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71.死の危険

「先ほどぶりですね、陛下」


「今宵のパーティーは楽しんでくれているかな?」


「それなりに、ですかね。皆様はあまり楽しくはなさそうですけれど」


 挨拶もそこそこに気の知れた様子で国王と言葉を交わすアリーシャ様。

 護衛の人たちからにわかに殺気が滲むが、それに対してアリーシャ様の後ろに控える二人は微動だにしない。

 俺はちょっと身構えてしまった。


「命が狙われている状況で楽しめるはずがないだろう」


 第三王子が眉を寄せて二人の会話に口を挟んだ。

 俺が見た限りでは王族の方々は誰もが毅然としている風に見えていたのだけれど、それは貴族らしい仮面であり内心では不安を抱いているようだ。


「現状を知ってパーティーを楽しめる者など狂人くらいのものさ」


 あ、二人の目が据わった。

 露ほども殺気をこぼれさせていないけれど、その内には恐ろしいほどの殺気が生まれていることに、俺は気づいた。

 殺気は感じないけど、護衛の人たちの百倍は怖いんですけれど。


 第三王子の皮肉が原因だろうけど、ちょっと二人ともアリーシャ様のことになると気が短すぎませんかね。

 ……一応は味方同士なんだから喧嘩はやめてくれよ、ほんと。

 護衛の騎士たちでケイトさんたちの殺気に気づいたのは数人。ロザリアも柄に手を添えてにらみを利かせていた。

 一触即発。

 い、胃が痛い。


「だ、そうですよ陛下?」


「子の成長を見るのが楽しいのは親として当然のことだよ」


 徐々に剣呑とした空気が生成される中、アリーシャ様と国王は穏やかに会話を続けると、何気ない動作で片手をあげる。

 すると、両陣営から一斉に殺気が引いていく。

 凄い、一瞬で場が収まった。


「ああ、そういえばお祝いの言葉がまだでしたね。お誕生日おめでとうございます、殿下」


「……ふん」


 見惚れるような笑みを浮かべて祝辞を贈るアリーシャ様から、第三王子は顔を背けつまらなさそうに鼻を鳴らす。


 おい、そんな態度取るな。ケイトさんたちがまた切れたらどうする。そしたらさっきのがエンドレスになるだろうが。


 不安に胸をドキドキとさせていると、アリーシャ様の視線がこちらに向いた。俺を見たわけではなく、これはクレア王女の方を向いたみたいだ。


「こんばんは、クレア。貴女も顔色が悪いわね」


「命が狙われてるってわかってるのに平然としてられるほど私は強くないのよ」


「あら、高い地位にいる者の命が脅かされているのなんていつものことでしょ。貴女が気づいてないだけで命の危機は普段から近くにあるわ。それを周囲の優秀な方々が気づかせずに守っているだけ」


 こともなげにアリーシャ様は言うけれど、彼女の語る環境は俺からすれば想像を絶するような過酷な世界だ。

 俺も冒険者だったから死の危険がつきまとう日常は想像がつく。その上で、常に誰かに命を狙われている環境、誰かに殺意を向け続けられている日々というものを思い描いてみると背筋が寒くなって来る。

 仕事の間だけ死を警戒するのと、日常から常に死の危険に脅かされるのとでは、精神にかかる負担は比べるまでもない。


 改めて思う。

 貴族というのは、俺とはまるで違う世界の住人であるのだと。


 そして、そんな壮絶な世界で生きてきたであろう年下の少女が悠然と微笑みを浮べているのだから敵わない。


「そうかもしれないけれど、私は貴女みたいに割り切れないわ」


 苦笑したクレア王女がちらりとロザリアの方を振り返った。


「確かに、彼女たちのおかげで私は平穏な時間を享受できてる。ロザリアたちの腕は本物だし、守ってくれると信じてる。けれど、命を狙われているっていう状況を意識させられれば、不安を感じるのは仕方ないことじゃない」


 護衛がいるとはいえ、襲われるかもしれない状況では誰だって気を張ってしまうだろう。

 死の危険は老若男女、誰にだって時間や場所を問わずあるけれど、普段からそれを気にする者は多くない。可能性はあっても限りなく低く、考えたって仕方がないため、誰もが意識から切り離している。

