2 ファミリアを呼び出したい
幽玄麗らかな月が夜天に輝く日にファミリアを呼ぶ儀式を行う。満月の日は魔力が最も高まると言われているからだ。
ささやかな様だが月の満ち欠けの与える影響は馬鹿にできるものではない。最も引力が高まる満月において体内の血液やら体液までも引っ張って、人体は活性化するらしい。
それは魔力も例外ではない。だから月が最も大地に近づくマルチの月の最初の日に全世界の子供達はファミリアを呼ぶ。
満月の恩恵を受け、その光は新たな家族を祝福するのに、ふさわしい。そこに貴族だの、村人だのの区別はない。
「月がまんまる、きれいだね」
「えぇ、えぇ。月も祝福してくれているのね」
ヘラに頭を撫でられて、ディンは儀式の為の魔術陣を描いていた。別段決まった形がある訳ではないので、意味があるかと言われると首を傾げる者も多い。
しかし、ロプトから言わせると意味はあるのだそうだ。
「描くことに意味がある訳じゃないんだ。描くことでのせる願いに意味があるんだよ、坊。これから先、どうありたいのか、どんな子になって欲しいのか。そんな願いをのせることに意味がある」
「そうなんだ、なら頑張らなきゃ!」
子供一人の力で地面に魔術陣を描くことは、きっと難しい。だけど、それすら楽しくて仕方ないとディンは描いていく。
込めた願いを文字にする。
愛
友
成長
そして、慶び。
共に生きて共に成長する。
何より。
出会えることへの幸せを何よりも慶ぼう。そんな些細な、愛に溢れた少年の想い。
「えぇ、えぇ。本当にいい子に育ったわね」
「だなぁ」
思い出すのは十年前。今日と同じく夜には月が丸く微笑んでいた日に、ディンは村に捨てられていた。
名前のついたタグを首にぶら下げた赤ん坊は、すやすやと安らかな顔を浮かべて眠っていた。当時のロプトとヘラは憤慨したものだ。
ファミリアの扱いからわかるように、人間種は家族を大切にすることが本能に刻みつけられている。それは古にて虐げられていた彼らの瑕であり、誇りでもあった。
それでも孤児はいるのだ。どんな理由からかは想像したくもないけれど、なくなることはない。反面、こんな辺鄙な村であれ孤児の受け入れはしっかりとしていた。
彼が村の一員となった日はファミリアの儀式の日と同じくらいの宴を開いたものだ。
新たな家族に歓迎を。
ディンに両親はいないけれど、この村の人間は皆、彼を家族だと思っている。
「出来たよ!」
「そうか、よし、時間もちょうどだ。坊、触媒を用意しろ」
「うん」
ファミリアを呼ぶ儀式において魔力は最も重要なものだ。何せファミリアの肉体の元となるのだから。
ゆえに術者は月の些細な影響ですら考慮に入れて、出来うる限り魔力を高める必要がある。魔力が高ければ高いほど体の丈夫なファミリアを呼べるのだから当然だろう。
魔力を高める方法はいくつかあるが、最も手軽で効果が見込めるのが触媒を使用することだろう。触媒は破壊することで一時的に魔力を増幅させることができる。
儀式の日、親は子供のために自分の用意できる最上級の触媒を用意するのが慣わしとなっており、昼にロプトが渡そうとしたのもそれだ。
だけれどディンは、やんわりと断った。
魔術陣が光輝く。中心に立った少年は、その手に触媒を持っていた。あの日、捨てられた時に彼が身につけていた名前の刻まれたタグ。
それは翡翠で出来ており、触媒としては十二分だろう。
どんな気持ちだろうかと、ふと思った。
彼の本来の親が残した唯一のもの。どんな時も必ず身につけていたことをロプトは知っている。
「僕の初めての家族だから、触媒も自分の用意したものでって決めていたんだ」
などと言っていたが、彼はもしかしたら繋がりを残したかったのかも知れない。顔すら覚えていない両親だけれど、それでもきっと、ディンにとっては家族なのだ。
だから家族にも繋がっていてほしいのかも知れない。
翠の宝石が輝いた。それは春を祝福する西風のようだ。どこまでも自由に駆け抜ける風は、気まぐれの様に少年を祝福している気さえする。
ディンはそれに応える様に魔力を張り巡らせる。十年間ため続けた魔力に知識、経験、何よりも想いを乗せて想像する。創造する。
ピキリと言う音がして翡翠の石がひび割れる。唯一の両親との繋がりである、それをしかして一切省みず魔力を込めて砕ききる。
瞬間、爆発的な魔力の奔流が魔術陣を駆け巡った。
おいで。
おいで。
共に助け合い、共に生きよう。
おいで。
おいで。
産まれておいで。
ねぇ、僕と家族になろう。