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72.静かなる開幕

 出会い頭に知り合いの頭が落ちた。

 切り落としたのは同僚のヨハン。


 何が起こったのか。混乱は一瞬。


 ――――ヨハンが動いた。なら、そういうことなのだろう。


「ゴーシュさんが、夜会?」


「あっちゃー、失敗しちゃったかぁ」


 突然、地面に転がるゴーシュさんの首が知らない男の声で喋り始めた。胴体と切り離されながら表情豊かに話し始めた生首に「ひっ」とクレア王女が悲鳴を上げる。


「結構成功率高いんだけどなー。にっこり知り合いの顔で近づいてぶすりっ作戦。やっぱり相手が悪かったかぁ」


「貴方の化け方が下手くそだっただけよ」


「あはは、言ってくれるねぇ」


 気の抜けた陽気な口調の生首だが、その内容は笑えるようなものではない。

 本物と見間違う様な高い変身能力の持ち主で、首を切り落とされながら平然としゃべり続ける不気味な相手。

 今の段階でわかっている能力だけでもこいつの厄介さがかなりのものだ。


「アリーシャ様。こいつも夜会のメンバーですよね? ゴーシュさんに化けてたっていうなら本物は……」


「おいおい、本物と偽物が入れ替わってたなら、本物がどうなったかなんて簡単に想像がつくんじゃない?」


 生首が嘲るように口端を上げる。

 ゴーシュさんはすでにこいつに殺されたっていうのか。


「レイド、心配することないわ。これは適当なことを言って貴方を煽っているだけよ。こんなのにどうにかされるような人じゃないもの」


「へえ、信用してるんだ? でも、わかんないよ? 油断してたら誰だって簡単に死んじゃうんだし?」


「信用も何も、貴方を()ればわかることよ。殺していないでしょ? 彼はただ席を外しているだけで、その隙に貴方が変身して近づいてきた。戦闘能力はさほど高くないみたいだものね?」


「…………ほんと、嫌になるね魔眼ってやつは。何でもかんでも見透かしちゃってくれてさ」


 飄々とした態度からアリーシャ様から指摘されるたびに徐々に不機嫌そうな空気を露わにしていく。

 どうやらアリーシャ様の言う通り、ゴーシュさんはまだ生きているようだ。知らない内に知り合いが殺されたと聞いて肝を冷やしたけれど敵の嘘だったと判明してほっと胸をなでおろした。


「首だけになっても生きているとは奇妙な輩でありますね。一先ず、拘束するでありますか?」


「頭部は大きめの布で包んで持ってくとして、体の方はどうします?」


「いっそ燃やしてしまうでありますか」


「ちょっとちょっと、人様の体なんだからもっと丁寧に扱ってほしいんですけどー」


「その必要はないわ。無駄だしね」


「無駄?」


 夜会の暗殺を未然に防ぎ、実行犯も無力化できたのなら拘束して牢屋にでも放り込んでおくべきだろう。

 それを無駄と切って捨てたアリーシャ様にロザリアは怪訝な目を向ける。

 クレア王女も小首を傾げて説明を求めた。


「アリーシャ、どういうこと?」


「これは偽物なのよ、色んな意味で」


 偽物。

 ただゴーシュさんの偽物というわけじゃないのか?


