70.壇上からの景色
豪華絢爛な装飾の施されたパーティホール。
テーブルの上にはいくつもの料理が並べられていて、見ているだけでも飽きないほどの種類が用意されていた。
先ほどまでグラスを片手に談笑していたであろう着飾った貴族の紳士淑女の視線が一斉にこちらへと降り注ぐ。
宮廷楽団の演奏をBGMに、王女殿下は艶やかな微笑を浮べながら堂々と視線の中を進んでいく。
彼女の護衛である俺もその後ろについていかなければいけないわけで……ああ、胃が痛い。
何で俺がこんなところにいんだろ。完全に別世界なんですけど。
緊張を面に出さないように、至極真面目そうな表情で取り繕う。今は王女様の護衛なのだからみっともない姿はさらせない。
それに、夜会の襲撃もいつあるかわからないのだ。
それこそ、次の瞬間には凶刃が振り下ろされているかもしれない。
相手はそういう連中だ。
一呼吸入れて、気を入れ直す。
警戒するも、騒ぎの一つもないまま壇上にある王族用の席へとたどり着く。末姫ということもありクレア王女の場所は一番端だった。
今日の主役は第三王子だしな。
クレア王女が着席し、俺とロザリアも他の王族の護衛と同じく背後へと控える。
ちらりと横目で見た限りだけれど、王族の守りについているだけあって一目でわかるくらいどいつも精鋭だ。この中で俺が断トツで格下なのは間違いない。
「――諸君、今宵は我が息子のためによく集まってくれた」
しばらくすると演奏が止み、壇上の中央に椅子に座っていた中年の男が立ち上がり、なんだか偉そうな様子で話し始めた。
何だこのおっさん、と思いすぐに気づく。
国王陛下だ。
この国で一番偉いおっさんだった。
……おうぅ。
自分はやはりかなり緊張していたらしい。
王女様の近くに座ってるってことは彼らは王族で、王族とは王様とか王子様とかそういうやつらだ。
そんな当たり前のことに全然気づいてなかった。
というか緊張のし過ぎで王族の人たちの顔とかまったく見てないほどだ。
言い訳をさせてもらうとね、他の護衛の人とかの「誰だこいつ?」みたいな殺気混じりの視線が痛くて痛くてしかたないんですよ。
事情が事情なだけに見たことない奴がしれっと護衛に参加してたらそりゃあ警戒するだろう。ロザリアにも何度か目線やハンドサインでこっそりとやり取りが行っていて、彼女が無言の質問攻めにあっているのには気づいていた。
そこら辺の事情がいたたまれなくて、必死に気を逸らしながら襲撃を警戒するというよくわからないことをしていた俺は完全に他の王族たちのことを意識から排除していた。
今現在、この国の精鋭方から一番警戒を向けられてるのが俺っていうね。
胃に穴が開きそうで今すぐ帰りたい。
俺にはやっぱり場違いなんだよ、ここぉっ。
救いを求めて視線を滑らせると彼女はすぐに見つかった。
これだけ着飾った人間が大勢いる中でも、彼女は一段と目立つ。
見た目が派手だとかそういうのではなく、雰囲気に華があるとでもいうのだろうか。
集団の中でもこの人は違うな、というのが一目でわかるのだ。
そしてその人は、何というかちょっと楽しそうにこちらを見て笑っていた。
……俺が困っている様子がそんなに面白いですかねお嬢様っ!?
色違いの青い双眸は「がんばって!」と言っているようで、何故か授業参観であたふたしている姿を保護者に微笑まし気に見られているような気分になって来た。
その後ろでは、俺が失態を犯さないか採点するように厳しい目を向けて来るケイトさんと、同情するような目をしたヨハンが警護についていた。
従者として参加するためには普段の格好では不適切なためか、見たことのない礼服姿だ。
それでも俺とは違って着こなしている感じがする。やはり場数の問題だろうか。
ケイトさんたちの姿を遠目に眺めているとその後ろでちょこちょこと動いている姿を視界に捉えた。
国王陛下が挨拶を始めてから来場者たちは静かに耳を傾けているため、警備に動いている騎士や空いた皿を取り下げる侍従たちの姿は壇上からは結構わかる。
あのメイドさんも影ながらお仕事がんばってるんだなぁ、と思っていたらなんかちょっと違う。
よく見ると空の皿を下げているのではなく、食って皿を空にしている最中だった。
よくよく見ると黒髪の美少女だった。
メイド服を身に纏ったウルシは美味しそうに肉を頬張っていた。
……何してんだあいつ!?
というかその隣でサンドイッチに舌鼓を打ってる白髪のメイドさんはモカではないだろうか。
ちょっ、やめてっ!
それ結構目立つから!
壇上からだと何してるかまるわかりだから!
