81.一方その頃――『魔』
「ふんふんふふ~ん、ふんふんふふん~♪」
「【バーストプリズン】」
先手必勝。
屋根の縁に腰掛けながら鼻歌を歌うそれに向けて魔術を発動させる。【バーストプリズン】は相手を炎熱の檻に閉じ込めてその中で爆殺するという、周囲に被害を出すこと無く強い火力をたたき込める非常に便利な術です。
食らえば肉片どころか灰すら残らないのですが。
「もーっ、いきなり何するの? 人がせっかくお祭りを楽しんでるのに」
「【メルトライト】」
隣の家屋の煙突の上で両手を組んで立つ灰色の髪の童女。あざとく頬を膨らませているので、遠慮無く光線を放つ。触れたものをドロドロに融解する光魔法で、生物が浴びれば自身を支えきれないほど柔らかくなり、自重で倒れて原型を留められなくなります。
「【ウォーターボール】」
しかし、直前で展開された水球によって光線は曲げられてしまい明後日の方角へと外されてしまいました。やはり、使い勝手が悪いですね。
「【エアスラスト】」
無数の風の刃で四方から微塵切りにして差し上げるのはどうでしょう。
結果は見えていますが。
「お姉さんひっどーい。無視しないでちゃんと返事くらいしてよね!」
一瞬で透明なドームを形成して、嵐の刃を防ぎましたか。
ガラスの様に見えますが、違いますね。
「氷、ですか」
「ピンポーン。あたしの得意属性なの! やっと返事してくれたね、お姉さん」
返事ではなく独り言に勝手にそちらが反応しただけなのですが。そもそも、こんなのに受け答えする必要性がありませんし。
しかし、彼女は先ほどまでに刈ってきた有象無象よりは数段面倒な相手らしい。
「氷以外にも使えるようですが?」
上空から奇襲を仕掛けようと迫ってきていた鳥型のスケルトンたちをまとめて氷漬けにして振動を加えて粉微塵にし、服を汚さないように風魔法でゴミを彼女の方へと吹き飛ばします。
「ああん! あたしのお友達がー!」
「貴女が東の森にスケルトンを配置していた『コフィン』とかいう死霊術師ですね?」
「そうだよー。そういう貴女はあたしのお友達を沢山壊してくれた人かな? というかその名前は誰から聞いたの?」
「道すがら、不親切なゴミの口から漏れ聞こえまして」
ここに来るまでの間に街に潜伏していた夜会のゴミどもを三人ほど始末してきており、そのうちの一人から聞き出した情報です。あの天狗とか名乗る男も見つけましたが、他の二人と同様に始末して後処理を騎士団に押しつけてきました。
国の方にある程度は功績を立てさせなければいけませんし、無駄に囃し立てられるのも面倒なので、騎士団に押しつけるというアリーシャ様の判断は正しい。
功績や名声なんて邪魔なだけですからね。
「あははっ、ゴミだってぇ~」
腹を抱えて笑っているところに、構わず【フレイムランス】を三十ほど叩き込みます。氷の壁は一発ごとに破壊できますが、瞬時に新たな氷壁を形成されて彼女の元まで届きません。
「容赦ないね『青薔薇』さんって」
「その呼び名はあまり好きではないのですがね」
愚昧どもが皮肉交じりにつけた尊称なので、呼ばれたところで嬉しくもなんともありません。低俗な二つ名よりも、アリーシャ様が名前を呼んでくれるだけで私はいいのです。
「そういう貴女は随分としぶといですね。さっさとくたばってください、魔女」
無邪気な子供のように笑っていたのが、ピタリと止まった。濁ったガラス玉のような瞳がこちらを向きます。
「あれ、気づいてたんだぁ?」
「これだけ情報があって気づかないのは愚図ですよ。氷と死霊を操る魔女。『コフィン』なんていうコードネームは安直に過ぎでしょう」
悪魔という異界に住む高位存在がいる。悪魔に魂を売り渡し、契約を結ぶことで強力な力を得た者たちを魔人や魔女と呼ぶ。
その者たちは邪竜と同じく災厄に認定されており、世界各国から速やかな討伐が求められている。
