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91.道化

「敵じゃない、って言って君は信じるのかい?」


 首に刃を添えられたウィルは、それでも余裕の態度を崩さずにからかうような口調で問い返す。


「敵として追い回している女と血の繋がりを感じる容姿の相手の言葉を、君は鵜呑みにして剣を退いてくれるのかな?」


「俺が嘘と思わなければ」


「それで騙されていたら?」


 なおも続く問いに少しうんざりとしながらも、俺はさっさと答える。


「その時は、騙された俺が悪い」


 現時点ではこいつが敵か味方か判断しかねている。だからそれをはっきりさせるために問いただしているのだ。


「お前が敵か味方か、嘘ついてるのかどうかなんかは、答えを聞いてから俺の独断と偏見で決めつけるだけだ。わかったらさっさと答えやがれ」


 先に質問したのは俺の方なんだ。こっちは急いでるんだから、速く質問に答えて欲しい。


「ぶふっ・・・・・・くくく、やっぱり君は面白いね?」


 何故か笑われてしまった。もう面倒だから殴って気絶させて適当に転がしとこうか。


「あたしは彼女の敵で、つまりは君の味方さ。個人的な理由で彼女を追っているんだ」


「そうか。ならもう邪魔すんなよ」


 剣をしまってウィルの横を通り過ぎると、背後から「う゛ぇ?」と奇妙な声が上がる。


「えー、そこで会話を切り上げるかな普通? もっと疑ったり事情を根掘り葉掘り聞いたりしないの?」


「阿呆の事情なんぞ知るか。敵かどうかだけわかれば十分だ」


 時間に余裕があれば聞く耳も持つが、今はやつを探すのに忙しい。ピクシーを逃がさないようにするのが最優先で、長話に付き合う暇はない。

 宗教関係の人間との会話はさっさと切り上げるに限る。これは真理である。


「阿呆って酷いな。というか一人で捕まえる気? 絶対に無理だからやめときなって」


「はあ?」


「アルフィーちゃんを頼ったところで追いつけないし、逃げ切られるからね。これに関してはヴォルザナーク様の名に掛けて断言してあげよう」


 振り返るとウィルが真剣な目差しでこちらを見据えていた。

 何を根拠に、と言い返したいところだが、心の底では奴を取り逃がす可能性が極めて高いとは思っていた。

 俺の専門は魔物を殺すことで、殺し屋なんかの隠密に長けた連中を追跡するような技術は持ち合わせていない。


「そこで提案。あたしが彼女を見つけるのを手伝いましょう。そして君は彼女を捕まえるのを手伝う。どう?」


「どう、ってお前・・・・・・」


 こいつがピクシーと敵対しているとか、俺の味方だとか、言動は胡散臭いが本当のことだと思う。こいつから敵意は全く感じられず、そこら辺は信じられる。

 けど、他がなぁ。


「樽に尻から嵌まって動けなくなるような奴は頼りないって言うか」


「信頼がない!」


「当たり前だ」


 俺の認識ではウィルは怪しげでドジな変なシスターである。

 戦いの場に連れて行こうという気になれないし、二回しか顔を合わせていない奴に信頼もクソもない。


「あたしの占いの精度を知らないとは言わせないぞ!?」


 占いで探す気だったのかこいつ。


「なに、その『こいつ正気か?』みたいな目は?」


「まさにその通りだが?」


「ぐぬぬ」


 ちょっと涙目になって睨み付けてくるものの、まるで怖くない。

 もうこの馬鹿は放っておこう。

 案内役のアルフィーについて行こうとその姿を探したところ、しかしアルフィーはその場に浮いたままでどこかに向かう様子がない。


「アルフィー?」


「――――彼女の目的はここの施設に保管されているとあるサンプルなんだ」


 今までにない真剣な声音に、俺の視線は改めてウィルへと向く。厳かな表情を浮かべたウィルは俺の視線が向けられたのを確認すると続きの言葉を口にする。