式とかで喋ってる時の校長先生の気持ちが今ならわかる気がする。先生たちっていつもこんな風景を見てたんですね。
羞恥心で顔を覆いたくなるのを必死で我慢していると、視界の隅でケイトさんがちらりと後ろを振り返った。
そしてその手が一瞬ブレたかと思うと、背後の白黒メイドたちが一斉に頭を押さえて蹲った。
ナイスです、ケイトさん。
「それでは皆様、今宵は楽しいひと時をお過ごしください」
身内の恥に気を取られている、いつの間にか喋っているのが王様からその隣の美少年へと変わっていた。恐らく彼が第三王子なのだろう。
というか、いつの間にか話が終わっていた。
……やべっ、お偉いさんの話まるで聞いてなかった。
背筋に冷や汗を流していると、来場した貴族が王族の元へと挨拶しようと優雅な足取りでやって来るのが見えた。
狙ってくるならこのタイミングだろうか。
夜会の襲撃は、まだない。
◇
最初にやって来たのは国王と同じくらいの年の夫婦と息子らしき青年。彼らに支えられるようにして杖を突いて歩く老人は祖父だろうか。
真っ先に挨拶に来るということは特に高位の貴族なのだろう。
彼らが王族よりも一段低い位置で跪いて口上を述べ始めたのを横目に観察する。
挨拶に来る貴族に夜会の者が混じっている可能性はなくはない。けれど、あのまま国王に襲い掛かったところで背後の護衛に防がれてあっと言う間に撃退されてしまうだろう。
それに今の状況では近づいてくる貴族なんて誰でも警戒するだろうし、そんな芸のない手段を夜会が取って来るとは考えにくい。
まあ、挨拶に来る貴族たちの警戒はあの凄腕さんたちに任せてしまっていいだろう。
俺の役目はクレア王女を守ることであり、他の王族は優先順位が下がる。というか、俺よりも強そうな人たちが何人も守っているのだから気に掛ける必要すらないかもしれない。
アリーシャ様にはケイトさんとヨハンがついているので心配する余地がない。
さっきみたいにウルシとモカがアホなことをしないかが不安なくらいだ。
つまりはクレア王女の警護に専念しておけばいい。
会場で不審な動きをしている人物がいないか探しつつ、万が一に備えて小難しい話を国王陛下としている交わす一家に時折視線を飛ばす。
あの爺ちゃんがいきなりナイフを投げつけてこないとも限らないからな。
「――しかし御老公。顔を出してくれたのは嬉しいが、あまり無理はしないでくれよ?」
「ハッハッハ、なに、儂がぽっくり逝ったところで誰も困らんよ。息子なんぞ泣いて喜んでくれるじゃろ」
「その通りだが父上、せっかくの王子殿下の誕生祭を老いぼれの葬式に変えられないか陛下も心配しておられるのだ」
「ハッハッハ、こやつめ」
和気藹々とした雰囲気を出しながら軽快にブラックジョークが飛び交う。
あれは親しいからこそなのか、それとも腹黒貴族の嫌味なのか判別がつかない。
向こうの方でどこぞの貴族と笑顔で話しているアリーシャ様もこんな感じのやり取りをしているのだろうか。
大変だな。俺だったらストレスですぐに嫌になって来るだろう。
聞こえてくる会話が一段落した様子だったので、また横目で挨拶に来ていた貴族の方へと視線を戻す。
すると、ぱちりと碧色の瞳とぶつかった。
「?」
「それでは陛下、私たちはこの辺りで」
気のせいだったのだろうか。
ダンディズム溢れる銀髪の男は一礼すると、祖父たちを連れて下がっていった。
あれ、あの人どっかで見た気がするような……これも気のせいか?
「……あまりあからさまに視線を向けるのは良くないでありますよ」
困惑していると隣からロザリアがこっそりと小声で注意してくれる。なるほど、俺の視線が気になってこっちを見たのか。
自分では上手くできているつもりだったが、まだまだ甘かったようだ。次からは視線の向け方に注意しよう。
その後も何人もの貴族が国王の前にやって来ては言葉を交わせていく。基本的に話すのは国王と今回の主役である第三王子で、時折、隣の兄王子たちにも水を向けられる。
これって他の王族っているのかと疑問に思ったけれど、護衛対象を一纏めにしておいた方が守りやすいからだとすぐに納得した。
クレア王女も同世代の少女と話したりしていたけれど、猫をかぶっているせいかどこか窮屈そうな印象を覚えた。
夜会のことがなければもうちょっと気楽に話したりできたのかねぇ。
そんなことを考えていると、こちらに向かってアリーシャ様が歩いてくるのが見えた。
あけましておめでとうございます。
お読みいただきありがとうございました。
今年も頑張っていきたいと思います。




