少女は森に
「ギャウンッ」
あの街から少し離れた森の中で一匹の魔獣がそう声をあげて地に伏した。
その倒れた魔獣のすぐ側に座り込み、倒れた魔獣をツンツンと指でつつく子猫を頭に乗せた少女がいた。
あの料理亭にいた少女『アイ』だ。
アイは、魔獣を指で突き反応がないことを確認すると、今度は魔獣の鼻に軽く手をあてて息をしていることを確認すると立ち上がり、口を開いた。
「ミミ、もう他に強そうな魔獣さんはいないの?」
「…。にゃあ」
アイがそう言うと、頭の上の子猫が鼻をすんすんとならしてから、肯定するように鳴く。
どうやらこの子猫の名前はミミと言うようだ。
「そうなの。ありがとうなの、ミミ」
アイはそう言って頭の上に手を伸ばし、ミミを一撫でするとあたりを見渡した。
そこにはさっきの魔獣と同じように数多くの魔獣が地に伏している光景があった。
この数はもう魔獣が群れをなして街などを襲ってくる【魔獣大群】が起きた、いや起きていたといっても過言ではないだろう。
「…千匹はいたの?これが、街に行かなくて良かったの」
アイは安心したように息を吐くと、すぐに険しい顔になり、魔獣達を見つめた。
「魔獣大群が起きるまで気がつかなかったなんてちょっと感覚が鈍っちゃったの?……まぁ、魔法も使わなかっただけ、いい方なの」
そう、この惨状をつくったのは全て、この少女、アイなのだ。
倒れている魔獣の中には屈強な男達が10人集まって倒せるかどうかの魔獣もいた。
まだ、子供でもきちんと出来ればかなりの攻撃力をもつ魔法を使ったのなら分からなくもない、がアイはその魔法も使っていないと言う。
さらに、その倒れている魔獣全てがきちんと息をしている所もその異常性を増させている。
「…でも、これからまた人里で暮らすなら気をつけないといけないの…」
これほどの事をしておきながらアイは息一つ乱していなかった。
【約千匹の魔獣を1人で一匹も殺す事なく昏倒しきった】という事実を喜ぶ事もなく当然のように受け止めている。
「魔獣さん達の命精さん、ちょっと集まってくれると嬉しいの」
アイは何もいないはずの空にそう話しかけた。
すると倒れている魔獣達の中から純白のワンピースを着た半透明の小人達が出てきてスイーッと空を飛んでアイの周りに集まってきた。
この小人達はさっきアイが言った様に命精といって、魔力をもつ生き物には必ずいる精霊だ。
精霊の中には他にも、火精、水精、光精、空精がいる。
普通の人にはこのような精霊達は見えないが、特殊能力である【スキル】の【精霊感取】などを持っていれば感じる事が出来るようになる。
「ありがとうなの。気をつけて傷つかないように気絶させたけど、皆の子の中に怪我をしちゃった子はいるの?」
『問題なし!』『怪我はしてないよー』『平気よ』『大丈夫よ』『特に怪我はしてないね』『問題ないよ!』『大丈夫〜』『大丈夫、気にしてくれてありがとう!』『問題はなかったよ!』『平気だね』『大丈夫だ』『僕の子も平気だよ』『大丈夫よ』『特に怪我はしてないね』『問題ないよ!』『私の子は大丈夫よ』『平気だよー』『俺の子も大丈夫だ』『問題ないね』『大丈夫』『問題なし!』『怪我はしてないよー』『平気よ』『大丈夫よ』『特に怪我はしてないね』『問題ないよ!』『大丈夫〜』『大丈夫、気にしてくれてありがとう!』『問題はなかったよ!』『平気だね』『大丈夫だ』『僕の子も平気だよ』『大丈夫よ』『特に怪我はしてないね』『問題ないよ!』『大丈夫〜』『大丈夫、気にしてくれてありがとう!』『問題はなかったよ!』『平気だね』『大丈夫だ』『僕の子も平気だよ『問題なし!』『怪我はしてないよー』『あ、ちょっと足を捻っちゃったみたい』『平気よ』『大丈夫よ』『特に怪我はしてないね』『問題ないよ!』『大丈夫〜』『大丈夫、気にしてくれてありがとう!』『問題はなかったよ!』『平気だね』『大丈夫だ』『僕の子も平気だよ』『大丈夫よ』『特に怪我はしてないね』『僕の子も大丈夫』『大丈夫、気にしてくれてありがとう!』『問題ないよ!』『僕の子も大丈夫』『大丈夫、気にしてくれてありがとう!』『ちょっと口の中を切っちゃったみたい』『問題はなかったよ!』