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79.一方その頃――『狐』

令和初投稿。ギリギリGW中に間に合いました。

 王都の端。一等地から外れた貴族街でも隅のような場所にそれはあった。敷地の外から眺めると、寂れた小さな古い館にしか見えない。


 けれど、塀を跳び越えて内側に入った途端、景色は一変する。


 美しく荘厳な大きな屋敷。手入れの行き届いた広い庭園。遠くには離れなど、いくつもの建物が見える。


 先ほど外から見えたのは何だったのかと思うような変化。没落寸前の貧乏貴族が住んでいそうな屋敷が、境界を越えた瞬間に高位貴族にふさわしい絢爛豪華な屋敷に変貌したのだ。


 化かされた気分だ。


「幻術。実際に化かされていたか」


 この屋敷にはかなり高度な警備が張り巡らされていた。敵意を抱く物に対して内側の風景をねじ曲げて見せる、などという高度な幻術結界もその一つだ。

 他にも侵入者対策にいくつもの仕掛けが施されていた。が、相手が悪かった。


「この程度の防備をすり抜けるなど、容易い」


 夜狐の名は伊達ではない。私にとってこのような潜入は最も得意とするところだ。

 表面上は私も王族の暗殺に向かうべきなのだろうが、依頼主からまた別の仕事を頼まれたためここに来ている。


 ――――アリーシャ・フォン・リオネスの暗殺。


 他にも依頼主から王都で騒ぎを起こすのとはまた別の仕事を依頼されたメンバーはいるようだが、「人間収集家」と名高い魔眼の女伯爵の暗殺を命じられたのは私だけらしい。


 暗殺者である私に回ってくるのは当然の仕事だ。正直、他のメンバーはあらゆる意味で阿呆ばかりで扱いにくい。気に入らないことがあれば、前金だけ受け取って平然と行方をくらますやつもいる。


 これは殺し屋と殺人鬼の違いだろう。仕事と趣味では同じ殺しでも、姿勢がまるで異なる。


 きちんと「暗殺」を遂行してくれる者として、私が指名されたのだろう。適切な判断である。


「さて、向こうは上手くやってくれているかな?」


 恐らく失敗続きだろう。そもそもの計画が力任せで行き当たりばったりの杜撰なものなのだ。王族の一人でも殺せていれば上々。来賓の貴族を殺して騒ぎを起こすくらいのことはしてくれているだろうか。


 王都中をかき乱して注目を集めてくれていると、私は非常にやりやすい。


 こちらの主計画(プラン)は、標的が屋敷に戻ってきて気を抜いた瞬間を狙う予定なのだ。他にもいくつかの状況を想定しているが、これが一番確実性が高い。


 この屋敷はセキュリティが高い分、秘密裏に突破されることを想定されていない。そのため、安全性を過信して寝室など個人的な空間ではより一層無防備になる。そこで仕留めればこの仕事は終わりだ。強力な護衛がいても、その目を掻い潜る時期と手段は存在する。


 あらかじめ寝室にでも潜んでいれば、容易に寝首を掻ける。


 私は物陰に潜みながら、邸内へと侵入した。


 灯りの消えた廊下を音を立てずに進んでいく。面倒なことに屋敷の見取り図を事前に入手することはできず、標的の寝室はこれから探さなくてはならない。


 使用人に見つかるへまはするつもりがないが、「青薔薇」や「赤刃」のような手練れが残っている可能性はある。件の二人が相手でも隠れきる自信はあるが、それでも当てもなく歩き回るのはそれなりのリスクの伴う行動だ。


 事前情報が殆どないというのが痛い。虱潰しにそれらしい一番豪華な部屋を探すしかないか。


「――っ」


 素早く柱の陰に身を隠す。少しずつ忍んだ足音が近づいてくる。しばらくして、ランプのぼんやりとした光が廊下を照らす。


 見回り、にしては少し様子がおかしい。それなら足音を消そうとする必要がない。のぞき込むと、酒瓶をいくつも抱えながら廊下をコソコソとするメイド服の女がいた。


「ふふふっ、お嬢とケイちゃんがいない今が月見酒のチャンス・・・・・・!」


 仕事をさぼって酒を飲もうとする不良メイドだった。


 審美眼に優れているという話のあの女伯爵がこんな女を雇っていることに驚きを覚えるも、組織の全員が真面目一辺倒ではないのが普通だ。人が集まれば、人一倍働く者もいれば逆に手を抜く者も一定数現れる。この女がそれなのだろう。


