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92.姉妹喧嘩

「で、あいつはいつここに現れる」


「そのうち」


「おいっ」


 ウィルに連れられてやってきた地下闘技場。その闘技場の中心で腰を下ろしたウィルに問いかけるとなんともふざけた答えが返ってきた。


「あー、うーん、ダメかぁ・・・・・・なら、こうして、こう?」


 俺の視線も何のその。考え事でもしているのか宙を見上げながらぶつぶつと呟いていた不審者シスターは、くるりとこちらを向いて喜捨でも求めるように両手を差し出した。


「右手の指輪、しばし預けよ」


「はあ? 嫌だよ」


「ちっ」


 舌打ちしやがったぞこのシスター。

 というか無理だろ。アリーシャ様から借りてる魔道具だからな、これ。

 救援を呼ぶための道具で、今のところ効果を発揮していなが、素性のよくわからんやつにおいそれと貸してやることなんてできるわけがない。


「その指輪、使えなかったのではないか?」


「なっ!?」


「救援を呼べる、と聞いていたのに一向にやって来る気配がない。違うか?」


「なんで、それを」


 説明した覚えのない指輪の効果と現状を言い当てられて言葉をなくす。そして、その後に続いた彼女の言葉にまた衝撃を覚えた。


「あの女に力を封じられているぞ、その指輪」


 ぽかん、と間抜け面を晒す俺に、ウィルはこれ見よがしにやれやれと肩をすくめる。


「だからちょっと貸してそれ」


「あ、ああ」


 指輪とウィルを交互に見比べた後、戸惑いながらも彼女に渡す。

 指輪を手に取ったウィルはそれを矯めつ眇めつすると、「うわぁ」と盛大に顔を歪ませた。


「余裕とかなかったはずなのによくこんな面倒くさい状態に・・・・・・まあ、アレが来たら詰むし、用心して当然か」


「封印、っていつの間に」


「状態としては阻害魔法をいくつか重ね掛けしてる感じかな。タイミングとしては、君を躱しきれないと判断してすぐだと思うよ。増援は絶対に阻止したかったみたい」


 ウィルの言う通りなら、転移して直後にはその阻害魔法とやらを使われていたらしい。たしかに、魔道具を使用したのは戦い始めてしばらくしてから。あ、こいつ無理、と実力差を確信してからだ。その時には、もう妨害が行われていたのだろう。


「・・・・・・それが本当なら、この指輪の効果も救援に駆けつけてくる人物も、あいつは全部知ってたことになるんだが?」


「そりゃあ、知ってたんだろうね」


 指輪の表面に指先を滑らせながら、俺の疑問をあっさりと肯定する。


「王都を襲撃する連中が、君たちを警戒しないわけないじゃないか」


「君たち?」


「アリーシャ・フォン・リオネスとその配下にさ」


「・・・・・・?」


「・・・・・・君、自分の主人のことをよくわかってないみたいだね?」


 むしろ、お前はなんで俺の主人のことを知っているのか聞きたい。

 ・・・・・・いや、知っているからこそ、俺に接触してきたのか?


「下手なこと言うと後が怖いからなぁ。詳しくは自分でアリーシャに聞いてね」


「・・・・・・アリーシャ様と知り合いなのか?」


「マブダチです」


「嘘だな。あの人、友達は選ぶタイプだ」


「表出ろや」


 いや、こんなのが近づいてきたら真っ先にケイトさんがシャットアウトするだろ。


「夜会が王都を襲撃するとして、敵の戦力は調べるし警戒する。剣聖や大魔道らは当然、王都にいる冒険者や貴族の連れてきた傭兵私兵の情報は集めるに決まってるじゃん。その上、アリーシャは良くも悪くも有名だしね」


 ちらり、と闘技場の壁を一瞥した後、また指輪へと視線を戻す。


「特に『赤刃』と『青薔薇』」


「なんだそれ?」


「・・・・・・あー、これは黙ってるパターンか。やっば」


 もしかして、ヨハンとケイトさんのことか?

