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百色眼鏡  作者: 八木うさぎ
第2章 干渉色
9/15

修学旅行②

約一か月ぶりです。遅れてしまい、誠に申し訳ございません……。

なんだか話が明後日の方向に進んでいるのでは? と思われていらっしゃるかもしれません。

いったいいつになったら肝試しが始まるんだよ? と思われていらっしゃるかもしれません。

もう少しです。

もう少しで肝試しが始まります。

今回の話の前半も、構成上必要と判断し、盛り込みました。

できれば週一で投稿したいのですが、中々に現実は厳しい……。

それでも継続して投稿いたしますので、どうか末永く、生暖かい目で見守ってください。

 


 大地に身を堕とした太陽が、まるで断末魔の叫びのように、これまで以上に強いオレンジ色の光を散らしている。

 その一端が、ガラス越しに顔の左に刺さっていた。まぶしい。

 ちらと車内のデジタル時計に目を向ける。十七時三十分だった。ちょうど集合時間である。



 とはいえ、タクシーに乗る前ーー十七時の時点ですでに教師に向けて遅刻の一報を入れている。全班が自由行動となるために、万が一の事態のときの連絡ツールとして、今日だけ使用できる専用の携帯電話を各班の班長にだけ手渡されていたのだが、それを使用した。



 それでも、もしかしたらギリギリ間に合ってくれるのでは? と内心期待していたが、現実は厳しかった。

今になってみれば、連絡を入れておいて本当に良かったと思う。遅刻したことにはかわりがないが、事前に連絡を入れておくのとそうでないのとでは、教師からの心象が大きく違ってくるからな。



 本当、何だったんだろうか。このカスみたいな一日は。

 昨日の夕方、あの宿に着いてからというもの、こいつらのせいで調子が崩されっぱなしだ。まあある程度予想していたことではあるけれども。



 恨めしく、後部座席に並ぶ三人を横目で見た。うち二人ーー世間一般でいわゆるオタクと称される部類の二人は、中央と左に並んで座っているのに一言も言葉を交わさないまま項垂れている。こうなった原因の一部が自分たちにあるのだと、きっと少なからず反省をしているのだろう。



 こいつらはいい。確かにこいつらには日中振り回されっぱなしで手を焼かされたし、事実そのときは俺も頭にきていた。でも、厄介かつ面倒ではあったが、こうやって反省しているようであるならまだ許せる。

 問題はもう一人だ。

 俺の苦労なんか知りもせず、出発から今の今まで、まるで小学生のように集団の輪を抜けては自由気ままに動き、やりたい放題しやがって……。



 予定していた寺巡りも、その半分にも満たない数しかできず、班行動の大半はこいつに振り回されたといってもいいくらいだ。他の二人が俺の指示に従わなかったのも、こいつに触発された部分が少なからずあったことだろう。



