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89.目的と必要

 はっきりと言おう。


 マジでヤバい。


「……ちっ」


 一方的に攻められる展開を何とかしようと前に出ようとした瞬間、機先を制せられ攻撃に移るはずだった動作を慌てて防御へと回す。それは功を奏して、突き出された短剣は眼球を貫くことなく紙一重横の空間を穿つ。

 けれど全く安心できない。また攻撃できなかった。

 戦闘が始まってからこれの繰り返しだ。

 針の穴に通すような的確な攻撃が絶え間なく繰り出され、隙を突こうと動き出せばその悉くが誘いで俺の剣は届かず反撃される。


「……粘りますね?」


「テメェはよく動くなぁっ!」


 ピクシーと名乗ったこの女。夜会の一員だけあって滅茶苦茶強い。

 攻め続けるということはそれだけ動き続けているということで、その分スタミナの消費は激しいはずなのだか、攻勢は一時も緩むことがない。息一つ乱さずに淡々と攻め続けてきやがる。

 それでいてこちらの動きはすべて見透かされているようで、攻めようにもその動作事態を潰されて何もさせてもらえない。守るだけで精一杯、と言いたいが何発もすでに攻撃を入れられており全身血塗れだ。致命傷だけは何とか回避しているのでまだ立っていられるがそれも時間の問題だろう。


 勝てない。


 彼女は俺なんかよりも圧倒的に格上の存在で、勝機は万に一つも存在しない。

 それでも俺がこうして生きながらえているのには理由がある。

 一つはよっしーがくれた堅牢の加護。こいつがなければ開始早々に貰った蹴りで内臓を破裂させられていただろうし、刃が通り難くなっているのか傷が普通よりも浅く済んでいる。


 そしてもう一つ。どうにも相手が集中力を欠いていることだ。

 注意力が散漫で、絶好の好機を何度か見逃しているし、攻め筋が単調になることも多い。

 なんというか、よそ見をしながら戦われているような感じだ。

 舐められているのは間違いなく、噴飯ものではある。けれど、そのおかげで生き延びているのだ。お礼に致命傷の一発でも差し上げようと頑張っている。


 しかしそれでも防戦一方というのが現実で、彼我の実力差が如実に表れている。


「ぐっ」


 剣をいなされて態勢を崩される。流石にこの隙は見逃してくれないだろう。

 防御も回避も間に合うかは微妙なところ。


 できることと言えば、苦し紛れに剣を振るくらいだろう。

 そして、この構図を待っていた。


「っ!?」


 初めて、ピクシーが明確な焦りを見せて回避行動をとった。

 気づいたのだろう。

 例え、俺が腹を掻っ捌かれようとも、深手を負わせられる位置に剣を振り下ろそうとしていることに。


 こいつは俺をとっとと始末して自分の目的を達成したい。だから、なるべく大きな怪我は負いたくない。

 一方で俺は致命傷を負っても、敵を倒すか深手を負わせられればいい。

 その意識の違いは戦闘での行動を大きく左右する。


 ダメージを最小限に抑えたいピクシーは俺の殺害を断念し、容易く剣戟を回避して距離を取った。

 俺は死を免れ、攻められ続ける展開から一時的に脱することに成功した。

 変わらずに相手の方が優勢。けれど、戦いの状況に変化を生むことはできた。

 あのままじゃ、どうあっても詰まされる流れだったからな。それを断ち切れたのは大きい。


 まあ、この実力差じゃあ余命がちょっと延びたくらいのものだろうけれど。


「相打ち覚悟とは、面倒くさいですね」


「相打ちなんて大層なものは狙ってねえよ。命懸けで一太刀入れられればいい方だろうさ」


 死にたくはないが、こいつはクレア王女の敵で、ひいてはアリーシャ様の敵でもある。命の恩人の敵を討つのに命を懸けるくらい躊躇う理由はない。というか、それくらいの博打を討たないと一発入れられるかどうかも怪しい相手だし。


「自分の命を勘定に入れないとは、狂人の類ですか」


「アホか。殺し合いなんだから命懸けは大前提だ。戦いに身を置くやつなんざどいつもこいつも狂人だろうよ」


 といっても何の勝算もなくあんな危険を冒したわけではない。彼女の戦い方の傾向から無理をせず仕切り直す可能性の方が高いと踏んだからだ。

 そうすれば、少しでも時間が稼げる。


「まあ、俺も命は惜しい。けど、このままじゃあ俺はお前に負ける。なら戦局を変えるしかないよな」


「増援、ですか」


 ご名答。

 アリーシャ様から預かったもう一つの魔道具。その効果は起動させると、対となる魔道具にこちらの位置を教えるという救援道具だった。

 俺の手に負えない相手が出てきたときに使えということらしい。

 そうすれば、こちらの最高戦力らを差し向けてくれるというのだから、ご主人様の思いやりには涙が出そうだ。そして、俺のために働かされることになったケイトさんからの後の折檻を想うと涙目である。


 けど、遅いな。

 ケイトさんなら魔道具を使ってから秒で来そうなものだけれど……もしかして、見捨てられたか?

