84.一方その頃――『因』
遠くから甲高い破砕音が響くのと同時に、視界の上で流星が二つ過ぎる。
いえ、あれは星ではなく、何らかの魔術?
刹那に消えた二本の白線。それらが飛び去った方を見上げ、つい眉間に皺が寄る。
現状から考えられるのは、夜会の者が何らかの攻撃を城下に向けて放ったというところなのだけれど。
「あれは奴らの攻撃か? 被害は出そうか?」
「ありゃあ【魔霊弓】だね。それの二射。人か建物が一つか二つ吹っ飛ぶ程度ってところか」
陛下の問いに、傍らに控える女魔師が端的に答える。一瞬で術の正体やその威力を見抜く辺り、さすがはこの国の主席魔道師ね。
「射程距離、威力、発動速度。そのいずれもが高い術ではあるが、攻撃範囲はかなり狭い。被害は出てもかなり小さいだろうね」
「広域に被害を出したいわけではないのか?」
「何が狙いかは知らん。けど、ピンポイントで何かを狙った攻撃ではあったんだろうね。普通の弓矢と同じで遠くのもんを当てるのは難しいはずだが・・・・・・ちっ」
常から不機嫌そうな顔をしている彼女がさらに表情を忌々しげに歪め舌打ちをする。
「クソ、隠れやがった」
「お前の探知から逃れたのか?」
「場所が悪いのもあるけど、敵さん、なんか妙な力使ってやがるね」
「相手はあの夜会だからな。それで賊の居場所と数くらいはわかったのだろう?」
「城内にいる夜会の賊はあと一人。さっきの【魔霊弓】の術者だ。そんで最後に反応があった場所は王族の私生活区域だよ」
王族の私生活区域、と聞いて隣のクレアの肩がぴくりと跳ね、不安と心配の色が浮かぶ。
「何か心配事?」
「・・・・・・部屋に残してきた子がいるのよ」
陛下が部下とやり取りしているのを横目にこっそりと話しかけると、クレアも砕けた口調で小さく頷く。
その子というのは以前に聞いた娘のことかしら。
「前にお気に入りの子ができたって言ってたけど、その子のこと?」
「ええ。あの子、抜けてるところがあるの。大丈夫かしら・・・・・・」
不安げな表情を浮かべるクレアはどうやらその少女に対して随分と入れ込んでいるらしい。
王女という立場から気の置けない相手は希少で、周囲の視線を常に意識して王女らしい立ち振る舞いをしなくてはならない。私が相手でも人の目があれば格式張った堅苦しい対応をする。人の目が無ければ、気を抜いてお喋りもできるだろうけれど、そもそも私は頻繁にクレアと会うことができない。そのためクレアにとっては身近にいて心許せるその娘はかけがえのない存在なのだろう。
そんな相手の近くに不穏な輩が彷徨いていると知っては気が気でないのも仕方が無い。
「・・・・・・賊の居場所は割れたのだし、すぐに騎士が派遣されるでしょう。貴女の近衛であるロザリアを動かすわけにもいかないのだし、大人しく待っていなさい」
「それは、そうだけど」
「大丈夫ですよ、姫様。流石にアンナもノコノコと不審者の前に出たりはしないでありますよ」
ロザリアと共にクレアをなだめている内に陛下のゴタゴタも一段落ついたらしい。魔導師の彼女を通して念話で支持を出し終えた陛下はこちらに向き直った。
「さてどこまで話したのだったかな?」
「この騒動の黒幕がうちのお爺様というところまでです」
「そうだった、そうだった」
マティス・フォン・フェニキシア国王陛下が惚けた様子でウムウムと頷く。
こちらも同じ見解ではあるけれど、国内でこんなことをしでかしそうなのはあの人くらいだ。
それにこれが初めてというわけでもない。
「あの爺はどうにも俺のことが気に食わんみたいでなぁ」
「陛下だけではないでしょう。この前も私の元に刺客が送られてきましたもの」
「ああ、俺のところにもよく来るぞ」
「二人とも、庭先に遊びに来る猫じゃないんですから」