 その当の本人は、誰のせいで集合時間に遅れたのかを理解しているのかしていないのか、ただただつまらなそうに自分の携帯電話をいじくっている。

 はっきり言って、反省の色は皆無だ。



 こいつの立ち居振る舞いは、もはや許すとか許さないとかそういったレベルを超えている。ろくなもんじゃない。まさに人でなし。百害あって一利なし。

 だからこそ、俺の精神衛生を保つために、こいつはただの可燃ゴミと思うことにした。存在しているだけで周囲に怒りの火を灯させる害悪だからだ。

 そう思うと、無駄に突っかかる気も失せてくる。なにせ、相手はゴミなのだから。ゴミに怒る方がどうかしている。こいつが何をしようとも、心からどうでもいいと思える。

 いずれにせよ、明日になれば修学旅行は終わる。そうすればもうこいつらと二度と関わることもないだろう。



 ……ああ、一刻も早く帰りたい。とにかくこの班長とかいう役職から早く解放されたい。

 頬杖を突きながら、負わされた役目から解放されて今にも地平線に寝静まろうとしている太陽を見入る。純粋に羨ましかった。



 それにしても、中々進まないな。

 乗車してからすぐに渋滞に捕まったが、道路は相も変わらず混雑している。土地勘もないので、目的地まであとどのくらい距離があるのかも見当がつかない。



「あとどのくらいで着きそうですか?」



 運転手には今日の宿を目的地として話してあるため、これだけでも十分に通じる。



「うーん、どうだろうねぇ。ちょっとわからないなぁ」

「裏道とかはないんですか?」

「あるにはあるんだけど、このぶんだとどこも埋まっちゃってますよ、きっと。そうなると余計に時間を食うことになりかねないし。急いでるんでしょ?」



 初老の運転手がは苦笑いを浮かべる。朗らかなその口調からは、なまりを感じさせない。このあたりの地域の出身ではないのか、あるいはタクシードライバーという職業柄によるものか。

 とにかく、玄人がそう言うのだ、それに従うほかない。餅は餅屋と言うし。



「そんなかっかすんなって。遅刻するってことはさっきちゃんと連絡してんだろ? だったもういいじゃねーか。そんなに急いだって変わらねーって。一分も一時間も、同じ遅刻なんだからさ」



 後部座席から予期せぬ声が飛んできた。

 もっともらしいことを言ってはいるが、それを遅刻の原因となった例の可燃ゴミが口にしているのだからなんとも度し難い。そのうえ、こうして喋りかけているのに当の本人は携帯電話を見つめいじくり続けている。このぶんだとこいつ、いざ教師の前に立ったら、のらりくらりと俺に責任を押し付けるつもりなんだろうな。

 このゴミが。ゴミは黙ってろ。

 こんな奴と口論しても労力の無駄でしかない。俺の品位が下がる。だから、平穏に場を収めるため、努めて普通に「そうだな」とだけ呟いた。



「でも、何が原因なんです? やっぱり日曜だからですか? それとも事故でもあったとか?」

「それなんだけどさ、君たち、つい昨日、日本で重大なことがあったのは知ってる?」



 運転手が、助手席の俺と後部座席の三人を順番に窺う。

「はい」と答えたのは俺だけだった。後ろの三人のうち二人は「え、何かあったっけ?」というように顔を見合わせていたが、可燃ゴミは、返事はおろか視線すら向けない。



「衆議院が解散になりましたよね」

「そう」

「とすると、この渋滞は、次に行われる衆議院選に出馬する立候補者が街頭演説をしている影響、ってことですか?」

「おしい。方向性はあってるけど、中身が微妙に違うかな」

「中身? どういうことです?」

「よく考えてごらんよ。昨日の今日ってことは、まだ投票日も立候補者も何も公示されていないじゃない」

「なるほど。たしか衆議院選は、任期満了だと任期終了日の前三十日以内で、解散だと解散の日から四十日以内に選挙が行われるんでしたっけ」

「へえ、よく知ってるね。そう、君の言う通り。で、どんな選挙でもたいがいは期日ギリギリの日曜が選挙日になる。だから、それから逆算して公示日が決まるってわけ。ちなみに、衆議院選の公示日は選挙日の十二日前までね」

「……となると、この渋滞は、衆議院選とは関係ない?」

「まあ、直接的にはね」

「直接的?」

「そもそもこの街では市議市長選が来週行われることになってたんだよ。それで、君たちにとっては不運なことに、その公示日が今日だったんだ。ってことで、出馬する人たちがこぞって汗水たらしながら選挙カーを走らせたり街頭演説したりしてるってわけ。そこに昨日の一件だ」

「そういうことか。本来なら同じ政党の出馬者の応援演説で顔を見せにやってくるだけのところだったのが、昨日の一件で自分たちも出馬する側になったーーってことですね」

「そう。だから関係しているどの政党も、応援にかこつけてその実、この機に乗じて自分の名前と顔を売りに来てる。たっぷりと時間をかけてね」

「言われてみれば、日中に何度かそれらしい車を見た気がします。でも、この街の市議市長選というのは、ここまで渋滞になるものなのでしょうか? 覚えている限り、俺たちの地元ではこんなことにまでなるようなことはなかったような……。それとも、この街の方々はみな市政への関心が一段と強いということでしょうか?」



