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百色眼鏡  作者: 八木うさぎ
第2章 干渉色
11/15

修学旅行④



 いつの間にか、月が昇っていた。

 だが、夥しい雲が、時折その光を遮っている。

 


 小学校に向かう側の列と二手に分かれ、それぞれの会場を目指して歩くこと、数分。

 集団で、おのおの駄弁りながらとぼとぼと歩いての移動だったが、それでも宿から見える位置にあるくらいの近距離だったこともあって、校門までそうたいして時間はかからなかった。



 四階建の校舎は、ついこのあいだの三月に廃校になったばかりというだけあって、外観は全くと言っていいほど廃れてはいなかった。それにどう見ても、至って普通の、どこにでもありそうな様相だ。いわく付きの校舎とは到底思えない。



 校門から進み、そのまま反時計回りに校舎を迂回する。

 校庭に出くわしたが、校舎と同様、これといって特異な点は何もない。

 ただそれとは別に、校庭の中央あたりに、普通ならば決してそこにはないような妙な物があった。それが俺たちの目を惹く。

 多くの丸太が段々に重ねられていて、間の抜けた、上に伸びた四角い筒のようになっているのだ。

 今はただそれだけだが、誰の目にも明らかなことだろう。これはキャンプファイヤーの下準備だ、と。

 


 列の先頭の動きが止まったらしい。足を止めるのが前方から連鎖してきた。

 たちまち、ここまで列を先導してきた教師が駆け抜ける勢いで大急ぎでペアの点呼を取っていき、108番までの確認を終えると再び駆け足で先頭に戻っていく。

 それから間もなくして、スピーチが入った。



「みなさん、静粛に願います」



 それは、校長の声ではなかった。

 それどころか、他の教師のものでもない。初めて聞く声だ。

 どうしてか、「静粛に」という指示があったのにもかかわらず、今までよりもざわつきが高まっている。主に列の前方で。



「みなさん、静粛に願います」



 たまらず、もう一度同じ声が呼びかける。

 女のものであることは疑いようのない声色だった。そのうえとても透き通っていて、心地がいい。

 俺はそうは思わないが、人によっては、艶めかしいと感じる部類ですらあるだろう。

 ……いやそれでも、この俺が、女の声に心地いいだなんていう感想を抱いていること自体がまず不思議だけども。 



 謎の女性からの一言一句違わぬ指示に、今度こそ全体が静まり返っていく。



「ありがとうございます。それではみなさん、そのままその場にお座りください」



 今度こそ指示に従い、男女共にその場に座り込んでいく。そのおかげで、列の先がさっきよりも見やすくなった。



 思った通り、列の最前列のその先には、見慣れない女が一人いた。

 ベージュ色のレディーススーツを纏い、両手を前で組んで、俺たちに向いている。

 それだけだとどこにでもいそうな感じだが、なんというか……別に煌びやかな衣類でもなく、ただ慎ましく微笑んでいるだけなのに、ただならぬ求心力を持ち合わせているようで、生徒の視線という視線が彼女に釘付けになっている。主に男子生徒の。



 歳は三十代前半……いや、二十代後半くらいだろうか。それでも、その倍近くの年齢であろう校長からは感じられないような、なんとも形容しがたいオーラが滲み出ているように思える。求心力と相まって余計にただ者ではないと感じる。 



 消去法で考えれば、この肝試しに協力しているとかいう酔狂な輩の一人なのだろうが……それにしても一体誰なんだ? 



「初めまして、みなさん。私は相馬(そうま)と申しまして、この街の者でございます。

 縁あって、みなさんがこれから行われるという肝試しをお手伝いさせていただく運びとなりました。

 つきましては、この中学校で行われる肝試しの司会進行といいますか、進捗管理を、門脇(かどわき)校長に代わりましてこの私、相馬が務めさせていただきますので、ご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします」 



 言い終えて、相馬と名乗る女性はその場で深々とお辞儀をした。



 見ず知らずの女性の突然の登場に、かすかなどよめきが上がる。

 女性の名前も、女性が校長の代理となることも本人の口から語られはしたが、それでもーーそもそもこの人が校長以外の他の教師たちを差し置いて登場したことに理解が追い付かないというか。大半が頭の上に疑問符を浮かべているような表情をしている。俺もその一人だった。



 相馬、相馬……なんかどこかで聞いたような。

 ああ、もどかしい。



「あの人はね、この街の市議会議員さんなんだって」



 そこに、ペアが決まってから今の今まで一切会話をしてこなかった鈴鹿が、そっと耳打ちをしてきた。この様子からして、この件についても学級委員という立場から事前に知り得ていたのだろう、きっと。



 ……それにしても、市議会議員だって?

