少女、悩む
クレアが女性であると知ったエリカは、その後の授業に身が入らなかった。
というのも、それを知ったと同時にクレア・マクレイへの既視感が何かを思い出したからである。
エリカの知る……正確に言えばエリカの前世の人間が知るクレア・マクレイは、ナイト&プリンスの謂わば悪役令嬢であった。
主にイアンルート、アーロンルートにおいて主人公の恋の邪魔……プレイヤー視点で言うのであれば攻略の邪魔をしてくる存在である。
少しつり目がちの美人、恋敵であるプレイヤーにはクスリとも笑わない如何にもなキャラクター。
主人公が子供のような可愛らしくデザインされているためか、対象的に色気の漂う綺麗さを体現するようなデザインとなっていた。
悪役のためか周囲に対する態度は厳しく、その様から生徒達から密かに氷の女王などと呼ばれている。
一方で王家に取り入ろうという場面も多く、王子二人の前では笑う場面もあった。
特に次期国王となるであろうイアンにはより媚を売る機会が多く見られた。
友好度の上げ方を間違えるとイアンが彼女と結婚する、主人公から見ればバッドエンドなルートも存在する。
そんなザ・悪役令嬢なキャラクターが、入学式で自身の手を優しく引いてくれたイケメンと同一人物だと、受け入れられないでいた。
しかも少し、ほんの少しばかり彼……いや、彼女に心惹かれていたこともありショックはより大きい。
本日最後の講義終了のチャイムが鳴り、ある者は部活へと駆け足で向かい、ある者は友人と放課後の予定を話し合う。
それを眺めていると金髪がエリカの目の前に垂れる。
「エリカー?まだクレア先輩のこと考えてたの?」
「うん……。」
「まあ気持ち切り替えなよ。この学園にはクレア先輩に負けず劣らず、イケメンがいっぱいいるんだからさ!」
そう言って笑うリアにエリカは苦笑する。
リアから見れば友人の惚れた相手が女性だった、というだけの話だ。
しかし実際は惚れかけた相手が本来恋敵になり自分を害するはずの女性だったと、少しばかり複雑なのである。
「ほら、私みたいに部活とか入ってみたら?
裁縫部とかどう?料理部もあるよ!
あ、でも出会いを求めるなら男女の比率が高い方が……。」
「う、うん……考えとくね……。」
そう言って苦笑し誤魔化す。
王子達も他の攻略キャラも、リアもゲーム通りのキャラなのに、何故クレアだけ別物なのか。部活へと向かうリアの背を見送りながらそんなことを考える。
リア・トレイナーは所謂友人キャラ……相手からの好感度、相手の好み、スケジュールまで教えてくれるサポートキャラクターである。
ゲームの通りリアは度々攻略キャラの噂や情報を雑談交じりに与えてくる。
エリカとしては厄介ごとに巻き込まれそうなため、本来ならご遠慮したいところだったのだが、いかんせんリアの押しが強く逆らえなかった。
本人に罪があるわけではないし、と少しばかり不安を抱えながらも、彼女とは仲良くしている。
そんな彼女達とは異なるクレアに益々疑問が湧き上がる。そしてエリカはひとつだけ可能性を見出す。
彼女が自分と同じプレイヤーだった人間の可能性を。
悪役令嬢、クレア・マクレイとして破滅の道を歩む可能性をできる限り無くしたかったのではないかと。
しかし、そう考えている人間があの瞬間わざわざ自分から【主人公】に話しかけるだろうか?むしろ避けていくところだろう。
何か考えがあるのではないか、と考えるもののその考えが何か見出せず唸る。
せめて記憶があるのかどうかわかればいいのだけれど、本人に「貴女には前世の記憶がありますか?」などと聞くわけにはいかないし。
そんなことを考えているといつのまにか教室には誰もおらず、慌てて帰宅準備をして寮へと向かう。
とりあえず今のところ恋愛フラグらしいものは立ててないし様子見をしようと考え、今日の予定を考える。
課題もまだ多くなく時間にも余裕があるため、一度寮に帰ってから少し出かけることもできる。
どうしようかと思案しながら歩いていると曲がり角に影がさす。
突然のことにエリカは避けられずその影にぶつかってしまった。
「わっ、ぶ!す、すみません!」
「いえ、こちらこそ申し訳……エリカ嬢?」
「え、く、クレア先輩!」
聞いたことのある声と呼び名に下げていた頭をあげれば、想像通りの人物。
