1 ファミリアと出会いたい
その日はディンにとって10年間待ち焦がれた日だった。
「きた!きたきたきた!きたーっ!」
まだ朝日が顔を出したばかりの早朝に、目の下に黒いクマをこしらえてはね起きると、一瞬にして服を着て外に出かけていく。一陽来復と春は近いが、それでもまだ冷たい空気が肌を刺すようだ。
しかして流石、子供は風の子と言うべきか、ディンは気にした風もなく白い息を吐き出しながら駆けていく。
「坊、早いな」
たどり着いた先には30近い年齢の青年が立っていた。彼は鍬を振り下ろした体勢で苦笑している。
「だって!だって!今日は待ちに待った日だもん!」
今日はこの村の、いや、全世界の10になる少年少女の待ち望んだ日と言って過言ではない。それでもディン程、顔を輝かせて浮かれているのは珍しいが。
「まあ、落ち着けよ坊。呼ぶのは夜だ、一日そのテンションじゃ疲れてしまうだろう。まったく、目にそんなくまを拵えて……坊、手伝ってくれ、さっさと終わらせて朝食にしようや」
「うん!うわー楽しみだなー。どんな子なんだろう、僕のファミリアは!」
魔力なんて力が横行するこの世界で、人間は魔力生成の機関を持っているものの、扱う術を持たなかった。しかし、他の生き物はそうではない。
カラティンと呼ばれる魔物、11の怪物、あるいは人間種以外の種族など魔力を生成できるものは、それぞれが特有の魔術を扱える。
指先一つで火や水を生み出す力だ、発展には勿論、使い方によっては兵器となる。事実、過去の人間種は虐げられ搾取され気まぐれに滅ぼされた。
せめて魔力を使えるようになれば。
そんな思いが生み出したものこそファミリアと呼ばれる存在を生み出す魔術だった。
ファミリアは言うなれば新しい機関だ。魔力を生み出すことしかできない人間が、魔力を扱ってもらうために生み出した眷属。
溜め込んだ魔力によって自分の分身とも言える存在を創り出す、限りなく魔法の域に踏み込んだ魔術とまで呼ばれている。
他種族や魔物、化物から虐げられていた人間種は、彼らを自分達の都合のいい存在にしたくはなかった。だからだろうか、彼らのことを共に助け合い共に生きていく存在、家族と呼んだ。
産まれてから十の歳月を経た子供はファミリアを呼ぶのが今の人類種における風習であり、祝日でもある。
新たな家族に出会えることに、誰もが喜びの声をあげる日だ。
「随分ご機嫌ね、ディン」
口1杯に食事を詰めてリスの様になっている頬をつつくのは黒い髪の女性だった。
「お祝いのご馳走、一杯作っておいてやってくれよ、ヘラ」
「えぇ、えぇ、勿論よ。ロプト。こんなにいい子に育ったのだから、きっといい子を呼んでくれる。ねぇ、ディン。あなたはどんな子が来てくれるといいのかしら?」
姉とも、あるいは母とも言える慈愛の眼差しに晒されて、ディンは笑った。
「アサルトドッグかな、可愛いし」
「……それはまた何と言うか」
普通だなと言う言葉を飲み込むロプト。ファミリアは千差万別だが、あくまで当人の魔力、経験、知識などが反映されるために実際に存在する獣などと同じ姿のものが多い。
それはあるいは鳥だったり猫だったり狐だったり。アサルトドッグとは、その中で最も多い、犬に似たファミリアだ。
主人に忠実で人懐っこく可愛らしい。しかし、この年の子供は自らのアイデンティティーを求める為か、普遍的なアサルトドッグを呼びたいと言うのはなかなか珍しい。
何より。
「駄目だ、俺にはディンがアサルトドッグを呼ぶイメージしか湧かない」
主人に忠実で人懐っこい、まるでそのままアサルトドッグの様な可愛らしい少年のイメージにはピッタリすぎた。
「まぁ、まぁ。どんなアサルトドッグか楽しみね」
「フワフワモコモコだといいな、冬でも暖かい感じの!」
「お、おう。頑張れよ?」
「うん!」
無邪気な笑顔に毒気を抜かれた気分を味わいながら、そうだったとロプトは呟いた。
「忘れてたけど、ディン、お前触媒持ってないだろ?どんなのがいい?見繕ってやる」
「あー、えーと、あの、ね。触媒は持ってるんだ」
「誰かから貰ったのか?」
「貰ったって言うのかなぁ、これなんだけど」
「お前、それは……」
「僕の初めての家族だから、触媒も自分の用意したものでって決めていたんだ。僕が持っているのはこれだけだから」
「そうか、うん、そうだな。お前がいいなら、それでいいんだろう」
「うん、それじゃあ、そろそろ行くね」
「えぇ、えぇ、行ってらっしゃい。わかっているわね?ちゃんと儀式の時間には広場に行くのよ?」
「うん」
ファミリアは自らの魔力、経験、知識などを反映すると言われている。だから十を数えるまでは叱られる時「いいファミリアを呼びたいならいい子にしていなさい」と言う常套句がある程だ。
事実なので、ほとんどの子供たちはそれを聞いて大人しくなるのだが、ディンは別のことを考えた。
「つまりいい経験やいい知識を身につければ、とてもいい子に出会えるのではないだろうか」
勿論、どんな子でも大切にするつもりだが、どうせなら産まれて来たことを喜んでほしいと考えて彼は色々なことをした。ロプトの家でしているような手伝いを他の家でもしている。
牛や豚の世話だったり、裁縫の手伝い、果実の採取などなど。そしてお駄賃を使って勉強を習い、時には野山を走り抜ける。
子供ながらにやれることをしてやりたいとの一心で。
「楽しみだなぁ」
ただ家族ができることを楽しみに今日も駆けていく。