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73.会敵

「城内の敵の殲滅って言われてもなぁ」


 アリーシャ様からの命令を遂行するため、人気のない廊下を疾走する。

 敵は夜会。奴らはどこに潜んでいるかわからない。

 見つけ出す手段を持たない俺に代わって行き先を先導する青白い光球。


 こぶし大のそれは、迷いを感じさせない動きですいすいと空中を進んでいく。というか、めっちゃ速い。置いて行かれないように全力疾走を余儀なくされる。


 光の精霊アルフィー。

 クレア王女が契約を交わしている守護精霊だ。


 なぜ彼女の精霊が俺のナビゲーターを務めているかというと、それは精霊の能力によるものだ。


 精霊というのは人間の感情を敏感に感じ取ることができるらしい。

 距離があっても善意や悪意などを感知することが可能で、特に契約主に向けられる感情の察知能力は極めて鋭敏なのだとか。


 その性質を利用して悪党どもを探し出すそうだ。


「相手も対策くらいはしてそうだけど」


 一例はさっき襲ってきた天狗とかいうやつだ。

 あいつは悪意を感知できるはずの精霊がいるクレア王女の間近までやってきた。アリーシャ様は気づいていたけれど、クレア王女とその守護精霊であるアルフィーは何の反応も示さなかった。

 アリーシャ様が言うには、天狗の操る人形は本物の人間のように見えるが、人形自体は感情を持っていないため、守護精霊は悪意なしと判断してしまったらしい。


 明らかにこれは夜会側が守護精霊の対策を用意して暗殺を決行しようとしていた証左だ。


 襲う時の対策をしているということは、精霊の探知を誤魔化して身を潜める術も用意していると考えるのが妥当だろう。


 そこが俺が不安視している所以なのだけれど……案内役のアルフィーはこっちだ急げと言わんばかりに飛んでいく。


「うん?」


 角を曲がったところで向こう側から走って来る一団が見えた。

 兵士や侍女などがバタバタと慌てた様子で駆けて来るので、後ろから何かに追われていてそれから必死に逃げているように見えた。

 だが、先を飛んでいたアルフィーがその場でクルクルと旋回する動きに変えたことで異変を感じ取り、集団に再度視線を向ける。


「何か、変だな」


 必死に駆けて来る集団。彼らは皆、必死に逃げてきているように見えた。

 避難するのに必死過ぎているように、見える。

 冷静さの欠片もなく、正気を失くしたように、走って来る。

 異常な空気を纏う集団に、俺は剣を向ける。

 しかし、


「反応なし」


 目の前に武器を構えた人間がいるというのに、誰もそれに反応する者がいない。

 近づいてきた視認できた彼らの目は、気味が悪いぎょろぎょろと忙しなく動き回っている。走るフォームはもがくような動きでありながら、その速度は意外と速い。


 どうにも本当に正気を失っているようだ。


「とりあえず」


 集団は走る速度にばらつきがあり、遠目には固まって見えたが、接近するにつれて互いに距離が生まれていた。

 先頭を走っていた兵士の男が、狂ったように蛇行しながら俺にぶつかる進路で突進してくる。


「シメるか」


 半身を捻る動作で男の体を躱し、すれ違いざまに顎を掠めるように一撃。

 背後でバタンと倒れる音が聞こえたが、振り返らずに次にやって来た使用人の男の鳩尾に拳を叩き込む。

 男がその場で膝から崩れ落ちると、その背中を蹴って侍女が飛び掛かって来た。

 年若い女の子だったので怪我をしないように優しく抱き留め、首に腕を回して優しく落としにかかる。

 少女とは思えないほどの力で暴れる侍女を気絶させるのを手間取っていると、今度は剣を振り回して走って来る兵士がいるではないか。

 むさいおっさんだったので遠慮なくその顔面に側に飾ってあった壺を投擲。

 あ、あの壺、高いやつだったかも。

 気を失った侍女を床に寝かせ、おっさんの顔面をクッションに壺の無事とおっさんが伸びていることを確認して安堵の息を吐き、横を通り過ぎようとした文官ぽいひょろりとした男を蹴り飛ばす。

