75.呪術
前方を俺、背後をウルシとで挟み込む形となり、城の廊下は一本道。逃げ道と言えそうなのは窓くらいだが、ここは三階な上にそちらへと逃走することを警戒しているので敵も安易には動けない。
形勢はウルシの参戦で一気にこちらに傾いたかのように見える。
「……おい、モカはどうしたんだ」
俺の指摘にウルシは苦虫を嚙み潰したように表情を歪めた。
彼女に背負われているぐったりとしたモカの姿に、ただ事ではない何かが起きたのは明白だった。
「その人たちを捕まえようとしたときに、ちょっと失敗しちゃった」
背後のモカを見て悔し気に呟くと、モカは怒りを滲ませた瞳でファルスたちを睨み付ける。
「……いつも僕の邪魔ばかりしてくれるね、君は」
臨戦態勢を取るウルシに、ファルスは苛立ったように吐き捨てる。返り討ちにあったことを根に持っているのだろう。
「毒にやられたなら、ウルが何とかできないか?」
「それが、毒じゃないみたいなの」
苦しそうに呻くモカを見て、この男の毒にやられたのかと思ったが、ウルシがそれを即座に否定する。
確かに、毒が原因なら、ウルシによってすでに対処されているはずだ。
「その女の人に切り付けられたら、モカが急に苦しみだして」
元凶はレジィの方にあるらしい。
短剣に毒でも塗られていたのか。いや、毒の可能性はウルシが否定していた。
なら何が原因だ?
「ファルス。足手纏いがいるとはいえ、あの子が来ちゃったからには私たちの方がちょっと分が悪いわ」
「わかってるよ。魔女の手は借りたくなかったんだけど……仕方ないね。アレを使おう」
こくりと頷いたレジィが胸元に手を伸ばすと、素早く俺とウルシの両方に向かって何かを投げつける。
ルビーのような赤い石が俺たち元に届く前に中空で四散する。
警戒すると、石が砕けた空間に複雑な模様の魔法陣が出現した。
「魔道具かっ!?」
レジィが投げたのは魔術を封じた使い捨ての魔道具だ。魔術に詳しくない俺には、現れた魔法陣の効果は判断できない。けれど、その大きさと模様の複雑さからかなり高位の魔術が発動するのであろうことはわかる。
城ごと吹き飛ばすような攻撃魔術とかじゃないだろうなっ。
巨大な魔法陣が赤い輝きを放つと、目の前の空間が崩れるように歪む。
歪んだ空間から這い出て来たのは武器を持った白骨兵。
スケルトンがぞろぞろ現れ、俺たちの前に壁のように立ちはだかった。
「召喚術……」
空間を超えて人や物を呼び出す、俺でも知っているくらいの超高難度魔術。
その凶悪さから空間系の術は主要な都市付近での使用には制限がかけられている。
敵国の人間が侵入し、いきなり軍隊を呼び出すなんてことがないようにほどこされている措置だ。
だというのに、こうも平然と行使できるということは、思い当たる理由は一つしかない。
「クレア王女の言ってた記章か」
使用できる魔術の制限が外れるとは聞いていたけれど、召喚術まで使えるようになるとは。こんなのテロリストどもに持たせておいていいもんじゃねえよ。
夜会の凶悪さとこの場で取り押さえる重要性を上方修正するも、数の上では相手側が圧倒的に優位に立った。
この湧き続けるスケルトンたちを乗り越えて奴らの元へ肉薄するのは容易ではない。ウルシも背中のモカを気に掛けねばならないから似たようなものだろう。
しかし、このままたじろいでいたところで戦力差は広がり続け、終いには隙を突かれて逃亡をゆるすことになる。
やるしかない。
「オラァッ!」
強化を全開に一振りでスケルトンどもを薙ぎ払う。
数が多いとはいえ、所詮はスケルトンだ。はっきり言って弱い。
けれど、問題は増え続けるその物量と身に着けた装備だ。
装備に統一感はないが生意気にも鉄製の鎧を着ている個体もいて、一撃では倒しきれずにさらに数手必要となる。
その一体を倒すのに時間が余分に掛かれば、二体三体と数が増えている状況。
このままじゃ奴らに届かない。
スケルトン軍団の壁に焦れていると、レジィが新たに魔道具の石を投げて魔術を発動させる。
新たにできた空間の歪みからゆっくりと姿を現れたのはスケルトンワイバーンだった。
「飛んで逃げる気か!」
死んで骨だけになっても空を飛ぶことができるスケルトンワイバーン。生前ほどの飛行能力はないけれど、それでもこの場から二人を抱えて逃げることは出来るはずだ。
「レイド、どうしよ!?」
ウルシも向こう側で足止めを食らっている。奴らの目的はスケルトンらの物量で押し切ることではなく時間稼ぎ。
この死者の群れを抜いて剣を届かせるのは、無理だ。
そう判断すれば、逡巡はなかった。
「ウル、ブレスだ! 思いっきりやれ!」
「――――ッ」