 そうと言われてみればなるほど、そんなふうに見えなくもない。俺が感じたオーラようなものの正体は、市議会議員という特殊な生業だからこそ発せられるような独特のものなのかもしれない。



 ……待てよ?

 もしかしたら、あのタクシーのおじさんが言っていた、市長選に立候補する市議とかいうのは、この人のことかもしれない。

 聞き覚えがあるような気がしたのも、きっとタクシーがなかなか進まないでいたときの頃だろう。

 あのときは街頭演説の最中だったわけだし、知らず知らずのうちに「相馬」という単語が耳の奥に入り込んできていたに違いない。

 俺にはあまりピンとこないが、さっきから特に男子どもが相馬市議に見入っているし。美人なのだろう、きっと。



 容姿端麗、そして頭脳明晰ーーかどうかはわからないが、ただならぬ雰囲気を纏い、なにより貫禄がある。なるほど、確かにこの街の住民を唸らせ活気だたせるだけの資質はありそうだな。



 で、だ。

 そもそもなんで、そんな人がここにいるんだ?

 一周回って疑問が浮かぶ。そこに、俺の心中を読み切ったかのように、再び鈴鹿が耳打ちしてきた。



「なんでもね、相馬さんはここの卒業生らしいの。だからここに凄い思い入れがあるみたい。それで、私たちの話を知って、いろいろと協力してくれたんだって。

 この小中学校だって、貸してもらうのに校長先生が役所に交渉しても全然相手にもされなかったみたいだけど、相馬さんがでてきたら話がトントン拍子で進んであっという間にオッケーが出たって、校長先生が笑いながら言ってたよ」

「それは凄いな。でもあの人、今は市長選に出馬して大忙しなんじゃないのか? それなのにいいのか、こんなところで油を売ってて」

「うーん……詳しくはわからないけど、相馬さん本人から『ぜひ協力させてくれ』って言ってきたとかって聞いたけど」

「へえ。世の中には不思議な人もいるもんだな。献身的っていうか、愛他的っていうか」

「それだけこの学校に愛着があったんじゃないかな、きっと」

「愛着ね。というよりかは、たんに選挙の息抜きのつもりな気もするけどな」

「そうかな? 息抜きでこんな面倒なことはしないと思うけど……でもどっちでもいいんじゃない。相馬さんのお陰で、げんにこうして肝試しができるわけだし」



 ということは、換言すれば、この相馬市議の()()で肝試しが執り行われるはめになったってことか。まったく、俺にとっては有難迷惑なことだ。

 わざわざこんなことのために権力を振りかざすなんて、そして、多忙にも関わらずこんな道楽に付き合うだなんて、俺には欠片も共感できないーーって、そういう俺も、ついこのあいだまでは鈴鹿の面倒を見てたんだった。人のことは言えないな。



「ところでお前、市議会議員って普通に言ってたけど、それがなんだか、ちゃんとわかっているんだよな?」

「う」



 鈴鹿は取り繕うように苦笑いを浮かべる。



「え、えっと、多分……偉い人だよね?」

「お前ーーまあいいか。別に今は知らなくても問題ないだろう。どうせこんなことはーー」



 おっと。

 何を言おうとしてるんだ俺は。

 ついいつもの勢いで『こんなことは試験にはでないだろうから』とかなんとか言いそうになっていた。

 直前で気づいて本当によかった。危うく地雷を踏むところだったぞ。

 


 ……いや、待て。ちょっと待て。その前にだ。

 なんか今、普通に鈴鹿と会話をしていなかったか?

 


 鈴鹿がそんな調子で話しかけてきたから、ついつい俺もいつものように受け答えしてしまっていたけども。

 水曜の夜にあんなにも歯切れの悪い会話をして、それきりこの数日間は一言も交わしていなかったんだぞ? 

 それにさっきだって、ペアが決まったときに随分と縮こまっていたじゃないか。

 それなのに……なんだこれ? どうなっているんだ?



 こんなふうに妙な気分になっているのは、はたして俺だけなのか?

 こいつは何とも思っていないのか?

