謎の少女
「アイなの!悩んでるの?これアイのおすすめなの!狩りで疲れた体には最適なの!」
昼のある料理亭でメニューを見ていた二人組の男に『ひょこっ』と現れたと思ったらそう言ってメニューの一部を指差す少女がいた。
五歳程度の見た目の割に滑舌がよく、しかし見た目相応に明るい声は昼の料理亭の喧騒の中でも聞き取りやすい。
栗色の髪は胸まであり、前髪は目に少しかかるくらいある。
目は桃色で、服には特に拘っていないのかゆったりとしたシャツをベルトで締めたズボンの中にいれるという簡単なものだ。
けれど肩から腰にかけてかけられた鞄は可愛らしいもので猫の形をしている。
頭には真っ白な子猫を載せていて、その子猫はこんな喧騒の中でも眠いのか蜜柑色の目を細めていた。
「いつもありがとよ。アイちゃんのおすすめは本当に体が求めてるものだからな。これお小遣いだ」
男がそう言って2枚の硬貨を少女に渡すと少女は驚いたように目を瞬いた。
「いいのなの?」
「あぁ、いいよ。いつもアイちゃんにはお世話になってるからな。それに今日は狩りの成果も良かったんだ」
男がそう言うと少女は嬉しそうに笑って猫の形をした鞄から小さな袋を取り出してその中に硬貨を入れる。
「ありがとうなの。あ、壊れた弓はあっちの『カントの鍛冶屋』で直してもらうのがいいと思うの。『鍛冶屋・フェルト』は剣はすっごく上手だけど弓はちょっと苦手なの」
少女は窓の外を指差してそう言うと他の席に走り去っていった。
「本当にアイちゃんっていい子ですよね。…でも、アイちゃんって、何者なんでしょう?今回の狩りで弓壊したこと、まだ、誰にも言ってないのに……」
「アイちゃんはアイちゃんさ。でも、確かにな。アイちゃんって不思議な所があるから、世に降りてきた神様なんじゃないかと思っちまう事もあるよな」
「そこまでには思いませんけど…。アイちゃんの親や保護者も見た事ないので、どんな人の子かも分からないんですよね」
「だよなぁ、噂だと冒険者の子供らしいが、いくら冒険者だからってあんな小さい子供をこんなに長い間放置するなんて何を考えているんだか」
冒険者とは冒険者ギルドという場所で試験を受け合格した者だ。
冒険者にはある程度力があればなれるため、旅をしなければならないというわけではないが、結構な人数が旅をしながら魔獣と呼ばれる魔力をもった獣を倒している。
「髪色からしてルラミカーニャ人の血を引く子なのは確かですよね」
「栗色の髪だし、先祖返りだとしても遡っていけば繋がりがあるだろうな」
ルラミカーニャとは騎士の国と呼ばれる国で、今男達がいる国はシュワリューズといって魔法の国と呼ばれている。
他の国から来た者も何人かいるために少女の髪色はあまり目立っていないが町の人々は殆どが深緑色の髪をしていた。
「でも、アイちゃんの親らしき冒険者はこの辺りでは見ませんよね。やっぱり魔境にでも潜ってるのでしょうか」
魔境とは魔獣が多く生息している地域の事だ。
魔獣は別にそこから出れないという訳ではないが、食糧難などがない限り、滅多に町を襲わない。
緊急事態でもないのにわざわざ自分のテレトリーをでる必要もないということなのだろう。まぁ、近くを通った旅人などが襲われる事はあるが。
そして、それなりに離れてはいるものの、この町はある魔境に一番近い町であった。
「八割方そうなんだろうな。…でも、分からないぞ。もしかしたら神様がそういう設定でこの世を見にきているのかもしれん」
「ふふっ、まさか。こだわりますね」
「なんとなくな。アイちゃんってあんな見た目の割にそれなりに力があるみたいだし、天使みたいに可愛いし」
「神様なら天使じゃなくて女神なんじゃないですか?」
「ははっ、それもそうだな。でも、女神みたいに可愛いってのもなんだか変な表現だろ?」
「ですね」
「何にするか決まったかい?」
視線を向ければ机の横には女が立っていた。ちょうどさっき少女が立っていた所である。言葉からしてどうやら注文を取りにきたようだ。
「あぁ、えっと…これ、2つ」
男は少女が指差した所を指差して注文した。
因みに、今ではだいたいの所で教会が子供に文字を教えているので文字が読めない者は殆どいない。
「また、アイちゃんおすすめかい?」
「あぁ」
「やっぱりね、もうアイちゃんはこの町のスターだね」
「何か困ってると助けてくれるし本当にいい子だよな」
「悪い奴も子供らしい手で捕まえてくれますしね」
「アイちゃんの事、孫や娘ように思ってる奴もいるんだろう?まぁ、私もその一人だけどね」
「僕もですね。娘とまではいかないですけど歳の離れた妹、みたいな」
「俺も似たような感じだな」
そんな話をしていると何やら大声が上がった。
声がした方を見ると、さっきの少女が少し離れた所に座っている男達を指差していた。
男達は6人組だ。
「この人達、悪巧みしてるの!」