『平気だね』『大丈夫だ』『僕の子も平気だよ』『大丈夫よ』『特に怪我はしてないね』『問題ないよ!』『僕の子も大丈夫』『平気だね』『大丈夫だ』『僕の子も平気だよ『問題なし!』『怪我はしてないよー』『あ、ちょっと足を捻っちゃったみたい』『平気よ』『大丈夫よ』『特に怪我はしてないね』『問題ないよ!』『私の子は大丈夫よ』『平気だよー』『俺の子も大丈夫だ』『問題ないね』『大丈夫』『問題ないよ!』『私の子は大丈夫よ』『平気だよー』『俺の子も大丈夫だ』『問題ないね』『大丈夫』『僕の子は特に怪我はしてないよ』『平気だね』『大丈夫だ』『問題ないよ!』『僕の子も大丈夫』『特に怪我はしてないね』『問題ないよ!』『私の子は大丈夫よ』『平気だよー』『俺の子も大丈夫だ』『問題ないね』『大丈夫』『問題ないよ!』『私の子は大丈夫よ』『平気だね』『僕の子も大丈夫』『大丈夫、気にしてくれてありがとう!』『大丈夫だ』
「ちょ、ちょっと待つの。皆で一気に言われても分からないの。えっと…そうなの、怪我のある魔獣さんの命精さんはこっちに集まって欲しいの」
特殊能力といっても皆、何かしらのスキルを持っているので精霊を感じる事が出来るのは珍しくはあるが絶対にないというわけではない。
だが、この少女、アイのように精霊を見、さらにその声を聞く事が出来る者はほとんどいない。
この事を人に明かせば、アイは精霊魔法で宮廷魔道士になる事も夢ではないだろう。
宮廷魔道士といえば魔法使いの中でかなりの実力者しかなれない役職で地位もかなり高い。
魔法使いなら一度は夢見る役職だ。
たとえ今、精霊魔法が使えないとしてもこの力があるならば直ちに英才教育が施され、やはり宮廷魔道士になれるはずだ。
だが、アイはこの事をひた隠しにしていた。
「じゃあ、魔力をあげるの。これで治してあげて欲しいの」
『『『『ありがとう』』』』
「皆とも【契約】してあげたいけど、あんまりたくさんやりすぎると疲れちゃうし、メイ…アイの命精さんに怒られちゃうからしてあげられないの。ごめんなさいなの」
アイが言う【契約】も何かのスキルによるものだろう。
スキルには色々な種類があり、ものによっては使用するのに【精神力】というものを使わないといけないものもある。
精神力とは文字通り精神の力の事で、使うと精神的に疲れてしまう。
少し使う程度ならそれほど問題はないが使いすぎると心が壊れてしまう事もありうる。
今のアイの言葉からして精霊と【契約】するのに使われるスキルはその、精神力を使うものなのだろう。
『大丈夫だよ。確かに魔力が減ったらどんなに君と離れてても魔力が貰えるというのは魅力的だけど、もともと命精は消えづらい精霊だしね』
『『『『『うん、うん』』』』』
精霊は魔力から出来ており、魔力を保持しなければ消えてしまう。
精霊の魔力は生きていれば自然に消費されていく。
しかし、精霊は空気中の魔力を取り込む事が出来ないため、誰かから魔力を受け取る、魔法の残骸を取り込む、などの方法で魔力の補充をしなければ消えてしまう。
そんな精霊の中で命精は宿り主を持っているので他の精霊とは違い、宿り主から常に一定量の魔力を貰う事ができるため、他の精霊よりも消えてしまう確率はかなり低いのだ。
命精達はアイの事を知っている様だった。
それもそうだ。
命精の言葉からして【契約】をすると、精霊の魔力が減った場合、アイがその魔力を補充するようになるようだ。
そんな精霊が消えてしまう可能性を限りなく低める事ができるスキルを持っていて、なおかつ精霊を見て話す事が出来るアイは精霊達の間で噂になっていてもおかしくない。
「皆、ありがとうなの」
アイがそう命精たちにお礼をいったところでアイのちょうど右側から5人の精霊ーー赤、青、黄、緑、白、のワンピースを着た精霊達がやってきた。
『アイ、確認してきたけど、やっぱり逃げ出した魔獣達は皆、街になんて目もくれないで一目散に逃げていってたわ。それに逃げっていったのは普通の人にも倒せる弱い魔獣ばかりだし、もしこの森に残るような事があったとしても特に問題はないと思うわよ』
そうアイに言ったのは純白のワンピースを着た精霊だった。
純白のワンピースという事はさっきまでアイが話していた精霊達と同じ命精だという事だ。