 そこで前の車が動き出した。老齢の運転手は正面を見据えてゆっくりと追従する。



「関心ねぇ。うーん、あるといえばあるだろうし、ないといえばないだろうね」

「どういうことです?」

「選挙自体への関心はそこまで高くないと思うよ。ただ、市長に出馬しているうちの一人が、女優顔負けってくらいの豪い美人でね。そのうえ、三十代後半だって話だけど、どう見ても二十代にしか見えないんだよね、これが。みんなの興味はそこにあるんじゃないかな」



 美人の女……か。



「どうしてそんな人が市長選に? 市議市長選はそれぞれ独立しているし、比例代表でもないはず。どこかの政党からの人気取りってわけでもないでしょうに。第一、そんなことでその人が市長になってしまったら、困るのはこの街の方々じゃないですか」

「それがそうでもないんだよ。その人はね、すでに三期分ーーつまり十二年間、市議だったっていう実績があるから」

「……市議だったんですか」

「そう。それも、かなりやり手のね。美人だってことに加えて実力も申し分ない。そして……なんていうか、そういう外見的なものとは別に、人を惹きつけるオーラみたいなものがあるんだよね。だから人望も厚い。そんな人がついに市長選に出ようっていうんだから、この街では一大事なのさ」

「でも、仮にも市長になろうとしている人が原因で交通渋滞が引き起こされているなんて、本末転倒もいいところですよ。この街の人もどうかしてる」

「ハハハ。耳が痛いね。でもまあ選挙期間中だけのことだし、それに君も男なら一度その目で見てみればわかると思うよ。女だって参っちゃうくらうだから」



 その言いぶりからして、老齢の運転手はその立候補者の顔を知っているのだろう。

 もっとも、その人がどれほど美人だろうが、その人が当選しようが落選しようが、女性恐怖症であるうえにこの街の住人でもない俺にとっては毛ほども関係のない話だ。そして今重要なのは、早く宿に着くことなのだ。



 そこで無線が入る。

 どうやら、駅前での街頭演説が終了したらしい。音量のせいで、俺たちにまで内容が筒抜けだった。



「聞こえたかい? これでいくらか流れだすかもしれないね」



 その見立てはおおむね当たっていたようで、それからしばらくのあいだは緩急を繰り返したものの、やがて渋滞は解消された。結果、宿についたのは予定時間よりもニ十分とちょっと遅れたぐらいだった。

 後部座席の三人をさっさと降ろし、会計を済ませる。



「いろいろと教えていただいてありがとうございました。勉強になりました」

「そういう君こそ本当に高校生? その年であそこまで選挙の話ができる人なんてそうはいないよ?」



 老齢な運転手の快活な笑い声を背に受けながら降車する。



「もしかして君も、そのうち出馬したりしちゃうんじゃないの?」

「まさか。俺は医者を目指していますから、そういうことにはなりませんよ」

「なるほど、医者ね。聡明そうだし、きっとなれるだろうね。それじゃあ。いろいろと楽しかったよ」



 そうして助手席の扉が閉まる。運転席からガラス越しに軽く手を振っていたのが見えた。

 なんとなくお辞儀をし、タクシーが去っていくのを見送った。

 あの人は本当はもう少し話したそうな雰囲気だったが、俺たちが急いでいたことを覚えていたのだろう、適度な段階で会話を終わらせてくれたような気がした。



 意外なことに、俺としてもあの人と選挙の話をしていた時間は楽しいと感じていた。さっき言ったようにいろいろと勉強にもなったし、今日一日、二人のオタクと可燃ゴミのせいでまともな会話をすることもできなかったから、それが反動になったのでは、という可能性も否めないが。



