85.一方その頃――『破』
「「【ホワイトブレス】」」
意図的に魔女と同じタイミングで、同じ魔術を発動。
氷雪の奔流がぶつかり合い、周囲へと極寒の冷気を撒き散らす。
拮抗は一瞬。私の魔術が、彼女の魔術を押しのけて殺到します。
「くっ」
寸前で魔女の姿が消失し、少し離れた場所に【ショートカット】で出現します。もう二秒ほど粘ってくれていれば魔女の氷像ができあがったのですが、見切りの早さは年の功と言ったところでしょうか。
「なんで、なんで、なんで!?」
錯乱したように叫びながら、緻密な制御によって完成した魔女の【アイシクルバレット】に、私も後追いで同じく【アイシクルバレット】を完成させる。
降り注ぐ氷弾の嵐に、こちらの氷弾を一発ずつ当てて相殺していきます。
そして、応酬の最後に余った一弾が高速で魔女の頬を掠めて行きました。
ギリギリで躱されてしまいましたか。なかなか殺せません。しぶとい。
「もうっ、また!?」
「いい加減、諦めて殺されてくれませんか?」
生き汚い生物だけあって、生き長らえる術に優れているのは認めましょう。ですが、私もそろそろアリーシャ様の元に戻りたいのです。そこを配慮して、もう少し簡単に殺されてほしいですね。
「貴女では私に敵わないのは、もうおわかりになったでしょう?」
「わかんないよ、そんなの!」
「そうですか」
魔女は悪魔の力を得ているため強力な権能を振るうことができますが、反面、悪魔の力や長命による悪影響で精神面が非常に不安定になります。百年以上生きているのに見た目だけでなく言動まで幼いのはそのせいでしょう。
そして思考力までそのレベルまで落ち込んでいるためこんなこともわからないみたいですね。長年蓄えた戦闘能力だけはそのままというのは少々納得できませんが。
「魔女である貴女は膨大な魔力を振るうことができます。ですが無尽蔵ではないでしょう」
いくら悪魔の力を得ていても、その力は有限。だったら、なんの問題もない。
「私が張った結界のせいで貴女は逃走できない。だから貴女は私を倒すほかありません」
けれど、それは不可能だ。
「その体躯では近接格闘は得意ではありませんよね。魔女ですし、魔術戦を選択するのは至極当然のことです。魔術の腕前には自信もあることでしょう」
魔女は話の最中に攻撃してくるが、先ほどまでと同様の対処を施す。
「ですが、私も魔術については少々自信がありまして」
私のやっていることはとても簡単なことです。
相手よりも効率よく魔術を紡ぎ、魔力の消費を抑えた上で相手の術と威力が同等か少し上回る術を使う。これなら相手より魔力を節約し、勝った分の攻撃を仕掛けられます。
結界の維持があるとはいえ、すでに省エネ状態に切り替えているため魔力の消費量は少なくなっています。魔女が回避に使っている【ショートカット】などとは比べるべくもありません。
元の魔力量からして私と彼女には然程の差はないため、魔術戦の鍵を握るのは魔術の技量と魔力の消費量になります。
そしてその二点で、すでに私は彼女に勝っている。
「悪魔の力を手にしたからと言って、その程度の力で私に勝てるとお思いなら、どうぞ勝ってみてくださいな」
「っ~~~~~!!」
迎撃。
迎撃。
迎撃。
「さて、私はそれほど魔力を使わなかったのですが、貴女はどれだけの魔力を消費されましたか?」
「うるさい! 死んじゃえ!」
巨大な氷槍が私を目掛けて飛んできます。これは・・・・・・避ける必要もないですね。
効率よく、効果的に肉体を強化。時間は一瞬でいい。迫る氷槍を蹴り上げる、その一瞬だけ身体強化を発動する。
「なっ!?」
「隙だらけですよ」
上空に打ち上げられた氷槍をあっけにとられて目で追う魔女に、私は魔力弾を放つ。
それに気づくのに遅れた魔女は回避が間に合わず、肉体の右半分を抉り取られた。
「うっ、ううぅぅぅっ~~~~っっっ」
「勝負、ありましたか?」
消失した右半身を左手で押さえながらうずくまる氷棺の魔女。あれだけ尊大な口上を吐きながら、とても無様な姿を晒しています。
「これなら捕縛して色々と情報を聞き出しましょうか?」
正直、魔術さえ封じてしまえば彼女はそこらの童女と変わりはない。魔女なら首だけでも死にはしないでしょうし、持ち運びも楽でしょう。
有益な情報を持っているとも限りませんが、一応は持って帰りましょうか。
「ぅなぁ・・・・・・」
「はい、何か?」
「なめ、るなぁよぉっ・・・・・・――――小娘があああああああアアアアっ!!」
次の瞬間、魔女の周囲に荒れ狂う吹雪が舞い、彼女の姿を覆い隠してしまいました。
「これは・・・・・・?」