互いにお爺様の迷惑ぶりに同調しているとクレアが呆れた声を漏らす。
「? 野良猫とさして変わらないでしょ?」
「そうだな。来たら少し賑やかになる辺り一緒だろう」
ダメだわこの二人、と何やら頭を抱えるクレア。お爺様の用意できる戦力なんて高がしれているし、刺客と警備との戦力差を考えれば不安になることなんてないのに。
「まあ、『夜会』なんてものを引っ張ってきたのには少々驚きはしましたけど」
連中は一人雇うだけでも相当の金が掛かるのだ。それを今回は十人近くも用意したのだから少しは驚きもする。国家予算並みの金銭が動いたのではないかしら。
「隠し財産でも放出したのかしら?」
「もしかすると、金なんて払ってないかもしれないぞ」
この狸オヤジは何を言っているのかしら。金を払わずに殺し屋が動くはずが――――。
「・・・・・・妙ね」
「なにが?」
「殺し屋を雇うのは、誰かを殺したいからですよね?」
「それはそうでしょう」
何を当たり前のことを言っているのか、と怪訝な様子のクレア。けれど、おかしいのよ。
「私や国王陛下の命を取ろうとするのに、『夜会』なんて力不足の連中を使ったのかしら?」
「ふ、不足? あの『夜会』が?」
クレアが戸惑いの声を上げるけれど、これは純然たる事実だ。
確かに、『夜会』のメンバーはそこそこ手練れが揃っていて、数がいれば王国貴族だけでなく王族を何人も殺害することは可能だ。
けれど、お爺様の標的である私と陛下は、例え『夜会』の全戦力を差し向けられようと殺害することはできない。
「私の手元にはケイトとヨハンがいるのよ。有象無象が揃ったところで脅威にはならないわ」
陛下にも剣聖や大魔導の連中が警護に就いていて、国王だけあって周辺にもかなり厳重な警備が敷かれている。真っ正面から襲われても平然と返り討ちにできる戦力が常に揃っているし、裏を掻いて暗殺するのも難しいだろう。
「大精霊フェニックスの契約者である陛下を殺害するのも容易ではないし」
「・・・・・・そこを不可能と言わない辺りがアリーシャよね」
「本人を前に殺せるとか言わんぞ普通。俺じゃなかったら不敬罪で処刑だぞ?」
「事実ですし。そんな狭量なことで処刑しようとしたら、ケイトに殺されますよ?」
「・・・・・・彼女なら本当に実行しそうだな」
ええ、ケイトなら絶対にやりますとも。
世界と私なら、本気で私の方を取る子ですから。
「まあ、ケイトならともかく、普通なら陛下を殺すこともできはしません」
ケイトでも実行するにはかなり手間が掛かるはず。つまり常人には実質不可能だ。
「それはお爺様もわかっているはずです。なのに、大金を払ってまで『殺せない殺し屋』を雇う必要があるのかしら?」
雇う理由があるとすれば『私たちを殺す』こと以外。
この程度の戦力では私たちを殺すことができないのはわかっているのだから、陛下の命が狙われることや大きな騒ぎを起こすことの方が目的かしら。
諸外国から要人がやってくる式典で人が死ぬような騒動が起これば、他国への影響力は下がり外交にも差し障りが出る。
人的被害も考えれば、今回の一件で少なからず国力は低下する。お爺様の狙いの一つはこれだろう。
「こちらが問題に対応している間に、自分は証拠を隠滅して安全圏へ。いつもの手ですね」
「当主の地位を退いてからも各方面に影響力が残っているから強引に排除もできんのがあのクソ爺の嫌なところなんだ」
お爺様はことあるごとに私たちの命を狙ってくるけれど、それは不可能だと理解しているため、基本的の私たちの力を削ごうと動く。
そのくせ、本人は殺されれば私たちが無視できないような悪影響が出るような仕込みを常に整えているのが質が悪い。ああいうのを害虫や老害などというのだろう。