 小走りで宿の玄関口を入ると、ロビーの横には生徒の到着を確認する役割の教師が男女それぞれ一人ずついた。三十代後半の中堅と言える、体躯を担当している男性教師と、去年から教師となった新米の、英語を担当している女性教師だ。先に降りた三人と一緒になって輪を作っている。その輪に加わり、俺の班が到着した旨伝えた。

 まずは俺がクラス名と班名を名乗り、到着を報告した。そして支給されていた携帯電話を男性教師に手渡し、それから女性教師が班長と班員を点呼し、左腕に抱えたリストにチェックを入れていく。



「よし。それじゃあ、時間がないからさっさと部屋に荷物を置いて食堂に行け。夕食はもう始まってる」



 それだけだった。約三十分も遅刻したというのに、これといって咎められることもない。

 それだけですか? と遅れた俺の方から聞くこともできず、腑に落ちないながらも言われた通り自分たちの部屋に向かおうとする。そこに、いそいそとした集団の声が聞こえた。

 見ると、どこかの班だった。雰囲気からして、俺たちのように遅刻したに違いない。



 そこで合点がいった。なるほど、遅刻しているのは何も俺たちの班だけじゃないってことだ。

 この宿は最寄りの駅からも離れているため、大半がバスやタクシーを利用しての到着となる。だがそこに、不運にも、市長選のための街頭演説が行われていた。

 道路は大渋滞。こうなると、時間のギリギリに到着を予定していた班はどこもその影響の直撃を受ける。

 教師陣も、まさかこの日に限って市長選が行われるだなんて露ほども思っていなかったのだろう。だから、遅刻したところで怒るに怒れないでいるのだ。

 事態に理解が追い付いたところで、部屋に向かった。



 二日目の宿は、地上六階建の家屋となっているが、そのうちの三階を男子が、五階を女子がそれぞれ占領するように班ごとに部屋を割り振られている。男女を一階分引き離しているのは、不謹慎な行動を牽制する意味合いだろう。もちろんその間の四階は教師陣の部屋となっている。上も下も監視できる手筈だ。

 とはいえ、階段や設置されているエレベーターは共用であるため、その気になれば簡単に往来できてしまう。現に今も、上に行くため到着を待っていたエレベーターからは女子の集団が出てきた。食堂に向かっていくようだ。



 そのまま三階までエレベーターを利用し、俺たちの割り当てられた部屋に向かう。

 昨日の宿はいかにも旅館といった風情のある内装で部屋も畳敷きだったが、今日の宿はどちらかというと洋風な造りをしている。ともすれば、人数分のベッドが予め用意されているタイプの部屋だった。



 急ぐ必要があるため、どれが誰のベッドかをさっさと決めて、荷物を部屋の端に置いて足早に去ろうと提案した。

 俺と他の二人はそうしてくれたのだが、一方で、例の可燃ゴミがおもむろに「はぁー疲れた」と言ってベッドに飛び込んでいた。



「おい何やってるんだよ。早く食堂に行くぞ」

「いいじゃんいいじゃん。少しくらい休もうぜ」



 ここにきてまたーーまだ自分勝手な行動を繰り返すつもりか。

 協調性がないと自負している俺ですらも、こいつの言動には目にあまる。



「どうする、君島くん。ああ言ってるけど」

「置いて行こう。あの調子だと、どうせ何を言っても上の空だ」

「いいの?」

「俺が責任を持つ。二人は気にするな」

「そう、君島くんがそう言うなら」



 いわゆるオタクという人種は、自分の興味があるもの以外には積極的にはならないのが特徴だと聞いたことがあるが、それが本当なら、まさにこの二人は典型的だろう。こういう場面では俺に意見を訪ねてもくるし、素直に俺の指示にも従う。

