82.一方その頃――『嵐』
本日で三周年です。これまでお付き合いありがとうございます。
「ヨハン」
「なんだい、ロザリア」
名前を呼ばれてそちらを向くと、ロザリアが大男と斬り合いを続けている最中だった。ロザリアは相手の攻撃を弾き、逸らし、避け無傷。対して男の方は何度か切られていたが、こちらも無傷の状態だ。深めの切り傷も瞬く間に治るのを横目で見ていた。
「応援要請かな?」
「そんなもの、いらないであります!」
声を荒げ苛立ったように相手の戦斧を蹴りつけ軌道を逸らし、相手の体勢が崩れたところで自分はその反動を生かして切り払う。
昔と違って随分と型破りな戦いをするようになった。
ロザリアが地面を蹴って後退すると、そこに男の拳が空を切る。男は血まみれだが、彼女の付けた傷はすでにない。
「遊んでいないで、とっとと向こうの男を倒してきたらどうでありますか?」
「別に遊んでいないけれど?」
今も間合いに入ってきたスケルトンを切り捨てたところだ。仕事はしている。
「『錆』とかいう野郎を倒したなら、もう一人の方も行けと行っているのでありますよ!」
大男の攻撃を巧みに躱しては切りつけるを繰り返すロザリアが声を荒げる。僕はスケルトンを切った。
足下には左右に両断された刀剣使いの死体が転がっている。
「行きたいのはやまやまなんだけれど」
スケルトンの軍勢の向こうには『鉤爪』と呼ばれていた男が眉を寄せてこちらを睨んでいる。魔道具でスケルトンを大量に召喚して数で圧倒しようとしているが、彼自身は一歩たりともこちらに近づいてこようとしない。
「この戦況でアリーシャ様から離れるのは少し不安だ。せめてロザリアが控えていてくれたら僕も安心して踏み込めるのだけど。・・・・・・まあ、つまりは君待ちだね」
「――――っ、本ッ当に嫌味なやつでありますな!」
ロザリアが剣を掲げ、叫ぶ。
「【雷華】!」
白雷を纏ったロザリアが一歩踏み出す。
次の瞬間には、彼女は男の懐に飛び込み剣を突き立てていた。
「塵と消えろ」
「――っ」
悲鳴を上げる暇も無く、大男は剣から放たれた雷に飲み込まれた。
いくら驚異的な再生能力を持っていても、一瞬で全身を黒炭にされてはそれも発揮できなかったみたいだ。
身体がボロボロと崩れていく。これでまた動き出すようなことがあれば、再生ではなくもはや不死身の部類だろう。
「嘘だろオイ。『老樹』のオヤジまでやられちまったじゃねぇか」
「それじゃあ、君で最後だね」
「やっべ」
万が一に備えてアリーシャ様たちの近くには僕かロザリアが残っていることが望ましい。そのため、彼が逃げ出さないか注意しつつ、彼女の戦闘が終わるのを待っていた。
これでようやく『鉤爪』とかいう男の捕縛に動ける。
アリーシャ様たちの安全を確保しつつ、彼を対処する方法もあるにはあるが、それだとほぼ確実に殺してしまうため行動に移すのを躊躇っていた。できれば生け捕りにして情報を得たいからだ。
「あの二人を簡単に殺っちまうような化け物連中の相手なんてできるかっ」
そう吐き捨てると、『鉤爪』は大量の赤い石を一帯にばらまいた。召喚用の魔道具だ。
続々と呼び出される武具を持ったスケルトンたち。普通のスケルトン以外にも、スケルトンワイバーンやスケルトンウルフ、キメラのように様々な生き物を継ぎ接ぎしたような見たことのない種類のスケルトンまで姿を現す。
そしてスケルトンたちを壁にして、『鉤爪』は背を向けて脱兎のごとく逃げ出した。
「待つであります!」
それを追うロザリア。雷光を身に纏い、姿が掻き消えると軍勢の中のスケルトンの頭が次々と弾け飛ぶ。
頭を踏み台にして強引にあの壁を突破しているのだろう。
「こんなことならさっさと刻んでおくべきだったか?」
『錆』とかいう刀剣使いをあっさり殺してしまったため、一人くらいは生け捕ろうと様子を伺っていたのだけれど、思ったよりも逃げ足が速い。殺し屋や殺人鬼ではなく傭兵上がりなのかもしれない。
瞬く間に『鉤爪』の背後へと追いついたロザリアが剣を振り下ろす。
「来ると思ったぜ、バーカ」
振り返りざまに腰の剣を抜き放ち、ロザリアの剣を受け止める。けれど、受け止めただけではあの剣には意味が無い。
刀身が輝き雷撃が放たれる。これに貫かれ、それで終わり。
「なっ!?」
ではなかった。
虚空から現れた禍々しい赤黒い腕が男を庇い、その表面で雷は全て弾かれてしまう。剣伝いに電流も流れているはずだが、相手の様子を見るにこれも届いていないようだ。
「あれも魔剣か?」
召喚系の能力のようだが、出現したあの腕からはかなり濃厚な邪気を感じる。
しかし、のんびり考察している暇はなさそうだ。
「死ね」