この命精は、髪はピンク色で胸まで伸ばし、横で少しだけ取って結んでいて、前髪は目の高さまである。
目はオレンジ色でぱっちりとしていた。
『目の前で格上の魔獣がアイにどんどん気絶されていくのが余程怖かったのかな。すごく必死に走ってたよ。あの魔獣達はアイが今まであの街にいたのを知ってると思うからここ数年はあの街にはいかないんじゃないかな。』
そう補足するように言ったのは青色のワンピースを着た精霊だった。
青色のワンピースは主に水を司る水精の証だ。
この水精は、長い水色の髪を顔の横に少しだけ残し、後は後ろで一つのお団子にしていた。前髪は眉まであり、左にピンで留めている。
目は紫色でとても優しげだった。
『魔獣ったら皆、必死に走っちゃうから確認するの大変だったんだよぅ?そりゃもうあっちこっち飛び回ったんだからぁ』
そう気だるげに言ったのは赤色のワンピースを着た精霊だった。
赤色のワンピースは主に火を司る火精の証だ。
この火精は、髪はオレンジ色でショートヘアにし、なぜか横髪だけは肩まである。前髪は眉まで。
目は栗色で少し垂れている。
『……蜘蛛の子を散らすようだった』
そう言葉少なに言ったのは緑色のワンピースを着た精霊だった。
緑色のワンピースは主に空間や風を司る空精の証だ。
この空精は身長の何倍もある黄緑色の髪を後ろで一つの三つ編みにしていて、これまた長く伸びた前髪は耳にかけている。
目はエメラルドグリーン。
『わたしもがんばったよー!』
そう元気に言ったのは黄色のワンピースを着た精霊だった。
黄色のワンピースは主に光を司る光精の証だ。
この光精は、髪色はレモン色で肩くらいまでの長さの髪を二つ結びにしていて前髪はない。代わりに分け目には触覚のようなアホ毛が二本はねている。
目は銀色でぱっちりとしていた。
どうやらこの精霊達はアイに逃げた魔獣が街に行ってしまわないか確認してほしいと頼まれたらしい。
「メイ、スウ、ヒナ、フウ、ピピ。皆ありがとうなの」
アイはこの精霊達を名前で呼んだ。
通常、精霊達に名前はない。
ということは、スキルにより名前をつけているか、呼びやすくするためにアイが勝手に呼び名をつけるか、したのだろう。
アイの名前を呼ぶ時の視線からして、
命精をメイ、
水精をスウ、
火精をヒナ、
空精をフウ、
光精をピピ、
と呼んでいるようだ。
『アイのお願いだもの、(ヒナとは違って)へっちゃらよ!』
アイの言葉に命精…メイは胸を張ってそういった。
『ちょっとぉ?今小声で、ヒナとは違って、って言わなかったぁ?あたしだって頑張ったんだからぁ』
メイが小声で放った言葉に、火精…ヒナが心外だと反論する。
『冗談よ、冗談』
『むぅ……まぁ、いいかぁ…』
『アイ、これからどうするの?』
メイとヒナの会話を横目に水精…スイがそうアイに問いかけた。
「うーん……とりあえずフウに、この魔獣さん達をこの近くの魔獣さんが沢山いる山に転移してもらうのは確かなの。その後は……」
アイはそこで言葉を詰まらせ、街のある方向をちらりと見ると、
「…できるだけ早く、あの街を出ようと思うの」
そう言葉を続けて、なんて事もなさそうにヘラっと笑ってみせた。
『………もう少し、ここに居ても、いいんじゃ、ないかな?』
アイの言葉に空精…フウがおずおずと提案する。
『そうね。幸い今回は魔獣大群は誰にも見つかってないみたいだし』
そんなフウの言葉をメイはニッコリと笑って肯定した。
『時代も変わったしねぇ』
ヒナは眠そうに伸びをしながらそう賛同した。
『うん。もし、魔獣大群が見つかってたとしてもそう簡単にアイとは結びつけないと思うよ』
スウは優しい笑みを浮かべてそう言い、
『だね。アイはアイのすきなように、生きればいいと思うよ!』
ピピは元気に明るくそう言った。
「にゃー」
頭に乗った子猫もまた、安心させようとしているのか、元気付けるように前足でアイの頭をテシテシと叩く。
「えへへっ、皆、ありがとうなの。でも、大丈夫なの。魔獣さん達の確認をしたら街に戻って明日の朝にはこの街を出るの」
そんなメイ達の気持ちが嬉しかったのか、
[改訂版前との違い]
・前には無かった回です。




