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68.子羊、遭遇する

 気がついた時にはもう二人の姿はなかった。

 せっかく三人で遊びに出かけたというのに、いつの間にかどこかに行ってしまったらしい。

 露店の店先に無造作に置かれた魔法の杖に目を奪われている間の出来事だった。

 まったく、しょうがない人たちだ。

 掘り出し物の一品だったのでなけなしのお小遣いをはたいて買い、わたしは二人を探して回る。


「……いない」


 ダメだ。人が多すぎる。動きにくいし、匂いを辿ろうにも色んな匂いが混ざってそれも難しい。

 残った匂いからして、二人とも好き勝手に動いているのはわかる。けど、はぐれたらなるべくその場から動かないというセオリーを知らないのだろうか。


 合流するなら、無暗矢鱈と歩き回るのは効率が悪い。

 ならば先回り。二人が行きそうなところにいた方が出会える確率は高そうだ。

 場所は……ちょうどいい。ここならもしかすると二人も顔を出すかもしれない。


 わたしは目の前にあった冒険者ギルドへと足を踏み入れた。


 ギルド内は外とは逆にいつもより人が少ない印象を受けた。依頼の達成報告や素材の買取などをしている人はそこそこ見受けられるけれど、今から仕事に出ようという雰囲気の人たちがほとんどいない。

 朝の一番混む時間は過ぎているのでこんなものだろうか。いや、やっぱり少ない気がする。

 何となく依頼の掲示板へと足を向けてみるも、依頼がほとんど貼られていない。


「そもそも仕事がない?」


 王都には人が多く集まっているのだから、逆に仕事は山のように来るものではないのだろうか?


「おーい、モカー!」


「――ソアラさん?」


 ギルドに併設された食堂でジョッキを片手にこちらに手招きするソアラさん。同じテーブルにはパーティーメンバーのハルデリータさんとノノさんの姿もあった。


「こんにちは。仕事の打ち上げですか?」


「ああ、そっちは……仕事じゃなさそうだね、私服だし」


「はい、レイドさんとウルさんと一緒に街を見て回ってました」


「? 二人の姿が見えないけど?」


 レイドさんとウルさんを探すように辺りを見回したソアラさんは不思議そうに尋ねました。


「……はぐれてしまったんです。ちょっと目を離した隙に勝手に動くので」


「それで、迷子がいそうな場所ってことでここに来たわけだ。残念だけど、どっちも今日は顔を出してないね」


「そうですか……」


 あまり期待してはいませんでしたけど、無駄足だとわかると自然とため息が零れ落ちました。


「せっかくだ。モカも一緒にどうだい?」


「いえ、モカは」


「王都は今人でごった返してんだ。人探しなんて一苦労だし、貴重な休日を迷子探しなんかで潰すのは勿体ないことさ。暗くなったら家に帰ってくるぐらいガキでもできるだろう? わざわざ探しに行く必要なんてないよ。向こうも向こうで好きに動いてるんだ、モカもあいつらのことなんて気にせずに好きに遊んでればいいのさ」


「それは、まあ……」


 このまま探し歩いて合流できる可能性は低い。けれど、レイドさんたちだってわたしを探しているかもしれないのだ。それなのにわたしだけ遊んでいたら面白くないだろう。わたしが逆の立場ならムッとしてしまう。


「真面目そうだから、レイド達が探してるかもしれないのに自分だけ遊ぶわけには、なんて考えてるみたいだけど、そりゃあ杞憂だね。レイドは間違いなく、探しもせずに好きに行動してるだろうさ」


 ソアラさんに自分の思考を言い当てられて少し驚いたのも束の間。彼女の語るレイドさんの人物評に眉根が寄る。


「レイドさんはそんな人じゃないです。はぐれたわたしたちを探しもせずに遊び回るようなことはしないと思います」


 あの人は結構面倒見がいいのではぐれたことに気づいたら相手を探し回るだろう。捜索を打ち切って屋敷に戻るなり街の散策を続けることになっても、視界の端で常にわたしたちを探していると思う。


「ふうん? まあ、前よりか雰囲気も変わってたしねぇ。今のあいつならそのくらいの気は回すか」


「以前のレイドさん?」


 そういえば、前にも似たようなことを言っていた気がする。


「そもそも、休日に誰かと遊びに出かけるなんてしなかったしね」


「ええ?」


 ソアラさんの言葉に耳を疑う。本当にレイドさんのことを話しているのだろうか。


「あ、信じてないな。でも、レイドってそういうやつだったよな?」


「……うん。自分本位で人に合わせるようなことはしなかった。人付き合いよりも自分の予定を優先してたし」


 聞けば聞くほど、自分の知っているレイドさんからかけ離れていく。

 わたしが知っているレイドさんは、嫌だと言いながらも最後にはウルさんの我儘を聞き入れたり、へとへとになりながらもわたしが満足するまで訓練に付き合ってくれるような人だ。


