78.一方その頃――『剣』
「理解できねえなぁ・・・・・・」
頬に三本の傷跡を持つ男がガシガシと頭を掻く。
「命が狙われてるって知ってるくせに、ノコノコと自分からこんな警備のねぇところにやってくるんだよ」
「あら、わからないの?」
「あン?」
ぼやく男に僕の主であるアリーシャ様が挑発するように笑いかける。
「夜の薔薇園って素敵でしょう? 息抜きに散歩するには丁度いいし、それに今日は貴方みたいな人が釣れるからよ」
「俺がついでかよ」
男が苦々しげに舌打ちする。アリーシャ様の思惑通りに姿を現してしまったことに苛立っていうようすだ。
「アリーシャ、こいつもやっぱり」
「ええ、夜会の一人かと」
アリーシャ様の後をついてきたクレア殿下が不安そうに袖を掴む。その背後でロザリアが剣の柄に手を添える。
「城内はお仲間の失敗で警戒度が跳ね上がって、改めて騒ぎを起こすのは難しい。他に侵入している者がいても、そいつは自分のやることを優先する。なぜなら、貴方たちは仲間の失敗の尻拭いなんてしないから」
「随分と詳しいじゃねぇか」
夜会という組織の内情を把握している物言いに、男の目が据わる。
夜会は凶悪な犯罪者たちが集まった組織ということくらいしか知られていない。構成員を捕縛して尋問しようとも、組織のことについては誰もが煙に巻くばかりで、どの国でも実態が把握できていないのだ。
そんな組織の内実を知っているアリーシャ様に、男だけでなくクレア殿下とロザリアも困惑の目を向ける。
「どういうこと?」
「こういうことに詳しい人材がいるんですよ」
「・・・・・・捕まった誰かが吐いたか。それであんたはそれを信じたと」
「ええ、だって嘘も隠し事もなかったのだもの」
僕もその場にいたけれど、話を聞いても最初は信じることができなかった。
なぜなら、そもそも――――
「夜会という名の『組織』は存在しない」
「は、え?」
クレア殿下たちはその発言に目を白黒させ、一方で男は夜会を知る決定的な一言に顔を覆っていた。
「で、でも、夜会の一員がそこに」
「正しくは、夜会は『組織』ではなく『集団』なのですよ」
「もっと言えば、本当にただの集まりだな」
裏社会の人間たちの横繋がりは驚くほどに広い。特定の犯罪組織に所属していなくても、国を跨いで連絡を取り付けることができるくらいには、人の世の闇というのは広く根深く存在している。
そんな裏社会の一部の者たちが、秘密倶楽部のように集まっているのが夜会だ。
招待制の集会。指導者は存在せず、開催も不定期で、誰が開くかもその都度に違う。目的は強いて言うなら、飲み食いや情報交換。
メンバーたちはこの集まりを「夜会」と称し、あたかも秘密結社のごとく周りに吹聴するのだ。
凶悪な犯罪者たちが集う恐ろしい組織であると勘違いし、ありもしない巨悪に怯え警戒する者たちの姿を夜会の者は密かに腹を抱えて笑うのだ。
「時たま、メンバーを通して夜会に仕事を依頼してくる権力者や金持ちがいるんだよ。そうすると、夜会を開いて仕事に参加するやつを募集するのさ。今回みたいにな」
仕事に対して、協力することもあるが、基本的に各人が勝手に動くことがほとんどらしい。決めごとも行動の開始日や他メンバーの邪魔をしないというような簡単なものしかなく、それすら守られないこともあるのだという。
そのため、夜会の仕事には統率姓も計画性も見られない。当たり前だ。そんなもの、最初から存在しないのだから。
「馬鹿な。そんな無秩序な集団が、何十年もその実態を隠し通せるはずないであります」
「夜会に呼ばれるのは、馬鹿話に乗るような愉快犯ばっかだからな。面白いから、っていうだけで拷問されても夜会についてあることないこと言って煙に巻く。それに本当のことを吐いてもそこの騎士様みたいに『そんな馬鹿な話があるか』って切り捨てられる。事実を信じないで、欺瞞を鵜呑みにするから余計に本当の姿がわからなくなるんだよ」