「――――ほんと、嫌になるね。何でもかんでも見透かしちゃってくれてさあっ!」


 突如、倒れ伏していたやつの体が跳ねるようにして起き上がると、クレア王女目掛けて襲い掛かって来る。

 反応の遅れた俺とは違い、ロザリアはクレア王女を守るように彼女の前に体を滑り込ませ腰の剣を抜き放つ。

 けれど、


「ちっ!?」


 空中で体に十字の線が走ったかと思えば、やつの体は縦横四つに切り分かたれた。

 四つになった肉塊は慣性を失ったようにばらばらと地面に落ちていく。

 ロザリアの仕業かと思ったけれど、彼女は忌々し気に涼やかな顔で剣を仕舞うヨハンを睨んでいた。


「これは姿だけじゃなくて、この肉体も本物ではないの。全部作り物よ」


「作り物って……」


 この辺り一面に飛び散ってる血液とか、クレア王女が顔を青くして目を背けた臓物とかも作り物だというのか。

 どう見ても本物にしか見えないのだけれど。


「死体を再利用した人形、ってことですか?」


 悪趣味な夜会の連中がやりそうな手口から想像してみたのだけれど、アリーシャ様は首を横に振った。


「死霊術ではないわね。これは遠い異国の道術というやつかしら」


「道術?」


「材料は水と土と草木。術者は別の場所でこの人形を操作しているようね」


「詳しいね、お嬢さん。よくこんなマイナーな術を知ってるもんだ」


「偶々詳しい友人がいたのよ」


 よくもこの状況でずっと軽口が叩けると思っていたら、本体は別のところにいるのならこいつの態度にも納得がいく。

 つまりこいつは最初から安全な場所にいて、好きな姿形にした人形を暗殺の場に向かわせていたのだ。


「じゃあ、こういうことも知ってるかな? 一度に操れる人形は一体限りじゃない、ってこととかさぁ?」


 いやらしい笑みを浮かべながら言い放った男の言葉に背筋が凍る。


これ(・・)は王女様の暗殺に失敗しちゃったけどー、こっちとしてはパーティー会場で適当なやつらをぶっ殺してきても別にそれはそれで問題ないんだよねー」


 アリーシャ様から聞いていた通り、夜会の目的は誕生祭で国の威信を揺るがすような大きな騒ぎを起こすことらしい。

 人形を複数操れるというのなら、これ一つを破壊したところでこいつの目論見を潰すことは出来ない。


「そんなっ」


「死顔は拝めなかったけど、王女様のそんな顔を見れたなら結果は上々だねっ」


 首は地面をケタケタと笑い転げる。

 他者の死や不幸を楽し気に嘲り笑う生首という光景はひたすらに悍ましい。

 これが死者や化け物ではなく、生きた人間がやっていることなのだから度し難い。


「……はあ、貴方って馬鹿なのね」


「――――あ?」


 アリーシャ様の放った呆れ交じりの直球の罵倒に、生首はぴたりと笑うのを止めた。


「何で自分の思うように状況が進むと考えてるのかしら。想像力が足りていないの?」


 今度はアリーシャ様が転がる頭部に向けて、嘲りの笑みを向ける。


「私は貴方の操る偽物を見抜くことができる。そして、今回の件でこの国の一番偉い人と話はついていて協力体制ができあがっているのよ? なら、暴挙に出る前に取り押さえられるよう、一体一体に騎士の監視を張り付けることくらいできるとは思わないのかしら」


「なっ…………ああ、くそ!?」


 彼女の言っていることを会場に潜伏している別の人形で確認したのか、悔し気に顔を歪ませる。


「それと、べらべらと喋って時間を稼いでいたのは他の場所に配置してあった人形を動かしていたからかしら。けど残念ね。こっちの準備が整うのが速かったみたい」


「――――『黒』準備完了しました」


 先ほどから沈黙を保っていたケイトさんの方を振り向けば、いつの間にか彼女の手には全身がどす黒い色に染められたナイフが握られていた。

 視界に入れただけで心臓が軋む様な不気味なナイフ。

 ケイトさんが『黒』と呼んだそれは、明らかに普通ではない嫌な雰囲気を放っていた。


「はんっ、何しようとしてるか知らないけど無駄無駄ァ。この人形をいくら痛めつけたところで本体には傷一つつきませーん。監視にしたっているとわかればいくらでも躱しようは」


「いい加減その汚らわしい口を閉じろなさい、虫ケラ」


 すとんっ、と小気味いい音を立てて黒色のナイフは額に突き刺さった。


「だから効かないって。これにどんな能力があるかは知らないけど、痛くも痒くも、な、い、いい、いいいっ、いた、いたっ、痛い痛い痛いイタイいたいぃいぃぃぃいいいっ!?」


 突如として激痛を訴え苦しみだした生首に呆然となる。

 状況が理解できないと叫ぶ生首と同じく、俺も何が起こったのか分からない。


「い、いったい、何をしたのでありますか? 尋常ではない苦しみ方をしているでありますけれど」


「あれは勝手に『黒呪刀』と呼んでいる代物なのだけれどね。この間の骨董市で見つけて面白そうだったから買ったの」


 あの、お嬢様。

 なんかすんごい物騒なもの適当な理由で買ってませんか?


「アリーシャ、それって危ないものなんじゃ……」


「そんなことないわ。刺した対象に呪毒を流し込むくらいの効果しかないもの」


「物凄い危険物じゃないっすかねえそれっ!?」


 見た瞬間からそれっぽいとは思ってたけど、呪いの道具じゃねえか!


「そうでもないわよ。所持してるだけならただの薄気味悪いナイフだし。刺さないと意味ないから危険度は高くないわ」


「そう言われたらそうかもしれないですけど……その呪毒ってやつの効果ってのは?」


「見ての通りよ。『死ぬことはないけど、死にそうなくらいの激痛が徐々に全身に広がっていく』っていう呪い」


 うーわ。エグっ。


「あれ、でもこいつが言うには人形に何したところで本体には影響がないんじゃ?」


「そう、物理的にはね」


 悶え苦しむ生首にちらりと視線をやってから言葉を続ける。


「呪っていうのは、一口に言えば魂に作用する魔法みたいなものなの。呪を掛けるには対象の魂に働きかけなければいけないのだけど、物質ではない魂には直接干渉することはできない。だから、間接的に干渉するために対象と繋がりのあるモノに働きかけるの」


「繋がりのあるモノ?」


「相手の持ち物だったり、毛や血液といった体の一部。名前なんかで掛ける呪もあるみたい。黒呪刀の場合は対象の魂の宿る肉体ね。傷つけた肉体からの繋がりを辿って魂に激痛を与えるの。魂の感じている痛みが肉体に反映されている、っていうのがあれの端的な説明になるかしら」