彼女の表情に一瞬だけ躊躇いが浮かんだものの、すぐさま大きく息を吸い込む。
そして、ゴゥッと荒れ狂う紫色の豪風が一気に廊下を駆け抜けた。
射線上にいた俺も当然ながら吹き飛ばされることになり、床に何度も体を打ち付けながら転がされていく。
勢いが弱まったところですかさず態勢を立て直して立ち上がる。
ほとんど廊下の端まで吹き飛ばされたが、それでも結果は上々。
紫色の毒霧が衝撃で割れた窓から逃げていき、視界は徐々にクリアになっていく。
焦げた匂いを放ちながら溶ける石壁やボロボロの絨毯は見なかったことにしたい。注目すべきグズグズになったスケルトンの破片だろう。
俺はかごのおかげで無事だったが、ウルシの毒はくらえば有機物無機物関係なくヤバい。
ましてや、生身の人間なんて無事でいられるはずがない。
そんな油断が、薄れていく毒霧の向こうから飛んできた短剣への反応を遅らせる。
「チッ!」
頬を掠めたがギリギリのところで回避。
アレを食らって生きているどころか、反撃できるほど動けるとかマジかよ。
敵の想像以上のしぶとさに顔を歪めていると、頬を割いた短剣が結ばれていたワイヤーによって引っ張られ持ち主のところに戻っていく。
毒霧が晴れると、そこには平然と二本の足で立ち上がる男女の姿があった。服はボロボロの状態だが肉体は至って健康そうに見える。クソが。
「自分を巻き込むのを承知であんな攻撃を味方に指示するなんて、君はもしかして馬鹿なのかい?」
「テメェらを倒しきれなかった見通しの甘さを指摘するなら、確かに俺は馬鹿だろうな」
俺だけは生き残る自信があったから、絶死のウルシのブレスを撃たせたのだ。
これで倒せたのがスケルトンだけというのは想定外だ。せめて片方くらいは瀕死に追い込めると思ったんだけどなぁ。
魔道具をまた使い、魔法陣が浮かぶ。今度は二つ。ウルシ側に大量のスケルトンがまた現れ、二人の側に俺への壁にするような位置取りで新たにスケルトンワイバーンが召喚される。
「俺の方にはスケルトンは呼ばないのかよ?」
「貴方たちのせいで品切れよ。それに、もう必要ないし」
「あ?」
ふふっ、と微笑を浮べながらレジィは俺の血の付いた短剣を掲げて見せる。
「あの羊ちゃんがどうして動けないかわかるかしら? わかってないわよね? だったら教えてあげる。貴方も同じ目に合うのだから」
楽し気に悍ましく女は笑う。
彼女は懐からひらりと一枚の紙を取り出す。
なぜか気味の悪さを覚えた。
「あの子はね、今、体中が痛くて痛くてたまらないの」
「痛い?」
「確か、そう。彼はまず背中の皮を剥いであげたの。それから右手の親指から順に爪を剥がしてあげて、左手の時は目隠しをして次にどの指が剥がされるかわからないようにしたのだったかしら。途中で足の爪を剥がしてあげた時は凄くびっくりして面白かったわ」
彼女は語る。童女が自分のした遊びがいかに楽しかったかを伝えるかのように。アリをどういう風にして殺したかと喜々として話す姿のそれ。
炙った鉄ごてを使ったこと。
薬品で感覚を狂わせたこと。
刃物で肉体を削いだこと。
鞭で嬲り続けたこと。
被害者となった男が、殺してくれと懇願するまでの惨劇を歌い上げる。
「……テメェが痛めつけて殺したやつとモカがどうしたってんだ?」
「殺していないわよ?」
「はあ?」
「殺してしまっては効果がなくなってしまうのよ」
指先に挟んだ紙をレジィは見せびらかすようにひらひらと揺らす。
「呪術、というものをご存知かしら?」
レジィの口から飛び出したその単語に、俺の中で何かが繋がっていくのを感じた。
「そのご様子だと知っているみたいですね。ならば答え合わせと行きましょうか」
「つまり、お前に痛みつけられた被害者の感覚がモカにも共有されてるってのかっ」
「だいせぇかーい!」
ならモカは今も拷問のような痛みをずっと受け続けてるってことじゃないか。遠目にはぐったりと具合が悪そうなだけにしか見えなかったが、本当は想像を絶するような痛みを感じながらもそれを表に出さないように必死にこらえていただけなのだ。
「他人の心配をしている暇はないですよ? この人の皮から作った呪符と対象の血液、二つの触媒がすでに私の手の中にあるのですもの」
「クソが!」
様子見をやめて即座に床を蹴って駆けだす。
奴の呪術が完成すれば、俺もモカのように激痛で動けなくなる。
しかし、レジィの行動を阻止するために俺が距離を詰めるよりも、彼女の手が呪符に短剣についた俺の血液を擦り付ける方が速い。
「これで、また一人脱落ですね」
たったそれだけの動作で、凶悪な呪術は完成し、発動する。
「――――ぐっ!?」