 別に俺を尊重しているわけではないのだろうが、それはどうでもいい。面倒ごとさえ起こさなければ。



 そんなこんなで、可燃ゴミを残し、三人で食堂に向かうことにした。

 エレベーターの中では、特にこれといって話すこともないので終始無言のままだった。でもそれも、三階から一階までならものの数秒のこと。すぐに一階に到着し、ドアが開く。



 視線の先には、例の受付の教師二人と女子が四人、輪になって話し込んでいた。手荷物を持っているあたり、どうやらたった今到着した班のようだ。

 到着確認をしているようだが、女子たちの談話が漏れ聞こえてくる。



「うぅ……本当にみんな、ごめんね。私のせいで」



 すでに懐かしく感じているその声に、条件反射で足が止まった。その場でちらと集団に目を向ける。案の定、鈴鹿が班長である班だった。



「ま、まあまあ。確かに? 班長が原因で二日連続で集合時間に遅刻することになるなんて考えてもみなかったけどさ? ねえ?」

「そ、そうだね。でも、こういうことがあった方が旅行の記憶も頭に残りやすいって言うじゃない? ね、ねえ?」

「う、うん。そうそう、そうだよ。だからそんなに気に病むことないって」

「……うん」

「それにしても、洸ってそんなにお寺とか好きだったっけ?」

「え? なんで?」

「だって、どのお寺でも、あんなに一生懸命参拝しているのは洸だけだったから」

「ああ、そういえば、昨日の伊勢神社でもそうだったよね? 一体何のお願いごとをしてたの?」

「えっと……それは、その」

「もしかして恋愛成就だったりして」

「そそそ、そうわけじゃーー」

「あ。そういえばあたし、昨日洸が伊勢神社でお守り買ってるの見た」

「あ、あれは、その」

「ってことはひょっとしてひょっとすると、自分の恋愛成就のために遅刻したってこと? どうなのよ洸? このこの」



 集団のうちの一人が、目をすぼめて半笑いになり、肘で鈴鹿の背中を突つく。当の鈴鹿は顔を真っ赤にさせながら、「昨日買ったのは、恋愛成就じゃなくて、学業成就のお守りだよ」と呟いた。

 それを盗み聞きしていた俺は、困惑した。



 どういうことだ? 学業成就? だってお前、もうすぐ高校を辞めるんじゃないか。

 もちろん大学受験だってしない。そのお前がどうして今になってそんなものを?



 そこに、「遅刻しておいて何油売ってるんだお前ら! さっさと荷物を置いて食堂に行けって言っただろう! このぶんだと夕飯抜きだぞ!」と男性教師の喝が響く。



 鈴鹿の班は蜘蛛の子を散らす勢いでエレベーターに向かってきた。我に返った俺も、鈴鹿と顔を合わせないよう、そそくさと食堂を目指した。



 食堂の扉は解放されていて、中はすでに到着していた生徒でごった返していた。

 俺たちのように遅刻した奴がいるとはいえ、そもそもの集合時間が約三十分も前だったこともあって、用意されている席はほぼ埋まっている。

 全員が食事の最中である。なかには食べ終わって談笑している奴らもいる。

 見た限り、一応クラスごとにまとまっているようなので、俺のクラスが密集している一団を見つけ、そのなかから適当に空いている席に座った。



 夕飯は、またしても完食できそうにないものだった。

 おかずの大半が、大量に仕入れて安く買い取ったものを陳列させているようにしか見えない。このぶんだとまた、朝みたいにせいぜい野菜をつまむ程度だろう。

 空腹も限界に近い。ただ、明日の夕方にはこれが終わると思えばなんとか我慢できる。

 いただきます、と合掌してから箸で野菜をつつく。ものの三口で夕食が終わった。



 余った食材を周りの奴らに分配している最中に、さっきの鈴鹿達四人がいそいそと、そして寝たはずの可燃ゴミがのろのろと食堂に現れる。

 いやに不機嫌そうな顔をしている。寝起きか、それとも誰かに説教されたのか。まあどうでもいいか。いくら班員とはいえ、俺のおよび知るところではない。



 続けざま、受付にいた教師二人も姿を見せた。ということは、これで全員が揃ったということだろう。それを決定づけるように、開いていた食堂の扉を二人の教師が左右に分かれてそのまま閉じる。