 ただ、こうしてげんに会話をしてしまった手前、また距離を置いて余所余所しくなるのもなんだか変な気がするし……まあいいか。普通に話せるのであれば、それにこしたことはない。

 これならタイミングを見計らって、あの日の暴言について謝ることもできそうだ。そういう意味では、やっぱりペアの相手が鈴鹿でよかったのかもしれない。



 って、違うだろ俺。そんなことよりも。

 そもそも大勢のなかで鈴鹿とこんなふうに普通に話していること自体が、それはそれでまずいのでは?

 今まで俺たちは、さんざん周囲の目を気にしてきたんだぞ? だから鈴鹿の家や俺の家で勉強をしてきたんだ。

 それがなんだ? 今ここで特段の余所余所しさもなく普通に話していたら、誰の目にもおかしく映るだろうに。そもそも俺たち、クラスだって去年だけ一緒で今は別々なんだぞ?



 気になって、そっと周囲を窺ってみた。

 案の定、後ろのペアの視線の焦点が、相馬市議ではなく俺たちに向いていた。

 それだけ確認して、それとなく正面に向きなおる。



 やっぱり杞憂ではなかったか……。

 今になって思うに、鈴鹿が耳打ちなんてしてきたのが致命的とも言える。

 耳打ちって普通は親密な奴同士でしかしないもののはず。親密でなければ、耳打ちのポーズをしても相手が耳を近づけてこないとかって本で読んだことがあるし。

 俺だって、記憶にある限り、学校の誰からも耳打ちをされそうになっても自分から耳を近づけたことはなかったと思う。

 


 なんて浅はか。なんて軽率。なんて不用心。

 ……でもまあ、この件についてはもう、この際どうでもいいか。

 今までは細心の注意を払っていたが、どうせ鈴鹿はもうすぐ退学するんだ。

 だからもう、この学校の連中にどんな目で見られようとも関係ないわけだ。

 俺は俺で好奇の目で見られるだろうが、そんなものはある意味慣れているしな。



 反省しているところに、「ねえねえ。紙が来たよ」と、鈴鹿が上着を軽く引っ張ってくる。

 どうやら前列から、さきほど校長が言っていた、校舎の見取り図が描かれているという例の用紙が回ってきたらしい。



 それはいいんだが……どうして服を引っ張る?

 そんなことされて、万が一にも接触しようものなら、俺がどうなってしまうかなんていうことは言うまでもなくこいつは知ってるはずなのに。



 まさかとは思うが、知っていてやってるのか? 意図的に?

 もしかして、あの日酷いことを言った俺に対する、一種の嫌がらせかなにかなのか?

 本当、さっきから、こいつが何を考えているのか全然わからない。もはやお手上げ状態だ。



 はい、と手渡される用紙を片手で受け取りつつ、今一度、鈴鹿の表情を観察してみる。



「どうしたの?」

「いや、なんでもない」 



 見た限り、悪意も敵意も、そしてあのときのような失意すらも感じない。俺のよく知る、能天気そうな鈴鹿のままだ。

 ただ、それが仮面かどうかまではどうにも判別できなかった。



 半年ものあいだ散々見てきた顔なのに、なんならーーじいちゃんとばあちゃんを除いて、一番時間を共有してきた存在だったのに。なのに、わからない。

 こういうときのために常日頃から蛆虫どもを相手に人間関係を勉強していたはずでは?

 てんで体得できていないじゃないか。本当、処世術が聞いて呆れる。



 ……ダメだ。とりあえずこの件はひとまず棚上げにしよう。今は肝試しの内容を確認するべきだ。

 深呼吸をして心を落ち着かせ、用紙に集中する。



 A4の用紙は横長の形式となっていて、上段にはでかでかと『経津真(ふつま)中学校 七不思議』という表記があった。その下には中学校の校舎の全体像が斜めの視点から見下ろしたように三次元的に描かれていた。



 各階層にある無数の部屋にも、小さくはあるが、それぞれの名称がきちんと掲載されている。きっと市役所かどこかに保管されていた図面の写しなのだろう。

 それを土台に、誰がやったのか知らないが、今回の肝試し専用のものへといくらか手が加えられていた。



 まず、さっき校長が話していたように、肝試しの巡回ルートとして事細かに矢印が加えられている。

 同時に、回収すべきビー玉があるという七つのチェックポイントの場所には、それとわかりやすいように吹き出しマークが加えられていた。



 というわけで、この図面には七つの吹き出しマークがあるのだが……なんだろう、これは。

 吹き出しに、どうにも無視できない文言が、おどろおどろした字体で添えられている。

 それぞれを巡回ルート順に列挙すると、以下の通りだ。



 1、いつも膨らんでいる、保健室のベッド

 2、無人の音楽室で鳴り響く、戦慄のメロディ

 3、理科室に潜む、命を宿した人体模型

 4、校長室に並んだ、動く歴代校長の写真

 5、毒々しい香りが立ち込める給食室

 6、子供の亡霊が徘徊する職員室

 7、振り向いてはいけない昇降口



 ……おいおい。

 冗談だろ。なんだよこれ。

 なんだよこの、いかにもこの肝試しのために即興で作ったかのような、安っぽい七不思議は。

 人体模型とか、音楽室のピアノがひとりでに旋律を奏でるとか、そういうのは一種の定型であってありふれたものだから腑に落ちなくもないが、最後の二つはなんだ?