 けれど、近くで事故があっただの、古くなって崩れやすくなっているだのと危険を感じさせる情報を得れば身構える。それと同じだ。

 身の危険を感じるのはストレスだ。護衛がいるとは言ってもやはり平然とはしてられない。それが普通だ。


「うーん……それなら、こんなところにいないで、向こうで私とお喋りでもする?」


「……命を狙われてるって言ってるのになんでそういう話になるの?」


「だって、この場で私の側が一番安全だし」


 その一言には後ろに控える二人への全幅の信頼が込められていた。

 彼女が私を危険にさらすはずがない。

 彼ならば迫る脅威を必ず退ける。

 故に不安はなく、怯える必要もない。

 一片の曇りもなく、彼女は己が配下を信じている。信じ切っている。

 人はこれほどまでに誰かを信じることができるのだろうか。

 普通はできない。


「……狂人め」


 第三王子がぽつりと呟く。


「そうですか? これは太陽が東から昇り西に沈むというのと同種の話なのですけれど」


 それと同レベルの信用を他人に置けるのが異常だって王子様は言いたいんだと思いますよ、お嬢様。

 俺なら怖いわ、そんな信用、重すぎて。

 それを平然と、笑みを浮かべて受け止めてる二人も大概だけど。


「……はあ、そうね。こんなところで座って怯えてるのも馬鹿馬鹿しい話かしら」


 そういうとクレア王女は椅子から立ち上がった。


「お父様、アリーシャとテラスの方で少しお喋りしてきます」


「構わないよ。アリーシャ君になら安心して娘を任せられるからね」


「そのセリフはクレアの未来の旦那さんに言ってあげてくださいな」


「ハハハ、それは嫌だね」


 娘に男はまだ早い、と割とマジなトーンで口にする国王。結構な子煩悩だな、この人。

 国王陛下なんて存在はもっと偉そうで遠い存在だと思っていたけれど、意外と気さくな人柄に拍子抜けしてしまう。


「馬鹿なことを言わないでください。護衛はロザリアとレイドの二人だけでいいわ。ついてきて」


「はっ」


「……はっ」


 ワンテンポ遅れで敬礼してクレア王女の後ろについて行く。

 席を立ったクレア王女に周囲の視線が寄せられる。王族だけあってやはり動くと目立つな。


「それで、私を連れだした理由はなに?」


「友人が退屈そうにしてたのが一つ。夜会に襲われるのなら私の近くにいてくれた方が安心安全で、他にも都合がいいからよ」


「理由のほとんどが後半に詰め込まれてるでしょ、それ」


「大切な友達が心配だったのよ」


 そう言ってのけるアリーシャ様をクレア王女は胡散臭そうな目を向けていた。


「兄様の相手が面倒だったから、私を理由に抜けて来たんじゃないの?」


「あら、あんなの狸オヤジに比べれば可愛いものよ」


 結構嫌味を飛ばして来た王子様だったけれど、アリーシャ様の方は全然気にしていないようだ。


「お兄様には困ったものね。もっと素直にならばいいのに皮肉屋で。誰に似てあんなに捻くれてしまったのかしら」


「間違いなく陛下でしょう」


「やっぱり?」


 え、国王陛下って捻くれ者なのか。

 二人の会話に小首をかしげていると、ふと隣を歩くロザリアが前方を睨み付けているのに気づく。

 その視線の先を辿ると、アリーシャ様たちに歩幅を合わせてゆったりと歩くヨハンがいた。


「え、どうしたよ?」


「……なにがでありますか?」


「いや、ヨハンのこと凄い目で睨んでるじゃん」


「やつとはちょっとした因縁があるのでありますよ」


 どうにもこの二人、知り合いだったようだ。

 アリーシャ様とクレア王女は前から付き合いがあったようだし顔を合わせていたことはそれほど不思議ではないか。

 しかし因縁とは。なんとも穏やかではない。

 でも、ロザリアのことだからすごくどうでもいいことだったりしそうな気もする。

 それでもちょっと気になるのでチラチラと視線を送っていると、会話を聞いていたらしい苦笑したヨハンが振り返った。


「昔、色々とね……」


 ああ、これは教えてもらえないやつだ。

 ロザリアもヨハンを睨み付けるだけで何があったか続きを話す様子はない。

 ……もしかして男女のあれこれのドロドロとした話なのだろうか。

 それなら触らぬ神に祟りなし、と首を突っ込むのはやめて別の話題を探す。


「……あれ、そういえばウルたちは?」


 メイドコスの二人の姿が見えない。どこかでまた飯でも食っているのだろうか。


「あれって潜入のために来てるんですか? 似合ってましたけど、あいつらにメイドの仕事なんてできるんですかね」


「クレア王女殿下からお借りしたものです。王宮メイド並みの給仕は無理でしょうが、目的を考えれば格好だけで十分ですし、今は別の仕事を頼んでいるので問題ありません」


 ケイトさんが言うには、今回のパーティーで連れてこられる従者兼護衛の数が決まっていて、その枠はケイトさんとヨハンの二人で埋まっている。会場にあの二人を連れて来るためにあの格好をさせているそうだ。