 確かにあれはただ刃物に刺されたことに対する痛がり方ではない。

 けれど、アリーシャ様の説明では腑に落ちない点がある。


「でも、あれは偽物で人形なんでしょう? どうして魂の宿っていない人形を刺しておいて本体に影響が?」


「言ったでしょう、繋がりを辿るって。操れるってことは、視覚だけじゃなくて他の五感の情報が人形から術者に送られていて、術者からはその情報を元に人形を動かす命令が送られてきている。こういう術は対象と術者には回路(パス)が通して繋がっているの。離れていた場所にある自分の手足みたいなものね。その手足を黒呪刀が刺せば呪は回路(パス)を通って魂まで届くってわけ」


 俺が思い浮かべたのは電子機器とコンピュータウイルスだ。

 この場合、人形が端末だ。端末にコンピュータウイルスである呪に感染すると、呪は端末との繋がりから本体へと感染し、そこで悪さを仕掛ける。

 説明を聞いた限りだと、たぶん、それに近いものなのだろう。


「先日、似たような術を使う人を見つけてね。一応、対策を用意しておいたのだけれど、まさかこんなに早く使うことになるなんて思ってもみなかったわ」


「へえ」


 遠隔から自分の分身を操る術というのは確かに厄介だ。

 今回のように術者は現地に身を晒さずに行動できるし、自身に危害が及ばないのであれば人形を使い捨てにして捨て身の攻撃なんかもできるし、五感を共有しているのだから情報収集なんかにも有用だ。

 容姿を好きなように変えられるのなら、潜入だけでなく工作活動なんかにも使える。

 分身と変身能力ってかなり凶悪な組み合わせだと思う。

 ……あの金髪オレンジ忍者って工作員としては結構なチートだったのでは?


「くそが、くそがくそがクソがァアアアアッ!!」


 ちらと馬鹿なことを思い浮かべていたところで、獣がごとき咆哮にハッと我に返る。


「殺す殺す殺してやる! 天狗の怒りに触れたことを後悔させてやる! お前ら全員にこの苦痛を何十倍にして「五月蠅いですね」」


 呪詛を撒き散らす生首を青い火炎が包み込む。

 相手の言葉を最後まで聞かず、煩わしそうに虫でも払うかのように極悪な火炎魔法を放ったケイトさん。


「口を閉じろと言ったはずなのですけれどね。いつまで経っても騒がしい。やはり、虫ケラには人の言葉は理解できないのでしょうか」


 …………こわっ。

 え、目が本当に虫を見るような目なんですけど。

 ご褒美とか言える業界の人でも泣いて逃げだしそうな目なんですけどっ。


 数秒後、青い炎の下からは黒いナイフだけが現れ、他には灰すら見当たらない。あれ、ナイフだけ燃やさないようにしてたんだろうけど、マジでそれ化け物じみたコントロールですよね。


「では結界を外しますね」


「結界?」


「やつが近づいてきたときにテラスと会場の間に認識阻害の結界を張ったんです。でなければ、首なし死体に誰も気づかないのはおかしいでしょう」


 そういえば、クレア王女がいるから周りの視線が集まっていたはずなのに、ゴーシュさんの偽物が首ポロリした時に騒ぎの一つも起きなかった。

 いつの間にそんなことしてたんだ。

 全く気付かなかった。

 やっぱすごいわ、この人。


「ん? でも会場がちょっと騒がしいような?」


「さっきの虫ケラが潜ませていた他の人形が原因でしょう。呪毒のせいで転げまわっていたところを警備に酔っぱらいとして取り抑えられたようですね」


 パーティー会場でもちょっとした騒ぎは起きてしまったようだけれど、突然殺戮ショーなんかが始まるのに比べれば可愛いものだろう。

 ふう、っと一息つこうとしたところでパンッとアリーシャ様が手を叩いた。


「取りあえず直近の脅威は退けたわね。ケイト、本体の場所は捕捉できてる?」


「はい。呪毒と一緒にマーキングも飛ばしておきました。潜伏場所も把握済みです」


「ならケイトにはさっきの術者と、外に潜んでいる連中を駆除してきてもらえるかしら」


「承知しました」


「ヨハンはここに残って私とクレアの護衛ね」


「了解です」


 次々と簡潔に指示を出していき、そして色違いの青の双眸がこちらに向けられる。


「レイドは城内の敵の排除をお願いね」


「あいつの他にも?」


「いるでしょうね、間違いなく」


 そうか。しかし弱ったな。

 役割分担に文句はない。けれど、不安が一つ。


「さっきのあいつみたいに隠れられてたら俺じゃあ見つけられないんですけど? あと、城内にも詳しくないですし」


 敵を見つける前に城の中で迷子になる可能性が高い。そしてそのまま何もできないまま終わるなんて間抜けな結末は死んでも避けたい。


「大丈夫、案内役には目途はつけてあるわ。そういうことだからクレア、アルフィーを貸してくれない?」


「ええっ!? ま、まあ、いいけど」


 とんとん拍子に話が纏まっていく。

 敵である夜会の連中はすで仕掛け始めていた。

 ならばこちらも動くべきだろう。


「それじゃあ、よろしくね」


 気がつけば事態は動きだしていた。




お読みいただきありがとうございました。

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