彼女は大丈夫?と少し屈みエリカと目線を合わせる。
「大丈夫です!」
「そう?ならいいけど……。」
そう言って笑うクレア。
たしかにこうして見れば女性に見えなくもない。
ただ、かつてエリカが見たゲーム画面上でのクレアとはだいぶかけ離れている。
髪の長さや服装もそうだが、ゲームでのクレアは令嬢ということもあり指も細長く綺麗で、華奢で肌も白かった。
一方で今目の前にいるクレアはたしかに男性としてみたときは細いと思っていた。
しかし、女性とわかってから見ると大きめの手にはいくつか傷跡があり、肩幅は筋肉のせいか少し厚みもある。
そんな風にじっとクレアを見つめていると何か私についてるかな?と首をかしげる。
エリカは慌ててなんでもないのだと彼女から目線を外す。
「ところでエリカ嬢は何故こんな時間にここへ?部活?」
「あ、いえ!ちょっとボーッとしてたら時間過ぎちゃってて……。今から帰るところなんです。」
まさか貴女の事を考えていたら時間が経ってましたなんて言えない。
そう告げると何やらクレアは考えだし、そしてもしエリカ嬢が良ければなんだけど、と切り出した。
「私と、少しお茶でもどうかな?」
ニコリと、とても綺麗な笑みを浮かべるクレアにエリカは一瞬見惚れるものの、放たれた言葉に固まる。
クレア先輩と、お茶!?
「よければリア嬢も一緒でも……」
「あ、リ、リアは部活に……。」
まだクレアがいい人なのか、それとも何か意図があって自分に近づいているのかわからない。そんな中二人きりなんて万が一を考えると腰が引ける。
しかし、ただ純粋な好意で誘っているのだとしたら、今の自分の行動はとても失礼なのでは……。
そんな葛藤に苛まれるエリカ。それを見てクレアは少しだけ眉を下げ口を開こうとした。
「こんな所で立ち話とは悠長だな、クレア・マクレイ。」
凛とした、少し高めの男性の声が響く。
二人が目線を向けた先には、一人の男子生徒がクレアを睨むように立っていた。
肩につくほどの赤茶の髪に、翡翠の瞳、そして可愛らしい顔立ち。身長も男子の平均より少し低く、クレアと比べると容姿も相まって女性に見えてしまう。
おそらく服がもっと中性的であったならばエリカは可愛い女の子だと思っていただろう。
「……やあ、エリオット。
エリカ嬢、こちら私と同じクラスのエリオット・グレイディ。
エリオット、こちら新入生のエリカ・サイアーズさんだよ。」
「は、初めまして!」
「ふんっ。」
「エリオット、挨拶くらいちゃんとしたらどうだい?」
「うるさいな!
そんなことよりクレア・マクレイ、お前今日は生徒会だろう!」
「あ、しまった、忘れていた。」
「お前が中々来ないからイアン様に探すように命じられた!
今日はイアン様とたくさん話そうと思っていたのに!」
そう言ってむくれるエリオットにクレアは「それはすまなかったね。」と返す。
しかしその顔には一切悪びれる様子はない。
「というより君、その言い回しは色々と誤解を招くよ?」
「どういうことだ?」
問いに対してクレアはただ笑みを浮かべるだけで語ることは無かった。
この人実は……と、なにやら勘違いを起こしていたエリカはそれを見て目を逸らす。
そういうことじゃなくて純粋に尊敬してたのねー!
「ともかく、早く来いよ。」
「ハイハイ。
というわけでごめんね、誘っておいてなんだけどダメになっちゃった。」
「あ、いえ!大丈夫です!
……その、よろしければ、また誘ってください……。」
あの時躊躇わなければ、もしかしたら一緒に行けたかもしれない。
そう思うと自然と言葉が出てしまった。
それを聞いたクレアは嬉しそうに笑い
「今度は、上手くやるからね。」
そう言ってエリオットの後を追い去っていった。
彼女の姿が見えなくなった頃、エリカは疑問を抱いた。
上手くやるとはなんだ?誘うこと?いや、文脈的にそれはおかしい。
話の流れから、恐らくはエリオットに見つからないことではないだろうか?
そうなると、彼女は生徒会の事を忘れていたわけではなく、わざと行かなかったのでは?
それは、何故?
「うう……謎だけが増えていく……。」
もう今日は帰って寝よう、頭を使いすぎた。
そう呟きエリカは寮の自室を目指して歩き出した。