86.一方その頃――『守』
「はあ・・・・・・はあ・・・・・・」
わたしは壁に手をつきながら当て所なく城の中を彷徨っていた。
レイドさんに頼まれたとおり、倒れていた人たちを騎士の方々を連れてきて医務室まで運んで貰った。それを見届けて彼らと別れるまでがわたしの虚勢が保った時間だった。
「無様、ですね」
夜会の女を追い込んでいる際に相手の呪術を受けてしまい、全身に壮絶な痛みが駆け巡った。レイドさんがなぜか連れていた光の精霊のおかげで呪術は消え去ったけれど、精神的な疲労と身体を犯した激痛によってわたしは満足に動けなくなった。
少し休んだおかげで動けるようにはなったけれど、状態は万全からはほど遠い。
わたしが現場に向かったところで足手まといにしかならないのはわかっているけれど、大人しく安全な場所で座り込んでいることはできなかった。
この前もわたしは皆さんの足を引っ張るばかりだった。このままではその繰り返しだ。
わたしだってアリーシャ様の、レイドさん達の力になりたい。
そんな意地だけで、わたしはふらふらとした足取りで進む。
「――――そのような状態では余計に周囲へ迷惑を掛けることになるよ、モカ君」
頭上から聞こえた懐かしい声にわたしはゆっくりと顔を上げる。
「ゴーシュ・・・・・・先生?」
そこに立っていたのはわたしの魔術の師であるゴーシュ先生でした。
先生は壁に寄りかかるわたしの頭をそっと撫でます。
「師として、君の努力と才能は保証しよう。一年という修行期間の中で君は驚くほどの早さで成長していった。野生の魔物の駆除くらいにならなんの心配もなく送り出せる」
わたしに魔術の適性があることを見抜いたアリーシャ様は、ゴーシュ先生のところへとわたしを預けました。わたしが望むとおり、ゴーシュ先生はわたしに魔物へと立ち向かう術を教えてくれた。
・・・・・・そう、少しは強くなれたと思っていたのに。
「けれど、君はまだまだ未熟者だ。夜会の者たちと渡り合うには、実力も経験もまったく足りていない。正直、この場にいるには力不足だ」
「そんなことは、わかって、いますよ」
言われずともわかっている。
対峙しただけで実感した。彼ら彼女らは、並の実力者ではない。一流と呼ばれる人種の中でもさらに上位の人間。
まだまだ半人前のわたしでは逆立ちしたって敵わない相手だと。
「それでも・・・・・・役に立ちたかったんです」
未熟者で、半人前で、力不足で。
それでも足りないなりに、本当に微力であっても力になりたかった。
尊敬する、大好きで、大切な人たちの助けになりたかった。
「でもまた、わたしは足手まといで、何もできないまま」
それが――悔しくて堪らない。
悔しくて、悔しくて、無力な自分が憎くて。到底じっとなんてしていられなかった。
身体を引きずってでも、這ってでもその場から動かずにはいられなかった。
わたしだって、なにかがしたかった。
「このままじゃ、ダメなんです。こんなわたしでもお手伝いはくらいできるはずです」
みんなが戦っているというのに、自分だけがのうのうとなんてしていられない。
「はあ・・・・・・やっぱり見かけによらず意地っ張りだねぇ、君は」
やれやれ、と苦笑いを浮かべたゴーシュ先生はひょいとわたしを肩に抱き上げる。
そしてその状態のままどこかへ向かって歩き出してしまった。
慌ててわたしは声を張り上げる。
「ご、ゴーシュ先生!? なんですか一体!?」
「何って、せっかくだし君に手伝って貰おうかと思ってね」
「手伝い?」
「そう。やりたかったんだろう?」
少しでも役に立ちたいと言ったのはわたしだ。けれど、急な展開に意識が追いつかない。
「夜会の連中が悪さをしているのは知っているだろう? その規模が少しやっかいでね」
「規模?」
「王城や城下で暴れるくらいのことはするとは思っていたんだけど、ちょっとあれは予想外だった」
そう言ってゴーシュ先生はわたしに遠見の魔術をかけて窓の方へと顔を向けさせる。
一瞬、それがなにか判別できず怪訝な表情を浮かべてしまったけれど、理解できるとあまりの光景に絶句した。
真っ暗な闇夜の空。