「共倒れが最高。返り討ちが前提で『夜会』なんて自分へと刃を向けるかもしれない不穏分子を差し向ける。私たちによって不穏分子は排除。さらに私たちに被害が出れば儲けもの。国外への影響は間違いなく出るから、大きめの騒動が起きればそれで十分。こんなところでしょうか」
「ついでに、俺たちが『夜会』を始末すれば成功報酬を払わなくて良いから出費は前金だけで済む。これで金銭面の問題は解決だ」
なんともせこい話だ。けれど、合理的ではある。
「・・・・・・あの、二人とも元リオネス公爵――コンラッド様が下手人であることを前提に話を進めていますけれど、何か証拠でもあるのですか?」
「ないわよ、そんなもの」
「あのクソ爺は自分に繋がる証拠なんぞ残さんよ」
「えぇ・・・・・・」
納得がいかないようだけれど、ないものはない。
「こんなことするのはお爺様くらいよ。状況証拠はなくもないけれど」
「状況証拠?」
「夜会の者たちが持っていた『記章』よ」
記章がなぜお爺様が黒幕であることに結びつくのかわからないクレアは首を捻る。
「あれがどうやって夜会の手に渡ったと思う?」
「それは、内通者によって盗まれたり・・・・・・」
「そんなことできるわけないでしょう」
あの記章は所有者を結界内で結界の制限から外す効果がある。結界内では犯罪者は強力な魔術は使えず、警備側は十全に力を振るえるとなればその有用性は明らかだろう。
だからこそ、そんな有用なアイテムは厳重に管理されているし、そう簡単に盗み出すことなどできない。
しかも、夜会の手に渡っていた記章は『結界の制限を一切受けない』という最上級の物で、これは王族の近衛や大魔道など、国から本当に信頼されている人物にしか貸し出されない。
そんな一つ持ち出すのも難しい代物を、複数人分秘密裏に盗む。
はっきり言って不可能だ。
「でも実際に夜会の手に渡っているわけですし」
「陛下、一応確認しますけれど、所在が確認できない記章はありましたか?」
「ないな。念入りに調べさせたが、あの種類の記章は一つたりとも紛失してはいない」
「えっと、つまり・・・・・・?」
まだクレアは答えに行き着かないようだけれど、焦らす必要もないため答えを口にする。
「あれは新しく作られた物です。正確には偽造品ですね」
「ぎ・・・・・・っ!?」
言葉をなくすクレア。その後ろで静かに耳を傾けていたロザリアも目を見開いて硬直している。
他の面々は事前に知っていたのか、彼女たちの様子に苦笑いを浮かべていた。
「記章自体は人の手で作られた物ですから、また新しく作ることも当然できます。王国の貴重品ですから普通は複製なんてできませんが、お爺様に限っては別です」
「あのクソ爺は先代の技術局長で、魔道具造りの第一人者だ。記章は改良されて少し造りは変わっているが、クソ爺は現役時代に何個も記章を作成してる。完璧には無理でも、一時的に現行の物と同程度の性能を発揮できる劣化品くらいは作れるだろうさ」
お爺様ならそれくらいできるだろう。けれど、それができるという証拠はない。
シラを切られればそこまでだ。
「まあ、お爺様の目的はいつものように私たちの足を引っ張ることですね。ですが、一つだけ引っかかりますね」
「何がだ?」
どうやら陛下は気づいていないらしい。
「陛下への嫌がらせとして、お爺様は夜会を使って数々の騒ぎを起こさせました。王女を暗殺しようとしたり、王都民を殺したり、パーティーを滅茶苦茶にしようとしたりと色々としでかしてくれましたよね」
「ああ、後始末を考えると頭が痛いな」
「では、先ほど王族の私生活区域に侵入した者は、何の目的があってそんな場所へ?」
私の口にした疑問に、誰もすぐに答えることはなかった。