 二人の二つ名だったりする?

 え、そんな風に呼ばれてるの?


「まあ、戦闘狂でもなし、彼我の戦力差を計算できるなら絶対に戦闘を避けたい二人なのよ」


「あの二人が負けるとこはたしかに想像できないな」


 夜狐の件もある。要注意人物に関連して俺のことも調べられていたのだろう。

 けれど、まだ腑に落ちない。


「それでも、なんで指輪のことを知ってたんだ。貸与されたのはついさっきだぞ?」


「それは単に、彼女が道具に付与されている術式がわかるから」


「なるほどな・・・・・・・・・・・・うん?」


 なんか、今さらっととんでもないこと言わなかったか?


「色んなものが視えるんだよ。ここであたし達が待ち構えてるのだってわかってる。だから――――早くそこから出てきなよ」


 ウィルがそう言い放つと、その向かいにあった壁が石を投げ入れられた水面の様に揺らめいた。


「!?」


「どうしてここに貴女がいるのかしら。注意は払っていたはずなのだけれど?」


「あっはっはっは。そりゃあ、こうなるようにあたしが動いていたからね!」


 壁をすり抜けるようにして現れたのは俺が追っていた女、ピクシー。

 長い金色の髪の間から覗く黄金の左目が、胸を張って高笑いするウィルを見て忌々しそうに細められる。


「ふふん、その顔を見るために頑張った甲斐があったよ!」


「・・・・・・そういうことですか」


 二人しか理解できない会話を聞き流しながら、俺はそっと剣の柄に手を掛ける。


「・・・・・・ねえ、どうしてもやめる気はないの? あの子は喜んだりしないよ?」


「その問いの答えを、貴女は知ってるでしょう。あの子のためでなく、全てわたし自身のためにやっていることですから」


「ですよねー」


 わかりきったことをなぞるような彼女たちの会話は、空しく寒々しい。しかし、必要なやり取りなのだろうと感じる何かがあった。


「姉との心温まるやり取りは済んだのか?」


「姉? ははっ、まあ、姉妹ではあるね」


 ウィルの反応に思わず首を傾げる。同じ顔立ちからこいつのピクシーは姉妹なのだろうと思っていたのだけれど、なんとも含みのある言い方だ。


「勿体ぶった言い方はやめろ。これからあいつとは殺し合うんだ。敵の情報は素直に吐け」


「・・・・・・そうだね、うん。君の言うとおり」


 ウィルは袖の下から滑らせて取り出した短杖を、調子を確かめるように振ってからその先端をピクシーへと差し向ける。


「彼女の名前は、イズ。いい年こいて【妖精(ピクシー)】なんて名乗っちゃうちょっと痛々しい子「死ね」」


 彼女の言葉に被せるように飛んできたのは殺意の塊のような雷撃の嵐だった。


「う、うおおおおおお!?」


「ふっ、そう来ることは読めていた」


 そうしたり顔で魔術障壁を張るウィルの頭を俺は叩いた。


「お前が煽ったからだろうが!」


「いった!」


 こいつの余計な一言で唐突に始まってしまった殺し合い。それも開始早々に俺たちは追い詰められていた。


「どうすんだよこれ。身動き取れねぇじゃねぇか!」


 雷、火炎、氷、石礫。魔術攻撃の雨あられ状態だ。ウィルの障壁で今のところ無傷で済んでいるが、とても障壁の外へ打って出るなんてできる様子ではない。


「いいのいいの、初手ぶっぱは願ったり叶ったりだから」


「はあ?」


「余力を残されるよりも、最初から全力で殺しに来て貰った方が都合がいいの」


 そういって、ウィルは展開した障壁で魔術の嵐を危なげなく完全に防ぐ。

 敵もさることながら、ウィルの魔術の腕もかなりのもので、この猛攻に対して余裕を崩さない。


「久しぶりの姉妹喧嘩なんだし、お互いに本気でやろっか」




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