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76.分散

「――――ぐっ!?」


「なっ!?」


 うめき声を上げて膝をついたのは、俺ではなく術者であるレジィだった。

 想定とは逆の事態に、ファルスは動揺し、俺は困惑しながらも足を止めずに突き進む。

 すぐさま動揺を押さえ込み、俺への対応に動こうとするファルスは流石と言える、が。一瞬の遅れが致命的となり俺は距離を詰め切っていた。


「シッ!」


「クソッ」


 勢いのままレジィを突き殺そうとするが、ファルスに割って入られ防がれてしまう。けれど、万全の状態で対処できなかったファルスはナイフで剣先を急所から逸らすのが精一杯で横腹から鮮血が飛び散る。


 しかし、そこで終わらない。突きで決めきれないのは想定内。そのまま体ごとファルスにぶつかっていく。

 俺の体当たりにファルスは背後のレジィを巻き込んで後方へと転がっていく。


 追撃をかけるべくすぐさま立ち上がるが、突然横から衝撃を受けて壁に叩きつけられる。スケルトンワイバーンの尾で殴られたらしい。


「ちっ、くしょうがっ!」


 迫り来る顎から転がるようにして逃げる。スケルトンワイバーンが俺のいた壁に頭から突っ込み大きな穴が開く。

 避け損なっていれば噛みちぎられていたか、あの穴から外に放り出されていただろう。


「大丈夫かいレジィっ!?」


「かっ・・・・・・はぁ、はぁ」


 ファルスはレジィを抱き上げると、怪我をしているとは思えない機敏さでスケルトンワイバーンの背に飛び乗る。

 スケルトンワイバーンは大きく身を捩り壁の穴をさらに広げると、そこから外へと飛び出した。


「なっ!?」


 すぐに壁の穴へと駆け寄ると、宙へと身を投げたスケルトンワイバーンが、翼膜を失った朽ちた翼を大きく広げて羽ばたき空を飛んでいた。


「とりゃあっ!」


 まんまと逃走を許してしまったことに歯がみしていると、視界の端でなぎ払われたスケルトンたちが宙に舞う姿が映る。

 スケルトンたちの壁を抜けてきたウルシが駆け寄ってくる。


「あいつらは!?」


「すまん、逃がしたっ」


 闇夜の空に消えていこうとしているスケルトンワイバーンを指さすと、それを捉えたウルシはすっと目を細めると「まだいける」と呟く。

 足下に散乱する瓦礫を一つ拾い上げると、助走をつけ空に向けて投擲する。ゴゥッ、という風を切る音を鳴らしながら瓦礫は夜空へとまっすぐ飛んでいく。

 そして投げ終えてから流れるような動作でさらにもう一つ瓦礫を拾って投げつける。


 一つ目の瓦礫がスケルトンワイバーンの右翼に当たり大きくバランスを崩す。さらに、傾いた左翼に二投目の瓦礫が直撃した。


「ラストォ!」


 ウルシは爪先で大きめの瓦礫を浮かし、声を荒げて蹴り飛ばす。

 三つ目の砲弾のような瓦礫はスケルトンワイバーンの胴体へと着弾し、白い巨体は形を保てずバラバラになりながら墜落していった。


「すっげ」


 陳腐な賞賛が口からこぼれる。

 しかし、それしか言い様がない。スポーツ選手も真っ青なミラクルプレーだ。


「やったか?」


「たぶん生きてると思う」


「・・・・・・だろうなぁ」


 ついフラグを立てたから、ではなく享楽的に見えて意外と根回しをしておく連中だ。空を逃走ルートに使用するなら、墜落したときの保険を持っていてもおかしくない。ああいうのはゴキブリみたいにしぶといし。あれくらいでは死んでいないだろう。