 なんで職員室に子供の亡霊が出るんだよ。それになんだよ、『振り向いては行かない昇降口』って。それだけ他の六つとは違ってあまりにも抽象的、あまりにも漠然としてるじゃないか。そのせいで不気味度も希薄だ。



 俺のなかで、校長が語っていた話の真実味が一気に暴落した。



「な、なあ鈴鹿。お前はさ、この七不思議についても事前に知っていたのか?」

「ううん。知っていたのはあくまで『肝試しをする』ってことと『相馬さんをはじめとする地元の人が協力してくれる』ってことだけ。だから初耳だけど」



 それもそうか。いくら学級委員に手伝わせていたとはいえ、それと全貌を教えることはまた別だ。

 あくまで学級委員は生徒なのだし、教えてしまったら、他の生徒と違って楽しめるものも楽しめなくなってしまう。さすがにそのあたりの配慮はあったのだろう。



 それはともかく……全体的にいって、この肝試しは、本当に肝試しとして成立するのだろうか? いささか心配にすら感じてくる。



「すべてのペアに見取り図が行き渡りましたでしょうか? それでは、先ほど門脇校長からもお話があったようですが、今一度、これから始まる肝試しについてのご説明をいたします。

 内容については多少の重複があるとは思いますが、どうぞ清聴ください」



 再び相馬市議が口を開く。



「まず、お手元の見取り図をご覧ください。この見取り図ですが、会場が二つに分かれている関係上、小学校組と中学校組とで内容が異なります。

 みなさん、それぞれの手元にあるのがこの経津真中学校のものであることを十分に確認してください。誤って小学校の見取り図が手元にあるという方は、どうぞ挙手をお願いします」



 みなの視線が混線する。が、手を上げるものは誰もいなかった。



「大丈夫のようですね。では続けます。

 今回行う肝試しは、校舎内を巡回し、七つのチェックポイントにあるそれぞれのビー玉を回収することが目的となっていますが、手あたり次第、自由に校舎内を徘徊できるわけではありません。

 どうか、見取り図に描かれている矢印の通りに進んでください」



 そこで、「七つすべて集めると、龍が出てきて願いごとを聞いてくれたりするんですかー?」と、悪ふざけの延長のような、野次のような質問が飛び出した。

 少なからず生徒たちは失笑している。だが意外なことに、相馬議員も一緒になって微笑んでいた。



「どうですかね。なにぶん、ただのビー玉なので、さすがに龍は出てこないと思いますが……でも、叶うといいですね、あなたの願いが」

「え?」

「あるのでしょう? 叶えたい願いが。それが叶うように、私も願っています」

「あ、は、はい……ありがとう、ございます」



 質問をした奴が、たどたどしく返事をする。なんだか恥じらい恐縮している様子だ。



 まあ、気持ちもわからなくもない。

 普通であれば聞き流してもいいようなものだし、なんなら普通の大人なら取り合わないことだろう。

 だが相馬議員は、このしょうもない話に付き合い、正面から受け答えをした。臨機応変に目線を下げてくれたのだ。

 たったそれだけのことでしかないが、質問をした奴にもそれが、その心遣いがなんとなくわかったのだろう。同時に、こんなときに茶化すようなことを口にしてしまった自分の愚かさにも気づいたのかもしれない。



 それがきっかけで、説明に戻ったわけだが、なんだか今の場面の前と後とで、不思議と相馬議員と生徒たちとの距離感がそれまでよりも一気に縮まったような、より和やかな雰囲気になっていた。