「……へえ、確かに招待した貴族がどいつも何十人と護衛を連れてきたらこの広いホールも流石に埋まっちゃいますしね。それで頼んだ仕事っていうのは?」


「城内で不審な動きがあったのでそちらに向かってもらいました」


「――――」


 何も起きてはいない、ということはなかったみたいだ。

 見えていない場所ですでに夜会の連中は動き始めているようだ。

 それを察知してるケイトさんは相変わらず化け物じみていると思う。


「大丈夫でしょうか?」


「ストッパーにモカがいるのでやりすぎないとは思いますよ」


 俺は二人の身を心配していたのだけれど、ケイトさんは周囲の被害の方を懸念しているようだ。

 薄情とも思えるけれど、竜人であるウルシの戦闘能力は高い。先日、夜会の一人を捕らえた実績もある。そうそう遅れを取ることはないだろう。

 となると、あとは昂りすぎて城の一角を吹き飛ばさないかという、ケイトさんと同じ心配に行き着くことになる。

 ……うん、モカには手遅れとなる前に頑張って止めてほしい。


「一応伝えておきましょうか。今回の騒動で狙われるのは王族とは限らないわ」


 テラスに着くとアリーシャ様はおもむろに切り出した。

 クレア王女は困惑の表情を浮かべる。


「どういうこと?」


「夜会の目的が誕生祭で大きな騒ぎを起こすことで、王族の殺害は必達事項ではないということよ」


 アリーシャ様の説明にクレア王女はあまりピンと来ないようだ。俺も首を傾げたい気分である。


「ようは、誕生祭という晴れの舞台を台無しに出来ればいいの。それならば、警戒厳重な王族を狙わなくても招待客を一人適当に会場で惨殺してしまえば目的は達成される」


 ふむふむ、そう言われればそうだ……ってそれはかなり不味いんじゃないのか?


「それを防ぐのって難しくないですか? 警備があるとはいえ、招待客の従者なんかにやつらが紛れてたら未然に防ぐなんてできないと思うんですけど?」


 例えばあの狐面。あいつが今この会場にいたとしよう。やつならばのほほんとした貴族を一人捕まえて、警備に取り押さえられるより先に喉元を切り裂いてしまえるだろう。

 夜会のメンバーがどいつも狐面と同レベルと仮定すると、会場内に入れてしまった時点で犯行を防ぐことはできそうにない。

 王子の誕生日を祝うパーティーということで招待客の数は多く、夜会の者なら容易く潜り込んでいるだろう。

 詰んでないか、これ?

 クレア王女とロザリアも顔を青褪めさせている。


「それをされると防ぐのはほぼ不可能なのだけれど、けれどそんなことは起きないわね」


「なぜです? 目的を考えたら確実な方法じゃないですか、それ」


「だって、面白くないじゃない」


 ……返答の意味がよくわからなかった。


「夜会はね、殺人鬼の集団であって殺し屋の組織ではないの。面白半分に仕事を受けて、遊ぶように仕事をこなす連中なの。仕事のために楽で確実な方法は選ばない。だってそれだとつまらないから」


 ケイトさんから差し出されたグラスを受け取り優雅に口元に傾ける。


「この場で殺害するとしたら、誰が一番騒ぎになると思う? 簡単に殺せそうな木っ端な貴族? 外交問題に繋がりそうな外国の重鎮? そんな人たちより、この祭りの主役やその家族を衆人環視の中で殺害するのが一番騒ぎになるんじゃないかしら?」


「……吐き気がしますね」


「王族殺しが目的ではないし、起こす騒ぎも一つじゃなくてもいい。王族を諦めて次点の高位貴族を殺すもあり、城下で賑わっている民衆を虐殺するもあり」


「そ、んな……」


 あまりに絶望的な状況に、クレア王女は言葉を失っている。

 警備を配置するにしても、王国が動員できる人数には限りがある。王都全体に完全な防備を張ることなどできはしない。かならずどこかで犠牲は出る。すべてを守ることは不可能なのだ。


「ま、そんなことはわかっているでしょうから、あの狸も対策はしているでしょう。必要以上に心配する必要はないわ」


「心配するなって……明らかに脅すようなことをアリーシャが話して来たんじゃないの」


「だって、このことはきちんと貴女に伝えておくべきだと思ったのよ」


 人を不安にさせておいて、心配するなとアリーシャ様は口にする。

 その真意を俺は掴めずにいた。


「おや、こんなところに綺麗な花が二輪も。せっかくのパーティーだというのに実に勿体ない」


「――――ラードブルフ卿」


 声をかけられ振り向いたクレア王女が呆れたように彼の名を呼んだ。

 現れたのはゴーシュ・フォン・ラードブルフ。モカの魔術の師であり、ウルシの前の雇い主でもある。

 貴族の界隈では賭博好きで有名で、アリーシャ様に結婚を賭けた勝負を仕掛けてはいつも負かされていることは誰もが知っているらしい。

 クレア王女もそのことは当然知っているようで、アリーシャ様目当てに気障ったらしく声をかけてきたことに苦笑い気味だ。

 面白い人なので俺は結構好きだったりする。


「ふふっ、やはり来ましたね」


 アリーシャ様は空になったグラスをケイトさんに渡し、艶めかしい動作で唇を指でなぞる。


「御機嫌よう、レディ。今宵は――――」


 キンッ、と甲高い金属音の出所を見ると、いつの間にかヨハンが腰に下げていた剣をいつの間にか抜いていてぶらつかせていた。

 隣のロザリアも緊張感を張り巡らせた状態で柄を握っていた。

 何だ、急に。


 いきなり黙ったゴーシュさんの方へと視線を戻す。すると、


 ゴロンッと、


 彼の首が、落ちたのだった。




お読みいただきありがとうございました。

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