少女、知り合う
「クレア・マクレイを、知らないか?」
初対面から4日後の放課後、エリオットが講義室にいたエリカの下を訪れ吐いた言葉だった。
その言葉にエリカが今日は一度も会っていない、と返すとそうか、と肩を落とした。
「お前からもあいつにサボるなと言っておいてくれ。
でないと、僕とイアン様の時間が……!」
可愛らしい顔を少し歪め悔しそうに俯く。
本人にその気はないのだろうが、やはり言葉だけ聞くと少し誤解しそうになる。
しかし、昨日に引き続き今日も逃亡とはどういう事なんだろう。
「クレア先輩、何かあったんですか?」
「何か……?ああ、なるほど。
あいつが生徒会の仕事をしたがらないのはいつものことだ。」
エリオットが呆れたように言う。
エリカから見たクレアは、真面目で優秀な人だ。そんな彼女が仕事をしたがらないのは何か理由があるのではとエリカは踏んだのだ。
しかし、エリオットはそれに首を振る。
「言っておくが、あいつは本来ワガママな人間だよ。
生徒会だって、本当なら入りたくもなかったわけだしな。」
「生徒会って、立候補してなるものでは……。」
「知らないのか……いや、新入生だからな。」
ため息をつくとエリオットは生徒会のシステムについて説明を始める。
クラリエル学園生徒会の構成員は王族が在籍している場合としていない場合でシステムが異なる。
在籍していない場合は立候補、そして選挙となり、欠員が出た場合に推薦、教員や学長からの指名などとなる。
しかし王族が在籍している場合、生徒会長には強制的に王族が置かれる。現在はイアンとアーロンが居るが、長男であるイアンが生徒会長だ。
そして副会長は生徒会長が指名、その他の役職のみが選挙で決められる。
これは後に王となり国政を担うであろう王子たちのために作られた制度。
また、王にふさわしいかどうかを見極めるための制度である。
「クレア・マクレイはイアン様に指名され、現在副会長の座に就いている。」
「副会長サボってるんですか!?」
「そうだ。」
そう頷き深いため息をつく。
しかし、無理矢理据えられたとはいえ無責任に放り投げるほど彼女はいいかげんな人ではないはずだ。
やはり他にも何か理由があるのではとエリカが考えていると、エリオットがポツリと零した。
「まあ、仕方ないといえば仕方ないんだが……。」
「え?」
「何でもない、これ以上聞きたいならアイツ本人から聞け。
僕も憶測で何か言うのは嫌いだからな。」
エリオットはそう言って振り返り部屋を出ようとするも、足を止めもう一度エリカへと近づく。
そして携帯通信機を彼女へと突き出す。
画面には恐らく彼のアドレスであろう文字列が映し出されていた。
「アイツを見つけたら僕に連絡をくれ。
今日だけでなく、僕が居ない時にお前の下に来るかもしれないからな。」
そう言われエリカは頷きながら携帯を取り出し彼のアドレスを自分の携帯に登録する。
そして彼も彼女から受け取ったメッセージからアドレスを登録する。
「よし、じゃあ僕は行く。
引き止めた僕が言うのもなんだが、今日は早く帰るといい。
6時ごろから雨が降るとネイト……友人が言っていたから、恐らく降るぞ。」
そう言い残すとその場を去っていった。
エリカは手元の携帯に視線を落とし、たった今追加されたエリオットのアドレスを見る。
『なんか、どんどん巻き込まれていくなぁ……。』
エリオット・グレイディ、彼もまたナイト&プリンスのキャラの一人である。
イアンを尊敬し、そのイアンに気に入られている主人公を敵対視する。これだけ聞けばまるで女の子のライバルキャラのようだが、立派な攻略キャラである。
敵対視とはいえ競う方法は正攻法、先輩ということもあり主人公が困っているときは先輩らしく助けることも多い。
所謂ツンデレ、というものである。
しかし、ここにいるエリオットはゲームとは少し異なるような気がする。
ツンデレではあるのだろうが、その矛先は【主人公】であるエリカではなく、クレアに向いている。
逆にエリカには少し横柄には見えるが、普通に接している。
これがクレアが悪役令嬢っぽくないことが原因なのか、はたまたエリカがゲームの主人公とは違う行動を取ることが多いからなのかはわからない。
しかし、エリカとしては出来る限り平穏に暮らすためには登場キャラクターとの接点は出来るだけ断ちたいところではある。
「あと会ってないのは、4人……。」
あくまでそれは攻略キャラの話であり、他の非攻略キャラやシークレットを除いていることを、エリカは後に思い出す。
ともかくこれ以上増やさないように、そして平穏な暮らしができるようにと願うばかりだ。
ふと外を見れば先ほどまで明るかった空が少しばかり淀んでいた。
そういえばエリオットが友人が雨が降ると言っていたと……。
「まだ、だいじょうぶ。」
「ふぎぁ!?」
突然声をかけられ奇声とともに飛び上がる。
振り返れば背の高い男子生徒。
褐色の肌に黒い髪、錆びた青色の瞳、眠いのか地なのか、まぶたをおもそうにひらいている。
「びっくりした。」
「と、とてもそうは、見えませんが……。」
少し眉を下げエリカを見下ろす男子生徒。
その顔を見てエリカは既視感を感じた。
既視感ってことは攻略キャラじゃないの!?ここ数日で培った僅かな経験が活きたのかすぐに思い当たった。
「ぼく、ネイト、ネイト・ロビンズ。
よろしくね、エリカ・サーライズさん。」
「な、んで、私の、名前を……。」
「ともだちから、きいた。」
友達、とはエリオットだろうか?
しかし、彼が自分のことを話題にするとは……。
いや、クレアの愚痴の勢いで話したとかもしれない。
そう思いエリカはネイトへと向き直る。
「 はじめまして。
その、大丈夫、とは……?」
「あめ、ふるから。」
そう言って外を見ると、まだ、もう少しと呟く。
野生の勘のようなものだろうか?それとも魔術的なものだろうか。
どちらにせよゆっくりと空を覆い始める雲が空が嘘ではないことを物語っていた。
「だけど、かえるとちゅうに、ぬれたらいやだからね?」
「はい、なのでもう少ししたら帰ろうかと。」
「うん、いいこ。」
そう言って優しく笑うネイト。
攻略キャラの一人ということもあり、その姿に見惚れてしまう。
しばらく見ているとネイトが何かに気づいたような顔をし、そして
「エリカは、クレア、すき?」
唐突な質問にエリカは一瞬固まったものの、先輩的な意味や尊敬の意味でかと解釈し納得する。
ただ何故クレアの名前が出てきたのか……。クレアも友人の一人なのだろうか。
「すきじゃない?」
少し悲しそうに首を傾げ言われ、即座に首を振る。
「好きですよ。」
そう言うと、ジッとエリカの顔を見た後、優しげに笑った。
そして何に満足したかは分からないものの、またね、とだけ残し部屋を去っていった。
なんだったんだろう、エリカの胸中にはそんな疑問だけが残った。
キャラ増えすぎて自分でも名前覚えれてない