 そして、集団から少し遅れて歩いてやって来た洒落た優男と温和そうな美女に胡乱気な眼光を飛ばす。


「これ、あんたらの仕業?」


「酷いことをするなぁ、君」


「役に立たないわねぇ、この人たち」


 殺気をぶつけているというのに、二人はまるで気にするでもなく金髪の男は呆れたように笑い、青髪の女は床に這いつくばる者たちに唇を尖らせていた。

 場違いなほど呑気な二人の空気や余裕から来るものなのか。

 それにしては、何かかみ合わないような気持ちの悪さを感じる。


「僕はファルス。隣の美しい彼女はレジィ」


「ファルスったら、こんなところでまで止めてよ、もうっ」


「仕方ないだろう、本当のことなんだからさ」


 あはは、うふふ、きゃっきゃっ、ふふふ。


 ……なんだろ、殴っていいかなぁ!?

 見てるだけでイラっとする甘ったるい空間を生み出す二人組。

 空気まで甘くなった気がしてきて胸やけまでしてきたぞ。


「……実際に、甘い?」


 鼻腔をくすぐる花のような甘い香り。

 胸をざわつかせ、脳をとろかせるような、そんな匂い。

 いい匂いだが、嗅いでいるだけで気分が悪くなってくる。


「まさかテメェッ!?」


「うわっ!」


「ファルス!!」


 短剣を取り出して男に投げつけるも、寸でのところで体を仰け反らされて躱される。

 しかし、漂う甘い香りは弱まった。やっぱりこいつの仕業だったか。


「毒、か」


「うーん、散布した毒は嗅いだはずなのに何で君は動けるのかな? まさか、あの娘みたいに毒が効かないとか言わないよね?」


「そういうテメェはウルに毒を盛ろうとして返り討ちにあった夜会一の間抜けだろ?」


 煽ってやれば優男の顔が苛立たし気に歪む。先ほどまであった余裕がまるでなくなったところからやつにとってかなりの地雷らしい。


「捕まってるって聞いてたんだが、そっちの女が逃したのか」


「ちょっと貴方、いきなり刃物を投げつけるなんて危ないじゃない! どういうつもりよ、信じられない!」


 どうもこうも、殺すつもりだったのだが。

 毒で先制攻撃してきたのはそっちだし、敵の命を奪うことに躊躇なんてしてたらあっと言う間に死んでしまう。

 殺そうとしてくる相手なんて特にな。


「僕たちは脱獄の最中なんだ。急いでいるから君に構っている暇はない。そこを退いてくれるかな?」


「退くわけねぇだろ。馬鹿か?」


 言い終わるや否や、剣を振るって眼球目掛けて飛んできた針を弾き飛ばす。

 針を投げて来た女は目を爛々と輝かせて懐から二振りの短剣を抜く。

 どうもヤル気らしい。


「おいおい、女の後ろに隠れて守って貰うつもりか色男」


「僕としても心苦しい限りだけど、捕まった時に得物は取り上げられてしまってね。最低限の装備もないんじゃ、荒事なんてとても無理さ。けど、ここまで僕を助けにやって来てくれたレジィは、逆に準備万端だよ?」


 女の足元が爆ぜたかと思った次の瞬間には足元を刈ろうとする女の凶刃が迫っていた。


「ふんっ!」


 驚異的な加速。

 けれど対応できないほどではない。

 迎え撃つように剣を振り下ろす。

 しかし、ギリギリのところで女が横に飛んで躱されてしまう。


 人間離れした挙動に舌打ち。しかも、女の行動はそこで止まらなかった。

 避ける際に壁に突撃するように跳躍した彼女は、さらにそこで壁を蹴って間髪入れずに仕掛けて来た。


「曲芸かよ!?」


 剣で弾き飛ばすも、女は床や壁、果てには天井を利用した立体機動じみた襲撃を繰り返してくる。

 身体強化を使ってもこんな負担のかかるようなことはそうそうできるはずないのだが。


「調子はどうだい?」


「最高よ、ファルス!」


「うんうん、やっぱりこの組み合わせが君に一番合っているみたいだね」


 二人のやり取りを耳にして何となく察した。

 毒を転じれば薬になる。

 さっきの集団も異様な身体能力を発揮していたし、これは確定だろう。


「ドーピングかよ、うぜぇな」


 そもそも二対一の状況からして俺に不利だ。

 さぁて、どうしたもんか。




お読みいただきありがとうございました。

今月中にもう一話いけるか……?

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