男が剣を振るう。それをロザリアが受ける。真上に腕が出現し、その凶悪な爪で切り裂かんと迫る。
それをロザリアは転がるようにして躱す。
だが、腕は二本あるものだ。
そして、そこに待ち構えていたように現れたもう一つの腕が、彼女の命を奪おうと伸びる。
「――嵐は我が剣の内にあり」
彼女はきっと怒るだろう。昔からそうだ。
まあ、仕方が無いな。
「【隼迅】」
剣を振るい、風が走る。風は静かに、けれど速く駆け抜けていく。
そして、スケルトンの軍勢を、邪悪な双腕を、『鉤爪』の肉体を通り過ぎた。
「ア?」
吹き抜ける一陣の風。されどそこに込められたのは嵐の一閃。
触れたものを無慈悲に引き千切る暴風だ。
故に。
「君が死んでくれ」
全てが、弾ける。
亡者も、魔の腕も、生身の人間も。
その風に触れたもの全てが例外なく、バラバラに千切れ飛んだ。
「はあ・・・・・・」
やっぱりダメだなこの技は。敵を一掃するには便利なのだけれど、無駄に威力が高すぎる。
そして、使うと周囲が散らかる。威力が集中しているため余波は出ないけれど、当った対象がその分バラバラに吹き飛ぶので、細かい破片が散乱してしまうのだ。
風でそれらを一カ所に集めるまでがセットだ。
「あの人も大概滅茶苦茶ね。というか、何よあの剣は?」
「とあるダンジョンで入手した魔剣ですが?」
「見たところ、我が国が剣聖に与える魔剣と同格のもののように思うのだけど?」
「ええ、そうですね。分類上は最高品質の魔剣の一振りです」
クレア殿下が頭を抱えた。一貴族が持っているには不相応な品だから、その反応は当然と言える。
「・・・・・・ヨハン」
「やあ、無事でよかった」
よ、と言い切る前に振り上げられる彼女の拳。渾身のアッパーは痛そうだったので避ける。
「何を余計なことをしてくれてやがるでありますか!!?」
「いやー、ごめん。つい」
「助けたつもりでありますか? ああやって、地面に転がって避けるところまで想定済みだったでありますし、むしろ、あと五手であいつの首を叩き落とせていたのですよ! それを後ろからしゃしゃり出てきて、ついでに人様の上にあんな物騒な攻撃飛ばしてくるなんてどういうつもりでありますかこの野郎ぉっ!!?」
「・・・・・・善意?」
「善意で人の上に肉片撒き散らすとはいい度胸でありますなぁ? ぶっ殺してやる」
確かに僕のせいでちょっと悲惨なことになっていたので「まあまあ」となだめながら、浄化魔法をかけて汚れを落とす。
しかし、それでも彼女の怒りは収まらない。
「大体! お前は昔から本当に、本ッ当に気にくわないのであります! 士官学校では常に座学も実技も私を抜いて一位。可愛い同期も後輩も、さらには優しい先輩までお前が掻っ攫っていくし、そのくせ男どもからの受けも悪くない! 座学、実技、人望、全て二位とか言われたときの心境がお前にわかるか!? わからんだろう、クソ野郎! 騎士団に入ってからだって」
「ロザリア、ストップ、ストーップ!」
主であるクレア殿下に制止され、ピタリと口を閉じたロザリア。こういうところは相も変わらず真面目だ。目はものすごくこっちを睨んだままだけど。
「ヨハン、その剣拾っておいてくれる? なかなか面白い品みたい」
アリーシャ様に指示され、落ちていた剣を拾う。『鉤爪』が使っていた腕を呼び出す魔剣だ。
「えっと、とりあえずこれで城内は安全になったのかしら?」
「どうでしょう。それを確かめるためにも、一人くらいは生かした状態で捕まえたかったのですけれど」
チラリと視線を向けられ、僕は肩をすくめて苦笑いを浮かべる。
「・・・・・・ペッ、そういうすかした態度も気にくわないのであります」
「ロザリア」
釘を刺され、再び黙るロザリア。
「ともかく、城外はケイトを向かわせたから万全ですし、この二人がいれば私たちの身の安全は大丈夫でしょう。城内の敵の有無はレイドたちが帰ってきて次第確認するしかありませんね」
そう言っている内に、近づいてくる人の気配を捉える。
「・・・・・・レイドたちではなさそうですね」
かといって夜会でもなさそうだ。敵意がない。
「もしかすると、あの人かしらね」
僕とロザリアが警戒を向ける中、アリーシャ様は予想がついているのか相も変わらず泰然としていた。
そして、夜闇の向こう側から姿を現した人物に、一人を除いた全員が息を飲む。
アリーシャ様は一人、艶然とした笑みを浮かべて優雅に一礼する。
「何か御用でしょうか――――――――国王陛下?」
三周年、ということで頑張って投稿。
なんとか今年中に一部まで書き上げたいです。
そして新作を投稿したいです。
四年目の抱負でした。(・・・・・・できるか?)