 何にせよこれなら簡単にやり過ごせる。


「・・・・・・」


 あの女、情報収集に使えないだろうか。主人の不在をいいことに、隠れて盗んだ酒を飲もうとするような輩だ。口を割るのは簡単そうに思えた。


 柱の陰から抜け出し、そっと女の後を追う。


「~~~~♪」


 テラスに出た女は機嫌良く鼻歌を歌いながら持ち出した酒をテーブルに置く。先に準備してあったのか、クッキーや干し肉などつまみの類いも見られた。宴の用意は万全のようだ。


「――――かぁぁっ!! 仕事を終わりの酒は最高だね! サボったけどっ!」


 女は空を見上げながら干し肉を咥える。風流を気取っているけれど、今日は曇り空で月どころか星もあまり見えない。それっぽい雰囲気で酒を飲みたいだけなのだろう。

 そしてあっという間に一本空にして、次の酒瓶に手を伸ばす。


 タイミングを見計らい、私は背後から首を絞めナイフを突きつけた。


「ぐぉっ!? ――――ひっ!?」


「主人の寝室はどこだ? 素直に教えれば命は保証してやろう」


 抵抗するが普通の女と私とでは暴れたところで勝負にならない。軽く頬を刺してやると、びくりと肩を震わせて途端に大人しくなる。


「死にたくなければ、言え」


「さ、三階の、一番、東が、わの、部屋、で、す」


 もう一度、先ほどよりも深めに刺してやると、女は泣いて暴れ始める。


「ほ、ほんどう、でずぅ・・・・・・だ、だづげで」


「そうか、助かった」


「きゅっ」


 首を締め付ける力を強め、殺す。


 陽気な鼻歌が消えたテラスは、不気味なほど静かになった。




   ◇




 女の死体を見つからないように処分したあと、私は女の言っていた部屋へと向かう。


 万一に備え、殺した女から剥いだメイド服に着替えた。この格好なら使用人として屋敷内を自由に移動できる。


 標的の殺害に成功したあとの逃亡なども楽になるだろう。


 途中で誰ともかち合うことなく目的の部屋の前まで到着する。周囲に警戒を走らせるも、侵入者対策の罠らしきものは見つけられない。主人の寝室なら一つや二つあるものなのだが。


 嘘の情報を掴まされたか。あの女なりの忠義だったのだろう。面倒だが、違ったところでまた別の場所を探せばいい。


 罠に警戒しつつ、扉を開けて中へ侵入する。内装が一段と豪華で大きなベッドが置かれた部屋だった。


 当たりか?


 部屋を歩き回り、身を潜めるに最適な場所を探す。場所の選定が終われば、次だ。


 標的が帰ってくるまでに、屋敷内の構造を確認しなければならない。護衛に要注意人物ら二人を連れて出ている今がチャンスだ。地理が頭に入っていないのは不味い。見取り図が手に入っていればよかったのだが、標的に関する情報統制は厳しく不可能だった。


 他の奴らはすでに行動を起こしている頃だろう。


 城で人が殺されれば、犯人を逃がさないために人の出入りが制限され、少なくとも朝までは戻ってこれないはずだ。


 準備に使えるのは数時間ほど。やることは多い。


 護衛であるあの二人を出し抜くためにできうる限りのことはしておかなければならない。遠目に見たが、正面からやり合っても私では勝てないのがすぐにわかった。夜会のメンバーでも勝負になるのは数人。今回来ている中では『彼女』くらいだろうか。


 しかし、暗殺であれば別だ。やり方次第では、奴らを出し抜いて標的を殺し、逃げ切ることも可能だと思っている。


 今から行うのはその布石だ。


 そういえば、殺し損ねたあの男もここの人間だったか。


 最近、王都で嘘か誠か「竜殺し」と噂されている男、レイド。


 クレア王女だけは作戦の都合上、別の者に役割を譲ったが、あの男だけは殺しておかなければならない。


 この『夜狐』が殺し損ねた、などとあってはならない。『夜狐』に狙われたのなら、絶対に殺されなくてはならないのだから。


 顔を覆っている狐の面を撫でる。部屋の中の確認は終わった。静かに、部屋の外へ出る。


「――――っ」


 瞬間、合ってはならないことに全身が硬直する。しかし、私には余裕がない。


 いったい、いつから。どやって。そんな思考が駆け巡る。




 部屋を出ると、私は屋敷の前(・・・・)に立っていた。


 切り替わるように一変した景色に、唾を飲み込む。


 ――――化かされた気分だった。




お読みいただきありがとうございました。

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