 ……いやいや、そんなまさか。


「それに関しては期待しない方がよろしいかと」


「あ?」


「仲間に陽動を頼んでいますから、騎士や魔導士たちはそちらの方にかかりきりで、こちらにやって来ることはありませんよ。もちろん、貴方のご友人たちも」


 ブラフ、か?

 けど、こいつがここで嘘をつくメリットはなんだ。

 誰もこっちに駆けつけてこれないほどの陽動なんてできるだろうか。夜会の規格外どもならそれくらいは可能か?

 正直、もう一度剣を合わせたところで単独では勝てる見込みはない。増援は必須。時間稼ぎならギリギリなんとかなる。

 けど、その増援が本当にこないのだとしたら?


 逡巡し、俺は口を開く。


「……そう言えば俺が尻尾巻いて逃げるとでも?」


 退却はしない。敵の言葉を鵜呑みにするのは愚の骨頂。奴は俺との戦いを避けようとしていた。なら奴の狙いは増援が来ないと思わせてこちらの戦意を挫くことにあると見た。


「まだやるつもりですか? 力の差は理解したと思うのですけれど」


 呆れたようにため息をつきながら短剣を水平に構えるピクシー。


「お前こそさっさと逃げねえのか? 何の用事があってこんなとこ(・・・・・)に跳んできたかは知らねえけど、諦めた方がいいと思うぜ?」


 ピクリ、と形の良い眉が僅かに動いた気がした。

 やっぱここにはなんかあんだな。


 転移で俺がついてくることは計算外の出来事だったはずだ。だから、転移先であるここにはこいつの目的の何かがあるはずだ。

 ――――この、闘技場のどこかに。


「……」


 彼女の反応は、沈黙。

 喋って余計な情報を漏らしたくないのだろう。

 適当に喋ってくれたらいいのに。

 そうすれば、剣を交えることなく会話でこいつをこの場で足止めして時間を稼ぐという俺の狙いが叶うのになぁ。

 まあ、そう上手くはいかないか。


 増援がこいつの言う通り来ないのかは俺にはわからない。実際に誰もこの場に駆けつけてくる様子もない。

 この闘技場は昼間は腕試し大会やらの催しの会場に使われていて、明日も使用されるため夜間であってもそれなりの警備がいてもおかしくないのだが、これだけ騒いでいて警備兵の一人もやってこないのはおかしい。

 夜会が何かしたのだろが、そんな人払いをする理由がこの場所にはあるとも考えられる。

 こいつの目的がこの闘技場にあるという憶測は、俺の中でますます確固たるものになっていく。


 まあ、何が目的かは知らねえけど。


 俺のやるべきことはこいつの討伐または捕縛だ。そのための戦力が揃うまで、足止めやら時間稼ぎをするのが俺の仕事。動機だのなんだのは別の誰かが探ってくれればいい。

 興味もないけれど。

 興味はないが、時間を稼ぐには口を動かすしかない。剣だとすぐに負けそうだし。


「王国の隠し財宝でもあるのか? それとも逃走のための秘密通路か? それとも別のなんかか?」


「……」


 ピクシーは沈黙を貫き、零度の眼差しで俺を睨む。

 先ほどまではなかった恐ろしいほどの殺気だ。

 下手に探って怒らせたか?

 本気で殺しに向かってこられると本格的にヤバいんだが……。


 スッ、と音もなくピクシーの姿が闇夜に解けて消える。なんだその技。忍者か。


「……どこから来る?」


 敵の姿を見失ったのは痛い。少し頑丈とはいえ、殺されれば死んでしまう柔な生き物なのだ。喉でも裂かれたらそれで終わりだ。


 頼む、誰か早く来てくれ。こいつは、俺には荷が重い。


 心中で弱音を吐きまくりながらも、周囲への警戒を強め続ける。相手の攻撃の僅かな前兆を捉えようと、必死に集中する。


 しかし、どれほど集中を高めようと俺の五感が取られるのは暗闇と静寂のみ。相手の存在をまるで感じ取ることができない。

 本当に、この場に誰もいないかのような。


「…………ん?」


 ふと、あることに気がつく。

 もしやと、思って構えを解く。酷く無防備な状態だ。

 しかし、何もない。

 何も起こらない。


「なるほど」


 ピクシーの目的はこの闘技場にある何か。

 俺は邪魔物ではあっても倒す必要性はない。

 増援を口にしたということは、あいつもそれを気にかけており、そもそもできれば時間をかけたくない様子だった。

 そして、明らかに時間稼ぎの行動をし始めた俺。


「逃げられた!」


 妖精はとっくにこの場から消えていた。




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