもらいたい。」
真剣な顔でそういう彼に、生徒達はみな息を飲んだ。
とはいえ慣れとは怖いもので、回を重ねれば危機感は薄れていく。
そんな生徒達の様子を見て教師は少し考えた後に息を吐いた。
「仕方ありませんね、次回の授業は特進科への見学としましょう。」
「いいんですか!?」
「毎年、皆さんのモチベーションを上げるために一度は見学させていただくのですが……。
予定より少し早いですが、まあ構わないでしょう。」
優しく笑う教師にエリカは寒気を感じる。
怒ってるわけではない、この人は叱る時はしっかりと叱る人だ。
どちらかと言うと少し楽しげに見える。
「特進ってことは、クレア先輩達のクラスだね。」
「うん……。」
「楽しみ?」
にやにやしながら聞くリアに何がだろうかと首を傾げる。
上級魔法を見られるのは楽しみといえば楽しみだが、少し不安もある。
ゲーム内においてそんなイベントはなかったはずだが、やり込んでいたわけではないので回収できてないだけの可能性もある。
何よりあの教師の笑みの理由も少し気になるところだが。
「まあ、まだ二ヶ月だもんね。」
「そうだね?」
何がと聞き返そうかと思ったが、特に突っ込んで欲しい様子もないためそこで会話は打ち切られた。
どこか嫌な予感を抱きつつ、終礼のチャイムが鳴るのを聞き届けた。