男の指摘にロザリアが苦々しげに奥歯をかみしめる。
「中には俺みたいに口の軽いやつもいる。そこの金髪の嬢ちゃんも、そういう手合いから夜会のことを聞いたんだろ。まあ、夜会のメンバーでとっ捕まるようなカスは珍しいと思うけどな」
男の言うとおり、夜会の者はいずれも実力者ばかりで捕縛することが難しく、情報源の少なさも夜会の実態が明らかにされなかった理由の一つだろう。
「それで、妙に口の軽い貴方。準備はできたのかしら」
「・・・・・・嫌な嬢ちゃんだ」
今までの会話を無視するような二人のやり取り。
次の瞬間、横合いからの襲いかかる斬撃を抜剣と同時に受け止める。
異国の服装を纏った長髪で顔を隠した刀剣使い。一太刀受けただけで、この男がかなりの使い手であることはわかった。
反対側で同時に襲撃してきた筋骨隆々の巨漢の戦斧をロザリアが弾くのが見えた。彼女も上手く対処してくれたようだ。
「貴方は仕掛けてこないの?」
左右からの同時襲撃。守り手は僕とロザリアの二人だけ。必然的に傷の男が攻撃してくればこちらの手は足りない。
けれど、男はその場から動かず肩をすくめる。
「動くな、ってのが俺の直感だったからな」
・・・・・・そうか。少しだけ殺気が漏れていたのかもしれない。
近づいてきてくれれば、同時に切り飛ばしてやれたのだけど。
「チッ」
長髪の男が後方へと飛び退る。追いはしない。間合いから外れてしまう。
「そこの護衛。ヤバすぎるだろ。『錆』の旦那を相手しながら余所見なんざできねぇぞ普通。やっぱ近づかなくて正解だったな」
アリーシャ様にどんな相手が襲いかかろうと対応できる間合いを取っていたのだけれど、どうにも男には感づかれてしまったみたいだ。自分の未熟さに少し落ち込む。
「フンッ!!」
「ハアッ!!」
巨躯の男とロザリアが互いに獲物をぶつけ合う。相手は見た目通りの力重視のパワーファイターで、ロザリアは攻撃を受け流すようにして対処している。あの剣でも下手に受ければ折れてしまうだろう。まあ、ロザリアなら心配しなくても大丈夫かな。
「『鉤爪』! 邪魔はするなよ!」
「戦闘狂の邪魔なんかしねぇよ」
長髪の男。先ほど、鉤爪とかいう男から『錆』と呼ばれていた刀剣使いは納刀して構える。あれは抜刀術の姿勢だったかな。
「問おう。貴殿があの『赤刃』か?」
悠長に話してないでさっさと掛かってきて欲しい。質問に答えたら来てくれるだろうか。
「なんだかそう呼ばれてるね」
肯定すると、長髪に隠れた男の顔に喜色が浮かんだように見えた。
「そうか、そうか。やはり貴殿が邪眼の娘が従えるあの『青薔薇』と双璧をなす騎士か」
僕は思わず苦笑いを浮かべる。『青薔薇』という呼び名を彼女はあまり気に入っていないのを知っているからだ。
「最年少で剣聖に選ばれた実力、とくと拝見させていただこうか」
「・・・・・・元、だよ」
剣聖とは、この国で王から魔剣という兵器を貸し与えられた五人の騎士たちのことを指し、大魔導と並ぶフェニキシアの最高戦力だ。
大魔導が魔導師団の実力者上位五名から選ばれるように、剣聖も騎士団から実力のある者が任命される。
「もう僕は剣聖じゃない。アリーシャ様の剣だ」
昔の話だ。未練もない。
「立ち塞がる主の障害を切り捨てる。ただそれだけさ」
僕は剣を構える。自然体に近い形で、僕にはこれが一番やりやすい。相手によっては手を抜いている様に見られる時があるのが欠点だ。
錆の集中力が高まる。やはりかなりの使い手だ。
「ヨハン」
不意に、アリーシャ様が僕の名前を呼ぶ。
「好きにやりなさい」
許しが出た。
つい口端がつり上がる。
「御意に」
そういうならありがたく。
全力を出させて貰おう。