「あぁん!?なんだ?このガキ。」
「旅商人襲ってぼろ儲け、とか言ってたの!」
「何言ってんだ!お前さっきまで他の席いたろ!」
「そうだ!俺だって覚えてるぞ!」
「「「「そうだ、そうだ!」」」」
「確かに言ってたの!『うへへっ、旅商人襲ってぼろ儲けしてやるぜぇ』って言ってたの!アイの耳はいいの!」
少女は男のマネでもしたのか、男の言葉を低めの、そしてやけに気持ち悪い声で言った。
「なっ、俺はそんな気持ち悪い声はしてな…」
「おい!」
「ふふん!白状したの!もう言い逃れ出来ないの!」
少女がその小さな体を反らせて得意気に言う。
どうやらあのやけに気持ち悪い声は罠だったらしい。
「な、なんなんだよ、このガキはぁ!舐めたマネしやがって!」
「アイに触れたら怪我するの!」
「怪我するのはお前だぁ!」
男達は少女の悠々とした態度が気に入らなかったらしく、男達の内、1人が拳を振り上げ少女との間にあった距離を詰めるべく足を踏み出し…
「うぶぉ」
…こけた。
よく見ると男が転んだ所には机と机の間に紐が結んであった。
少女が男達と微妙に距離を取っていたのはこういう理由があったようだ。
「あ、まだアイに触れる前だったの」
少女はそういいながら猫の形をした鞄から木槌を取り出すと、躊躇うこともせず、えいっと木槌を振り下ろして意識を刈り取った。…その際、ゴンッとかなり痛そうな音がしたが、少女は全く気にならないようだ。
「びっくりするくらい弱かったの。弱々だったの。あ、机ちょっと、さっきの罠で動いちゃったの。ごめんなさいなの」
少女はそういいながら鞄に木槌をしまい、今度はロープを取り出すと、子猫を頭から下ろし、身を屈めて気絶した男を雁字搦めにしはじめた。
他の男達に警戒する事もしないで。
「「「「「なっ、なっ、なっ」」」」」
「?どうしたの?な、しか話せなくなっちゃったの?」
少女がロープを固く結び終わり、立ち上がりながらそう言う。
「「「「「この、クソガキー!」」」」」
仲間が5歳児程に見える子供に簡単に倒され、さらにバカにされた事で更に頭に血が上ったらしい男達が今度は全員で行く事にしたらしく全員が手を握って、拳を作った。
武器を取り出さないのかとも思うが、ここで取り出さないのならきっと、安全な町の中だからと置いてきたのだろう。
少女にとっては絶対絶命の状況だろうに少女はまだ笑っている。…それがまた、男達の怒りを誘っている事に少女は気がついているのだろうか?
すっかり頭に血をのぼらせて、顔を真っ赤にさせた男達は足を踏み出した。
それでも余裕の顔をした少女はいつの間に両手に持っていた何処かに伸びたロープをギュッと引っ張る。
「「「「「うわっ!」」」」」
少女の元に向かおうと足を踏み出していた男達は勢いそのままに5人とも転んでしまった。
どうやら少女が持っていたロープは男達の足の周りをグルグル巻きにしていたロープの両端だったらしい。それを少女が引っ張ったため、急に足が縛られた男達は勢いそのままに地面につんのめってしまった訳だ。
だが、初めの男が転んだ時はそんなロープは無かったはずだ。いつの間にそんな物を仕掛けていたのだろうか?
「えへへっ、成功なの。ミミ、ありがとうなの。」
そう言って少女は足元に座っていた子猫を撫でた。
そういえば少女は男を一人縛る時、子猫を下ろしていた。その時、子猫にロープをつけて、少女が注意を集めている間に子猫が男達の周りをまわって罠を張っていたのだろう。
少女は再び猫の形をした鞄から木槌を取り出すと、ゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッと見事な早業で5人の男達を気絶させる。
そして、男達を引っ掛けたロープを持つと、面倒臭くなったのか、それとも初めの男はただ時間稼ぎの為に雁字搦めにされただけなのか、ロープを特に切る事もせず、繋がった状態で5人の手足を結ぶと、大人しくおすわりをして待っていた子猫を抱き上げ、
「アイ、兵士さん達を呼んでくるの!」
そう言って料理亭から出ていった。
男が初めに渡していた硬貨2枚は、200円ほどの価値です。
後の方に出てくる男6人組がやけにバカっぽかったり、周りの人が誰も助けに入らなかったりした点は気にしないでくれると嬉しいです。
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[改訂版前との違い] (細かい所は書かれていません)
・少女(アイ)の前髪の長さを『眉が隠れるくらいの長さ』から『目に少しかかるくらい』に変更しました。
・男達(悪い方)がやろうとしていた事を、子供を攫って奴隷にして売りさばく、から、旅商人を襲う、に変更しました。
・少女(アイ)の男達(悪い方)の捕まえ方を、単純な力、から、罠、に変更しました。