 それから一拍おいて、『あー、あー、マイクテスト、マイクテスト』という、拡声器を使っているにしてもやや大きめの声が食堂に響き渡った。しかも、マイクを握っているのは校長のようだ。それも加味されて、生徒の意識が食事や談笑から完全に逸れてまとまる。



 そこで思い出した。そういえば今日これから、『肝試し』が行われるということを。

 ということは……ここでついにその全貌が生徒に明かされるということだろうか。



 校長は一番目立つ位置に立っていて、『えー、どうぞ食事を続けながらで構いませんので、そのまま聞いてください』と口にするが、一度静まり返ったこの状況、再び食事や談笑を再開できるほどの図太い神経の奴はさすがにいなかったようだ。みなピクリとも動こうとしない。



『修学旅行もいよいよ明日で最後です。ということは、修学旅行中の夜は今日で最後ということになりますな。明後日からは普段どおりの生活に戻り、勉学に勤しむ毎日が待っています』



 ここで、そこかしこから溜息が漏れ聞こえた。

 ……え、別に校長は何も変なこと言っていないはずだが?



『しかしながら、諸君らは高校三年生。成人までもうあと一歩です。やりたいこともたくさんあることだろう。恋愛だってしたいだろう。そんななかでで大学受験に向けて勉強をするというのは、相当なストレスが生じることだろうと、少なくとも私は思うわけです。事実、私が君たちと同じ高校生のときは、それはもう苦痛で苦痛で仕方がなかったということを今でもはっきりと覚えております』



 真実なのか捏造なのかわからないが、校長がもっとも校長という役職にふさわしくない言葉を平気で口にした。おいおい大丈夫か。今のご時世、何が元で辞職に追いやられるかわからないっていうのに。

 けれど俺の胸中とは裏腹に、校長の穏やかでない一言に「そうだそうだ!」と賛同する声がそこかしこからあがる。

 それが嬉しかったのか、校長が無言で一笑した。



『そこで私は校長として、諸君らのストレスを少しでも和らげることができないものか、とそう考えました。それが発端となって先生方と協議に協議を重ねた結果、催しを一つ、この修学旅行で行う運びとなりました。そしてそれをこれから行います』



 何も知らないでいる生徒たちから、泡のように弾けたざわめきが起こる。

 校長は話を続けなければ、注意もしない。ただざわめきが収まるのを待っている。それに気づいたのか、徐々に熱が引いて再び場が静まり返っていく。



『えー、本来のスケジュールであれば、これからあるお寺に向ってありがたいお話を聞くこととなっておりましたし、諸君にもそう説明をしていたところではありますが、中止とさせていただきます。もとより、諸君らにとってそれはーーそれこそ苦痛でしかないでしょうからな』



 ここで校長は苦笑いを交え、自身の腕時計を確認した。



『今がだいたい十八時十分ですか。では生徒諸君、ここで一度解散とさせていただきます。

 もちろん、つい先ほど到着した人は食事を続けて結構です。ただ、これから催しを行うにあたって移動時間がありますので、みなさん、遅くとも一八時半までには宿の外に集合してください。

 これから何を行うのかなどの一切の説明は、現地で行います。

 なお、その時点で遅刻した者は、申し訳ないのですが置いて行くこととなってしまいますので、くれぐれも遅れることのないようにお願いします。以上。では解散』



 こうして、校長の意味深かつ中途半端な説明は幕を閉じた。

 まだ時間にいくらか余裕があるせいか、だいたいの生教はその場に残り、周囲の者同士でこれから何が起こるのかを楽しそうに推理し合っている。

 何が起こるのか予め知っていた俺はというと、ため息を一つして、自分の部屋に戻ることにした。



 ……やれやれ。本当に肝試しなんて子供みたいなことをやるのかよ。

 一応、まだ校長の口からは『肝試し』という単語は告げられていない。ということは、もしかしたら違う可能性もある。もしかしたらだけど。

 いずれにせよ、さっさと終わらせたい。そして面倒なことにだけはならないでほしい。そう切に願う。



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