渦巻く吹雪の中から魔女の魔力が膨れ上がっていくのが感じられます。
瞬く間に強大になっていく彼女の気配は、真正面からやり合うのを躊躇う程。
どうやら、奥の手を切ってきたようですね。
魔女を覆っていた氷雪の渦が弾け飛ぶ。
そこから姿を現したのは変わり果てた魔女。幼い童姿だったのが大きく成長し、妙齢の女へと変貌を遂げていました。
肉体はすっかり再生を果たし、装束も禍々しい純白のローブになっています。
「それが完全武装状態ですか?」
「ええ。消耗が激しいのが難点だけど、それ以外は先ほどより全てが上ですわ」
外見だけでなく、喋り方にも確かな知性を感じられます。どうやら、この状態の彼女は悪魔の力を完全に制御下に置いているようですね。
その分だけ疲れやすい。あの無様な子供姿でいることを平時であれば許容するほどに、制御は難しいということなのでしょう。
「アイス・コフィン。その姿の貴女は、確かに私の敵になりえるでしょう」
「ふふ。『英雄』・・・・・・いえ、かの『勇者』様にそう評されるのは光栄だわ」
「私はそう呼ばれることを許したことは一度もありませんよ。興味もありませんし」
「そう。だったら安心して。今日以降、呼ばれることはありませんわ。わたくしが無残に殺して差し上げますもの」
はあ・・・・・・勇者、ですか。
何度私は違うと言えば済むのでしょう?
「有象無象からどう呼ばれようと構いませんが、一つお尋ねしても?」
「あら、何かしら?」
「変身が終わったのなら、もう手は出してよろしいですよね?」
彼女が吹雪を纏っている間に展開した魔術【ミラーシールド】。その効果は魔術の反射。
アイス・コフィンを取り囲むように設置した複数の【ミラーシールド】に間髪入れずに続々と魔術を放ちます。
計算された位置と角度に設置された【ミラーシールド】の包囲の中で、私の魔術が反射を続けて減退することなく縦横無尽に駆け巡っています。
「貴女の【ショートカット】の移動距離は把握しました。転移でも逃げ切れませんよ?」
転移で躱される場合の最も単純な対処法の一つ。
相手が一度に移動できる空間全てに一斉に隙間なく攻撃を仕掛けること。
幾十もの魔術がぶつかり合い、反発して強大な魔力爆発を生みだす。
これは余波だけでもこの一帯を吹き飛ばしかねないので、球状の【ミラーシールド】で無理矢理爆発を押さえ込んでしまいます。
「さて、少し辺りが焦げてしまいましたけれど」
焦土になるよりは断然マシでしょう。
しかし、そんな爆発をその身に受けたであろう魔女は、未だに原型を保っていました。
「今回は五体満足ですか。本当にしぶといですねぇ」
「く、うぅ・・・・・・っ」
流石に無事には済まなかったようで、全身に酷い火傷を負っていました。
魔力を防御と再生に全て回したのでしょう。
その結果、彼女は生き残り、現状で僅かな間とは言え身動き一つ取れなくなっている。
「また何かされても面倒です。今のうちにさっさと殺してしまいましょう」
生け捕りにできても下手をするとアリーシャ様に危険が及ぶ可能性があります。それは絶対に許容できません。
もう数秒もすれば魔術の一つくらいは撃てるようにはなりそうですし。
なのでここで殺してしまいます。
「さようなら」
彼女の全身を塵にできる程度の魔術を使うために右手に魔力を集めます。
そしてそれを――――咄嗟に上空へと向けて放ちました。
遠方より飛来した何者かの魔術が私の結界に着弾。結界の最も惰弱な部分に的確に当ったため、一撃で私の結界が砕け散ります。
そして、その砕けた結界の間を縫って同種の魔術が高速で私へと飛んできますが、それは私の魔術で迎撃され空中で四散しました。
「超長距離からの射撃? 一体誰が?」
一撃で私の結界を破壊して見せた術者への興味から、一瞬だけ意識がそちらに集中してしまい、すぐにはっとなって振り返ったもののすでに手遅れでした。
倒れていた魔女の姿はもうどこにもありませんでした。
彼女の逃走を防いでいた結界がなくなったため、私の気が逸れた瞬間に封じられていた長距離転移で撤退したのでしょう。
「これは、失態ですね」
手を抜いていたつもりはありませんが、苛立ちから甚振りに時間を振りすぎてしまったのが失敗でしたね。
あの横槍がなければ何も問題はなかったのですが・・・・・・いいえ、想定外にも対応できなかったのですから私の手落ちでしょう。
失敗は失敗です。
「・・・・・・仕方ありませんね。もう少し働くとしましょうか」
本当は王都の人達の仕事なのですけれど、私の気も済みませんから。
深いため息を吐きながら、外壁の向こう側へと視線を向けるのでした。