 これもまた、処世術の一種だろう。ただし俺と相馬議員とでは質がまるで違う。

 さすがは議員といったところか。あのタクシーのおじさんが唸るのも頷ける。



 相馬議員の手腕に舌を巻いた俺は、この瞬間から、そういった視点で場を俯瞰することにした。



「ーーです。そして矢印をたどり、最後のチェックポイントとなります昇降口をご覧ください。

 昇降口で無事に最後のビー玉を回収し、七つすべて揃えたら、そのまま屋外に出てください。そこがこの肝試しのゴールとなります。

 ゴールの傍には担当の職員が配置していますので、そこで自分たちのペアの番号を言い、回収した七つのビー玉を職員に手渡してください。それで肝試しは終了となります。

 終了となり次第、自由解散となりますので、皆さんが泊まるホテルの自室に戻られて結構です。

 また、ホテルはここから目と鼻の距離ですが、くれぐれも別の場所に出向くことのないようにと門脇校長がおっしゃっていましたので、みなさん、そのようなことのないようにお願いいたします」



 そこで、最後尾の女子が挙手した。



「すみません。私は108番で最後なんですけど、自分の順番がくるまで、どこで何をしていればいいんのでしょうか? なんか、三時間近くも待つことになるような気がするんですけど」

「それなのですが……このまま、自分の順番が訪れるまで、待機してもらうしかない、と聞いております」

「ええっ!?」



 質問した女子に限らず、比較的番号が遅いペアの方から驚愕の声があがる。

 声こそ出さなかったが、俺は俺で驚いていた。

 今の話だと、一旦部屋に戻るなんてこともできそうにないということだ。



「もっとも、このように列を組んだまま、ということではありません。みなさんもすでにお気づきとは思いますが、あちらをご覧ください」



 相馬議員が腕を伸ばし、みなの視線が揃って丸太の筒に向いた。



「あちらにキャンプファイヤーの準備がありますよね? 地元の消防署の協力のもと、キャンプファイヤーを用意してあります。そこにはいくらかのお菓子やジュースも用意してありますので、順番を待つ者同士、和気あいあいと談笑して時間を過ごしていただければ、と考えております。

 もちろん、肝試しを終えられた方も、自室に戻らずに、そこで時間いっぱいまで過ごしていただいて結構です。でも、そのときは、まだ肝試しを終えてない方達へのネタばらしはダメですよ?」



 相馬議員が口元に人差し指を立て、あどけない顔で笑った。

 そこで、後ろの方から「か、かわいい……」という野太い独白が聞こえてきたような気がした。



「なお、トイレを利用する際は、あちらに見えます体育館のものをご利用ください」



 伸ばされた腕に導かれて見ると、まだ火のついていないキャンプファイヤーのその向こう側に体育館があった。どうやら外から直接そのまま入れるらしい。照明器具のお陰でここからでもすぐにそことわかる。



「他に質問はございませんか?

 ……なさそうですね。では最後にもう一つ、注意事項があります。

 みなさんもご承知の通り、これはあくまで学校行事の一環です。ですから、肝試しにかこつけて、もしも学生にあるまじき行為をした者がいた場合には、掃除当番などの罰則では済まされない、それなりの厳格な処罰が待っているとのことですので、くれぐれもそのような事態にならないよう、どうか自らを律してください」



 相馬議員は、心から訴えかけるように、深々とお辞儀した。

 今までわりと和やかな表情を続けていただけに、それが少し斬新に映った。他の連中もそう感じたのか、誰も何も口にしない。



「では、定刻まで残すところあと2分強となりました。最初に校舎に入るペアの方々とその次のペアの方々は、入り口の前で待機をお願いいたします。

 それ以外の方々は、自分の順番が来るまで自由にしていてください。ただし、校庭からは姿を消さないように。

 以上で説明は終わらせていただきます。ご清聴、ありがとうございました」

 


 相馬議員がもう一度、お辞儀する。それを皮切りに、視界の隅にあったキャンプファイヤーに火が灯った。たちまち炎が躍るように立ち昇る。その勢いに臆したかのように、月は完全に雲に隠れてしまっていた。



 誰もが緩慢に立ち上がり、各々好きなように散らばっていく。

 とはいえ、大半は夜の蛍光灯に群がる害虫のようにキャンプファイヤーへと群がって行ったーーと、こんな形容をしておいてなんだが、俺も鈴鹿も例に漏れずだ。他にすることもない以上、そうするしかないというのが本音である。

 


 そうこうしているうちに、約束の十九時を迎えたらしい。

 ここいらにいる誰もが、55番のペアが校舎内に入るその瞬間を、遠目に観察していた。

 ついに肝試しが始まったのだ。

次回でようやく君島と鈴鹿の番になり、肝試しがスタートするーーと思いきや、もう一話だけあいだに肝試しとは関係のない内容を挟みます。

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