雲がかかっているのか月明かりどころか星も見えない夜空に、蠢くものが浮かんでいた。
よく見ればそれはとても広範囲に及び、地上から月や星を隠してしまうほどのものが空を覆っているのだと気づく。
「どこであれだけのものを用意してきたのか。少し笑ってしまったよ」
笑えない。
少なくとも、わたしには笑う余裕などない。
空を飛びながら、王都へと向かってくる死者の軍勢を見て笑えるはずなどなかった。
「敵に氷棺の魔女がいるとは聞いていたけれど、あれだけの物量を用意してくるなんて。やはり魔女とは恐ろしい」
ゴーシュ先生が操作したのか、視点が地上へと移動する。
すると、こちらへと走ってくるスケルトンの群れがいた。その規模は千以上いるのは確実だろうか。
「ちょっとあれを、民衆に気づかれないうちに殲滅する必要があるんだ。その手伝いをしてほしい」
見ただけで全身から寒気が退かない。空と地の両面から進軍してくる死者達。
同じ景色を見たはずなのに、けれどゴーシュ先生は少しだけ困った顔をするだけで恐怖や焦燥をまるで感じていないように思えた。
「恐ろしく、ないんですか・・・・・・?」
「ははっ、あれぐらいのことで揺らぐほど、この国は弱くないよ」
――次の瞬間、飛行する死者達の一角が爆ぜた。
「!?」
「ああ、始まったか。こちらも急がないと」
一瞬にして百ほどの敵が打ち落とされた。それを目にした途端、ゴーシュ先生は遠見の魔術を切って再び歩を進め始めた。
「夜会は王国に対して色んな手で仕掛けてきたみたいだけれど、こちらだってそれ以上の手は持っているんだ」
王国騎士団と王国魔導師団。
二つの名が頭を横切る。
「アリーシャ嬢のところに居られるケイト殿とヨハン殿。あの二人はこの国でも、いや、世界でも規格外の御仁だ。あれらを比較に使ってはいけない。この世から見劣りしない者を探す方が難しい。あの二人をよく知る君からすれば酷く劣って見えるだろうけれど、この国の騎士も魔導師もそう捨てたものではないのだよ」
自慢げな表情を浮かべながらゴーシュ先生は語ってくれた。
現在、あの軍勢以外にも王都や城内のあちらこちらで夜会の従魔と思しき怪物が姿を現して暴れているらしい。
国はそれに対して王都の兵力の全てを上げて対応しているのだという。
「私もその手伝いに行くところなんだよ」
今、王都で起こっていることを簡潔に教えてくれている内に、わたしたちは屋上へと辿り着く。城内の塔の中でも一際高いところで、その屋上ともなれば遠見の魔術を使わなくとも、王都へ向かってくる死者の軍勢の姿を一望することができた。
「遅かったですね。こちらの術式はもうすでに張り終わりましたよ?」
「すまない。丁度良いところで教え子を拾った物でね」
屋上にいた先客は担がれたわたしの姿に眉をひそめながらも、ゴーシュ先生に何か言い募ることはなかった。
わたしはそのお方に怒られないか冷や冷やした。
「彼が王都内に外の状況が伝わらないように隠蔽の魔術を張ってくれたんだ。これで多少派手なことをしても祭りに水を差すことはないだろう」
ゴーシュ先生は彼がわたしたちがやって来るまでにしていたことを説明すると、わたしを肩から下ろして身体をほぐす。
そして、鼻歌を歌いながら強大な火炎魔術を紡ぎ出す。
「とりあえず、あそこら辺を焼き払っておこうかな」
本来は一流の魔術師が数人がかりで時間をかけて完成させる術を、たった一人で数分と掛からず完成させたゴーシュ先生は宣言通り、指さした地上から進行してくる軍勢の一角を消滅させた。
それを当然のように眺め、隠蔽の魔術を欠片も揺らがせることなく発動させ続ける王国魔導師団第三席。
彼と呆然とするわたしの視線の先でまったく疲労の色を見せることなく、新たな魔術を紡ぎ始めるゴーシュ先生。
――これが、王国魔導師団第二席の力。
「魔力が切れてきたら、君から魔力を借りるつもりだからその時はよろしくね。それまでは、僕の術式でも観察しているといい。少しでも私の技を盗んでいってくれ」
そういってわたしに笑いかけながら、ゴーシュ先生は再び迫り来る死者達をなぎ払った。