「レイドは大丈夫? 変なことされてない?」


「・・・・・・俺はなんともなかった。なぜか」


 呪術が発動したのに、ダメージを負ったのは俺ではなく向こうだった。相手も予想外のことだったみたいで、何が起きたのかさっぱりわからない。


「そうだ、モカは!?」


「あっちで休ませてる」


 動かなくなったスケルトンの残骸の向こう側に壁にもたれかかるモカの姿を捉えてすぐさま駆け寄る。


「モカっ!」


「くっ、う・・・・・・」


 小さな唇から痛みを堪えるようなうめき声が漏れる。

 モカにかかった呪術は今なお彼女を苦しめ続けているようだ。


「呪術の解き方なんて知らねぇぞ・・・・・・」


「痛覚を鈍くする毒を吸わせて多少はマシになったんだけど」


 ウルシは力なさげに首を振った。

 麻酔のようなものをかけて苦痛を和らげたが、根本的な解決にはならないということだろう。

 これが毒であればウルシが簡単に直してしまえるのだろうけれど、呪術が相手ではどうしようもない。


「ひとまず、アリーシャ様のところに連れてくしかないか」


 ファルスたちに操られていた使用人たちも保護しないといけないが、俺とウルシでは手が足りない。モカを優先して連れて行き、後で人を要請することにしよう。


「・・・・・・ここは俺がなんとかしておくから、ウルシはあいつらを追いかけてくれないか」


 夜目が利き、毒が効かず、戦闘能力でも圧倒しているウルシは、あの二人にとって天敵のような存在だ。レジィの呪術も対象の血が必要のようだし、いくらドーピングしてもあの程度の動きなら本気を出したウルシには傷一つ付けられないだろう。


 けれど、ウルシとの相性が最悪なだけで、ほかの者ではそうはいかない。あんな奴らを野放しにしておけば、さらに多くの被害者が生まれるだろう。

 病毒と呪術の力。あんな害悪はできれば確実に潰しておかなければならない。


「・・・・・・わかった。行ってくる」


 仲間を放っておくことに逡巡を見せたウルシだったが、最後には頷いて壁の大穴から飛び出して奴らを追いかけにいってくれた。


「ごめ、んなさい」


 顔色を悪くしたモカが涙を流しながら謝る。


「また、足を引っ張っちゃいました」


「今回は相手が悪い。俺も歯が立たなかった」


 なんとか凌いではいたが、加護とウルシの増援がなければ俺はこの場に立っていることはなかっただろう。


「悔しい。自分の力のなさが、本当に」


 己の無力さに涙をこぼすモカ。

 俺は彼女にかけてやるべき慰めの言葉を見つけられなかった。

 何を言ったところでモカを傷つけるだけになると思い、口をつぐむ。今は何も言わず、治療のためにアリーシャ様のところへ連れて行く方がいいだろう。

 モカを抱き上げようと、しゃがみ込んだところで、光の球体が視界を横切った。


「アルフィー?」


 案内役である光の精霊はモカの上をクルクルと飛びながら、キラキラと輝く光を彼女に浴びせる。幻想的な光景はほんの数秒で終わり、するとモカがゆっくりと上体を持ち上げた。


「おい、無理するなって」


「痛くない・・・・・・」


「は?」


「治ったんです。急に痛みが消えてしまって」


 呆然とするモカの上をクルクルと飛び回るアルフィー。どこか自慢げに見えるその動きに、俺は何が起こったのか察して顔を引きつらせる。


「お前・・・・・・解呪とかもできるのかよ」


 傷の手当てやビームだけでなく、呪術の治療もできるなんてこいつ有能すぎないか?

 そういえば、アルフィーがクレア王女の守護精霊であることを思い出す。

 王族が契約を結んでいる精霊が、普通の精霊であるはずがない。

 たぶんこいつ、かなり高位の精霊だ。


「は? なんだ?」


 そうは見えない光の精霊様は俺の顔の周りを飛んだかと思うと突然離れ、そしてすぐにまた戻ってくると俺の周りを飛び始めるという行動を繰り返し始めた。


「こっちに来い、ということでしょうか?」


 首をかしげながらモカがいうと、「その通り!」とでも言うように丸を描くように飛ぶ動きに変わる。


「あっちに何かあるのか?」


「もしかしたら、他の夜会の奴らが場内にいるのかもしれません」


「マジかよ・・・・・・」


 どんだけ忍び込んできてるんだよ。

 警備がザルなのか、それとも敵の能力の高さに頭をいためるべきか。


「レイドさん、行ってください」


「けど、お前」


「モカはもう平気ですから。ここの後処理はモカに任せてください」


 モカをここに残しておくことに不安がないわけではない。けれど、倒れている人たちを放っておくこともできないし、回復したとはいえ万全とは言いがたいモカを戦闘が起こる可能性の高い場所に連れて行くのは避けたい。


「なら、後は頼む」


「はい!」


 結局、俺はこの場をモカに任せることに決めた。

 アルフィーの案内に従って廊下を走る。


 こうして、俺は仲間を置いて次の戦場へと向かった




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