「あの変わりようには驚いたな。まあ、困ってる人を見ると放って置けないとこは前からだけど」


「……素直になったっていうのかな。口は悪くても、お節介だったし」


「あ、それはレイドさんぽいですね」


「以前のあいつは、なんていうかこう……余裕がないっていうか、自棄になってる感じだったかな」


 酒杯の中が空になっていることに気づいたソアラさんがお代わりを注文する。

 気づいた時にはわたしも席に座っていて、目の前にはわたしの分の飲み物まで置かれていた。


「人の心配はするくせに、自分はソロで危険な討伐依頼受けてたりしてたな。他の冒険者との喧嘩もしょっちゅうだったし」


 レイドさんに荒れていた時期があるとは聞いたことがあったけれど、どうにもかなりの荒みようだったみたいだ。


「だ、大丈夫だったんですか?」


「大丈夫だったから今みたいにピンピンしてるんじゃないか。Cランクまでたどり着いた実力は伊達じゃないってことさ」


「……とにかくしぶとい。頑丈。要はそのタフさに任せての特攻」


「肉を切らせて骨を断つ、って感じ? そんなかっこいいもんじゃないか。痛いのを我慢して殴られた以上に殴る、みたいな」


 随分と乱暴な戦い方だ。けれど、レイドさんの戦いぶりを思い出すと今でもあまり変わっていない気がする。

 よくそんな戦い方をしながらソロで生き残ったものだと思う。


「……そういえば、レイドさんって以前はパーティーに入っていたと聞いたんですけど、それってソアラさんたちのことなんですか?」


「いいや。臨時で何度か組んだことはあるけど、別のパーティーのことじゃないか?」


「……私は聞いたことがある。王都に来る前は、高位の冒険者とパーティーを組んで色々と教わってたらしい。Cランクなんて不相応なランクにいるのはその人たちのおかげだって、本人が言ってた」


 ちびちびと舐めるようにしてお酒を飲んでいたハルデリータさんがぽつりの呟いた。


「へえ、初めて聞いた」


「その人たちに比べれば、大抵の魔物と冒険者なんて全然怖くないって言ってた」


 レイドさんの昔のパーティーメンバーか。いったいどんな人たちだったんだろう。

 どうにも喧嘩別れのような形だったためレイドさんはその辺については口を開こうとしない。


「何があったんだろう?」


「ほ、本当なのです!?」


 隣に座っていたノノさんの大声に体がびくりと跳ねる。

 何事かと思えば、彼女は近くに座っていた別の客と話して盛り上がっていた。


「うむうむ、真である。貴君の想う赤の影が見える。巡り合わせがよければ近いうちに再会できるであろう」


「はわわ、な、なんてことでしょう! はっ、こんな格好じゃあの人の前に立てません。今のうちにおめかしするです!」


「なに騒いでんだ、ノノ?」


「ソアラさん、聞いてください! さっきこの人に占って貰ったら、どうやらあの赤髪の騎士様ともうすぐ再会できるそうなのです! だから今すぐに準備をして置かないと!」


「占いだぁ?」


 ソアラさんが胡散臭そうに表情を歪めます。ハルデリータさんも僅かに目を細めました。

 わたしも彼女を見て思わず眉を顰めました。

 美しい銀髪に作りものめいた顔。その右半分を覆う変わった模様の入った黒い眼帯。純白の法衣を纏っていることからどこかの聖職者なのでしょう。

 何とも言えない独特の雰囲気を持った少女が不遜に口端を吊り上げます、


「左様。我が名はウィル。敬虔なるヴォルザナーク様の徒なり。迷える子羊に道を示すのも我が役目の一つ。それ故にお代は結構である」


「うわ、うさんくさっ」


「ヴォル……なに?」


 二人が冷ややかな目を向ける一方で、ノノさんは興奮したように頬を紅潮させて彼女を庇いだてます。


「そ、そんなことないのです! ウィルさんは凄い占い師なのですよ!」


「何か言い当てられたんですか?」


「いえ、いつあの騎士様と再会できるかと尋ねただけです。そうしたら巡り合わせによっては直に、と。間違いなくウィルさんは凄い人です!」


「ノノさん、いったん落ち着いてください。そして冷静な判断を取り戻してください」


 巡り合わせによっては、って。それって、良ければ再会できるけど、悪ければ会えないってことですよね。

 占いじゃなくて詐欺じゃないですか、これ?


「むむっ、その目……我の力を疑っているな? 良かろう、ではもう一つ占ってやろう」


 そういうと、彼女は祈るように手を組み静かに目を閉じます。その光景だけ見れば敬虔な信徒が祈りを捧げる清廉な姿なのですけれど。


「告げよう。明日、この地に騒乱が訪れる。災いから逃れたくば大人しく過ごすことだ」


「いや、明日から誕生祭があるんだから騒がしくなるのは当然だろうが」


 仰々しく告げられた言葉を、ソアラさんが白けた様子ではたき落しました。

 お祭り騒ぎともなれば大なり小なりトラブルはつきもの。むしろそのトラブルも楽しんでこそのお祭りではないでしょうか。


「其方らが我の言葉を信じるも信じないも自由だ。所詮は占いよ。ただし、この忠言だけは聞いておけ」


「忠言?」


「死なぬように気をつけよ」


 酷く物騒な忠告だ。

 ノノさんを除いたこの不思議な少女へと向ける視線を厳しいものへと変えていく。


 しかし、そこで。


「あ、いたいた」


「―――ヨハンさん?」


 ギルドに入って来たヨハンさんがわたしの姿を見つけると急いだ様子で駆け寄って来た。

 突然現れた闖入者に毒気を抜かれたのか、二人は席に着きなおしまたお酒を口に運び始めた。


「少し面倒なことが起きてね。悪いけれど、一度屋敷に戻ってきてくれるかい?」


「? ええ、わかりました」


 休日に呼び出しを受けるのは初めてのことだ。よほど想定外のことが起こったのだろうか。

 私が席を立とうとすると、それよりも先に隣に座っていた人物が音を立てて勢いよく立ち上がった。


「あ、赤髪の騎士様!」


「うん? ああ、君は先日の」


 どうも二人は顔見知りらしい。しかし、その短いやり取りからとある事実に気づき、思わず彼女の方を振り返った。

 ソアラさんとハルデリータさんも驚いた様子で彼女のことを凝視していた。


「すいませーん、お代わり一つ。あと、道を尋ねたいんですけどー」


 クピクピと酒杯を飲み干し、間延びした声でウエイトレスに注文をかける少女ウィルにわたしは薄ら寒いものを感じた




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