「『氷棺の魔女』でしたか。二百年程前に雪山にあった小国を乗っ取り、国民全てをアンデッドに変えて遊んでいた魔女の呼び名は」
「ふふっ、あはははははっ!」
声を上げて笑い始めた魔女の周囲に氷の槍がいくつも精製されていく。その数は十を超え、瞬く間に百へと届く。
やはり片づけるのに時間が掛かりそうな相手ですね。とりあえず、周囲への被害を防ぐための結界をもう一つ増設しておきましょう。
「そうでぇ~す! あたしが『氷棺』。アイスちゃんなのです!」
「その喋り方、さっきから痛々しいですよ、ババア」
「あはは、死んじゃえ」
背後の空間を埋め尽くす程に生み出された大量の氷槍が高速で射出されます。
無駄なく的確に撃墜しているので一つも掠めることすらありませんが、角度や時間差をつけて飛んでくる上にどんどんと新たに氷槍を生み出しているため切りがありません。
面倒ですね。
焼き払うことにしましょう。
「【ジェノサイドフレア】」
灼熱。
前方の空間が白一色に染まります。これで槍だけでなく魔女も焼却できていればいいのですが、この程度で魔女が死にはしないでしょう。
「こっわーい」
ほら。
白炎に飲まれたはずの魔女は、少し離れた場所で肩を抱いて身をくねらせていました。
「転移魔術の【ショートカット】あたりですね」
「アイスちゃんにはこれがあるから王都でも転移魔術が使いたい放題なの」
そういってポケットから取り出した記章を見せびらかす魔女。
王都に張られた結界内では高位の魔術が妨害されてしまいます。都市内やその周辺で高位の魔術を使えないようにするのは安全面を考えれば当然ですし、取り締まる側が優位に立つためにその制約を緩めるような道具を作るのも納得です。
けれど、それを敵側に渡らせては笑い話にもならないでしょうに。この国をお偉い方々は何をしていたのでしょうか。無能ばかりなのですか。
「・・・・・・いえ、あいつなら簡単に用意できますか」
入手経路について思い当たることがあったので、後でアリーシャ様に報告して起きましょう。アリーシャ様ならすでに気づいていそうですが。
「アイスちゃんが目の前にいるのに考え事なんてよゆーなのぉ?」
「余裕ですが、なにか?」
私の周囲に武装したスケルトンたちが召喚されますが、空間をねじ曲げて出現して二秒とかけずにスクラップにして差し上げます。
「むぅ」
結界による魔術の妨害はかなり強力で、感覚としては全身甲冑を着て湖底を歩かされるような負荷が掛かります。空間系を使おうとすると、ここにさらに激流が追加されて制御が効かなくなるような感じです。
まあ、ですが。結局はその程度のことなのですよね。
「むしろ、そんな小道具がなくては空間系の魔術も使えないのです?」
「・・・・・・あはっ、アイスちゃん、あなたきらーい」
「嫌いで結構。ゴミ虫に好かれたい趣味はありませんから」
記章を持っていよが私の張った結界内では転移は使えても、逃げ出すことはできません。
ただ、二百年も生き延びている害虫だけあって駆除するのに多少の手間と時間が必要です。
「早くアリーシャ様の元に戻りたいので、さっさと滅んでくださいな」
「その大口、塞いであげるね。『英雄』さん?」
「残念ながら、そんなくだらないものになった覚えはありませんよ」
魔術と魔術がぶつかり合う。
相殺。
威力は同等。
そうなるように調節しているから当然です。
少し上回った程度では届いても傷つけることはできませんし、圧倒しても先ほどのように回避されてしまいます。魔女からしてもそうです。
なので、これはいかに魔術を当てるかでは無く、さきに相手の魔力を削りきるかの勝負なのです。魔力が無くなれば防ぐことも躱すこともできなくなりますからね。
「ご主人様ごとお人形にして遊んであげるね、犬っころ?」
「腐った脳みそでは現実を見るのもできないようですね、ババア」
魔術の応酬は激しさを増していきます。やはり、夜会の中での最強はこの魔女なのでしょうね。
――――勝つのは私ですが。