「それを回収したら彼女はしばらく地下に潜って、当分の間は表に出てくることはない。つまり、今が彼女と接触するのに絶好の機会なのさ」


 先ほどウィルはあの女のことを追っていると言っていた。俺よりも遙かにピクシーについて詳しいのは確かだ。ここで俺に嘘をつく理由もない。

 この機会を逃せば、ウィルですら追いつくことができないということは、俺も奴探し出すことは一生適わないだろう。


「だから、俺に協力しろと?」


「逆に協力しない理由はなにさ? あたしと組めば彼女を百パーセント見つけられる。それは保証するよ」


 胡散臭いし、頼りなさそうだし、手を取るのを躊躇う理由は多々ある。

 けれど、この差し出された手を掴むべきだと、俺の勘が告げている。

 さて、どうしたものか。


「なら聞くが」


「うん」


「俺は、必要か?」


 ピクシーを追っているということは、こいつには何かしら奴を捕まえるための算段があるはずだ。

 そこに急に俺という不確定要素を抱え込む必要があるのか。

 さらに言えば、こいつに俺が協力することで何かメリットがあるのだろうか。


「もちろん。戦力は一人でも多い方がいいでしょ?」


 単純明快とばかりにウィルは即答する。

 少し悩んでから、俺は彼女の手を取った。


「そういうことなら、協力させてもらうわ」


「彼女の強さにちょっと弱気になってる君に一言。やってやれないことはないよ」


「それも占いか?」


「あたしがそれだけ君を買っていると言うことだよ」


 ・・・・・・まあ、やれるだけやってやるか。


「で、あいつはどこに行ったんだ? 転移で逃げられる前に追いかけようぜ」


「ああ、その心配はしなくてもいいよ。もう転移は使えないから」


 転移が使えない?


「そもそも、普通は結界のせいで王都内では好き勝手に転移を使うことはできない。それを夜会の人たちは許可証を入手することで可能とした。けど、王国側もそれを知ったからには対策を打つ」


「対策?」


「結界の内容を書き換えるんだよ。今使われている許可証では転移を使えないようにする。言うのは簡単だけど、実行するのにはちょっと手間が掛かる。つい先ほど結界が更新されたから、彼女の腕前では許可証なしに転移は使えない。だから逃げるなら徒歩だ」


 そういえば、クレアも許可証が夜会の手に渡っているのを知っていた。王族の彼女が知っているのだから、国もそれに対する策を講じないはずがない。


「だから、彼女がここを出るために絶対に通らなくちゃいけない場所に陣取っていれば良いっていう寸法よ」


「確かに理屈はそうだが」


 本当にそう上手くいくのだろうか。

 首を傾げる俺に、ウィルは余裕の笑みを浮かべる。


「疑う気持ちはわかるけど、でも、あたしは君と二回も会ったでしょ?」


「は・・・・・・いや・・・・・・」


 それはただの偶然だろう。そう言おうとして、背中に寒いものが過ぎる。

 端から見たら偶然。俺の主観からしても俺たちの遭遇は偶然だ。

 けれど、ウィルからすればそれは意図的な出会いだった。


 それは、占いなんかで片付けて良いものなのか?


「まあ、あたしに任せなさいな。大船に乗ったつもりで、ね?」


 誤魔化すように軽い調子で俺の肩を叩いて通路を歩き出す。

 垣間見たウィルの得体の知れなさに感じた恐れを振り払うように、俺は彼女の軽口に応じる。


「聞きたかったんだが、あの大仰な口調はやっぱり演技で、今のが素の喋り方なのか?」


「・・・・・・ふ、フハハハハ! ヴォルザナーク様の加護を得ている我に敵などおらぬわ! 貴様も邪竜を味方に付けた気でいるがいい!」


 なんとも馬鹿丸出しの言動を再開するウィル。

 その道化じみた姿を見ても、俺は彼女をただの道化としてみることはもうできなかった。




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